正教新暦1750年8月22日の日記   作:koe1

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とある一官吏が書き記した日記より


正教新暦1750年8月22日の日記

-正教新暦1750年8月22日-

 

昨日、改革派の首魁である行政委員会委員長ジュール・レスパンが死んだ。

王党極派青年の銃撃によってだ。

彼は盟友ブルノー・ボスカルに支えられながら『私の罪は私が。誰の責とも為さぬ。私はあなたに約束した。私は果たす』と言い残し、事切れたそうだ。

そして今日、ブルノー・ボスカルと王党派の首魁であるジェント大公ロベル閣下とが3時間にわたる会談を持った。

場所は新市のロワ河沿いにある小さな店の露店席で。

私の記憶に違いがなければ、確かあの店は若かりしころのジュール・レスパンとブルノー・ボスカルがよく通っていた店だったはずだ。

会談は成功したようだった。

決裂はせず、改革派と王党派の衝突も起こらなかった。

この先、サンテネリという国がどうなるかはわからないが、内戦という最悪の事態が避けられたことに心から安堵している。

 

私自身、王党派からしてみると改革派に属しているとみなされていたようだが、私個人の思いとしては、あの『偉大なるグロワス13世陛下』・・・私達、ジュール・レスバンとブルノー・ボスカルと同窓のグロワス9世校の卒業生はみなそう思っているに違いない。

『グロワス13世陛下は偉大だと』。

それだけは断言できる。

なぜならば偉大なるグロワス13世陛下は、正教新暦1716年9月10日の霧雨が降る日に、私達のことを『あなた方は思想の世界の王だ』と称えてくださったのだ。

これほど魂が震えることがあるだろうか。

更に私はそれ以前に『ガイユールの演説』も聞いてしまっていたのだ。

なので私はあの日からずっと、単なる一官吏であったもののグロワス13世陛下に忠誠を誓う王党派といえる。

しかし同時にあのジュール・レスパンの献辞の捧呈である『悪について』も聞いてしまったのだ。

偉大なるグロワス13世陛下が『お認めになった』ものを。

 

1742年7月のあの日、長雨を原因とする暴動がついに起きてしまったあの日。

私は一官吏としてとある官庁にて忠勤にいそしんでいた。

私は最初のうちは同僚達と共に官庁から避難した。

旧市にて発生した暴徒達が新市に乱入し、食料品を扱う商店を標的とした略奪を開始した時点で、シュトロワにいる警察力での押さえ込みは失敗、つまり早期鎮圧は不可能といえた。

暴徒達の標的が食料品を扱う商店だけとは限らない。

失政をしたとみなしたグロワス14世陛下に仕えているとみなされている各官庁もその標的になりかねない。

新市にあった各官庁は、逃げ遅れた警察力を収容しつつ少ない武器をかき集めての立て籠もりか、脱出のどちらかを選んだ。

ただその二択は既に付近に暴徒が溢れていたか、未だに暴徒が溢れていなかったかの差でしかなかった。

私が勤めていた官庁は脱出を選択した方だった。

『各官吏は直ちに帰宅し、家族の安全を確保せよ!』

官長のその言葉をきっかけに、私の勤めていた官庁の官吏達は一斉に家族の元に走った。

私もその中の1人だったが、暴徒達の集団と鉢合わせしないように裏道を縫って家族の元へ急いでいた私の耳に『不正を糺せ!!』という暴徒からの声が届いてしまった。

そして気がつけばなぜか私は家族の元へではなく、暴徒の中にいた。

私は暴徒達と共に光の宮殿へと押し寄せた。

いや、私自身も暴徒となったというべきだった。

 

 

私達暴徒が光の宮殿を完全に包囲する前に、幸いなことにグロワス14世陛下やジェント大公ロベル閣下をはじめとする王族の皆様は避難し、宮殿に勤めていた者達も少ない警備兵達も皆避難し、私達暴徒の暴力の対象となることはなかった。

そしてその時はとても不思議に思ったのだが、光の宮殿内に突入していった暴徒達は食料品以外は一切略奪せず、破壊や放火もしなかった。

これは後ほど、ブルノー・ボスカルから直接聞いていたのだが、暴徒の中に大量に仕込んでいた『同志』達が美術品の略奪や建物の破壊、そして放火を押さえ込んだからだそうだ。

そんな中、私は玉座の間にいたジュール・レスパンとブルノー・ボスカルの元に辿り着いた。

どうしてか玉座の間には彼ら2人しかいなかった。

もしかしたら『魔力』が暴徒達を寄せ付けなかったのかもしれない。

私は2人とは卒業以来30年近く合っていなかったにもかかわらず、そもそもジュール・レスバンとは在学中に口を聞いたことすら殆どなかったというのに、玉座の間で私に背を向けてたっているのがジュール・レスパンとブルノー・ボスカルの2人だということがわかってしまった。

私はブルノー・ボスカルに向かって『ブルー!』と声を掛けた。

幸いなことに私とブルノー・ボスカルはグロワス9世校時代は友人といえる間柄だった。

もっともジュール・レスパンとブルノー・ボスカルの間にある友情には全く勝てないものだったが。

ブルノー・ボスカルは振り向くと、私の名を迷わず呼んでくれた。

正直嬉しかった。

もっともジュール・レスパンは私を無視して玉座の方を向いたままだった。

そしてブルノー・ボスカルは大変困った顔と声色で言った。

『どうしよう、王が逃げた』

正直、私はこの時ブルノー・ボスカルがどうしてそんなことを言ったのかが全く理解できなかった。

私達が光の宮殿を取り囲んだから身に危険を感じたグロワス14世陛下をはじめとする光の宮殿に住まう者と働く者達が避難した。

当然ではないかと。

ただこの瞬間から私は『改革派』とみなされてしまった。

 

『王が逃げた』。

この事実はあっという間に新市旧市問わず、シュトロワ中に広まった。

その結果、何がおきたのか。

簡単だ。

平民の中でも富裕層に属する者達や、私同様に『エン』の称号を持つ者達のシュトロワからの脱出だ。

なにせ既に暴動によって新市の食料品を取り扱う商店は大小問わず、略奪に合っている。

当然、警察力は喪失したままであるし、シュトロワの新市各地にある官庁も立てこもっているか、もぬけの殻になっているか。

そこに王が逃げたという話しが広まれば、食料以外を取り扱う商店も略奪に合う、貴族達は暴徒である貧民達の暴力の対象となる。

そう考えるのは当然だ。

大脱出といえた。

しかしジュール・レスパンとブルノー・ボスカルはその大脱出を止めなかった。

いや、止めようがなかったのかもしれない。

そしてジュール・レスパンとブルノー・ボスカルとその同志達の元に残ったのは、行政能力を完全に喪失したシュトロワという街だけだった。

つまり逃げることも出来ない中級以下の平民達が取り残された、公平な分配なぞ一切為ずに無分別に食料が略奪し尽くされた大都市だけだった。

平時において50万以上。

貴族や平民富裕層が避難したとはいえ、まだ50万前後の人口がある大都市だ。

それをどうやって約1ヶ月もの間、支えたのか。

簡単だ。

私同様にグロワス13世陛下に忠誠を誓い、ジュール・レスバンの『悪について』を聞いてしまった、ジュール・レスバンとブルノー・ボスカルと同窓のグロワス9世校の卒業生達が・・・元々貴族や平民富裕層の次男三男で家を継ぐことが出来ないので官吏等の道を選んだ者達のうち、シュトロワ在中でさらにどうしてか避難しなかった連中がジュール・レスバンとブルノー・ボスカルの元になぜか自主的に寄り集い、家主がいなくなってしまったシュトロワの『管理人』となったのだ。

 

とはいえ、管理人の仕事は平坦なものではなかった。

『根っからの改革派達』とは幾度も衝突した。

あいつ等は行政処理能力を一切有していないにもかかわらず、サンテネリ共和国を宣言し、好き勝手なことばかり言っていた。

『逃げ出した王の財産を差し押さえよ、逃げ出した貴族や富裕層の財産を差し押さえよ。官庁の金庫にある金を差し押さえよ。不正を糺せ!それで他の街から食料を買えばいい!』

確かに差し押さえをするのは簡単だ。

しかしそれを成してどうなるというのだ?

私達はこう反論した。

『幾らでも金を払うと言っても、略奪者の元に素直に食料を持ってくる商会がいると思うのか?ならば先払いだと言って金を運べば間違いなく行った先の街の官憲に没収されるぞ。私達は食料が湧き出す魔法の壺は持っていないぞ。それにだ差し押さえを実施すれば、私達は完全に敵となる。誰の敵とまではいわなくてもわかるよな?』

『敵』と言う言葉に、威勢だけはいい『根っからの改革派達』は押し黙った。

しかし金はないし、食料もない。

再び飢えれば今度は『サンテネリ共和国』が暴徒に襲われる。

結局、サンテネリ共和国行政委員会委員長となったジュール・レスバンとその右腕たるブルノー・ボスカルの決断によって、王と各官庁の残置財産を『借用』することとなった。

差し押さえ・・・没収ではない。

あくまで、返却を前提として借用するだけだ。

勝手ながら、大変低いが金利も設定した。

そして私達『管理人』が主導して残置財産を確認し、しっかりとした『借用書』が作られ、厳重に管理した。

その借用した金をつかって、逃げなかったボスカル商店・・・正確にいうとブルノーを除いた商会長やその家族が避難したにも関わらず残った商会員達や『サンテネリ共和国』行政委員が有している商店、さらに逃げられなかった中小の商会を使い、こっそりと掻き集め続けたのだ。

もちろん取引自体を断られたり、金や食料を没収されたことも多々あった。

なにせ『サンテネリ共和国』の支配領域はシュトロワ氏とその周辺だけなのだから、私達『管理人』が予想したとおり、『サンテネリ王国』に属する官憲によって取り締まりを受けるのは当然といえる。

しかしそれでもなんとかシュトロワにおいて餓死者を出さないこと、再度の暴動が発生しないことに約1ヶ月もの間、成功したのだ。

私達『管理人』一同はこれを『偉業』だと思っている。

しかし後世の歴史家達はそんな私達の苦労には一切気がつくことはなく、彼らが記すであろう歴史書ではたったの一行で済ませることだろう。

『暴動から1ヶ月後に国家親衛軍近衛連隊がやってきた』と。

 

 

あの暴動がおきた日から約1ヶ月後、市民メアリに、国家親衛軍近衛連隊司令官メアリ・アンヌ・エン・ルロワ准将に率いられた国家親衛軍近衛連隊がシュトロワにやってきた。

彼女は数千の兵を率いてやってきた。

私達『管理人一同』は恐怖した。

『根っからの改革派達』は威勢のいいことを言っていたが、実際には私達以上に恐れおののいていた。

落ち着いていたのはジュール・レスバンとブルノー・ボスカルぐらいだった。

『根っからの改革派達』の連中は『我々には市民50万がいる!旧式銃と棍棒しか私達には武器がないが我々には市民50万がいる!』と叫び声を上げていたが、私達『管理人一同』は『50万全員が武器を取ると思っているのか?武器を取って戦うのは5万もいればいい。その5万も大砲の音を数回聞き、銃弾に倒れ、砲弾に吹き飛ばされる仲間をみればあっという間に逃げ散る。訓練された軍隊の前には暴徒なんぞ何の役に立たない。なに?建物に立てこもって戦えばいい?大砲や火薬で建物ごと吹き飛ばされて終わりだ。知っているか?大砲と火薬はそれほどの威力があるのだぞ?』。

 

ただ幸いなことに衝突は起こらなかった。

約半月のにらみ合いの末、シュトロワ城門外に設えられた天幕にて、ジュール・レスバンとブルノー・ボスカルを主とする『サンテネリ共和国』責任者と近衛連隊司令官メアリ・アンヌ・エン・ルロワ准将殿との会談が実現したからだ。

私も何故かその場に『サンテネリ共和国の重鎮』としていることとなったが、未だその御威光が衰えぬ、今は亡きグロワス13世陛下のお力にて『サンテネリ共和国』と『サンテネリ王国』の衝突は避けられ、正式に『サンテネリ共和国』が誕生した。

私達『管理人一同』は貴族や平民富裕層がシュトロワに帰還したことにより、管理人の任を自然に解かれ、一切罰せられることもなく、それぞれが元の一官吏等に戻っていった。

もちろん『借用書』についてはしっかりと引き継ぎ、税収からの返済の手続きも済ませた。

 

 

そしてその後色々なことがあり、グロワス1世ことグロワス14世陛下も新大陸にてお亡くなりになり、昨日ジュール・レスバンも死んだ。

私は今にして思った。

あの暴動の日、ブルノー・ボスカルは大変困った顔と声色で言った『どうしよう、王が逃げた』は、彼だけではなく、ジュール・レスバンの思いでもあったのではないかと。

グロワス14世陛下はあの、グロワス13世陛下の御子息であらせられる。

ならば、ジュール・レスバンはグロワス14世陛下もグロワス13世陛下と同じようなことを、似たようなことをすると考えたのではないだろうか。

つまり、光の宮殿を取り囲んだ暴徒達の前にグロワス14世陛下が現れ『ガイユールの演説』をおこない、暴徒の指導者であるジュール・レスバンと『話し合い』をおこない、何らかの約定を結ぶことをジュール・レスバン期待していたのではないかと。

一気呵成に『サンテネリ共和国宣言』をしたのは、ジュール・レスバン自身も望んでいなかったのではないかと。

彼をもってしてもグロワス14世陛下が光の宮殿から逃げ出すことを想像もしていなかったのではないかと。

ただ私としては逃げ出すのは当然といえると思う。

もしグロワス14世陛下が光の宮殿にたった1人の王族としていたのならば逃げなかったと思う。

しかし光の宮殿には、グロワス14世陛下の母にしてグロワス13世陛下の正妃である母后アナリゼ様がいらした。

暴徒が光の宮殿内に押し寄せれば、『エストビルグ女』と不敬ながら呼ばれていた母后アナリゼ様の身も危険となる。

光の宮殿から逃げ出すのは当然だ。

なぜそんな単純なことを天才であるジュール・レスバンが気がつかなかったのか。

彼の天才ぶりをすぐ近くで見てきたグロワス9世校の同窓としては不思議でならない。

 

さて明日からの『サンテネリ共和国』がどうなるのか、単なる中級官吏である私には全く予想がつかない。

なのでどうなるかを夢想しながらペンを置こうと思う。

サンテネリ万歳。

グロワス13世陛下万歳。

ジュール・レスバンに魂の安らぎが訪れますように。




サンテネリ第一共和国誕生の妄想を書き連ねてみました。
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