この度めでたく『推しのスーパードクター』が同人誌になりました。
C108を皮切りに、他の即売会でも頒布予定となります。
連載作品の他、新規書き下ろし5編を含めた、計172Pの本となります。
告知も兼ねまして、書き下ろし3編を順次公開いたします。
今回は書き下ろし3編目になります。
概要は下記のようになります。
判型:B6
ページ数:172P
価格:1200円(イベント)、税込1600円(同人ショップ)
表紙絵挿絵:anじぇらさん(https://x.com/jeraART)
表紙装丁:ホログラムPP
挿絵枚数:3枚
■C108頒布情報
委託先サークル:北謳寮通信社(08/15南2ホールd26b)
■メロンブックス様、フロマージュ様委託先情報
https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=3763549
「狭いよぉ……暗いよぉ……痛いよ……寒いよ……ヤダ……わたし……死んじゃうの……?」
(なに、なんなのこの演技!?)
それは東日本大震災再現ドラマのオーディションだった。役柄は被災して命は助かったけどお母さんを亡くしちゃった子供の役だ。
「光が……光が眩しい……。ありがと、自衛隊のお兄さん……」
死が近付く恐怖の涙に、助けられた感謝の涙。悲しみと喜びの演技を行えばいい。そう思って私はのぞんだんだけど……。
「ウソ……。お母さん、どうして返事しないの? なんで? どうして? 死んじゃヤダよぉ……!!」
「……」
かなちゃんの演技に私は言葉を失った。悲しい→嬉しい→悲しいの感情の変化だと思っていた。だけどかなちゃんは他のオーディション参加者に手本を示すように演じてくれた。
『自らが死を迎える悲しみと、肉親を失う悲しみは違うのよ』
……って。
結果は言わずもがだった。その些細な感情の差異を見事再現したかなちゃんに決まった。
「なに、なにがあったの? かなちゃん、前と全然ちがう。泣きの演技がすっごく上手になった……」
十秒で泣ける天才子役。それがかなちゃんのあだ名。同い年なのにこんな名演技が出来るだなんてと憧れて、劇団に入団したくらいだ。
オーディションに合格したくて、すごく練習した。だけどかなちゃんは、自分のはるか先を進んでて。手を伸ばしても全然届きそうになくて……。
だけど、だけど……!
「なりたいじゃなくて、追い越したいって思わなきゃね」
かなちゃんが私を見てくれた! 自分を越してみろってエールを送ってくれた!!
それがとってもうれしくって、あこがれるんじゃなくて、届いて追い越さなきゃって、私は一層演技に励むようになった。
伝説的ガチ泣き少女漫画『今日は甘口で』、待望の実写ドラマ化! 分割二クールで原作を忠実に再現! ヒロインはなんと、今をときめく「10秒で胸キュンするJK」有馬かな!!
そんな宣伝文句で企画された地上波深夜ドラマのオーディションに私は臨んだ。狙う役は、当然かなちゃんの恋敵役! 今までどれだけかなちゃんのライバル役を望んだことか。やっと念願叶う、絶対に譲れないって挑んだんだ。
「そんな……」
だけど、ライバル役は不知火フリルに決まってしまった。幸いかなちゃんの親友役は取れた。それはそれで嬉しいんだけど、望みが叶わなくて私は唖然とする。
「あまりに期待外れの演技だったわ」
オーディションを見学していたかなちゃんが、辛辣な評価を下す。
「私は絶対かなちゃんに負けるもんかって思って演技したよ!!」
ライバルとしての想いは他の候補者には絶対負けてないって自負するほどに。
「ったく……解釈違いも甚だしいわ!!」
そんな時かなちゃんは呆れた後、腹の底から湧き出るような大声で叱責する。
「アンタ何勘違いしてんのよ! これはね、恋愛物なの! スポ根物じゃないの! 確かに競り合う絶対に負けられないライバルの演技は、他の候補者の追従を許さないほど出来ていた。けど、」
「けど?」
「けどね、恋愛ってのは愛する相手がいてからこそなのよ! この人を愛したい、絶対に取られるたまるもんかって執着心がね、アンタの演技からは全然感じられなかった!! 落ちて当然よ」
「それは……」
一字一句正論だ。反論する余地がまったくない。確かに私は、敵愾心剥き出しで、台本の向こうにいる彼氏のことをまったく考慮していなかった。
「あかね、恋愛舐めんじゃないわよ。愛する人を奪われたくないっていうジェラシーは凄まじいのよ。アンタ想像出来る? 自分より十以上も離れた未就学時に寝取られるかもって強烈な嫉妬心を抱く成人女性を」
「それは……いくら何でも大人気ないよ……」
二、三歳年下や中高生ならともかく、小学生未満の子供になんて、完全に思考の範囲外だよ。
「そそっ、到底いい年した大人のする態度じゃない。だけどね、本当の愛ってのはそれほどまでに規格外で常識外れのものなの!!」
何だろう? かなちゃんは例え話じゃなくて、実際に体験したかのような言い回しだ。
「残念ね。アンタとは友達としてではなくライバルとして共演したかったわね」
(かなちゃん……)
かなちゃんは私の演技をよく見てくれてるようで、上達した時はちゃんと褒めてくれて、至らないところは忖度なく批評し改善案さえ出してくれる。
初めて会ったあの時から、かなちゃんの私に対する姿勢は変わらない。
「私を越せるものなら全力で挑みなさいな。完膚なきまで叩き潰してあげるわ」
……って。そして私に追い越せるような役者になって欲しいからこそ、いつも真摯に評価してくれるのだろう。自分の力不足で、その期待に応えられなかったのは本当に残念だ。
「にしても、あのクソロリババア! 勝手に勝ち逃げしやがって!! 菊花賞のタイトルホルダーかよ!! 思い出したら、はらわたが煮えくり返るくらいムカつくわねホント!!」
そうかなちゃんは古い記憶を呼び覚ましながらイラついて会場を後にした。
(ここまで他人を汚い言葉で罵るかなちゃん、初めて見るな)
かなちゃんは私にもキツい言葉は投げかけてくる。だけどそれはあくまで演技指導や批評の範疇に収まるものだ。相手の人格を否定するような罵詈雑言は一度も受けたことがない。
(そう言えばあの時も!)
そうだ! 初めてかなちゃんと会った時も言ってたんだ。
「もっとも。アイツの輝きには全然届いていないけどね」
……と。
(ひょっとして、同じ人を指してるのかな?)
てっきり私は演技において追い越したい人がいるんだと思っていた。でもそれは、恋愛において叶いそうもない相手に対しての執着だったってこと?
(だとしたら、私は全然届かないや……)
かなちゃんと対峙出来る資格を得るためにもどうにしかして愛を得なきゃと胸に誓い、私はオーディション会場を後にした。
「どうすれば、人を愛せるのかな?」
私は両親は好きだ。かなちゃんも大好きだ。だけど、それらの好きと愛するは別次元だ。それは理解している。だけど、いざ愛って何って聞かれても、上手く理論化出来ない。
第一、未成年の女優にとって恋人を作るのは致命傷だ。アイドルほどの炎上にはならないにしても、恋愛禁止は共通事項と言っても過言ではないだろう。
幼い時のかなちゃんは私に説いてくれた。愛の大切さを。つまりその時既に、かなちゃんは愛する人がいたってことだ。
かなちゃんの愛する人って誰だろう? かなちゃんのインタビュー記事を読み尽くし、その相手は「それが始まり」の医療スタッフだってのを突き止めた。
かなちゃんは語っていた。撮影の時アクシデントで重傷を負い、村の診療所に運ばれた。そこでかなちゃんの頭を縫ってくれたのが医療スタッフの人。将来女優になる子だって一切傷が残らない超絶技法で縫合してくれて。その優しさにかなちゃんは一目惚れして求婚したって。
それは幼少時によくある恋愛話だ。魅力的な成人男性に恋焦がれるのは。大方の人たちは、それを在りし日の甘い恋愛譚だと、心のメモリーにそっとしまい込んでおくものだろう。
だけど私にはよく理解出来る。かなちゃんはずっとずっと本気だ。幼き時の初恋をずっとずっと心に留め続けて追い求めている。だからこそ、「10秒で胸キュンするJK」と評されるほど恋愛物に引き手数多な女優になれているんだ。
インタビューでは名前にまで言及されていなかった。私は映画のクレジットを凝視し、医療スタッフの人が雨宮吾郎という医者だっていうのを突き止めた。
名前を検索して出て来るのは、宮崎の小さな産婦人科院だった。病院のホームページには経歴が載っていて、S県の富永総合病院に十年勤めていたとある。医療スタッフを務めていたのは、ここの勤務医時代だ。
一介の勤務医がどうして映画の医療スタッフに? 一見接点がなさそうに見えて、調べてみると関連性らしきものが浮かび上がってきた。
富永総合病院院長富永研太。彼は難病の退形成性星細胞腫の手術を成功させ、医療ドキュメンタリー番組「奇跡の執刀医」で一躍有名になった医者だ。彼が執刀したのが当時12歳だった天童寺さりな。B小町の天宮サリーとして活躍していた元アイドル。そして、「それが始まり」のメインヒロインの一人だ。
雨宮先生の経歴を読むと、富永総合病院で研修医として働いていたともあった。研修医の時期は「奇跡の執刀医」の元となる手術が行われた時と合致する。
メインヒロインの関係者だからと、スタッフのツテで医療スタッフを任されたとかだろう。
「うーん。何か引っかかるなー」
かなちゃんが雨宮先生を好きになること自体は特に違和感はない。だけど雨宮先生の経歴を追っていくと、何か重大なピースが欠けているようにしか見えない。
「あれっ?
ふと二人の共通点に目がいった。ただの偶然だろうか? だけど、雨宮先生が宮崎に戻ったのと、さりなさんが卒業し一般男性と結婚した時期はピタリと一致する。
この一般男性は、ひょっとして雨宮先生なのでは? そう思って調査を続けたんだけど、不思議なことに経歴以外は一切分からなかった。まるで意図的に彼に関する情報が伏せられているかのように、真相が摑めなかった。
結局、二人が結ばれたのではというのは、推測の域を出なかった。
「かなちゃんは、このこと知ってるのかな?」
よほど緻密に調べ上げないと辿り着けない推論。認知していなくても全然不思議じゃない。だけどもし把握していたら、かなちゃんはとっくの昔に失恋していることになる。
「かなちゃんは愛を知って、愛を失ったの? だからこそ誰よりも恋焦がれて追い求めて、あんな素敵な演技が出来るようになったの?」
だとしたら、私が勝てるはずない。愛さえ知らなければ、かなちゃんの足元にも及ばない。
どうにしかして愛を知らなくちゃいけない。かなちゃんに追い付くためにも。オーディションで負ければ負けるほど、私の想いは次第にどっしりと積み重なっていった。
「『今からガチ恋始めます』。新しいドラマの企画書ですか姫川さん?」
劇団のレッスン室で稽古に励んでいた中、休憩中机に置かれていた書類に目が止まり、先輩の姫川さんに声をかける。
「ああ。鏑木P企画の恋愛リアリティショーだよ」
「恋愛リアリティショー……」
話に聞いたことあるけど、演劇とは無縁だから詳しくはないな。
「『芸能活動をしてる高校生達が週末いろんなイベントを通じ交流を深める』が基本コンセプトでな。本来大学生の俺は対象外なんだが、鏑木Pから小耳に挟んだ時、出演候補者にちょいと気になる娘がいてな。プレゼンしたらOKしてもらえた」
「へぇー」
恋愛する暇があるなら稽古に時間費やしてそうな姫川さんが興味を抱くなんて珍しい。
「でもどうして企画書が手元にあるんです?」
「ああ。実はあと一人女性枠が決まってなくてな。参加を承諾する代わりに、趣旨に合いそうな劇団員紹介してくれないかなって頼まれてな」
「!」
その瞬間、私は閃いた。
「あのっ、姫川さん。私も参加すること出来ません?」
恋愛禁止な芸能界において番組の体で合法的に愛を育めるのは貴重。今の私にとっては干天の慈雨だ。
「黒川がか? やめておけ、お前の性には合わん」
「どうしてですか?」
「恋愛リアリティショーは演出はあれど脚本はない。ほぼほぼ素の自分を曝け出して臨まなければならん。お前は役者としては超一流だが、ありのままの己を魅せなければならない番組には不釣り合いだ」
「でもでもでも! 愛を知らなきゃかなちゃんに追い付けない!!」
私は声を荒げて押し通そうとする。やっと愛を摑めるかもしれない千載一遇を逃すわけにはいかない。
「はぁ。そこまで強張るなら仕方ない。俺が推しといてやるよ」
観念して姫川さんは受諾してくれた。
「ありがとうございます。それと、言葉の用法間違ってますよ。この場面では強情を張るとかです」
姫川さん、帝国演劇賞最優秀男優を受賞するくらいには天才的な役者さんなんだけど。漢字の読みとか言葉遣いに若干危ういところがあるんだよね。
(どうしよう……)
今ガチの撮影が始まって数週間が経つ。番組は「鷲見ゆきと熊野ノブユキのカップリングが中心となり、そこに嫉妬心を見せるケンゴ」という主軸で進行していた。愛を求めるつもりが私は上手く絡めなくて、どんどんと影が薄くなっていた。
目立たないのは全然構わない。ただ問題なのは、出演者たちとの親愛度が上がらず愛を得られないことだ。
「ほーら、取って来いルビー!」
「わんわんわん!」
そんな中、姫川さんとルビーちゃんは独自路線を突き進んでいた。
「きゃんきゃんきゃん!」
「おお。取って来たなルビー」
公園での日常風景を撮っていた時だった。姫川さんが思い切り投げたフリスビーを天高くジャンプしてキャッチするルビーちゃん……ってあれ、今三メートルくらいジャンプしなかった? 気のせいかなぁ。
「よーしよしよしよし。偉いぞルビー! 犬だよ、犬。あくしろよ」
「くぅん、くぅん! って、私犬じゃなーい!」
頭を撫でられて気持ち良く鳴くものの、素に帰り憤るルビーちゃん。
「すまんすまん。君はサーバル、ジャンプ力ぅ……にすぐれたフレンズなんだね! すっごーい! なにこれなにこれー。わーい!」
「にゃんころにゃんころ♪ ごろごろにゃーん♪」
今度はアニメっぽい裏声の姫川さんに顎を撫でられて、あまりに気持ち良さに背中を仰け反らせるルビーちゃん……って今、45度くらい傾けなかった?
「って、猫でもなーい!!」
ルビーちゃんの身体能力はともかくとして、二人のコンセプトは明確だ。年の離れた疑似兄妹的カップリング。聞いた話では、実際ルビーちゃんにはアクアくんという双子のお兄さんがいて、名実共に妹だそうだ。
ルビーちゃんは苺プロダクション所属の駆け出しアイドル。『守ってあげたい天然系妹』というのが事務所が打ち出したルビーちゃんのアピールポイントで、姫川さんはルビーちゃんの魅力を十二分に引き出している。
苺プロダクション所属の元B小町のアイドルアイは、デビュー間もない頃ララライのワークショップを受講していたと聞く。その縁でウチの子を引き立たせて欲しいと苺プロに頼まれ、姫川さんは今ガチへの参加を決めたのだろう。
その目論見は上手くいき、二人のファンも少なからずいて番組を賑わせていた。完全に蚊帳の外なのは私だけだった。
(どうしよう……。このままじゃ何も得られないまま番組が終わってしまう……)
ネットで今ガチの感想を検索するけど、私は空気だったり、いてもいなくてもいいだったりと、酷評しか聞かない。愛を摑みたい! その想いで番組に参加したのに。
姫川さんとルビーちゃんの間には入れない。姫川さんは頼れる先輩ではあるけれど、舞台で共演しても愛情を抱いたことはない。だったら、ノブユキくんとケンゴくんともっと親しくならなきゃ……!
(ダメッ! 全然心がときめかないよぉ。こんなんじゃ、かなちゃんに全然追い付けない……)
「かなにはね、将来大女優になるって約束した大切な人がいるの!! その人が見てくれた夢に辿り着いて改めて求婚するの!! だからこんな所で立ち止まっているヒマなんてないの!!」
初めてかなちゃんと会った時のアドバイスが今でも心から離れない。愛を説くかなちゃんはとっても輝いていて。私の心を女神のようにときめかせてくれた。
どうすればかなちゃんのようになれるのか、せっかく教えてもらえたのに! 私は全然理解出来なくて、一握の恋すら摑めなくて。一体どうすれば……?
「ぬんっ!」
「えっ!?」
何? 今、ドオンって地響きのような何かが?
「ルビーちゃん、どうして今ここに……」
土煙の中から姿を現したのはルビーちゃん。すっごいドヤ顔で私を見つめて、地面は正拳突きでヒビ割れて……って、そんな爆音鳴らしながら砕けるものだったっけ?
「素晴らしい提案をしよう」
するとルビーちゃんの後ろから眼鏡をクイッとあげた姫川さんが近付いて来て、
「お前も妹にならないか?」
と、唐突に右掌を胸元まで上げて、不敵な笑みを浮かべながら突拍子もないプレゼンをする。
「なりません」
私はキッパリと断った。
「見れば解る。お前の美しさ。女優だな? その魅力、練り上げられている。
「何を訳の分からないこと言っているんです?」
「そこは『私は劇団ララライ、黒川あかねよ』って自己紹介するところだろ?」
「だから何を言っているんですか?」
「お前、日本映画最高興行収入四百七億円の映画見てねーの?」
「映画自体は存じていますが、声優の演技はあまり参考にならないので、アニメは見てないです」
「女優が声優やるのも珍しくねーぞ? 柴田理恵の暗殺者の母とか、ドハマり過ぎて半端なかったぞ? 演技のバリエーションを増やしたいなら
「
格言を述べて知能指数を高く見せようとしたのでしょうが、読み間違えで締まりが悪くなっています。
「ノリが悪いなぁあかねちゃん。しょうがないからこのままゴッゴ遊びの続きやろー大にぃ」
「おおいいぞ。こんなこともあろうかとDX日輪刀はしっかり持って来た。お前はそのまま鬼役やれ。俺は剣士役やる!」
「よぉし! 術式展開! 赤い札・
「壱ノ型、
心なしか台詞とか読み方とか間違っている気がするんだけど。二人は私そっちのけでアニメの模倣を始めた。
「俺は俺の責務を全うする!! ここにいる者は誰も死なせない!!」
(流石だなぁ、姫川さん)
ゴッコ遊びと言ってはいるけど、アニメの実写化と言っても過言ではない力の籠もった台詞回しに、刀を持った殺陣も免許皆伝な老練の剣士の如く見事だ。ララライの看板役者は伊達じゃない。
「糸晴れらしい門気だ……それ程の傷を負いながらその気白、その米かみ力、一部の糸もないカマイタチ!」
(ルビーちゃん、何者なの……)
相変わらず台詞はうろ覚えで難しい漢字は読めてないって言い回しだけど。一流役者の姫川さんの動きにピッタリと合わせている。それどころか残像が見えているんじゃないかって錯覚するほどの目にも止まらない反復動作。間違いなくダンスは一級のアイドルに引けを取らないだろう。
(姫川さん、スゴいなぁ……)
ルビーちゃんは到底演技が出来る子じゃない。それは番組を通して肌で感じられた。
だけど役に成り切るんじゃなくて、あくまで遊びだって言い聞かせることで、自由奔放な彼女の潜在能力を最大限に引き出し、無意識的な演技のレッスンを身体に叩き込んでいる。
(もっと肩の力抜いて、自分らしさを出せってことね)
姫川さんは言葉に出さずとも行動で示してくれた。番組の趣旨なんか気にせず自由奔放にやれ、自分の立ち位置に不安があるなら俺を頼れって。
後輩の私の身を案じて助け舟を出してくれるのはとってもありがたい。だからこそ、厚意に甘んじるわけにはいかない。これは誰かに頼まれた仕事じゃなく、自分で決めた道なんだから。
「そういうのじゃ、ないんだけど……」
後日この回の感想は、「黒川あかねのガチツッコミ、久々にワロタ」、「ネタにマジレスすんな、空気嫁」、「お前もやらないか?」、「あ……ありのまま、今見た事を話すぜ! おれは今ガチを見ていたと思ったら、いつのまにか無限列車の実写を見ていた……。な……何を言ってるのか、わからねーと思うが、おれも何を見せられたのかわからなかった……頭がどうにかなりそうだった……。学芸会だとか2.5次元だとかそんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ……。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」等、良くも悪くも話題に上がった。賛否両論だったけど、私は初めて脚光を浴びた。
だけどそれは、愛とは無縁のものだ。結局私は愛を知らないまま泡沫のように消え行く瞬間だった。
(どうすればいいの? 何をすればいいの?)
まったく愛を得られなくて。どんなに本を読んでも、演劇を鑑賞しても、答えを得ることは叶わなかった。
(かなちゃんは、かなちゃんはどうやって愛を知ったの?)
私に愛を説いたかなちゃんは、一体どうやって。
(そう言えば!)
思い出した。この間、かなちゃんテレビに出ていたんだ。お昼の番組だから録画して後で見ようって思ってたんだけど、稽古や今ガチのことで手一杯で、すっかり失念していた。
「!!」
私は藁をもすがる思いで録画一覧画面を開いた。
『それでおばあちゃん役の人があまりに迫真過ぎて、撮影場所を因習村じゃないかって失礼なこと思ってしまって。恐怖のあまり足元が疎かになってつまずいちゃって、カメラマンにぶつかって頭にカメラが落ちちゃったんです』
それは老練の女優が司会を務めるトーク番組だった。「『10秒で胸キュンするJK』と称される彼女の原点に迫る」と銘打った回で、司会の女優に初恋を訊ねられた時、かなちゃんは思い出深そうに答えた。
『目元が血で真っ暗になって意識が薄くなって、もう死んじゃうかもしれないって恐怖したんです。でも、そんな時でした。せんせが、優しく励ましてくれたんです』
「あっ……」
胸元に手を当てた瞬間、かなちゃんの表情が変わった。
『〝君の顔には絶対傷が残らない!! 君はこんな所で立ち止まらない、挫けない大女優になれる!! だから今は気を落ち着かせて〟って……。そして気付いた時、手術は無事終わっていて。目の前にはせんせがいてくれて……』
次の瞬間、かなちゃんの瞳が静かにうっすらと開眼する。
『せんせは、私の手を優しく握ってくれて。励ましてくれたんです……。〝大丈夫。今は包帯に巻かれているけど、傷痕が残らないようオレがしっかりと縫合したから〟〝約束しただろ? 君の顔には絶対傷を残さないって。だからこれで安心して大女優目指せるよ!〟って……』
「あっ、あっ……」
動悸が収まらない。目を見開いて魅入ってしまう。
『そしたら私、胸がトキめいちゃって、せんせの手をギュッと握って告白しちゃったんです……。〝け っ こ ん し て !〟って……』
「何? なに何々なに!? こんな顔のかなちゃん、初めて見るよぉ……」
頬を赤らめ、慈しむような星の瞳を煌々と輝かせ、愛を奏でるかなちゃん。それは恋愛ドラマでさえ見せたことのない、演技じゃない本物の恋する乙女の尊顔だった。
「あっ、あぁ……。スゴいなぁ、ステキだなぁ、羨ましいなぁ……。叶わないなぁ……」
気付いた時、私は涙の沼に沈んでいた。自分が喉から手を出しても届かないものを、かなちゃんは僅か4歳の時に得ていた。
「私も、私もこんな素敵な恋をしたいよぉ、愛を育みたいよぉ……」
ひとしきり泣いた後、私は悟った。悩んでどうにかなるものじゃない。私もかなちゃんのように愛を得ようって。
……その時は気付きもしなかった。自分が決して入っていけない袋小路に迷い込んでしまったことに。
目立つためにはどうすればいい? 私は本心をはぐらかして番組スタッフに訊ねた。
答えはこうだ。「そりゃゆきからノブを奪う悪女ムーブだよ。これが出来たらキャラが立つし、間違いなく目立てる」
成程。悪くない策だ。私が生まれて間もない頃は、日中帯に所謂昼ドラというドロドロの愛憎劇が放映されていた。今では到底考えられないけど、真っ昼間にベッドシーンや殺傷シーンが流されていた。
聞いた話では、たわしをコロッケにする*1とか、牛革財布のステーキ*2とか、食物に異物を混ぜるのは日常茶飯事。ライバル女が彼氏を寝取って心中し、当人はしれっと生きていた*3なんてエピソードもあるらしい。
もちろんこれはフィクションで、現実に行うわけにはいかない。ともかく、悪女を演じるんだと言い聞かせれば出来なくはなさそう。
ただ、私の目的は修羅場を演じることじゃない。険悪なムードになってアクシデントを起こし、自分自身が傷付くことだ。かなちゃんのように死線を彷徨えば、きっとそこに愛が……!!
「ノブくん……こっちで一緒に……」
主軸はゆきとノブユキ。であるならばそこに介入するのは定石。私もノブくんに興味があるように装い、別ベクトルの三角関係を構築しようと模索する。
「でね……ケンくん……」
そしてケンくんにも時折声をかけ好感度を稼ぐ。どっち付かずの尻軽女だって酷評されてもいい。どうせ影薄いんだから。番組も終盤だから、とにかく結果を残そうって焦ってるように見せれば。実際私は焦燥感に駆られているんだし。
(何をやってるんだろう私……)
以前より二人にアピールしてはいる。だけどそこに、愛情なんてのは全然抱かない。下手をすれば姫川さんに対する好感度より低いすらある。
(見たでしょ!? かなちゃんのあの笑顔。あれが〝恋愛〟なんだよ!!)
かなちゃんの後ろ髪すら摑めない。私は自身を叱咤激励しながら何とか愛に発展させようと……。
「やめてよ!! そうやって男に簡単に引っ付いて、やり口に品がな……!」
それは焦りから不意に出た一手だった。ケンくんを抱き付くように誘おうとしたゆきの頬を引っぱたいて。
(しまった!?)
勢い誤って手を出してしまった。どうしよ……。
(でもこれは、チャンスだ……!)
私はゆきを心配する前に天啓を得たと思った。ドラマの流れだとゆきが激昂して私に反撃し、つっかみ合いのドロドロ修羅場に発展するだろう。それが狙い目だ。カメラは至近距離で回っている。口論の末かなちゃんのようにカメラに頭をぶっつけて大怪我すればきっと……。
「えっ……?」
だけど、現実は違った。私の叩いた手はゆきの顔を引っ掻き、血が……。
(えっ? えっ? どうして? なんで? 違うよ、そっちじゃないよ……)
傷付くのは私で、ゆきじゃ……。
(違う違う違う! これは脚本と違う! 今から撮り直し……)
これは舞台じゃない、リアルの撮影なんだ。そんな客観的な判断させ出来ないほどに私は憔悴していた。
……幸いゆきが介抱してくれて、私も誠心誠意の謝罪をした。現場はそれで収まったんだけど、ネットは違った。番組の感想を検索すると、私への罵詈雑言で炎上していた。
「何よ! ちょっとしたアクシデントでしょ!? あの程度の修羅場、昼ドラじゃ日常茶飯事! 第一、顔の傷程度痕に残らないでしょ!? かなちゃんなんて何針も縫う大怪我しても、一切傷が残ってない綺麗な顔してるんだよ!!」
悪いのは手を上げた自分なのに。だけどどうしてここまで理不尽に叩かれなくちゃいけないのって憤ってしまう。守秘義務に反しない程度に情報開示して誠心誠意謝罪するんだけど、それが反って延焼を招いてしまい、騒動は一向に終息する気配を見せなかった。
「どうして? なんで……。私はただ愛を知りたかっただけなのに……。どうしてこんな目に……」
日に日にやつれご飯も喉を通らなくなり、次第に思考力も落ちていった。
(そういえば、何も食べてないや……)
そうして私は台風が迫り来る中、現実逃避するように外出した。
(何かもう、どうでもいいや……。結局私は、かなちゃんのようになれなかった。愛を知ることが出来なかった。こんなに燃えちゃったら、芸能活動も続けられないし……。もう、疲れた……)
人生に希望を持てず、もう終わりにしたいと思うようにさえ至り、歩道橋を登っていた時だった。
「あかね! 黒川あかねー!!」
突然背中から大声で呼びかける見知らぬ男の声。
(えっ!?)
私の顔はテレビを通じて知れ渡っている。強烈なアンチが呼び止めたんじゃないかってビクッとし、思わず後ろを振り返ってしまう。
(あっ!?)
突風で傘を持っていかれ足元が疎かになる。そして視界が反転し、強烈な痛みが後頭部を襲う。
「うっ……」
階段を転げ落ちたんだろうというのは何となく分かる。だけどもう、意識が保てなくて……。
(ちょうどいいや。このまま終わらせよう……)
もう人生に疲れてたんだし、このまま死んじゃえばいい。そう、もうどうなっても……
「おい! しっかりしろ! 意識はあるか黒川あかね!!」
だけど男の人は私を彼岸に渡らせまいと必死に声をかけてくれて。
(何だっけ、これ……)
何だろう? 不思議と初めてじゃない気がする。どこかで似たような光景が……。
『目元が血で真っ暗になって意識が薄くなって、もう死んじゃうかもしれないって恐怖したんです。でも、そんな時でした。せんせが、優しく励ましてくれたんです』
(あっ……)
そうだ。かなちゃんの初恋の時と似ている。私は同じように頭を負傷して。声をかけられて。
(ということは……)
目の前にいるのは……
「おいしゃ……さん……?」
もしかしたならと、私は男の人に訊ねる。
「! そうだ俺は医者だ! 俺は……最強無敵のスーパードクターだ!!」
(スーパードクター……。同じだ……)
かなちゃんも励まされたんだっけ。この村にいるのは誰もが信じ崇めてる、まさに最強で無敵のスーパードクターだって……。
(そっかぁ……。私、最期にかなちゃんに……)
ほんのちょっとだけ追い付けたかもしれない。そう安堵し、私は意識を失う。
「んっ……」
気が付いた時、視界に入ったのは見知らぬ天井だった。どうやら私は手術を受けて無事生還したらしい。
「黒川あかね!」
目を覚ますと、最後に聞いた男の声が私を呼ぶ。
「誰?」
横を振り向くと、そこでは丹精の整った顔の、星のような輝きを持つ綺麗な瞳を持つ男の人が、身を案じる眼差しを向けていた。
(あれっ?)
初めてなのに、知っているような気がする。どこかで。
(そうだ――)
ルビーちゃんを男の人にしたような雰囲気。心なしか姫川さんの面影もある。するとこの人は、
「アクアくん……?」
ルビーちゃんの双子のお兄さんだ。
「! 俺の名前を知ってるのか?」
「うん。時々ルビーちゃんが話してくれた。物凄く聡明なお兄ちゃんがいるって」
「そうか。俺は君を止めたかっただけなのに、こんな傷を負わせてしまって……」
私の手を握りながら、涙目で謝罪するアクアくん。
「ううん。大丈夫だよ。君は私を助けようとしてくれただけなんだよね……」
私はアクアくんは何も悪くないよって、優しく慰めようとした。
トクン……
(あれっ?)
何だろ? 今、胸の高まりを感じたような。今まで抱いたことのない温かみ。この想いは一体。
「ああ。何も心配要らない。譲介さんが完璧な手術をしてくれた。後遺症は絶対に残らない。それに、」
「それに?」
「頭の傷は俺が縫合した。術後、一切傷痕が残らないようにって」
「えっ?」
それって……まさか……!
『せんせは、私の手を優しく握ってくれて。励ましてくれたんです……。〝大丈夫。今は包帯に巻かれているけど、傷痕が残らないようオレがしっかりと縫合したから〟〝約束しただろ? 君の顔には絶対傷を残さないって。だからこれで安心して大女優目指せるよ!〟って……』
あっ、あっ……
『そしたら私、胸がトキめいちゃって、せんせの手をギュッと握って告白しちゃったんです……。〝け っ こ ん し て !〟って……』
そうか……。やっと分かった……。これが、これこそが……
「ううぇあっ……うぅうううううう!! わああああああ……」
気付いた時、私は夕立のように泣きじゃくっていた。暗雲を撥ね除けるように光のカーテンが照らし、今までの蟠りを全て洗い流すかのように……。
「ごっ、ごめんっ! 完治するとはいえ、君を傷付けてしまって……」
「違うの、ちがうのぉ!!」
やっと、やっと見つけられたよぉ。届いたよぉ……。これが、これこそが〝愛〟なんだね。私の愛はここに、あったんだね――
今までと視点を変えてモノログーで語られていたあかねのエピソードを書き下ろしました。
原作と違いかなに拒絶されたのではなく追い越してみろって背中を押された関係で、手が付けられないレベルのかなちゃん推しになってます。
今ガチは動機や経緯は違うけど、結末は同じという感じに書いてますね。
あと姫川さんとルビーは番組の趣旨ガン無視で2人で戯れているだけですが、伊達に帝国演劇賞最優秀男優なだけあり視聴率は稼げているという。
ルビーはルビーで1人だけ少年ジャンプしてる感じですね。
さて、公開する書き下ろしエピソードはこれで最後になります。この続きも書いてありますが、そちらは書籍版でお楽しみください。