東方は数回プレイしたくらいなので、齟齬があったら教えてくれると嬉しいです!
―あの夜の光は、英雄の終わりにも凡庸な幕切れを与えようとした。
ニューヨークの空は、常に昼と夜の狭間を許さない。ガラスと鋼の壁が刺すような直線を描き、広告のネオンが虚栄を塗り重ねる。ヴォート・インターナショナルの本社はその尖塔の一つで、社章が夜を引き裂くように輝いていた。建物の奥深く、会議室や監視室の連なりを通して、世界は操作され、物語は組み立てられる。そこでは正義という言葉が商品のラベルとなり、救世主は広告キャンペーンと休日出演で磨かれていく。
その光景の対偶、遠い場所に――記憶の縁に追いやられた湿った森林、朽ちた祠、忘れられた石段。月影がやわらかく落ちる場所に、幻想郷は息をしている。ここでは名前と信仰が事象を編み直す。古い伝承が、繰り返し唱えられる呪文のように現実を形づくる。世界は小さく、湿って、奇妙な秩序を保っている。樹の根元に積もった落葉は文明のゴミを抱えず、ただ時間の匂いを横に流す。
対極の世界。本来なら交わる事のない者たち。
だが、その夜、二つの光景はひとつの閃光で結ばれた。
──爆発は、世界の論理を切り取った。
「…お前には失望した」
戦いの真っ最中だった。金属がうなるように鳴り、肉の悲鳴が機械音のように混ざり合う。ヒーローショーではない、本物の殺し合い。躍動する破片が冷たく空気を引き裂き、硝煙の匂いが皮膚の下にまで浸透する。ホームランダーは空を裂き、怒りを縫うようにして突進した。対峙するは、いないと思っていた父親と長年の怨念が鍛えた人間、そして殺意の化身──ソルジャーボーイと、ブッチャー、メイヴの決断が折り重なる場所。
ライアンを見せればソルジャーボーイ…父は味方になると彼は思っていた。あるいは、ブッチャーが動揺して攻撃が緩むと。だが、どっちも裏切ることはなかった。人生で2回目の命の危機、彼らの殴打が穢れることのなかった肉体を壊す。
ソルジャーボーイは爆発の中心で怒りの燃え殻となり、彼の遺した火は周囲を焦がし、光の渦となって世界を引き裂いた。星条旗を形どったマントが焼かれ、彫刻のような金髪が焦がされてゆく。
だが、彼…ホームランダーは――誰も見たことのない瞬間に、ただ一つの光に包まれた。
その光は蒼白で、芯がなかった。振動が肉を通り抜け、時間が短く引き絞られる。ホームランダーは拳を握った。拳の先に、これまで決して折れたことのない自負があった。英雄という記号、その価値を守る鋭い力。だが、爆風は彼を撫でるどころか、芯から引き剥がした。
「──クソッたれ‼︎!」
彼の声が耳を裂くような遠吠えで響く。思考は瞬間に鋭く、だが次の瞬間、世界が白くなり、そして消えた。
消失は、死でも復活でもなかった。情報の欠落のように、世界の記憶から彼が引き算された。ニューヨークの朝刊は翌日、英雄の最期を悼み、陰謀と英雄の詩を並べた。ヴォートの広報は弔辞を捏造し、世論は泣いたり怒ったりした。だが同時に、ひとしきり泣いた後はビールを飲んでストリップに行く人が殆どだった。
空白は出来事を食い尽くし、ホームランダーは死んだという言葉が真実として定着した。彼を知る者たちは、肉体の消滅を確認し、彼の存在を過去形の資料として収める。世界はそのようにしてやり過ごす。
されど――存在そのものが消えたわけではなかった。光の断裂は、別の場所への道を作った。
──落下は、感覚的には永遠のようだった。重力が彼を告発し、空間が彼の体を再構築していく。幼少期の記憶を再現するように焼かれていた皮膚は熱を忘れ、筋は記憶だけで伸び、血はプラネタリウムの星屑のように戻った。
次に気づいたとき、彼は微睡の空気の中にいた。湿って、土の匂いが強い。金属の冷たさはなく、月から柔らかい光が差し込む。
ホームランダーは立ち上がった。羽のように軽い、だが確かな筋力が彼の体を支える。胸は焼け、しかしその目は虚無によってさらなる冷笑を得ていた。
肉体に傷はない。髪にもだ。碧眼が見慣れない世界を見渡し。自然に不釣り合いなマントのストライプと大量に刻印された星が闇を切り裂く。両肩のイーグルが唯一静寂を保っていた。
彼は世界を見渡した。瓦礫はない。ネオンもない。人間の喧騒はなく、代わりに森の呼吸と遠い川のさざめきがある。――そして、そこに人影があった。人影と、奇妙な人々の群れ。
「…ここはどこだ」
思考は刃のように鋭い。彼は問いかける術と答えを出してくれる社員をいつだって持っていた。だが今回は、答えが出るまでの沈黙が長い。
耳には風の音と、遠くで混じる獣のささやきだけが届く。先ほどの敗北のことを考える。爆発に吹き飛ばされて国立公園にまで移動したのだろうか?だがこれはアメリカの木には見えない。
…父は自分と戦うことを選んだ。ライアンは近くにいない。ブッチャーもメイヴも敵だ。ここは天国なのか?
思考の瞬間、もっと近い何かが彼の存在に気づく。複数の視線が集まるときの、一瞬の生き物としての直感。生き物は嗅ぎ、匂いをたよりに動く。彼はそれを知っている。かつての栄光の舞台で学んだものを、そのままここでも当てはめようとする自分を感じる。
最初に現れたのは小さな群れだった。体躯は人間より少しばかり小さく、背には粗末な毛皮をまとい、目は刃のような輝きを宿していた。彼らの動きには粗野な計算しかなく、獲物か脅威かという単純な二択を基準にしている。獲物の匂いを嗅ぎ取った彼らの瞳が、ホームランダーへと集中する。
「ヴォートの失敗作か…?」
――ひとまず彼は観察する。獲物としての評価を気にする必要はない。だがその刹那、彼の内部で条件反射的な計算が回る。力の抑制の必要性。威嚇の段取り。だが、古い習慣が優先する前に、彼を取り囲む小さな群れが動いた。
最初の一撃は軽い挑発だった。小柄な一匹が跳躍し、尖った爪を振るい、奇っ怪な呪文のような声を上げる。空気がぶるりと震える。呪文は光をまとい、鋭く彼の皮膚へと向かう。しかしその光は、彼の肌に傷をつける前に蒸散する。
ホームランダーは瞬間、眉間の筋を動かした。興味は薄く、やや退屈そうな好奇だ。彼は動く。動きは溜めがなく、無駄がない。視線が妖を焼き、腕が振り下ろされ、熱と圧力が一度に放たれる。音は塊となって空間を削り、獣たちは声もなく吹き飛んだ。肉と羽の匂いが一瞬、濃縮されて鼻孔を刺激する。ミートチョップのような獣の残骸が地面に散り、空気は一瞬の静寂を取り戻す。
だが静寂は長くは続かない。暗い笑いが森の奥から漏れた。短く、鋭い。
影が動いた。そこに立っていたのは、薄暗い森の色に溶け込むような、一人の小柄な女性だった。
彼女の姿は、最初にその名を聞くよりも先に、脳裏に細かく刻まれた。短い黒髪は月の光をほとんど反射しないが、動くたびに暗い絹のような光沢を見せた。顔は小さく、頬骨は鋭く削られている。瞳は狭く、溶岩のように深い闇を湛えているが、その奥にはどこか子供じみた好奇が燃えている。白と藍の混じる、簡素だがどこか奇抜な装束だ。全体の佇まいは静かな威圧と軽やかな遊び心を同時に帯びている。微かに歪んだ笑みが唇の端に乗り、それは遊戯者の合図のように見えた。
「──おいおい、こいつは…」
低い声が言った。影から天邪鬼…鬼人正邪が現れた。薄いほほ笑みを浮かべ、腰に手をかける。しかしその背筋の一部は、確かな緊張で硬くなっていた。正邪は虚勢を張ることを知っている。天邪鬼の才がある。だがここでは、相手がどれほどの代物かを直感する能力が彼女を躊躇させた。
正邪は小さく一歩、前に出る。彼女の目は好奇と恐怖を同時に映していた。指先がわずかに震える。
「……あなた、何者?」