「TETSU、これが約束の金だ!」
「オウ! ありがたく受け取っておくぜ」
アイの予定帝王切開日、TETSUは3日前に行った反社の構成員の手術代を若頭より受け取っていた。
(さてと、一也と譲介、あの若造も富永総合病院に着いているだろう。俺もそろそろ)
礼金が入ったアタッシュケースをハマーのトランクに積み込み、病院に向かおうとした時だった。
「あんた、星野アイの担当医?」
不意に黒フードを被った男に背中から呼びかけられる。
「ほぉ? どうやって調べた?」
アイとの関係は徹底的に秘匿し続けてた。壱護や一也たち、そしてゴローたちなど限られた人間しか存じない最重要機密だ。
「何処から漏れ出したか洗いざらい吐き出してもらうぞ!」
TETSUがにじり寄った瞬間だった。黒フードの男は脱兎の如く逃げ出す。
「オイ! 待ちやがれ!!」
後を追うTETSUだったが、杖が無ければ歩行に支障を来すほど弱まっていた足腰では、追跡は遅かった。
「クソッタレ! 老体に鞭打たせやがって」
完全に見失い路地裏に迷い込んだ時だった。黒フードの男が後方よりTETSUへと襲いかかる!
「ガキが! 殺気がダダ漏れなんだよ!!」
ナイフを突き出しTETSUを刺そうとした男だったが、振り返ったTETSUの腹部を皮一枚切り付けただけで、ギュッと腕を掴まれてしまうのだった。
「イダダ! 何だこの締め付け!? 医者の力じゃねぇー!?」
捻じ切れそうな握力に黒フードの男は悲鳴を上げる。
「この俺を襲おうとはいい度胸だな! 誰の差し金だ?」
「ハハハハハ! 予定は狂ったが、そのケガじゃ当面手術は無理だ! 普通の医者じゃ帝王切開したって傷が残る! どの道アイのアイドル生命は終わりだー!!」
「言いたいことはそれだけか?」
「ぐふっ!?」
TETSUは力一杯腹を蹴り上げ、黒フードの男は激痛のあまりうずくまる。
「ククク。バカめ! こちとら
ポキポキと指を鳴らし、不敵な笑みを浮かべて黒フードの男ににじり寄るTETSU。
「さぁて、アバラ何本折れば白状するかなぁ? 安心しな! 後からキッチリタダで治してやるからよ!!」
「いっ、イヤだぁぁぁっ!?」
「はぁ。そういうことでしたか」
富永総合病院でTETSUより連絡を受けた譲介は軽い溜息を吐く。
「譲介君、ドクターTETSUに何か?」
予定時間を過ぎても病院に姿を現さないことに不安を抱いていたゴローは恐る恐る訊ねる。
「何でもアイさんのアンチらしき男に襲われたらしく。腹部を軽く切られて自分で応急処置をしてから駆け付けるから、代わりに雨宮先生が帝王切開を行えということでした」
「襲われた!?」
重大事件が起きたと顔面蒼白になるゴローだったが、何故だか譲介たちの顔は淡泊だった。
「そういう訳です。手術の準備を始めましょう」
「ちょっと待って!? 何でそんなに落ち着いてられるの!?」
最悪に死にかけたかもしれないのに何事もなくオペに入ろうとする一也と譲介に、流石にツッコまざるを得なかった。
「いや、あの人がドルオタ如きに負けるはずないでしょ」
「寧ろ襲った方がTETSUに酷い仕打ちを受けてないか心配するレベルで」
すんとする譲介と犯人の身を案じる一也に、スーパードクターとは肉体的にも常人離れしていなくてはならないものなのかと、あんぐりとするゴローであった。
「アイ。TETSUは急用が出来て来られなくなったんで、代わりに俺が執刀することになったよ」
流石に出産を控えている身に担当医が自身のアンチの襲撃を受けたことを伝えるわけにもいかず、ゴローは執刀医が変わった事実のみを伝える。
「そっかぁ。可能な限りせんせが代わりになることは避けたかったけど、仕方ないかぁ」
さりなちゃんに申し訳ないと思いつつ、お腹の子供たちのことが最優先だと、アイは静かに首を縦に振る。
「帝王切開は脊椎麻酔で行います。意識はある状態での手術になるけど大丈夫かな?」
術着に着替え、手術台に横たわるアイに改めて確認を取るゴロー。
「うん。ちゃんと子供を産んだ瞬間を見届けたいから」
「分かった。それではこれより麻酔の投与を始めます!」
徐々に下半身の感覚が無くなっていく中、アイが心の中で思ったのは謝罪だった。
(ゴメンねさりなちゃん。私の方が先にせんせに産んでもらうことになって。でも、医者は人を助けるのが本分。だから、ちょっとだけなら頼っても、いいよね)
そう思いながらアイは静かに目を閉じるのだった。
前回の展開でゴローが執刀することになるのは、何人の方かは展開が予想できたのではないかと思います。
TETSUがとっ捕まえてくれたお陰で、アイの死亡フラグも同時に成り立たなくなった形です。