推しのスーパードクター   作:衛地朱丸

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16歳になって真面目に考えた結果、不純異性交遊はしません。


カルテ3:疑念

(さりなちゃん! さりなちゃん! 今度こそ俺が!! 君を!!)

 ゴローは常備している緊急医療キットが収められた鞄だけを持ち、身一つで当日チケットを取り羽田へと飛んだ。

 それは医療従事者にとってあるまじき願いだ。非倫理的とさえ言える。それでもゴローは思わずにはいられなかった。

 

――今度君の身に何かあった時は必ず俺が助ける――

 

 と。

 万一にも訪れてはいけないその日のために、ゴローは専門外の医療知識さえ貪欲に取り込んでいたのだ。

 

 

「せんせぇ……」

 羽田に降り立つと、ロビーでは涙で顔がぐしゃぐしゃになったさりなが出迎えてくれた。

「良かったさりなちゃん、無事で。えっ?」

 ここでゴローは違和感に気付いた。さりなは急病や事故に遭ったのだとばかり思っていた。しかし当人は感情に乱れがあるものの至って健在。

 冷静に考えれば動けないほどの重篤な状態ならメッセージすら打てないはずなのだが、ゴローはそんなことを考える余裕がないほど焦燥していた。

「せんせ、せんせ、アイが、アイが……」

 ゴローの胸に抱き付き涙ぐむさりなの口から出たのはアイの名前だった。

「彼女が、どうかしたのか!?」

 仮にアイの身に何かあったとしても一大事だと、ゴローは襟を正す。

「ひっく、ぐすっ……」

 嗚咽混じりの声でさりなが見せた携帯の画面には、あるニュースが映っていた。

「『B小町・アイ 体調不良で活動休止』だって!?」

 さりなのスマホを操作し記事を読む。詳細は語られておらず、ただただ数ヶ月の活動休止を要するとだけ記載されていた。

「君は何も聞かされていないのか?」

「うん。いつものミーティング時間にアイが顔を出さないからおかしいなって思ってたら、突然活動休止だって社長から言われて……」

「……」

「だってアイ、今まで全然ヘンなとこなくて踊ったり歌ったりしてたんだよ!? なのに突然体調不良って! 私、どうしたらいいか全然わかんなくって、それでせんせに……」

「そういうことだったんだね。君自身に何もなくて良かった。しかし意外だな。君がこれほどまでにアイの身を案じるだなんて。あんなにいつもアイがアイがって文句ばかり言ってたのに」

「そう! アイってばさ、ヒドいんだよ!! 私ががんばって苺プロダクションのオーディション受かってねんがんのB小町所属になって、アイにあなたに憧れてアイドル目指しましたって告白したらさ、『やめておいた方がいいよ。あなたは絶対私みたいなアイドルにはなれないから』って……!!」

 憧れの人物から唐突に行われた宣戦布告。その後もアイは尽くさりなが自分を模倣しようとすると拒絶し、皮肉めいた言葉を投げかけるのだった。後輩に追い越されたくないからってそこまで言うと、さりなは常に愚痴のメッセージをゴローに入れていたのだ。

「それでもさ、私のこと目障りと思っているのかと思ったらさ、レッスンでつまづいた時は的確に指導してくれるし、上手く出来た時は素直に褒めてくれるし。アイが私のことどう思っているのか全然わかんないし。それでもやっぱり、アイに憧れた想いを否定することはできなくってぇ……」

「……。君にとってはアイはいつまでも追い続けたい一番星なんだね」

「そう! そう! だから突然その輝きが失われたら、私は何を目指せばいいんだって……」

「やっぱり来て良かった」

 今のさりなちゃんの心はズタズタでボロボロだ。自分が側で支えてあげなければ壊れてしまうと、ゴローはぎゅっとさりなを抱き締める。

「せんせぇ、あったかい……」

 ゴローの慈しみに溢れた温もりに包まれて、さりなはいつの間にか泣き止んでいた。

「さりなちゃん、頼みがある。事務所にあるアイの動画や写真を可能な限り集めてくれ! 俺が病状を診断する!!」

 当人の問診をしない状態でどこまで出来るか分からない。しかしさりなの心を救うためだとゴローは決心する。

 

 

「せんせ、集めて来たよ」

 翌日。ゴローは街外れでさりなと待ち合わせていた。

「ありがとう。それじゃあ行こうか」

「行こうってどこへ?」

 きょとんとするさりなをゴローが連れて行ったのは、完全防音のDVD鑑賞室だった。

「ここなら誰にも気付かれることなく確かめられる」

「せ、せんせ、それって……」

 さりなは不謹慎ながら思わずドキッとしてしまう。成り行きとはいえ、音が漏れない密室でせんせと二人きり。何も起こらないはずがなく……。

「ふーむ。この映像からは特に違和感は抱かないな」

「むぅ……」

 

しかし なにも おこらなかった!

 

 三十分が経過し、ゴローはただたださりなから渡されたDVDを見続けるだけだった。それが本来の目的なのだから当然なのだが、ちょっとくらいキスとかハグくらいしてもいいのにと、ゴローのあまりに真面目過ぎる姿勢にさりなは不満げだった。

「! これは!!」

 二週間前に撮られた映像を見た時だった。ゴローはある違和感に気付いた。

「せんせ、何か分かった?」

「ああ。従来の映像と比べて前屈みで歩き方が大股になっている」

 それは端から見ればほんの些細な違いでしかなかった。しかし、同じ症例を何人も見てきたゴローの目にははっきりとした変化に映った。

「これは恐らく……。だけど、俺だけの判断じゃ不確定だ。有識者の見解も聞かなければ」

「有識者?」

 

 

「やあ、久し振りだね雨宮先生。それにさりなちゃん」

「はい! ご無沙汰しております富永先生! お元気そうで何よりです!!」

「むー……」

 翌日、ゴローがさりなと共に訪れたのは富永総合病院だった。富永と再会したゴローは明らかに自分の時よりハキハキとしていて明るい。思い切り口実に使われたと、さりまはぷくっと頬を膨らませる

「ほら! さりなちゃんもちゃんと挨拶して!! 君の命の恩人なんだぞ!!」

「はい。あの時は私を治療してくれてどうもありがとうございました」

 ゴローが自分を親のような態度で諭すことが不満で、さりなは儀礼的な挨拶をするだけだった。

「良かった、君の顔を見られて。活躍している話は聞いているけど、やっぱり直にこうして顔を見ると安堵するよ」

「富永先生は何百人の患者の相手をしているのに、私のことを覚えているんですか?」

 ゴローとは違った親近感のある接し方に戸惑いつつもさりなは訊ねる。

「当然だとも! あの時のオレはちょっとしたスランプに陥っててさ。Kの所にこのままいてもいいのかって。そんな時君の手術を行って、親父の後を継ぐ決心が付いた。正に岐路だったなぁ」

「はい! 俺にとっても富永先生との出会いは……」

「……」

 富永先生のお陰で自分は命を救われ、こうしてせんせとの日々を過ごせるようにしてくれたのには感謝しかない。しかしその代償としてせんせの心をあらぬ方向へと持って行ってしまい、さりなは複雑な気分だった。

「それで富永先生。話にあったとおり見ていただきたいものが」

 院長室でゴローは件のDVDを富永に見せる。

「ふぅむ……」

「どう思いますか? お電話でお話ししたとおり、俺の見解だと……」

「うん。産婦人科医の君が言うなら間違いない。彼女は妊娠している!」

「妊娠!?」

 富永とゴロー双方の見解に驚愕しつつも、さりなは腑に落ちる。未成年のアイドルが妊娠なんてしていたら、確実にスキャンダルになる。そりゃグループメンバーにすら秘密にし事を運ぶはずだと。

「でもさー、アイが本当に妊娠していたとしたら、どこにいるのかなぁ?」

 アイとは音信不通で一切の連絡が取れない状態だ。どこかの産婦人科に通っているのが間違いないだろうが、芸能記者を避けるため何かしらの対策をしているはずだと。

「都心の病院だと怪しまれるから、どこか人里離れた病院……ってのは考え辛いなぁ」

 もしそうだとしたら、真っ先にせんせを頼るはずだ。自分とせんせの関係は事務所公認で、アイも認知しているはず。産婦人科医として国内で右に出る者はいないと称されるせんせが真っ先に候補に挙がるはずだと、さりなは推察する。

「確かに。田舎だと逆に噂話が広がりやすいリスクがある。となると、これはあまり考えたくはないけど……」

「考えたくないけど?」

「未成年の芸能人の妊娠は有り得ない話じゃない。普段あまり表沙汰にならないのは、非合法の闇医者が関与しているからとか」

「闇医者!? そんな漫画みたいな……」

 田舎の病院以上に無理がある考察だとさりなは苦笑する。

「だよねぇ。流石に絵空事ですよね、富永先生」

 そう富永の同意を得ようとするゴローであったが。

「ところがどっこい。思い当たる節があるんだな~~これが」

 そう富永はニヤリと笑うのだった。




「何故アイはさりなを拒絶するような態度を取っているのか」は追々描写致します。
今作は推しの子×K2クロスオーバー以外にも、「さりなちゃん生存ルートに突入しB小町所属になったらどうなるか」という側面も持ち合わせている感じですね。
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