純粋にバニラウエハースが美味しいから追加で買おうかな……。
万魔殿の一室に呼び出されたシヲは静かに困惑していた。
呼ばれたこと自体は疑問に思わない。深町シヲは羽沼マコトのためなら何でもやる。万魔殿本部内に現れた害虫駆除からイベント会場の手配、物資の提供。マコトが望めば資金の提供だってする。法に触れない範囲でだが。
現に、シヲはてっきりアビドス近郊にシヲが個人名義で蓄えている物資か、万魔殿主催のイベントの手配についての話をされるのかと思っていた。
「そう緊張しないで。コーヒーと紅茶、どっちが良いかしら?」
「お、お構いなく……」
シヲを呼び出したのは、情報部長のサツキである。妖艶な彼女はゆったりと余裕のある動きでコーヒーカップをシヲの前へ置いた。一方で、シヲは借りてきた猫以上にガチガチに緊張している。
重厚な机。整えられた書類。香りの良いコーヒー。
シヲは背筋を伸ばしたままカップに手を伸ばさない。
(尋問……ではありませんね。圧迫感はありません。心理誘導……?)
(それにしても京極サツキさん。キヴォトスに『美しさによる罪』があれば羽沼さんの次に捕まりそうですね。造形が良過ぎます。まさに芸術家泣かせ……)
「今日はシヲちゃんにお願いがあるの」
「拝領しました」
考える時間など不要であった。
「ふふふ、元気なお返事。まずは説明をしましょうか。シヲちゃんは『NKウルトラ計画』について知ってる?」
「存じております。京極さんが進めていらっしゃる計画のことですね」
「そう。銃を撃つことなく世界を征服するための計画……。それにシヲちゃんも協力してほしいの」
NKウルトラ計画とは、サツキが主導している計画のことである。催眠術を使って世界征服を達成するという怪しいプロジェクトだ。現状の成果は風紀委員の行政官や一般生徒など、多くの者にオカルト扱いされていることから察せられる。
「無論です。羽沼さんが支援されているプロジェクトへ協力しない理由がありません。協力とは具体的に何をすれば良いのでしょうか」
「今回は簡単な催眠術の被検体になってほしいわ」
サツキはどこからか、糸の先にコインをぶら下げたものを取り出した。コインは光を反射して、規則正しく左右へ揺れる。
「力を抜いて。視線はこれに集中してね」
「了解しました」
シヲは背筋を伸ばして即答し、視線をコインへ固定する。
(催眠術。暗示。視覚誘導と単調なリズムによる意識低下。理論上は自己暗示に近い現象。私が自覚的に拒否すれば……。拒否?)
コインが揺れる。
右へ。左へ。規則正しく。
「あなたは段々眠くな〜る……」
(拒否……していいんでしょうか……?)
サツキの声は低く、柔らかい。与えられる刺激は単調な一定のリズムに収束する。
「眠くな〜る……」
(羽沼さんの、大事な、万魔殿の方……)
シヲの体から、すっと力が抜けた。背筋はまだ伸びている。だが、肩の緊張だけが静かに溶けていく。
コインが揺れる。右へ。左へ。規則正しく。
「眠くな〜る……」
(拒否は、可能です。ですが、NKウルトラ計画は羽沼さんが支援されている計画……。情報部長の信頼を損なう行為は――)
思考が鈍くなる。
(拒否自体は可能。しかし……)
(拒否する合理性が、見当たりません)
シヲの体から力が抜け、近くのソファーに倒れ込む。彼女はサツキの言葉へ忠実に従った結果、抗えない眠気に襲われていた。意識が途切れないように最後まで奮闘していたが、やがて瞼が落ちる。
「シヲちゃん?」
サツキはソファーに倒れ込んだシヲの様子を確認する。シヲが寝息を立てていることを確認したサツキはNKウルトラ計画の確かな手応えに笑った。
「成功、ね」
■
「あら。こんにちは、先生」
「こんにちは、サツキ。えっと、この状況は……?」
万魔殿へ訪れた先生は、客人用ソファーで寝息を立てているシヲを見る。普段は淡々としている彼女が、ソファーに倒れ込むようにして眠っている姿はなかなか珍しい光景だった。
「……シヲ?」
そっと名前を呼んでみるが、反応はない。規則正しい寝息だけが返ってくる。
「疲れていたのかな」
先生は小さく呟く。その横で、サツキが満足そうな表情をしている。
「いいえ、違うわ。これはね、先生……」
「NKウルトラ計画の成果よ」
誇らしげである。先生は一度、ソファーのシヲに視線をやってからもう一度、サツキを見る。
「……催眠術?」
「そうよ」
サツキは糸の先にぶら下げたコインを軽く揺らして見せた。
「被検体第一号。深町シヲ。見事に暗示にかかったわ」
先生はシヲの性格を思い浮かべる。
(マコトのためなら何でもやる、万魔殿の人間を疑わない、お願いされたら断らない、基本的に真面目……)
そして今の状況を重ね合わせて思う。
(それ、催眠術が上手くいっただけじゃなくて……。シヲが極端に暗示にかかりやすいだけでは……?)
一方、サツキは目を輝かせている。
「これは明確な進歩よ」
ものすごく嬉しそうである。今まで明確な進展が無かったぶん、喜びもひとしおなのだろう。
先生は数秒黙ってから口を開く。
「……そうなんだ」
先生は基本、優しい。荒唐無稽とも言える計画にもツッコまない。
「これから被検体を増やしていくわ。この技術があれば銃も暴力も必要ない……。まさに平和的世界征服ね」
「そうだね」
先生は頷く。生徒は銃弾で深く傷を負うことは殆ど無いと分かっていても、少女達が銃撃戦を日常的にするのは精神的に来るものがある。銃を出す前に戦いが終わるのならそれに越したことは無い。
視線だけが、ソファーのシヲへ向く。ぐっすり眠っている。とても平和だ。
(……まあ、シヲは最近働き過ぎだったし。いい休憩かな)
先生はそう思うことにした。
来週の先ちょにマコトが出てきてたら埋葬されてると思って下さい。グロ版の動画で過去にマコトが3Dモデルで出てきてるのは分かってますが日本語ボイスがついたらと思うと耐えられる気がしません。助けて。