お前も万魔殿最高と叫びなさい!   作:竹製手桶

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――あの日のことは、未だに夢に見る。

轟音。激しい振動。酷い砂煙と、口の中に広がる鉄の味。

煙と瓦礫と悲鳴の中を、シヲは這う。
あの人を探して。しかし、そこにいるはずの人はいない。

「羽沼、議長……」

不敬だと、脳内の声が囁いてくる。
議長は敬称で呼ぶべきだ。
議長は呼ばれる側だ。
議長は、探される存在ではない。

――それでも。

「羽沼さん……!」

声が震える。瓦礫をどける。素手で。鋭利な破片が掌に刺さっても、痛覚は遅れてくる。

「返答を、お願いします……!」

応答がない。無線通信も繋がらない。万魔殿の回線は沈黙している。

最悪の想定が、思考の端から侵食してくる。

(――羽沼マコトの、死亡)

「……違う」

即座に否定する。
それは許されない思考だ。
それを肯定した瞬間、立っていられなくなる。

瓦礫の隙間から、制服にも使われる布切れが見えた気がして、心臓が跳ねる。

駆け寄る。違う。
ゲヘナ学園のシンボルが描かれた旗の残骸だった。

これはただの幕だ。ただの装飾だ。

「……っ」

彼女の思想が、否定された。
ほんの一瞬だが、確かにそう思ってしまった。

呼吸が浅くなる。肺に空気が入らない。
それでも、止まれない。

(私が)
(私が、もっと近くにいれば)
(私が、あの場にいれば)

誰かが叫んでいる。
誰かが名前を呼んでいる。
それが誰の声なのか、誰に宛てられたものなのか分からない。

万魔殿のメンバーがいた筈の場所を探すが、目印となるものは全て瓦礫と化している。何一つ、存在しない。

遠くに先生が見えた。

駆け寄ろうとして――止めた。

先生の近くには、トリニティ学園の制服を纏った生徒達がいる。その生徒は何かを叫んでいる。
言葉は聞き取れない。
だが、それが「今、優先されているもの」なのだと、理解してしまった。

(どうして?)
(何で、そっちを優先するの?)
(先生は、皆のことが大事じゃなかったの?)

その疑問は、思考の形を取る前に――

「先生にとって、羽沼マコトはその程度の存在だったんですか?」

呪詛にも似た一言が、口をついて溢れた。

自分の声だと気づくのに、少し遅れた。

返事はない。届いていない。
あるいは――届いていても、返される言葉はない。

その事実は瓦礫よりも重く、銃声よりも鋭く、胸に落ちてきた。


8.バイク、映画、サングラス。最高じゃないか

 

「……っ」

 

シヲは跳ね起きた。喉がひくりと鳴る。夢だと理解するまで、数秒かかった。

 

ベッド脇の時計を見る。まだ、登校までには余裕がある。

 

「……」

 

胸に手を当てる。鼓動は速いが、規則的だ。

最悪ではない。まだ、壊れるときじゃない。

 

端末を手に取る。ホーム画面には自動的に今日の予定が表示された。

 

本日のスケジュール

・午前:万魔殿資料整理

・昼:シャーレ当番

・夕方:映画館(山海経区画)

 

「ああ、今日は……」

 

指が、そこで止まった。一瞬、呼吸が深くなる。

 

(今日は……、大丈夫。まだ、壊れてない)

 

誰に言うでもなく、そう判断した。

あのときのマコトの安否は、結局シヲが見ていないところで確認されていた。それで良かったと自分も納得したではないか。

――現実には、現実の手順がある。その中に深町シヲが関与出来なくとも。

 

綺麗にアイロンをかけた制服に袖を通しながら、シヲは思考を切り替える。

 

(シャーレの当番を終えたら、時間通りに向かう)

(遅刻はしない。約束だから)

 

少し迷ってから、鞄の中にそっとサングラスを入れた。シャーレの当番が終わったらこれを取りに帰ることなくそのまま目的地へ向かいたかったから。

 

 

シャーレの当番業務は滞りなく終わった。先生とも必要最低限のやり取りだけ。

 

「お疲れさま、シヲ」

「はい。問題ありません。後は狐坂さんに引き継ぎましたので御用があれば彼女にお願いします」

「うふふふ……。シヲさんからお話は聞いてますから。行きましょう、貴方様♡」

 

いつも通りの応答。特別なことは何もない。シヲと入れ替わりに訪れたワカモに左手をガッチリ掴まれた先生はズルズルとオフィスの中へと連行されていった。

 

(今日は、やるべきことがまだ一つある)

(いえ、やるべきことではなく……。これは……)

 

それだけで、足取りが少し軽い。シャーレの駐輪場に着くと、ヘルメットを被ってから停めていたバイクに跨り、エンジンをかける。

 

予定通りの時間に映画館へ到着した。山海経はシャーレから遠いが、バイクがあれば行動圏内に入る距離だ。その中でもあまり目立たない場所に、そこはあった。

バイクから降りたシヲはシートの下にヘルメットを入れ、鞄からサングラスを出して着ける。これは符丁のようなものだ。待ち人とお揃いのサングラスは静かに彼女との繋がりを示してくれる。

 

「深町シヲか」

「少し遅れてしまいましたか?」

「問題無い。時間通りだ」

 

待ち人――近衛ミナはふっと微笑んだ。

 

 

ミナとシヲはシャーレの当番をきっかけに知り合った。大量の仕事をこなすことは連帯感を生み、連帯感は友情に似た好意となって二人を緩く繋いだ。

 

「二人ってさ……。休みの日って何してるの?」

 

煩雑な仕事から目を逸らすように先生は問いかけた。無言で片付けていると気が狂いそうな量を前に先生の精神はいち早く危険信号を出した。

 

「休日……ですか」

「シヲ、まさか休日なんてありませんってことは無いよね?」

「いえ。存在しますとも。議会中に支援者が倒れてしまっては羽沼議長のご迷惑になりますから。しかし何をして過ごしているかと言われると難しいところがあります。普段何気なくしていることを言語化するのは難しいですから」

「ミナはどう?」

 

先生が投げかけた質問に、ミナは答える。

 

「最近は同じ映画を何度も観ている。結末を知っていても、構図は変わらないからな」

「……映画は、終わりが決まっているのが良いですね。途中で、失われたりしませんから」

 

シヲは手元の書類を無言で揃え、慣れた手つきでクリップを留めてから、処理済の山へと置いた。書類の中にはエデン条約に関連するものも点在している。トリニティ学園とゲヘナ学園の間にある問題は、一朝一夕で片付くものではないことがよく分かった。

 

「ああ。それに、馴染みの映画館で名作映画の復刻上映をしていてな。家で見るのも良いが、やはり映画館で見たときの味わいは格別だ」

「もし都合が合えばご一緒しても?」

「……! ああ、構わないとも」

 

そしてその『お互いの都合が合った日』が今日であった。

 

 

「例のものは?」

「手配してあります」

「仕事が早いな」

 

シヲはさっとコートの内ポケットから映画のチケットを取り出す。それがちゃんとこの映画館で使えるものであると確信すると、ミナの表情は明るくなった。

 

「……映画館に来るのは随分久しぶりです」

「普段は見ないのか?」

「家で配信されたものを見る程度ですね。以前紹介されたものは一通り目を通しましたが」

「!」

「見る度に新しい発見がありますね。同じ結末でも、見る角度によっては悪くない幕引きであったと思えるのかもしれません」

 

シアターに入るまでの数十分を談笑して過ごす。傍から見れば山海経の執行部長とゲヘナの万魔殿の支援者筆頭が何やら怪しい会話をしているようにしか見えない。お揃いのサングラスも怪しさを加速させていた。室内なんだから外せよというツッコミは野暮である。

 

上映時間が近づいて、二人は指定されたシアター内に入った。照明が落ち、館内が静まり返る。

スクリーンに光が灯る直前、ミナが小さく言った。

 

「……始まるな」

 

シヲは頷いた。

その一言だけで、十分だった。

 

 

 

――主人公は不条理な世界の中で愛を知り、愛のために傷ついた。藻掻いて、足掻いても、どうにもならなくて。

――大きな事件を起こしても回り始めた歯車は結局止められなかった。最後には路地裏でひっそりと息を引き取る。主人公がいなくても街は綺麗だし、世界は回る。

――そんな、苦いエンディング。なのに空は憎らしいほど青く澄んでいた。

 

 

 

エンドロールが流れ始めても、シヲは立てなかった。頬を涙がつたって、呼吸することすら出来なかった。

 

「焦ることはない」

 

ミナが、スクリーンを見たまま言う。そっと、彼女の片手がシヲの手に重ねられる。

 

「ゆっくり息を吸って……。吐いて……。上手だ」

 

シヲは小さく息を整えた。胸の奥に残っていた重たいものが、ほんの少しだけほどける。

 

「……あの人がいなくても、世界は続くでしょう。それを肯定してしまう自分を、私はまだ許せない。でも――目を逸らすことも、出来なかった」

 

ミナは静かに耳を傾けていた。

 

「あの人は、幸せだったんでしょうか」

「さあな。私達には分からない」

 

ミナはそう前置きしてから、ほんの少しだけ言葉を足した。

 

「……だが、あの空を見上げることを選んだのは、他でもない本人だ」

 

それ以上は語らなかった。シヲの頬にそっと、座席から立ったミナの手が伸びる。どこからか出した綺麗なハンカチでシヲの頬を撫でた。

 

シヲはそのまま、しばらく席を立たなかった。

答えは出なかった。それでも、息は出来ていた。

 

 

「……見苦しいところを見せてしまいましたね」

「構わないさ。……私とシヲの仲じゃないか」

「それもそうですね」

 

劇場から出た二人はくすりと笑い合う。二人とも年相応の、16歳の少女の笑みを浮かべていた。……劇場を出ると同時に着けたサングラスのせいで全てが台無しになっているが。

 

「時間も時間ですし、送っていきますよ。前に降ろした場所で構いませんよね?」

「良いのか?」

「私とミナさんの仲じゃないですか」

 

シヲは慣れた手つきで座席の下からミナのぶんのヘルメットを出す。エンジンが唸り、バイクはゆっくりと走り出す。

 

ミナは自然な動作でシヲの背に手を添えた。

 

それだけで十分だった。

 

言葉は、風に溶けていった。

 





こんなマブくておもしれー女の二次創作が少ないってマジ!?
門主様やセクシーフォックス、ビッグシスター等のトップ連中が色んな意味で強過ぎるからね、仕方ないね。

先生…シャーレの先生。この世界線でもちゃんと足は舐めたし腹はブチ抜かれている。

深町シヲ…クールビューティー系の美人が好み。羽沼マコトは殿堂入り枠。バイクのシート内には予備のヘルメットが入っている。サングラスをカッコいいと思っている。

近衛ミナ…山海経の執行部長。シヲと映画の趣味やカッコいいものの波長が合う。二丁拳銃って良いよね。
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