お前も万魔殿最高と叫びなさい!   作:竹製手桶

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10連無料分で両方出せば天井叩かずに済む。そう思ってた時代が私にもありました(青封筒を開封しながら)



5.狸のポスター

「先生、こんにちは。ゲヘナ学園にいらっしゃるのは珍しいですね」

 

黒く短い髪に横長の瞳孔が特徴的な生徒、深町シヲは壁に貼られているものを剥がして回っていた。

 

「何をしているの?」

「不適切な掲示物の撤去作業です」

 

彼女の手元に集まっていたのはとあるポスター。その材質自体は珍しいものではない。よくある紙で作られた、学内向けのものだ。

 

彼女がじっと眺めていた理由はその絵柄である。

描かれているのは狸。しかしその狸は先生にも見覚えのある帽子と制服、そしてコートを纏っている。万魔殿のメンバーが身につけているものと同じものを身につけているのだ。まるでその輪の中心にいる少女と同じように。

 

マコトの渾名の中には「狸」がある。抜け目のないところ、狡猾なところを揶揄したものだ。

――この絵は明らかに羽沼マコトを風刺しているものと言えるだろう。

 

「これって……」

「お気づきでしょうか。こちらは明らかに羽沼さんを風刺しているものです。本来は即刻焼却処分するべきなのでしょうが……」

 

シヲは手元にあるポスターへ目をやる。絵の中の狸はつぶらな瞳でシヲを見つめていた。愛嬌すら感じさせるそのポスターの裏や隅を、彼女は丁寧に検分している。

 

「それで、シヲは何をしているの?」

「作者に繋がるものが無いかを探しています。サイン、独自の意匠のロゴマークなどです。ウォーターマークでも入っていれば楽だったんですが」

 

懐からルーペを出して不自然なラインやサインが無いか観察する姿はまるで犯罪捜査のようだ。

 

「先生に、こういった絵を描く生徒の心当たりはありませんか?」

「いや、無いな……。愉快犯とかじゃないかな?」

「この枚数を愉快犯が用意するとはとても思えませんが……」

「犯人を見つけたらどうする気なの?」

 

シヲは何か考え込むように瞬く。

 

「そうですね……。まずはこの絵を描いた意図を聞きます。美しく気高い羽沼さんをそのまま描くのが余りにも畏れ多く、愛らしい動物のデフォルメに託したのであれば構いません。その場合は羽沼さんを揶揄していると誤解される動物をモチーフに選ばないよう指導する必要があるでしょう」

 

多分その線は無いと思うよ、という意見を先生はぐっと喉奥に押し込めた。生徒の自発的な意見を最後まで聞かずに否定するのは良くない。そう考えた先生は教師の鑑である。

 

「もしこれが風刺画あるいはそれに類するものであれば……。生徒会選挙に投票および立候補しているかを確認します」

「投票を確認?」

「ゲヘナの生徒会選挙において、選挙権および出馬表明する権利は全生徒に与えられます。声を挙げる機会は平等にあります。それらを怠った上で不満を吐くのであれば選挙というモノの在り方を理解していないということです。選挙のシステムについて復習する必要があります」

 

シヲは淡々と理屈を並べている。……ように見えるが。その奥にはいつも『何か』があると、先生は理解している。

 

「投票した、あるいは出馬した上で負けたのであれば……」

 

ゆらりと、シヲの目の奥で『何か』が揺らぐ。

 

「……負けたのであれば?」

 

先生が促すと、シヲは一度だけ視線を落とした。手元のポスターに描かれた狸の鼻先を、指でなぞる。

 

「それは、羽沼さんの判断が選ばれたという結果です。たった3%の投票率であっても、選ばれなかったことは事実です」

 

淡々とした声だった。怒りも、嘲りもない。あるのは、揺るぎない確信だけ。

 

「民主的な手続きを経てなお選ばれなかった意見は、少なくとも現時点のゲヘナ学園においては不要だった、ということになります」

「……随分と割り切ってるね」

「当然です。羽沼さんは、そのシステム内において正当に選ばれた側ですから」

 

シヲは顔を上げる。その横顔は、どこか誇らしげですらあった。

 

「もし自分の主張が通らなかったのであれば、私なら次の選挙に向けて言葉を磨き、支持を集めます。あるいは羽沼さんの判断が正しかった理由を学びます」

「それでも納得できなかったら?」

「そのときは――」

 

ほんの一瞬。シヲの口元が、わずかに上がった。

 

「自分が間違っている可能性を、真剣に検討します」

 

先生は言葉を失った。

それは従順さではない。盲信とも、少し違う。

 

(……これは、為政者への信頼だ)

 

先生がそう結論づけた、そのとき。

 

「ですが」

 

シヲは続ける。

 

「選挙にも参加せず、正面からの言葉も持たず、壁に紙を貼って嘲笑するだけ――それは違います。それは批評ではありません。責任を伴わない悪意です」

「……結構、厳しいね」

「当然でしょう」

 

即答だった。

 

「羽沼マコトという方は、常に批判と結果の両方を引き受けています。であれば、批判する側にも同等の覚悟が求められます」

 

校舎の向こうから、遠くで爆発音が響く。ゲヘナでは日常の一部だ。

シヲは気にも留めず、話を続ける。

 

「それに――」

 

一拍置いてから、彼女は言った。

 

「この描き方は違う。狡猾さではなく、軽薄さを強調している」

「そこまで分かるんだ」

「分かります。私は……」

 

そこで一瞬、言葉が詰まった。

 

「……羽沼さんの言葉を、何度も聞いていますから」

 

それは自慢でも誇張でもなかった。事実を述べるような口調だった。

 

「演説の抑揚、間の取り方、言葉を選ぶ速度。聞いていれば分かります」

「分かる、って……」

「はい。羽沼マコトは、軽薄な人ではありません」

 

その断言には、微塵の揺らぎもなかった。先生は苦笑する。

 

「なるほど。つまりこれは――」

「羽沼さんを理解していない者が描いた絵です」

 

シヲはきっぱりと言った。

 

「だから撤去します。焼却は……」

 

一瞬だけ迷うように視線を落とし、

 

「……証拠が集まるまでは控えます」

 

先生は内心で安堵した。少なくとも、今すぐ燃やす気はないらしい。

 

「で、作者が見つかったら?」

「話をします」

「それだけ?」

「今のところは。話した上で、それでも悪意だと判断した場合は――」

 

シヲは顔を上げ、先生を見る。

 

「二度と同じことをしないように、理解してもらいます」

 

穏やかだが、重い声だった。だからこそ、先生は思った。

 

(……この理解って、どこまで含んでるんだ?)

 

その疑問には答えず、シヲは最後の一枚を剥がし終える。

 

「それに」

 

歩き出しながら、ぽつりと。

 

「羽沼さんを風刺するにしても、美しさと危うさを同時に描けない時点で、表現として未熟です。……羽沼さんを可愛らしく描こうとする試み自体は、私は良いと思いますが」

 

そう言ったシヲは自分の言葉に違和感を覚えた様子など全く無い。一方、先生は一瞬思考が止まった。

 

「……え?」

「指導者を畏怖の対象としてのみ捉えるのではなく、親しみを持って理解しようとする姿勢は、支持者の裾野を広げる上で有効です」

 

極めて理知的な分析だった。言っている内容だけ聞けば。彼女の声色は明らかに内容とは乖離したものを伝えている。

 

「ですが、可愛らしさと軽薄さは違います」

「そこ、重要?」

「重要です」

 

即答だった。

 

「可愛らしさとは、内面の強さや覚悟が前提にあって初めて成立するものです。そこを削いだデフォルメは、ただの矮小化です」

「……なるほど」

「羽沼さんは」

 

そこで、ほんのわずかに言葉が柔らぐ。

 

「冷酷にもなれる方です。決断を誤らないために、情を切ることも出来る」

「うん」

「その上で、責任から逃げない。だから――」

 

シヲはポスターの狸の耳を、指先で軽く叩いた。

 

「可愛いだけにしてはいけません」

 

その声音には、怒りはなかった。ただ、譲れない一線だけがあった。

 

「もし本当に可愛く描きたいのであれば」

「のであれば?」

「その裏にある胆力と野心と覚悟を、どう表現するかを考えるべきです」

 

先生は思わず笑ってしまった。

 

「……随分と高い要求だね」

「当然です」

 

また即答。

 

「羽沼さんを描くということは、ゲヘナ学園そのものを描くということですから」

 

重い。重すぎる。

 

「じゃあ、この絵は?」

「不合格です」

 

容赦はなかった。

 

「可愛さに逃げています。愛嬌で誤魔化しています。これは――理解しようとしているふりです」

 

シヲはポスターを束ね、脇に抱え直す。

 

「なので撤去します」

「焼かないんだ?」

「はい、一度万魔殿の広報にこのような掲示物が存在したと伝えた上で指示を仰ぎます。今後もこのような掲示物が貼られた場合はどうするべきかの確認も兼ねています」

 

一拍。

 

「この絵を描いた方。次はもっと勉強してから描いてほしいですね」

「……マコトを?」

「羽沼さんを、です」

 

呼び方だけは、きっちり正した。その背中を見送りながら、先生は思う。

 

(この子、マコトの批評家としても、支持者としても、だいぶ厄介だな……)

 

そして同時に、

 

(でもまあ――描く側からしたら、一番怖いタイプだ)

 

先生は、もう何も言わなかった。

ゲヘナの壁から消えたのは、ただの紙切れだ。だが、その背後にあったものは、紙のように燃え尽きる類の熱ではなかった。





書記のチアキが広報のあたりやってそうだけど、週刊万魔殿の取材とかもあるし……。と考えてました。絆ストーリー読みかけ勢なので間違ってたら教えてほしいです。
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