推しのスーパードクター   作:衛地朱丸

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中身がさりなちゃんじゃないので、ルビーは「重曹」なんてやや難しめの言葉は知りません。


カルテ11:イシさん女優になる

(クソッ、やりづれーな。授業参観かよ!)

 N県T村での撮影初日。五反田は現場に集ったある人物に気圧される。

(業界内で〝鬼子母神〟の異名を誇る天童寺まりな!)

 その人物は大手広告代理店所属である、さりなの実母であった。

(広告代理店の地位を利用して娘に仕事を斡旋……なんてことはしねぇ。実力で芸能界で勝ち上がりたいという当人の意向を含んでだ。が、)

 娘に対するスキャンダルは絶対に許さない。実力に対する正当な批評ではない誹謗中傷の書き込みは速攻で消され、悪質な相手には問答無用で訴訟を起こす。実際に業界内から姿を消した人間は10人はくだらないと噂されるほどだ。

 一度は失いかけた愛娘を、今度こそ全身全霊で守り抜く。自分が築き上げてきたキャリアを全てさりなのために捧ぐというまりなの覚悟は、彼女を母羆や鬼子母神と畏れられていた。

(特に最重要機密と言われているのが、〝さりなの想い人〟だ。『奇跡の執刀医』放映時意図的に伏せられていたが、どうにも入院していた時の担当医が該当人物なのではとの噂は絶えねぇ)

 しかし、そういった類いの書込みはネット上に残ることはなく消されている。故に、ゴローとさりなの関係は、アクアとルビー以上に秘匿されているのだ。

(そんな彼女が今回の撮影にゴリ押しで医療スタッフとして捻じ込んできたのが、雨宮吾郎という医者だ。今回の映画がヒットすれば、さりなの知名度は確実に上がる。そうなりゃ特ダネ掴もうと恋人探しに奔走する奴は必ず出る。だから先手を打って来やがった!)

 

目の前にいるのがさりなの未来の旦那だ。漏らせばどうなるか分かっているな?

 

 と。

(敢えてスタッフ一同に晒すことで、万が一発覚した際は火元として疑われ糾弾されて失職ってか。俺自身監督責任で業界から干されるかもしれねぇ。ったく、いくら娘のためとはいえ、そこまでやるか!?)

 実際笑顔でスタッフに挨拶回りするまりなに、殆どの者が冷や汗をかいた作り笑いで対応している。ともかく雨宮の話題は絶対口外するなと、五反田は念を押して現場に徹底させるのだった。

 

 

「はぁ~~。清々しい空気! この空気を富永先生も吸ってたんだぁ~~!!」

 一方その頃、肝心のゴローはまるでテーマパークに来たみたいに舞い上がっていた。

「……」

 その様子を、さりなは生気の無い瞳で見届けていた。

「お母様! この度は無茶な願いを聞き入れてくださり、本当にありがとうございました!」

 そうまりなに深々とお辞儀するゴロー。

「いいのよ、いいのよ。いっつもお世話になってるのはさりなの方なんだし。お安いご用よ」

 そんなゴローと談笑するまりな。何てことは無い。まりなは現場に圧力をかけるためではなく、単にゴローの懇願を受け入れただけなのであった。

「どーして結婚の話じゃないのよー!!」

 冷静に考えればあの文脈で婚約となるわけ無いのだが、さりなは期待外れの展開に酷くご立腹だ。

「娘はあんなだけど、勿論アイドル卒業するまで待ってくれるわよね?」

「当然ですよお母様」

 そう互いに頷きながらヒソヒソ話するゴローとまりな。

「お母さん!! せんせ!!」

 ゴローがさりなと結婚することに関して、まりなは一切否定していない。将来が安泰な職業だし、何よりさりなの恩人だ。断る理由はどこにもない。しかし、ゴローもまりなも肝心の入籍は30までにとは共通認識なものの、具体的な時期については未確定であった。

 成人したんだから結婚してアイみたいに隠し通せばいいとさりなは訴えるが、そんな芸当は不可能だと一切相手にされていない。

(バカバカバカー! どーしてあの時〝結婚して!〟なんて言ってしまったのよー!!)

 若気の至りとはいえ過程をすっ飛ばして結論を言ってしまったことに後悔するさりな。お陰で結婚は確定事項だからと、普通の恋人的な付き合いは一切出来ない関係に陥ってしまったのであった。

 

 

(しかし、解せねえ。奴が将来の婿だとするなら、あの纏わり付いてるガキ共はなんだ?)

「さつえいまだはじまんないの~~。ヒマ~~!」

「ヒマだから、おとーさんのヒミツどうぐみせて~~!」

 会釈しているゴローの袖をくいっと引っ張るのは、アクアとルビーであった。晴れ舞台を子供たちに見せたいとのアイの願いを聞き入れ、いつもの父親設定でゴローが連れて来たことにしていたのだ。

「いい? 現場に着いたらせんせのことはお父さんって呼ぶんだよ」

 撮影に入る前、アイは念を押して二人に設定を教え込んでいた。

『は~~い、おとーさん!』

「よろしい! 私のことは知らないお姉さんって呼ぶんだよ~~」

『は~~い! しらないクソババア』

「うーん! 思わず殴りたくなっちゃうくらいのクソガキ演技だな~~」

 アイが静かに怒り出すほどに、アイとルビーはゴローの子供に徹していた。

(顔があまりにも似てねぇ。偽装用にどっかの子役を引っ張り出して来たのか? しかし……)

「よーし! じゃあ現場で怪我人が出たことを想定したお医者さんごっこやるぞー!!」

『わーい! わーい!』

(距離感があまりに親子過ぎる! アレで子役だっつーなら早熟だぞ!?)

 文字通り3人は産まれた時からずっと一緒だったため、誰がどう見ても普通の親子にしか映らないのであった。

 

 

「ここはプロの現場なんだけど! 遊びに来てるんなら帰りなさい!」

 そんな時であった。撮影現場の片隅で遊んでいる3人に、ビシッと丸めた台本を向け叱責する少女の姿があった。

「えと……」

「私は有馬かな。今日の撮影のメインヒロインよ!」

 誰? と戸惑うアクアに、自ら自己紹介するかな。

「……あ。このこ、テレビでみたことある! えっと、なんだっけ……」

 一方のルビーは思い当たるようで必死に名前を思い出そうとする。

「そうだ! ジュースをなめるヘンタイコダック!!

 そう自信満々の顔で指差すルビー。

「みずけいなのに、なめるの? きったねーな」

10秒で泣ける天才子役!! 一文字もあってねーわ!!」

 ルビーのあんまりな天然アホっぷりにツッコまずにはいられないかなであった。

「まあ、村の診療所と撮影場所は離れてるみたいだし。医療スタッフがいるに越したことはないけど……」

「こんにちはでがんす」

 そんな時だった。撮影現場にイシが到着した。

「あら? 今日の撮影で私の相方する地元のおばあさんが来たみたいね。挨拶しなきゃ!」

 そうしてかなは、たったとイシの方へと駆け寄っていく。

「なんかナマイキなメスガキだったよねー」

「ああ。いつかギャフンっていわせてやる!」

 自分より一歳年上なのにも関わらず子供扱いし、不満を募らせるアクアとルビーであった。

「あれ? あの人はひょっとして」

 一方ゴローはイシの姿に目がいく。富永先生に聞いたことがある。村の診療所に長年勤めている高齢の女性がいると。

「今日世話になる羽庭イシじゃ。よろしゅう頼みます」

「あなたが今日の共演者ね! 私は有馬かな! よろしく!!」

「こりゃまためんこい童子じゃな。わしにひ孫がいたらこんぐらいかの」

「えっ? ひ孫って」

 年齢的に80は過ぎてるってこと? おばあちゃんと孫って設定だとちょっと年取り過ぎじゃないと思うかなであった。

「やはりイシさんでしたか! 富永先生から聞いています!」

 そんな中ゴローが割って挨拶する。

「アンタ、富永の知り合いじゃったか」

「ええ。イシさんのカレーは格別だと譲介くんから聞いておりますので。今度是非!」

「そがそが。今夜はカレーじゃから、良がったら食ってぐが?」

(あの医療スタッフの人、おばあちゃん役の人と知り合い?)

 まったく無関係の人だと思ってたけどそうでもないのねと、ゴローに興味を持ち始めるかな。

「それでイシさん、本日の撮影シーンは、この有馬かなと一緒に村を訪れるヒロインと出会う場面なんですが……」

「お待たせー! メイク終わったよー!!」

 五反田が段取りを進めている中、ヒロイン役のアイが現場に姿を現す。

『キャーハッハハッ! きったねぇーババア! やまんばだ! やまんばだー!!』

 その姿を見た瞬間、アクアとルビーが抱腹絶倒する。アイは「自分の容姿にとことん自信の無い」役ということで、普段より不細工な特殊メイクを施されていたのだ。素顔の方が整形後という設定なのだが、あまりの変顔で双子の腹筋は見事崩壊してしまった。

()()()()()()医療スタッフの方ですよね? お子さんたちの躾け、どうにかしてくれません?」

「ハイ、モウシワケゴザイマセン……」

 赤の他人を装うためゴローとは初対面という設定で挨拶を行ったアイであったが、表面上は笑顔を取り繕っていたが確実にキレていた。

(おっかねー! 遠慮ねぇガキ共おっかねー! しかし、子供がギャップで笑うほどのメイクってコトは成功か?)

 純粋な子供の感想として尊重出来ると感心する五反田あったが、実際は親子関係の距離だからこその反応なのであった。

 

 

「じゃあ撮るぞー」

 役者が揃ったところでついに撮影が始まる。

「ようこそおきゃくさん、かんげいします……どうぞゆっくりしていってください……」

 村の入り口にキャリーバッグを引いて現れるアイ。そこで手を繋いだイシとかなと出会い、まずはかなが呼びかける。

(確か台本にはこったなごど書いてたな)

 イシへの直接的な台詞は書かれていなかった。指示されていたのは以下の三点。

 

・村の観光スポット的な所を紹介しつつ民宿に誘う

・村は自由に回って良いが、足を踏み入れてはいけない場所を忠告すること

・もし踏み入れたら祟りに遭う的な台詞があればなお良し

 

 村人の素朴さと不気味さを兼ね備えた絵柄が欲しくて、五反田は敢えて台詞を書かずにイシのアドリブに委ねたのだ。

(観光名所ってたらあそごで、禁足地だったらあの丘だべな)

 五反田の意図を汲み取り、頭の中で台詞を整理するイシ。

「この村さはなぁ、『不死の湯』っちゅー連日行列が出来る銭湯があんだ。まんずそごで身体あっためでがら民宿さ向かうとええ」

 数年前村人勇姿が作り上げ、一酸化炭素が蔓延し一人が「待てェ! その風呂に入ったら死ぬぞ!」と叫んだ銭湯を紹介するイシ。

「旅の疲れを癒やした後、翌日に村を散策すればえぇ。但し!」

 今までの台詞は温和な表情で話し、台詞に合わせて豹変するイシ。

「村の見晴らしのえぇ丘さはぜってぇ入っちゃいげねぇ。もし足踏み入れぢまったら……そごさ眠ってる者だちに祟られでもしゃねぇぞ!」

 そうニタァとした不気味な笑みを浮かべて忠告するイシであった。

(これだよコレ! この素人ならではの不気味さ! 想定通りの絵だ!!)

「カット。OKだ!」

 イシの見事なアドリブ演技を心の中で賞賛し、一発OKを出す五反田。

「……。ねえ、監督」

 そんな中、撮影を終えたかなが俯きながら五反田に近寄る。

「どうしたかな?」

「あのおばあちゃん、村の人なんだよね? 役者さんじゃないんだよね?」

「ああ、そうだが?」

 何故今更そんなことを再確認するんだとキョトンとする五反田。

「ヤダヤダー! ここ、絶対因習村だよ~~!! かな、もうおうち帰る!!」

 イシさんの迫真の演技に本気で祟られると思ったかなは、恐怖のあまりガチ亡きするのであった。

「いーや。台本読んだろ? 村に案内する役なんだから、今しばらく歩く演技をだな……」

「ヤダー!!」

「ほらほら泣かない泣かない。あのおばあちゃん、ホントは優しい人だから。撮影終わったら一緒にカレー食べよ」

 子供のメンタルを保つのも医療スタッフの務めだと思ったゴローは、ハンカチでかなの涙を拭いながら宥めるのだった。

「ぐすっ! ありがとせんせ……」

「!?」

 かなの感謝する仕草を見て、さりなには悪寒が走る。何かのフラグが立ったのではないかと。

(ま、まあ大丈夫よね! せんせとは親子ぐらい離れてるんだし!)

 自分自身10以上離れていることは棚に上げて根拠のない優越感を抱くさりなであった。

 

 

「しめた!」

「ん? どうしたのおにーちゃん?」

 一方その頃。ビビってておとーさんに気を取られている今がギャフンと言わせるチャンスだと、アクアは気配を悟られぬよう、そろりそろりとかなへと近付く。

「たぁたぁりじゃー!!」

 そして背後よりかなを脅すのだった。

「キャアアー!?」

 かなは心底驚き一目散に逃げ出してしまう。

「キャハハッ! ひっかかったー!! ざまーみろ!!」

「おにーちゃんサイテー」

 帰れと言われたことに対する仕返しが出来たと嗤うアクアに対し、半ベソかいてる女の子を怖がらせるのはデリカシーなさ過ぎだとドン引きするルビー。

「うわっ!?」

「きゃあっ!?」

 そんな中突然のアクシデントが発生する。恐怖により前方不注意になっていたかなは、カメラマンに激突してしまう。

「あぐっ!?」

 カメラマンに覆い被さるように倒れるかな。そして不運なことに、衝突によりカメラマンの手より離れた撮影用カメラがかなの前頭部をかすめるように落下してしまう。

「あ、ぁ……」

 額から血を流してぐったりと倒れ動かなくなるかな。些細な出来心が大事故を起こしてしまったことに、アクアは顔面蒼白になり絶句する。

「!!」

 かなの負傷を目にした瞬間、穏やかだったゴローの目はキリッとした医者の顔に変化し、緊急用医療キットが入った鞄を持ち急行する。

「かなちゃんしっかり! 俺の声が聞こえる!?」

「うぅ……せんせぇ……痛いよぉ……気持ち悪いよぉ……ヤダよぉ……かな、死んじゃうの……」

 流れ出した血が目元を赤く染め、かなは死を覚悟するほどの恐怖を抱く。

「大丈夫だ! この程度の傷で死にはしない!! 今すぐ応急手当を……」

「でも、でもぉ……おでこに大っきな傷残っちゃったら、かな、女優としてやってけないよぉ……」

 例え死ななくても顔の傷が仇となり女優人生が終わってしまうと、かなはますます錯乱して泣きじゃくってしまう。

「心配する必要ない! この村に祟り神なんていやしない! いるのは……誰もが信じ崇めてる、まさに最強で無敵のスーパードクターだ!!

 今のかなに必要なのは絶対的な安心感だ。だからゴローはやや過剰気味に一人の話をする。

「信じて、いいの……?」

「ああ! 君の顔には絶対傷が残らない!! 君はこんな所で立ち止まらない、挫けない大女優になれる!! だから今は気を落ち着かせて」

「うん、ありがと、せんせ……」

 ゴローの言葉に信頼を寄せ、かなは静かに泣き止む。

「応急処置完了! イシさん! ドクターKの元へ!!」

「うむ!!」




原作のさりなちゃん生存IFでは、さりなママは改心する感じなので、その流れで描写しました。基本的にゴローは親目線なのでウマが合うだろうなと。

今回一番悩んだのが、どうやってかなを負傷させるかですね。大怪我を負ってK先生の治療を受ける流れは確定だったものの、過程がなかなか思い浮かばず何度か書き直しました。
当初は坂を転げ落ちるだとかドライバーが突き刺さるとかの不慮の事故想定だったのですが、アクアを絡ませるフラグを立てるという流れになりました。
アクアが悪い子な描写ですが、ゴローの転生体じゃないので、実父が間接的に人を殺して悦に入るサイコパスなので、少なからずその負の面が遺伝しているということで。
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