先ちょでマコト議長登場にリーチがかかっててヒィヒィ言ってます
――D.U.シラトリ区 ラミニタウンの一角
路地に佇む少女が一人。曇りなのに身につけている大ぶりなサングラスは彼女の表情を伺わせない。
スマートフォンを手にしてモモトークを開き、何かやり取りをしている。真剣な表情を崩さない彼女に話しかける者は一人もいなかった。
彼女の名は深町シヲ。ゲヘナ学園で羽沼マコトを支持する生徒としてかなりの確率で名前が挙がる生徒だ。
「……了解しました。では、その店で」
短く打ち込み、送信。そしてサングラス越しに周囲を一瞥する。彼女にとっては単なる安全確認。だが他者から見れば異なる意味を帯びているように見えた。
例えば、大っぴらに言えないことを実行するために人目を気にしている。学園を揺るがすような計画を企てているために素性を知られまいとしている。
そんな憶測が飛び交っているが、当の本人は強く否定も肯定もしていなかった。
シヲにとってマコトの評判が下がるのは死活問題だが、自分の評判など些事である。マコトの支持者に醜聞があれば、巡り巡って彼女の評判や票の獲得率の低下に繋がるから気にしているだけ。
噂話が広がるのを止めないのは、シヲ本人が真意を語ったところで語り手達は刺激的な箇所だけつまみ食いするだけと思っているのもあるし、噂には部分的に正しい箇所もあるからだ。
ゲヘナ学園の一生徒に過ぎないシヲが、アビドス近郊に自分の名義で弾薬などをコツコツ溜め込んでるなんて大っぴらには言えないし、ゲヘナ学園の風紀委員を排除する計画も考えたことがあった。後者に関しては風紀委員長という越えられない壁があったので全て頓挫している。
ブーツが地面を叩く。迷うことなく進んだ先には、リーズナブルな値段とそれなりの美味しさ、メニューの豊富さで評判のレストランがあった。和洋中関係なしにメニュー表に並ぶ料理達は、政治的緊張とは無縁の顔をしている。
シヲは店のガラス扉に映る自分の姿を一瞥する。着慣れているジャケットの丈は短め。黒いスラックスには汚れなし。背中のリュックの中にはちゃんと財布が入っていると確認してあるし、アタッシュケースの中には愛銃『後始末』だって入っている。
(問題ありません)
サングラスは曇天の下では些か過剰だが、外せばそれはそれで目立つ。だが、着けたまま店の中へ入った。カランカランとドアベルが軽やかに鳴る。
店内を睥睨すると、シヲの見慣れた姿の二人が目に入った。
シヲとお揃いのサングラスを身に着けている彼女は山海経高級中学校、玄龍門の執行委員長である近衛ミナ。その向かいに座しているのはレッドウィンター連邦学園の保安委員長である池倉マリナ。シヲは迷うことなくその席へと向かった。
「私が最後でしたか」
「いや、時間通りだ」
「先に席を取っていた方が良いと思ってな。注文はまだしていない」
シヲは二人の気遣いを感じ、サングラスを外しながら少しバツの悪い笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。では、注文の後に早速『例の件』に入りましょう」
隣のテーブルで水を飲んでいた客が盛大にむせた。
というのも、この客はゲヘナ近郊からレッドウィンターと山海経に武器を横流ししているブラックマーケットの商人を纏める者であった。商談が終わって一服していた矢先にコレである。
(何だこれは……!?我々のことを万魔殿や玄龍門の黒き門主、レッドウィンターの書記長は把握しているというメッセージか!?)
実際は奇妙な運命の巡りあわせに過ぎない。
三人はここのレストランならお互いの食の嗜好に気を遣うことなく話せるし、それぞれの所属する学園から程良く離れていて気兼ねなく話せるからという理由でこの店を選んだのだが、隣の客は知る由もない。万魔殿の議長がこの光景を見たら手を叩いて笑っただろう。
三人はメニューを開いた。軽いものからガッツリ食べられるものまで幅広く取り揃えてあるのが分かる。
ふと何かに気づいたシヲがメニューを指でなぞった。
「……ここ、火鍋もやっているんですね」
期間限定、しかも一部店舗のみの取り扱い。それを扱っていることへの純粋な驚きだった。だが隣席の商人は凍りつく。
(火鍋……?火を入れるということか……!?)
ミナは静かに首を振った。
「山海経の方が良い。良い場所を知っている」
落ち着いた声。
(山海経で……やる……?)
「
「ああ。私も食べたことがある。あれは良かった。シヲもきっと気に入るな」
「辛いものはあまり得意ではないのですが」
「こんな感じで、白湯スープと辛いスープの二種類が同じ鍋の中で別々に分けられている。辛くない方だけ楽しむことも出来るんだ」
「山海経で食べる前にお試し、ということで注文してもいいんじゃないか?」
三人の間では完全にグルメの話。しかし外野の脳内では「山海経で血祭りに上げる前に一度デモンストレーションをする」といった意味合いに変換された。全く違いますと訂正してくれる者はいない。
「では、今回は見送りましょう。火鍋は山海経で改めて、ということで」
「そうか。なら私は麻婆豆腐にしようかな」
「ランチセットならデザートも選べますね、もちろんプリンもありますよ」
「それは良いことを聞いた!セットにしよう!」
「私はチーズを食べたい気分なのでグラタンにしますかね……。ミナはどうします?」
「炒飯と酢豚、デザートにコーヒーゼリーで」
三人は店員を呼び、淀みなく注文を告げた。
「麻婆豆腐のランチセットを一つ。デザートは濃厚プリンで頼む」
「チーズグラタンのランチセット、ライスをパンに変更し、デザートはミルクジェラートにして下さい」
「炒飯と酢豚のセット。デザートはコーヒーゼリーだ」
店員は慣れた手つきでメモを取り、軽く会釈をして去っていく。
ブラックマーケットの商人は、震える指でグラスを握りしめた。
(山海経で改めて……。デザートセット……)
符丁にしか聞こえない。実際は単なる注文なのだが、疚しいことの心当たりしかない彼の脳内では不穏な響きに自動変換されていた。
料理を待つ間、マリナが身を乗り出した。
「山海経に行くなら、宿はどうする?」
(宿……!? 拠点確保か……!?)
「観光客向けの場所で問題ありません。目立たない方が良いですが……、まあ、必要経費かと」
「裏路地にも良い店はあるが、正面から堂々と行くのも悪くないな」
(裏から……侵入……!? いや、正面突破……!?)
ミナがいくつか候補となる宿を二人に見せる。学生三人で遊びに行くには少し背伸びしたくらいの価格帯であった。
「どちらにせよ、時期は雪解け後ですね」
「人の流れが増える時期ならこちらも動きやすい」
(終わった……)
料理が運ばれてくる。湯気が立つ温かな皿がテーブルの上に並ぶ。三人は小さく手を合わせた。
「いただきます」
まずはミナが酢豚を一口。
「……悪くないな。山海経とは違う味わいがある」
「比較対象があるのは良いことです」
「こっちの麻婆豆腐も美味しいぞ。辛くなくて食べやすい。一口食べてみるか?」
シヲは差し出されたスプーンに乗った麻婆豆腐を一口。
「……辛いですが、悪くありません」
ミナが炒飯を差し出す。
「これも試せ」
「では、こちらのグラタンも。熱いのでお気をつけて」
三人の間で料理が静かに交換される。
ブラックマーケットの商人の目には、それが『最終確認』に映った。
(毒味……役割確認……?)
やがてデザートが運ばれる。
「一口どうぞ」
「ありがとう」
「こちらもどうぞ」
プリン、ジェラート、コーヒーゼリーを乗せたスプーンが回る。
(回す……!?最終合意……!?)
商人は限界だった。震える手でモモトークを開く。
【緊急】
三校幹部、最終確認段階。
雪解け後、山海経で決行の可能性。
裏路地ルート想定。宿泊あり。
送信。
三人は気づかない。ただ、次はどこへ行こうかと楽しそうに笑っているだけだった。