申し訳程度にモチーフ要素を入れた
ゲヘナ学園の食堂を実質ワンオペしているフウカネキは凄い。正月フウカに足を向けて寝れない先生です。
ゲヘナ学園の学生食堂。
本来そこに立っている筈の愛清フウカの姿はいない。牛牧ジュリの証言によると、美食研究会の者が何か目的があって彼女を連れ出したらしい。
「本日は、私が給食部の臨時部員として職務の一部を代行します」
真っ白な割烹着と髪をすっぽり覆う帽子、青いゴム手袋と使い捨てマスク着用という、厨房というより食品工場にいそうな出で立ちの深町シヲは高らかに宣言した。
「牛牧さんは主に調理補助と
「分かりました!」
「理想はピークとなる昼前に愛清さんが戻られることですが……。難しいでしょうね」
シヲはチラリと厨房に置いてある時計を見やる。流石にまだ昼とは言えないが、朝というにも遠い時間帯だ。もし遠出している(させられている)のであれば、昼前に戻ることは難しいだろう。
「個人的な事情で辞めたとはいえ、私は元給食部。少しは代わりになると思います。愛清さんが戻るまで『ゲヘナのパン焼き窯』の腕を久々に振るいましょう」
オーブンの予熱と共に彼女は動き出した。
■
生地が出来る頃にはオーブンに入っていたパンが焼きあがる。ジュリがそれらの載った天板を取り出すと同時にシヲが新しい生地をオーブンに入れて焼く。焼けるまでの合間に次の生地を練ったり、出来上がったパンにトッピングをしたりと慌ただしい。
「あれ?いつもと違くない?」
「奥見なよ、ほら」
「ああ、『パン焼き窯』の日なら仕方ないか」
突然メニューの雰囲気が変わったことに驚く生徒もいるが、愛清フウカの代わりに厨房の奥にいる
「今日はパンか」
「腹減ってるときに逆らうなよ。あの人はパン焼くみたいに人も焼くからな……」
「言い方……!」
納得出来ずにゴネる相手にはシヲの愛銃であるサブマシンガン『後始末』の銃声が答えになるだけである。文句があるなら食べないでよろしい、という殿様商売ぶりだがゲヘナ学園において「腹を満たす者」は強い。
そして「腹を満たす者の代行が誰か」は、なおさら重要だ。
■
昼食のピークをどうにかやり過ごし、厨房の熱も一段落した頃。
割烹着を脱いだシヲは消費した材料をリストアップし、おおよその量を書き出した。
そして、校庭に私物の大型バイクを乗り付ける。
「牛牧さん、後部座席に乗れますか」
「え、えっ、はい……!?」
困惑する彼女にテキパキとヘルメットを被せ、肘や膝を守るプロテクターを装着させる。
「しっかり掴まり、ステップに足を乗せて下さい」
「は、はい……!」
着いた先は問屋街だ。様々な物が行き来する場所。もちろん、その中には食品も含まれている。
シヲは迷うことなく、ある店に入った。そこは給食部のジュリも知っていた。そこは給食部で使う材料を納品してくれる店のひとつであった。
シヲはジュリに小麦粉の銘柄や卵のサイズなどを確認しながら、消費したぶんを埋め戻すように購入している。
流石に一度では持ちきれないため、バイクに積載可能な量ギリギリを積んで、後は学園に後日納入されることとなった。
「あの……これって、後で納品されるんですよね?」
「はい。正式な補給は後日入ります。……ですが今日使ったぶんは愛清さんに無断で使用したものです。せめて一日は凌げる程度を補充しておかなければ、困りますから」
フウカはどれだけの料理を、どのくらい作るかを考えて食品を仕入れている。そのリズムを崩すようなことをしてはならないと、深町シヲは考えていた。
シヲは目を伏せる。少しだけ思い出す。給食部にいた頃、一生懸命パンを焼いては訪れる人に振る舞っていたときのこと。
自分でも知らないうちに擦り切れていて、どうしようもなくなって、部員も少ないのに辞めると言ったときの罪悪感は、まだ胸の奥に残っている。
だが、今それをどうこうするつもりはなかった。
「……」
シヲは首を振り、思考を切り替える。
過去は過去だ。今は今日という一日を何とかやり過ごした。それでいい。
バイクに積まれた箱を固定し終え、エンジンをかける。
「帰りましょう。学園に戻ります」
「は、はい……!」
ジュリは後部座席で小さく息を吸い、シヲの背中に掴まった。
(速い……!)
だが、不思議と怖くはなかった。運転は荒いが、無駄がない。
料理と同じだ、とジュリは思った。シヲがパンを作る手は少し荒いときもあるけれど、無駄な動きはとても少ない。
バイクはエンジンを唸らせながらゲヘナ学園へ戻ってきた。広い校内をバイクで走っても然程目立たないのは、万魔殿の議長が抱える戦車隊が時折走るからか。それともエンジン音よりも激しい銃声が日常となっているからか。
「適切な場所に保管しましょう。手伝っていただけると……」
「もちろんです!一緒にやりましょう!」
「……ありがとうございます」
笑顔のジュリに少し面食らったシヲだが、ほんの一瞬だけ素直な笑顔を浮かべた。
書類に目を通していた先生は、窓の外に止まっている黒い大型バイクを見て、ふと口を開いた。
「……あれ、シヲの?」
「はい。私物です」
即答だった。
「どうして大型のバイクを?」
女子高生が乗り回すのには大きすぎるサイズのそれを選んだ理由を、一瞬の間もなく深町シヲは答えた。
「理由は三点あります」
先生は内心で少し身構えた。この言い方をする時の彼女は、大抵正論の壁を積み上げてくる。
「第一に機動力です。学園内外を問わず、銃撃や検問を迂回可能で、徒歩より速く、車両より小回りが利きます」
「……うん」
「第二に積載量です。弾薬、食料、医療品。状況次第では人員一名も想定されます」
「人員?」
「自力で掴まれる状態であれば問題ありません」
先生はそれ以上突っ込まなかった。
「第三に運用上の柔軟性です。万魔殿の車両は識別されやすく、使用権限も複雑です。私物であれば即応が可能です」
一通り話し終えると、シヲは静かに息を整えた。
「以上が理由です」
「……理屈は分かるけどさ」
先生が言葉を選んでいると、シヲが続ける。
「とはいえ、戦車隊をお持ちの羽沼さんですから、これが必要な事態が発生する可能性は極めて低いでしょうが」
「やっぱり関係あるよね」
「関係があるというより、想定対象です」
「同じ意味だよ」
シヲは少しだけ視線を逸らした。
「……叶うことなら四輪車の免許が欲しかったです。年齢の壁に阻まれましたが」
「そこで大型に行く人、普通いないよ」
「取得可能でしたので」
淡々とした返答だった。先生は額を押さえ、ため息をつく。
(この子、理屈で世界を組み立ててるようで――基準が全部、羽沼マコトだ)
「シヲ」
「はい」
「……気をつけてね」
「当然です」
その答えに、少しの迷いもなかった。
窓の外で、黒い大型バイクが静かに光を反射している。
それは逃走用でも、趣味でもない。
もしもに備えた、信仰の形だった。