こんな感じでポキッと心折れた子、ゲヘナに何人もいそう(ド偏見)
思春期、圧倒的な差、何も起きない筈が無く……。
ゲヘナ学園近郊。
銃声がひっきりなしに響き、空になった薬莢が地面を叩く。それらと怒号の合わさった物騒な協奏曲は終わりを知らない。
(この、ゴミ共が……)
脳内で悪態をつきながらシヲは弾をリロードする。装填が終わったらすぐに前線へと身を踊らせる。彼女の愛用するサブマシンガン『後始末』は処分すべきと決めた者を無感動に処理していく。
それでも多勢に無勢という単語が脳内に浮かび上がるほど戦況は悪化していた。
■
事の発端は、数時間前のことだった。
シヲはルーティーンである『聖地巡礼』を行っていた。仰々しい言い方だが、万魔殿が手がける諸々の施設をそれぞれ、曜日ごとに巡るものだ。
あるときは商店街に並んでいる万魔殿のグッズを購入して帰り、日帰りであるがリゾートを利用するときもある。
その中でもシヲが一番気に入っているのが、この400インチの威容を誇るマコトタワーである。*1
約10メートルのそれはタワーと名乗るにはあまりにも低い。
近づけば近づくほどタワーと名乗れるものではないと分かる半端な高さ。だがシヲにとっては違う。これは確かに、威容なのだ。
3階建てのマンションほどの高さのそれは実際、マコトから400メートルの建物を発注された悪徳業者が400インチの寸法で建てたという代物である。当然このタネを明かされたマコトは怒髪天を衝く勢いで怒り、その業者は然るべき報いを受けた。
その後、この建物は完全に持て余されていた。タワーと呼ぶには低く、かと言ってこの高さの建物は取り壊すにも金はかかる。だからシヲは支援者としてここを保全する役目を買って出た。
(業者もそうですが、羽沼さんもきちんと確認すべきですね。図面の縮尺を変えて騙そうとする連中が悪いのは当然ですが)
敷地内の駐輪場にバイクを乗り付ける。
シヲはこのタワー未満の建物を臨時の万魔殿支部として使える場所にしようと考えている。
ハリボテだったものの資材を置いていたスペースはそれなりに広い。一台くらいなら戦車を停めることが可能である上に、倉庫のような見た目はブラフになる。目立ちたがりなマコトのセーフハウスがまさかこんな地味な建物であるとは誰も思うまい。
(400インチのタワー。きっと嘲笑う人は多いでしょう。ですがこれは転んでもめげずに起き上がる彼女の象徴)
(それに、これは羽沼さんの名前を冠した建物です。羽沼さんの一部ですね、間違いありません)
関係者以外立ち入り禁止の区域へ踏み込む権利の快感を味わいながら見回りを開始した瞬間であった。
「今だ、撃て!」
シヲは咄嗟に自らのバイクを引き倒し、遮蔽物代わりにする。大量の鉛弾が大型バイクをスクラップに変えていく。
(せっかくローンを組んで買ったのに……!)
(いえ、バイク
■
そして、現状。相手はシヲが万魔殿の議長や議員達のためにせっせと集めた弾薬を湯水のように使ってシヲを攻撃している。
(お前達如きに使わせるために、集めた訳じゃない……!)
ハンドガンのものはイロハとサツキのため。アサルトライフルのものはチアキとイブキのため。そして、スナイパーライフルのものは敬愛してやまない
特にマコトの銃は製造数が少ないが故に弾の流通量も限られていた。それを充分と思える程度に集めるのは骨が折れたが、彼女達のためだったから頑張れた。
決して、見知らぬ者達に好き勝手させるためのものではない。
シヲは頭が沸騰しそうなほどの怒りに苛まれた。
相手を屈服させなければ、この鬱屈とした感情は消えない。冷静な部分が止めろと叫ぶ。
(退け)
(援軍を呼べ)
(ここで倒れれば本末転倒だ)
だが、止まらない。止まれない。
(羽沼さんの名前を冠した建物を、守れずに退けるものですか)
シヲは遮蔽物から飛び出す。愛銃 『後始末』が火を吹く。程なくして弾倉が空になる。躊躇うことなくリロード。
(……足りない。力も、それを補う数も、作戦を立てられる時間も)
相手の足音が近づく。それも複数。気づいたときには遅かった。積み重なった疲労と焦燥感は確かに彼女の判断力を奪っていた。
「囲め! 相手は一人だ!」
銃弾が次々と身体に当たる。視界が揺れる。呼吸が荒くなり、脈拍が耳の奥で暴れている。
(ここで倒れたら、羽沼さんの名が踏み躙られる)
歯を食いしばった、その瞬間。
――爆音と共にスケバンの一団が吹き飛んだ。
「……は?」
「下がりなさい、深町シヲ」
低く、凍るような声。しかし少女特有の柔らかさも含むそれはゲヘナ学園の頂点に座す者のそれ。
場を変えたのは、空崎ヒナの声だった。
「アコはイオリの支援を。それで包囲網を突破する。チナツはシヲの介抱を!」
先生の指示のもと風紀委員達が現れた。それだけで戦況が反転する。
シヲが何時間も削って維持していた均衡が、数分で瓦解する。ヒナの銃撃は無駄がない。イオリの
あまりにもあっさりとスケバン達は鎮圧された。
「大丈夫か!」
先生が駆け寄る。シヲは立っていた。 だが、指先が震えている。
「……問題ありません」
(私がいなくても、ゲヘナ学園は回る。いや、回ってしまう)
声がかすれていた。ヒナは周囲を確認し、短く言う。
「制圧は完了したわ」
戦いは終わった。あまりにも、簡単に。呆気なく。
先生がそっとシヲの肩に手を置いた。
「もう大丈夫だよ」
先生の言葉で、シヲの中で張り詰めていた何かが切れた。涙が落ちる。肩が震える。
「……よく頑張ったね」
先生に続けて、誰かが言う。
「一人であそこまで持ちこたえたのか」
「無事で良かった……」
安堵の声。労いの言葉。だが。
(違う、違います。私は……)
唇が震える。
「……私は」
「大丈夫だよ、シヲ。頑張ったね」
先生の言葉は耳に入らない。
(……必要、ありませんでした)
誰も、その意味を理解しない。言葉にしていないから当然だが。
(あれほど必死に守ったのに、あっという間に終わった)
(私の努力は、誤差だった)
涙が零れる。安堵ではなかった。
これは、悔しさだ。怒りだ。自分への失望だ。
(私は守ったのではない。時間を稼いだだけ)
(そして、その時間すら、先生と風紀委員の前では不要だった)
ヒナがシヲを見下ろす。
「貴女がいなければ、ここは落ちていたでしょうね」
「助けに来たけど、君がここを守ったのは本当だ」
ヒナに続いて先生も確かめるように言葉を重ねる。それは事実であったが、今のシヲには届かない。
「シヲ!」
肉体が限界を迎えたのか、シヲの意識はゆっくり落ちていく。
(あの人に、失望されませんように)
小さな祈りは外に漏れずに溶けていった。
■
万魔殿 議長室。
マコトは上がった報告書を見てほくそ笑んでいた。
「例のスケバン達はやはりガベージ社絡みだったか。そいつらが私の
一拍。
「キキキキキ……!キャハハハハハ……!!!」
彼女の高笑いが建て直された議長室に響き渡る。
「不法侵入!器物損壊!私有財産侵害!我が支援者への発砲および暴行!」
ガベージ社とは、少し前から万魔殿絡みの事業を邪魔している企業であった。絶妙に突きづらい、みみっちい嫌がらせを繰り返しては隠れる彼らにマコトは煮え湯を飲まされていた。そのやり方は風紀委員の行政官が「同じ穴の狢ですね」と呟くほど。
それがようやく出した
「合法的に叩ける理由が山ほどあるぞ! 今まで尻尾を出さなかった、あのガベージ社が!」
「罠の可能性もありますけどね」
イロハは溜め息をつきながらマコトが投げた報告書を拾い上げる。ガベージ社のおかげでイロハの仕事はたくさん増えていたので、マコトの謀略でガベージ社がどうなろうが痛痒は感じない。
「それで、深町は?」
「怪我しているみたいで、風紀委員とシャーレが回収したらしいわ。今は救急医学部にいるみたいね」
サツキの報告を聞いたマコトの指が一瞬、止まる。
「……そうか」
「マコト先輩! 大変!」
「どうした、イブキ」
「シヲ先輩のバイク、壊れちゃったんだって……」
イロハと一緒に報告書を拾っていたイブキの一言で空気が変わる。心優しいイブキは、シヲが毎日乗り回しているバイクが廃車になったことに心を痛めているようだ。
「ガベージ社は
「そうなりますね」
「バイクは奴らに弁償させるか。折角だから最高グレードで手配しろ。オプションもつけられるだけつけてやれ。車体の色は……、本人に選ばせよう」
最高グレードの大型バイク。オプションもつけるなら在学中にスクラップへ早変わりすることはならないだろう……。とマコトは考えたところで。
「……いや、深町なら遠慮するだろうな。もし嫌がったら私名義で押し付けろ。『議長の判断に異を唱えるのか?』と言えば受け取るな」
羽沼マコトという名前は深町シヲの世界ではとても強い。具体的に言うと、先生からのお願いでも嫌がることをマコトからのお願いなら即受諾される。シヲの中でのパワーバランスは壊れていた。
「そしてガベージ社の本社宛てに正式な抗議文を送れ。証拠は風紀委員から引き上げさせる」
イロハがさらりと返す。
「風紀委員長が素直に渡しますかね」
「出させろ」
短い。だが声色が一段低い。
「私の所有物を荒らしただけなら政治で片付ける。だが……」
指が軽く机を叩く。
「ガベージ社の者が、私の支援者を撃った」
静まり返る議長室。サツキが目を細める。
「……珍しいわね。そこを強調するなんて」
「当然だろう」
マコトは椅子にふんぞり返るが、足先は落ち着きなく揺れている。
「深町シヲは
「
一拍。
「それを傷付けるということは、我々の権威に傷を付けるということだ」
イロハがぼそりと。
「利用する気満々ですね」
「利用?違うな」
マコトの笑みが鋭くなる。
「怒っているだけだ」
ふと彼女の視線が窓の外に向く。
マコトタワーがある方角。400インチの、タワーと呼ぶには小さすぎるそれを、深町シヲはずっと守ろうとしていた。
「……一人で、風紀委員が到着するまで持たせたらしいな」
「ええ」
「馬鹿だな。アイツらしくない」
吐き捨てるようでいて、どこか柔らかい。
「援軍を呼べば良いものを。私の名前を守るために意地を張ったか」
イブキが小声で。
「シヲ先輩、マコト先輩のこと大好きだからね!」
一瞬、沈黙。
「……知っているとも」
小さい声。誰も茶化さない。
壇上に立つマコトを見る目を。マコトのために色々な場所を巡る姿を。マコトの作る未来を信じて動かす手を。
同じ立場でないことを視覚的に示すためにロングコートに袖を通さず、上着のデザインを変えて丈を詰め、シルエットそのものを変えるなんてこともしている彼女。
それらを見ていれば、万魔殿のメンバーの誰だって分かる。深町シヲにとって、マコトがいかに特別な存在かを。
「救急医学部に行く」
イロハが顔を上げる。
「今からですか?」
「当然だ。ガベージ社は逃げない。逃がす気も無いが。……だが、深町の意地は今すぐ折れるかもしれん」
■
救急医学部の部室は静かだった。
シヲは眠っている。少し前の、マコトを庇って階段から落ちたときのそれとは全く違う。
今の彼女は泣き疲れた子供のようだった。
マコトはシヲの薄っすら腫れた目を見る。隠れて泣いていたのだろう。枕のカバーには涙の跡がうっすら残っている。
「……」
指先が、ほんの僅かに動く。触れない。触れたら深町シヲを形作る何かが崩れてしまいそうな気がした。
「深町」
返ってくるのは寝息だけ。普段なら真っ先に下がる頭も、言葉を紡ぐ声も、ここには無い。
「……寝ているのか」
呟いたのは確認ではない。現実の受け止めだった。
深町シヲが、マコトに反応しない。それが彼女にとっては妙に重い。
思えば、シヲはマコトが何かする度に必ず反応を返していた。演説であれば拍手を、声を掛ければ心配するほど即座に言葉を。少し触れればシヲ自身の意識を揺らすほどの喜びを。
それらが全く無いのは、どうにもむず痒い。
「……静かだな」
カーテンで囲まれたそのスペースは白い。機械音も最小限。
ここには万魔殿の議長へ向けられる視線も、万魔殿の支持者の熱も無い。あるのは、眠っている一人の生徒だけだ。
マコトはベッドの脇に立ったまま、腕を組む。
「馬鹿め」
叱責のようでいて、声は柔らかい。
「援軍を呼べば済む話だろうに。私の名前を守るためだけに命を削るな」
返事はない。当然だ。眠っているのだから。
だがマコトは続ける。聞かれていないからこそ、言える。
「……お前は駒ではない。少なくとも、使い捨ての駒ではない」
言い切ったあと、自分でわずかに眉をひそめる。
シヲは、駒扱いをされると安心する。命令されれば動く。役割を与えられれば愚直なまでに果たそうと足掻く。
だからこそ、危うい。命令がなければ心が壊れる。かと言って重い命令ばかりをすれば体が先に壊れる。
「一人で、全てを背負うな。何の為に私がいると思っているんだ」
シヲは眠っている。いつものように「了解しました」とは言わない。
——今の言葉は、届かない。
届かない相手に命令しても意味はない。届かないからこそ、今のこれは命令ではなく、ただの願いに近い。
マコトは椅子を引き、腰掛ける。いつもなら足を組む。だが今は組まない。無意識のうちに、姿勢が崩れている。
「お前は『隣に立たない』などと言っていたそうだな」
先生に向かってシヲが言った言葉。月の隣に並ぶ雲は月を隠す、と。自身の存在がマコトの邪魔になると、彼女は思っている。
「誰が隣に立つなと言った。光を遮る? このマコト様の威光がその程度で隠れると思うな」
ほんの僅かに、指先がベッドの縁に触れる。触れるだけで手は伸ばさない。
「お前が自身の働きを誤差だと思っているのなら、それは間違いだ。時間を稼げなかったのも間違いだ。私が動くに足る理由も、手札も、時間も。お前が作った」
そもそも、先生と風紀委員達がマコトタワーに向かったのは非公式ながら存在するゲヘナ学園生活扶助会の
――いつもは掲示板の近くにいるシヲがいない。
――バイクも無いし連絡も繋がらない。
――もしかしたら、何か危険な目に遭っているのではないか。
こういった声があったから、行方不明の生徒を探すというテイで先生と風紀委員を動かせたのだ。
さらにゲヘナ学園の生徒であり、万魔殿の支持者であるシヲをガベージ社が傷つけたという事実は揺らがない。
この揺らがぬ事実がある限り、連邦生徒会すらも万魔殿がガベージ社に抗議文を送りつけることを邪魔出来ない。それを邪魔するのなら他学園からも抗議が出るのは目に見えている。
「お前の動きを見ていたから、周りが声を挙げた。だから先生と風紀委員を向かわせることが出来た。これを誤差と言うのなら。私の勝利も誤差だな」
マコトはベッドサイドの机の上に置いてあった黒ずんだバッジを手に取る。
それは、マコトが議長に就任したばかりの頃、万魔殿がまだ笑い者だった時期に配った支援者用の徽章。今持っている者はほとんどいない。シヲの短く切った学ランの襟元にあるそれ以外に身につけている人物を挙げろと言われたら困るくらいには珍しい。
黒ずんだバッジを手袋で拭う。黒ずみは完全には落ちない。マコトの白い手袋が黒く汚れるが、バッジは僅かに光を取り戻す。
「お前が欠けてもこの学園は回るだろうが……。私は嫌だ」
「私が世界征服を成し遂げた姿を、まだ見せていないだろう」
ほんの一瞬だけ、視線が眠る顔に落ちる。
「逃げるな、深町シヲ」
それは命令だった。
「私の描く未来から、勝手にいなくなるな」
バッジを元の場所に戻す。位置を、ほんの少しだけ整えて。
マコトは立ち上がる。やるべきことはもう、決まっていた。事態は眠る少女を起こさないように、だが確実に動き出していた。