ゲヘナ学園の投票率と万魔殿の支援率を履き違えていた馬鹿が通るぞ(隙自語)
有能描写はいくら盛っても構わないとばっちゃが言ってた。違っていたら清渓川に突き落としてくれて構わないよ
一週間後、万魔殿宛に届いた書状が会議室の机に広げられていた。
封筒は色褪せており、社名の横のロゴマークも薄くなっている。
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貴学園より送付いただいた文書につきまして確認いたしました。
当社といたしましては、記載された件に関し、当社関係者の関与を確認できておりません。
【中略】
現場周辺には非公式な武装集団も存在しており、当該事案はそのような第三者による偶発的衝突である可能性が高いと認識しております。
また、貴校生徒が二輪車を遮蔽物として使用された件につきましても、当社としては戦闘状況の詳細を把握しておらず、当社に責任が帰属する合理的根拠は見出せません。
今後とも地域の安全と発展のため協力関係を構築できれば幸いです。
――以上
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「そんな
サツキに続いてイロハが述べる。
「支援者を撃っておいて協力関係の構築って……。面の皮が厚いですね。とはいえ直接の関与を否定し、第三者に責任を転嫁。法的責任の回避を優先した文面です」
怒りはない。ただ、処理が始まった声音。
「回答期限は守ってますけど、ねぇ? こちらが提示した期限ギリギリの時間に到着してます。それだけではありません。以前風紀委員に銃弾を納品したときの納品書が入っていたものがここにあります」
チアキが封筒を並べる。風紀委員に宛てたものは印面が鮮明であった。万魔殿に送られてきたものはまるで異なる。
「こちらが今回届いたもの。消印は期限当日。本社がある近くの郵便局なので、集配ギリギリの時間に出した可能があります。そしてこちらが以前、風紀委員に銃弾を納品した際の納品書封筒。印面がまるで違います」
「印字の摩耗状態から見て、今回の封筒は倉庫で長期間保管されていた在庫封筒の可能性が高いわね」
万魔殿にこの封筒を送ったことが数年前の出来事なら納得出来るが、押された消印が現在起きていることであることを示している。
――この封筒及び抗議文に添えていた証拠は風紀委員から提出させたものだ。普段の嫌がらせとは関係ないことが明白であったため、そこそこの早さで処理された。無論、遅ければそれはそれで後日嫌がらせのネタにする予定であったが。
「回答は『当日書いた』のではなく、あらかじめ用意していた文面を差し替えた可能性がありますね」
「うーんと……。このお手紙、別のことにも使ってるかもってこと?」
「その通りです、イブキ。もちろん宛名等は変えているでしょうがあちらはテンプレートをそのまま出している……と考えるのが妥当です」
イロハはイブキの頭を撫でながら口にした。
テンプレートを使うこと自体は悪いことではない。あらゆる物事には形式というものがある。一見すると無駄に見える物事が緩衝材だったり、互いの状態を測る役割を果たしていることは少なくない。
それこそ、エデン条約の調印式なんてゲヘナ側がトリニティ側に歩み寄っていると見せかけるために会場をトリニティ総合学園寄りの敷地内にしたのだ。成功したかは……言わない約束だ。
「数ヶ月前、ガベージ社の社長が変わってから辞めた社員が多くいるわ。それがきっかけで今まで支えてくれていた人達が限界を迎えた。だから尻尾が出てきたのかも」
例えば、この万魔殿をずっと支援しつづけている少女のような存在がガベージ社の中からはいなくなっている。
「今日辞めたのは元弁護士で法務担当。その前は資材管理責任者、そのさらに前は内部監査役。いずれも『止める側』ね」
「止める人……?」
イブキが首を傾げる。
「無茶をする上層部を、最低限
無茶をする上層部、でイロハがちらりとマコトを見た。この万魔殿で一番無茶をするのはマコトである(少なくとも本人以外の認識では)。その尻拭いをしている確率が高いのもイロハである。色々思うものがあるのは当然だ。しかし何事もなかったかのように資料へ戻した。
机の上にあるそれはただの返答書ではない。組織の余裕が削れた証拠。弱りきっていることを悟られないために被ったハリボテ。
「向こうは今、守りが薄い」
マコトはこれまで一言も発していなかったが、初めて笑いながら告げる。いつもの高笑いではない。静かで、底の見えない笑みだった。
「我々は今まで見逃してやっていただけだ。しかし、奴らは踏み越えてはいけない線を越えた。ならば遠慮はいらんな?」
様々な猛者が跳梁跋扈するゲヘナ学園で、何故羽沼マコトが頂点に立っているのか。何故制圧力に秀でた空崎ヒナがいる風紀委員が天下を取らないのか。
「サツキはイロハが昨日保護した『協力者』から引き続き内部の情報を探れ。チアキとイブキはガベージ社の過去一年分の取引資料を洗え。これだけ雑になっているんだ、少し浚うだけですぐに出る。イロハは超無敵鉄甲虎丸をいつでも出せるようにしておけ」
ゲヘナで王に必要なのは力ではない。 どの瞬間に牙を剥くかを知っていることだ。
羽沼マコトは、常にそれを知っていた。
■
数日後。シャーレ内。
「ゲヘナ学園の投票率は約3%……。ゲヘナ学園の投票率は約3%……」
「そうだ。この雑誌ではまるで支持率が3%になったかのように書かれているが、これは投票率であって支持率が上昇したとは一言も言っていない。数字の魔術に踊らされているな、シヲ」
「ぐぎぎぎぎ……」
悔し涙を流しながら自習室の机に向かっている、病み上がりの生徒が一人。その隣にはレッドウィンターの制服を着た少女が一人。
「今回こそミノリを羽沼派に引き込めると思ったのに……!」
「あたしは労働者の味方だ。権力者の味方をするなら敵になるのは自然なことだ」
「一緒にデモをした仲ではありませんか! 低品質なプリンの製造元を共に是正したことを忘れたのですか?」
「それとこれは話が別だ」
権力者やブルジョワは基本、安守ミノリの敵である。サンタクロースやバレンタイン商戦に屈しない時点で、ゲヘナ学園の権力者を半ば信奉しているシヲとの相性は悪い。
通っている学園も違うのに味方に引き込めると思っているシヲの方が異常なのはそう。
「誰もが耳を傾けずにはいられない言葉、自信に満ちた姿勢、揺るがぬ意思……。ミノリが持つものは今の私に足りないものばかりです」
「その向上心は好ましいが、ブルジョワの支援だけに傾いているのはどうかと思うぞ」
「かと言って、レッドウィンターの方に染まるのはちょっと……」
「あ、先生」
自習室に入ってきた先生は人畜無害を形にしたような笑みを浮かべた。
「どうかしましたか?今日の当番であるミノリは業務を全て終わらせた筈ですが」
「まさか……、デモの準備か!?」
「違う違う。ここに置きっぱなしだったレポートや技術ノートが必要になってさ」
先生はゴソゴソと棚に収まっていた大量の教材を持とうとする。段ボールいっぱいに詰まったものが三つほど。一人では持ちきれない量だ。
「先生、これを一人で持つには多過ぎる」
「手伝います。何処まで運べばよろしいですか?」
ミノリとシヲは自然と立ち上がる。お互いの思想はどうあれ、困っている先生を放っておくのは彼女らの信条に反する行為だった。
「ありがとう。シャーレのオフィスまでお願いして良いかな?
「以前も似たようなことを言ってませんでしたか……?」
「前は
シャーレ居住区からオフィスへ移動する間は短いようで長い。自然と会話が始まる。
「ゲヘナ学園はどう?」
「羽沼さんの麗しさと素晴らしさは今更語る必要の無い事実でありますが。いつも通りと言うと少し語弊があります」
「何かあったということだな」
「以前から万魔殿と取引していた会社の一つが倒産しました。厳密に言えば倒産秒読みと言ったところですが……」
「へえ」
先生は軽く相槌を打つ。
「ガベージ社です。正式には『事業整理』と発表していますが、主要取引先が一斉に契約を打ち切りました。金融機関も融資を凍結。資材搬入も停止状態です」
ミノリが眉を上げる。
「随分と急な話だな」
「ええ。不思議なことに、同時期に内部監査の報告書が流出しました。さらに武器の横流し疑惑まで浮上しています。クロノススクールの取材を受けた社員は顔を青くしていましたね」
淡々とした説明。まるで天気の話でもしているかのように。
「……万魔殿が?」
先生が何気なく聞くと、シヲは即座に首を振る。
「いいえ。万魔殿が直接動くとは思えません。あの方はもっと……、堂々とします」
その言葉に、先生はほんの少しだけ笑う。
「そうかな」
「はい、羽沼さんは正面から行く御方ですから。全くの無関係とは言えないでしょうが……。まあ、なるべくしてなったことかと。あそこの社員、風紀委員にはへりくだる癖に万魔殿のことは舐めていましたし当然です。天罰覿面という奴です」
シヲはちらりと浮かんだ可能性から目を逸らすように口を開く。
「今も超無敵鉄甲虎丸に乗った棗さんが巡回をされていますし、何か危険なものでも製造していたんでしょう。羽沼さんと友好的な関係を築いている商店街周辺でそのようなものを製造していること自体が羽沼さんへの冒涜ですし、いずれ誰かが正すべきことだったのでしょう。それが今だった、というだけです」
太陽や月は誰かのために地面を照らす訳ではない。
だが、光が届いた場所は確実に変わる。
先生は何も言わなかった。 箱の重さが、ほんの少しだけ軽くなった気がした。
■
かつて下請け工場として稼働していた建物の一角。応接室には誰もいない。高価そうなソファだけが、無人のまま整然と並んでいる。
受付には「本日休業」の札。しかし、休業ではない。実質の機能停止だ。
「……社長、本当に融資は止まったんですか?」
経理担当の声は震えている。
「一時的だ。形式上の確認だと言っていた」
だが、その『確認』は三行で済まされていた。
――使用用途不明の資材購入履歴あり
――監査報告書未提出
――継続融資は保留とする
たったそれだけ。
倉庫では搬入予定だった資材が来ない。運送会社は言う。
「契約先の信用状況に懸念があるため、一時保留です」
部品が無い。ラインは止まる。止まったラインはすぐに錆びる。工場は動いている間は利益を生むが、止まればその分負債となる。
クロノススクールの記者は正面玄関前でマイクを構えていた。
「内部監査資料の流出について、説明をお願いします!」
「ブラックマーケットに銃や爆薬を流していたことは本当なんですか?」
「今の状況に対して一言!」
誰も出てこない。いや、出られない。
出てしまえばこの歪んだ中身を見られてしまうから。どうにかして逃げ出したいが、裏口にも記者はいる。夜遅くか早朝の人が少ない間に、神経をすり減らしながらこっそり出入りするしかない。
「万魔殿は動いていない。なら、誰が……?」
社長はそう言い続けた。
事実だ。万魔殿は工場に一度も攻め込んでいない。
万魔殿の戦車隊は来ていない。戦車長の駆る超無敵鉄甲虎丸も、周りを巡回しているだけで決してガベージ社の敷地内には立ち入っていない。
銃声もない。工場の稼動音が消えたことで閑静になったとすら言える。
ただ、取引先が距離を置き、銀行が慎重になり、記者が嗅ぎ回る。周りがあらゆることへの『再確認』を始めただけ。それらがガベージ社の綻びを『偶然に』『次々と』見つけていくだけ。
――まるで、耳元で悪魔が囁いたように。
間近に辞表を提出した元弁護士のせいかと社長は思った。だが問い詰めることは出来なかった。既に彼は姿を消していたからだ。
社長は追手を差し向けたものの、その日の巡回ルートに
超無敵鉄甲虎丸は、ただ道路を走っていただけだ。商店街の安全確認をしていただけだ。最近不審者が多いという通報があったから巡回していただけだ。
強いて言うなら、戦車が通れないという理由で少しルートを変えただけ。それがたまたま元弁護士のいた場所と重なっただけ。
追手は何も出来なかった。戦車は敷地に入っていない。発砲もしていない。警告すらしていない。
ただそこにいた。それだけで十分だった。
翌日、元弁護士は商店街の一角にある小さな事務所に姿を現す。
「法的相談承ります」
その看板の下には、万魔殿の再開発計画書類が静かに積まれていた。
彼はその経歴を生かし、商店街の契約監修と法務顧問として働くことになる。ブラックマーケットの抜け穴を知る者は、抜け穴を塞ぐ側に回った。
ガベージ社は
万魔殿は
ただそれだけのことだ。
その月の終わりには一つの社屋が売りに出されたが、翌月には