ガチャ切り替えのタイミングを間違って覚えてた結果、臨戦リオの交換を忘れてた先生です。
取り敢えず天井を1回叩きました。アリスは来ましたがケイがね……。副産物でアルバイトジュリが出てきたことに何とも言えない縁を感じます。
深町シヲはシャーレ近くのとあるビルに訪れていた。
先生から「前にシヲが焼いたパンが美味しかったから作り方を教えてほしい」と言われていたからだ。どこでやるのか聞けば、シャーレの近くにそういう設備が整った場所があるとのこと。
「……しかし、先生と一緒にパン作りを教わりたいと申し出る生徒がいるとは聞いていますが。一体どなたなんでしょうか」
最初にシヲの頭に浮かぶのは先生ガチ恋勢筆頭、
他にも先生に好意的な生徒はたくさんいる。同じゲヘナの生徒も、シヲが内心で忸怩たる思いを抱えるトリニティの生徒も、それ以外の学校の生徒でも。
「……なるほど。パン作りを口実に先生との距離を縮める、ということですね」
合理的な推論だ。だから、それ以上深く考えなかった。
それが見事に仇となって帰ってきた。
■
「……………先生」
「言ったら逃げるでしょ、君」
「こんにちは、シヲ先輩!」
目の前にいたのは――丹花イブキだった。
シヲは、散歩中に立ち寄った場所が動物病院だったときの飼い犬のような顔をしていた。信頼していた大人に裏切られた目である。
「……聞いていません」
「『パン焼き体験を希望する生徒がいる』とは言ったよ」
「対象が、丹花さんだとは、聞いていません」
イブキはエプロンをつけながら、きらきらした目でこちらを見ている。
「イブキね、あのパンすっごく美味しいなって思ったの!」
「……そうですか。それは何より」
声が一段低くなった。だが逃げない。逃げたら、否定になる。
「シヲと一緒に作れるって聞いて、すごく楽しみにしてたんだよ?」
「………………」
シヲの脳内では幾つものロジックが走る。
(拒否=丹花さんを傷つける)
(丹花さんを傷つける=万魔殿を傷つける)
(万魔殿を傷つける=羽沼さんの否定)
――詰みである。
「……分かりました」
観念したように、シヲは息を吐いた。
「丹花さんの願いを無碍にする理由はありません」
何かおかしいぞ、と先生は直感した。
「万魔殿の一員であり、羽沼さんからの信頼も厚く、万魔殿の意思決定プロセスに影響を与えうる立場である。……実質、羽沼さんの一部と言っても過言ではありません」
「過言だよ」
「……どの点がでしょうか」
「全部だよ、全部」
拡大解釈にも程がある。そのうち世界の全てにマコトを感じはじめるのではなかろうかと、先生は不安になった。
■
調理台の上に、計量された材料が並ぶ。
「まずは今回作成する塩パンの生地からです。分量は――」
イブキはとにかく素直だった。手を洗い、エプロンを整え、シヲの動きを一つも逃すまいと前のめりで見つめている。
「ここは、こう……優しく、です」
「こう?」
「はい。力を入れすぎると、発酵が不均一になります」
「優しくしないと傷ついちゃう……。生き物みたい!」
「……はい。似たようなものです」
シヲの声は平静だった。少なくとも、外から見れば。
(丹花さんとの、距離が近い)
(私の視線が高い。丹花さんに合わせるように、低くしないと)
(丹花さんの笑顔が眩しい)
だが、それ以上に――
(彼女の全てを、否定できない)
イブキは真剣だった。皆のために美味しいパンを作りたい、ただそれだけでここにいる。
「シヲ先輩、こうで合ってる?」
「……はい。とても上手です」
褒めた瞬間、イブキの顔がぱっと明るくなる。その反応が、致命的だった。
(褒めると、丹花さんは喜ぶ)
(喜ばれるのは、私の選択が正解だった証)
(正しいのであれば継続すべき)
「……次に進みましょう。オーブンの予熱は終わっています」
逃げ場は、もうなかった。
■
焼き上がったパンが、天板の上で湯気を立てている。形は素朴だが、焼き色は均一。香ばしい匂いは食欲をそそる。
「わぁ……!」
「触ると熱いので、冷めるまで待ちます」
「でも、すっごくいい匂い!」
後片付けをしている間にパンは程よく冷めて、直接触れる程度になっていた。
「上出来です」
「やったぁ!」
「あとは……」
先生が嫌な予感を覚えた、その瞬間。
「
シヲは、どこからともなく焼きごてを取り出した。煎餅とかの表面に模様をつけるときに使うアレだ。
「どこから出したのそれ」
「……………………………偶然です」
「その間は何!?」
焼きごての先には見覚えのある紋章。万魔殿のエンブレムだった。
「焼きごてによる印は風味を損なわず、しかし確実に何のために作られたかを示す符号になります。ここに触ると火傷しますので、持ち手をしっかり持って……」
しっかり加熱されたそれを、整然と並んだパンのひとつに押し当てる。少しだけ焦げ臭い匂いがした後にしっかりと万魔殿のエンブレムが刻まれた。
「完成、ですね」
「すごーい! イブキ、それやりたい!」
「……火傷に注意してください」
「うん!」
止める理由は、もう無かった。焼きごてが次々とパンに触れる。じゅっ、という音とともに、紋章が次々に刻まれる。
「できた!」
「……問題ありません。焼成への影響はありません」
綺麗に袋の中に詰めれば素敵なギフトの完成だ。手作り故に長持ちはしないだろうが、今日食べるのであれば問題は無いだろう。
「ねぇねぇ、シヲ先輩」
「何でしょうか」
「これ、皆に分けてもいい?」
「皆、とは……」
「うーんとね……。マコト先輩と、サツキ先輩と、イロハ先輩と、チアキ先輩と……」
挙がる挙がる。万魔殿の中核メンバーの名前。シヲの膝が、ほんのわずかに震え出す。
(否定すれば、丹花さんの善意を踏みにじる)
(善意を踏みにじる=万魔殿の空気を損なう)
(万魔殿の空気を損なう=羽沼さんの不利益)
――また、詰みである。
「……問題ありません」
絞り出すような声だった。
「食したい相手に分け与える行為は、パン作りの本懐でもあります」
「ほんと!?」
「はい。ただし――」
一拍。
「移動中は落とさないよう、十分注意してください」
「うん! 大事に持つね!」
大事に、という言葉が胸に刺さる。抱えたその包みが誰に向けられたものなのか、考えるのをやめた。
イブキは袋を両腕で抱え、満足そうに頷く。
「じゃあ行ってくるね! バイバイ、シヲ先輩!」
「……お気をつけて」
止められなかった。
止める理由を、最後まで見つけられなかった。
■
扉が閉まる。その音を合図に、シヲはその場にぺたんと座り込んだ。
「……大丈夫?」
先生が、控えめに声をかける。
「問題ありません」
「本当に?」
「はい。想定内です」
これを問題なしと処理するのであれば、トリニティの救護騎士団やゲヘナの救急医学部の仕事はだいぶ減るだろう。シヲの腰はすっかり抜けて、呼吸もどこか荒い。
「ただ――」
息を整えるように、一度だけ深呼吸する。
「万魔殿に、万魔殿の焼印入り手作りパンが届くという事実を、今、受理しただけです」
「それ、問題じゃない?」
「……」
否定はなかった。数秒後、シヲは静かに背筋を伸ばす。
「仮に感想が共有された場合……。羽沼さんの口から、評価が発せられる可能性があります」
「うん……」
「それが、たとえ賞賛でも批評でも」
ほんの一瞬、言葉が途切れた。
「……私は、立っていられる自信がありません」
先生は何も言えなかった。
パン作りは、成功だった。技術指導も、衛生管理も、工程管理も完璧だった。
ただ一つだけ――成果物の行き先をだけを除いて。