アイの出産に立ち会ったことにより、母を亡くした一也が心の整理が付く前に富永の元を訪れます。
アイがアクアとルビーを出産してから3年の月日が経過しようとしていた。その間アイはCMや雑誌取材など、徐々にメディアへの露出が増えていた。
一方さりなは病院や福祉施設等のチャリティーコンサートを、ソロで積極的に行っていた。自分が病床に伏していてライブには全くといっていいほど行けなかった経緯から、同じように病気で苦しんでいる人や足腰の弱い人等に直接歌声を届けたいという動機であった。
徹底的なプロ意識により人々を魅了するアイと、飾り気のない純真な笑顔を届けるさりな。二人は次第に相反する評価を受けるようになっていた。男性中心の疑似恋愛的ファンを多数抱えるアイと、施設育ちの子や老人などに姉妹や孫のように認知されているさりな。幅広いファン層を獲得したことにより、B小町の人気は着実に上昇していた。
「アクアにルビー、今日は何の絵本を読んで欲しい?」
一方のゴローは晴れて富永総合病院勤務となり、休み時間には託児所に預けられているアクアとルビーの面倒を見ていた。
『おとーさん、これよんでー』
産まれた時から一緒だったこともあり、アクアとルビーは実の子供にしか見えないほどゴローに懐いていた。顔は全く似ていないのだが、その件に関しては母親の方に似たからと周囲に思われるほどに違和感のない関係であった。
「きょうは『図解! 五臓六腑のすべて』よんでー」
とくにアクアの方がゴローへの好感度が高く、病院の関連施設に預けられていることもあって、医療関係の絵本に興味津々だ。
「さてと、そろそろ仕事に戻らないと」
託児所を後にし病棟に戻ろうとした時だった。ゴローはふと受付で話し込んでいる長身の男に目がいった。
(えっ――)
その男を目にした瞬間、ゴローは衝撃のあまり手に持っていた書類をバサバサと廊下に落としてしまう。
「あぁ……。あの屈強な身体にマント姿……。生きておられたんですね……K先生!!」
間違いない! 母親から聞いていたドクターKの背格好そのものだと、ゴローは無我夢中で駆け寄る。
「ドクターTETSUは亡くなられたって言ってたけど、そんなことなかったんですね! 良かった、やっとあなたと……」
「
「えっ!?」
マント姿の男の挨拶にゴローは違和感を覚えた。確かに会うのは初めてではない。だけど俺を産んでくれた時は名付けられていなかったはずだと。
「いや!? 一也、くん……?」
よくよく見ると顔は一也当人で、ゴローは困惑する。
「雨宮先生が勘違いされるのも無理はありません。これは母が遺していたKAZUYA先生のマントなので」
「どういうことだ? 何故君がドクターKの遺品を?」
「……。話さなければなりませんね、オレの出生の秘密を。一緒に院長室に来てください」
「何だって!? 君が、K先生のクローン!?」
院長室で聞かされた話にゴローは耳を疑う。動物のクローンの話は聞いたことがある。しかし人間のは、ましてや年齢から逆算すれば二十世紀末の話だ。にわかには信じられないと。
「今すぐ信じてもらえなくても構いません。ですがあの時、あなたがオレたちの前に現れてKAZUYAさんの名前を語った時、運命的なものを感じました」
「ああ。だけど君が二十代前半で既に一流の医療技術を身に付けているのにも腑に落ちる。けどそれが本当なら……良かった……」
「良かった?」
「うん。K先生本人には言えなかった。だけど、意思を継ぐ者にはしっかりと伝えられんだから。君のマントに触れてもいいかい?」
「もちろんです雨宮先生」
「ありがとう一也くん」
ゴローは深々とお辞儀し、ゆっくりと近付く。
「……。随分と年季の入ったマントだ。数多の医療現場を潜り抜け、多くの患者を救ってくれたんですね。K先生、俺もあなたに導かれた人間の一人です! 母さんを助けてくれて、俺を産んでくれて、本当に……ほんどうにありがどうございました!!」
やっと伝えられた。生まれたその瞬間からずっとずっと伝えたかった感謝の言葉を。自然と嗚咽混じりの声となり、ゴローはKAZUYAのマントを涙で濡らすのだった。
「一也くん。お母さんの話は聞いているよ。オレが力になれることがあれば」
ゴローが感謝の意を伝え終わったのを見計らい、富永は一也に話しかける。
「はい。それではお言葉に甘えて。アイさんに会わせていただくことは出来ますか?」
アイの秘匿振りは徹底していた。富永総合病院の託児所にアイがアクアとルビーを直接迎えに来ることはない。まずは社長夫人の斉藤ミヤコが送迎を行い二人を社長宅に送る。そこでアイと合流した後帰宅するという二段階を踏んでいる。こうすることで万一ゴローの実子ではないことが露呈してしまっても、斉藤夫妻の子供を預かっているだけだと、そしてアイが社長宅に姿を見せるのはオフの日に社長の子供の面倒を見ているだけだと保険をかけられるようにしている。
「申し訳ありません。お手間を取らせてしまって」
「いーのよ。私の仕事なんて朝晩の送迎くらいだし。父親役なんて大仕事任せられても愚痴言わずに3年も付き合ってくれてる雨宮先生には、ホント頭が下がらないわ」
一瞥する一也に、ミヤコは朗らかに返答する。
『みやえもーん、このおにーさんだれー』
「お父さんと一緒にあなたたちを産むのを手助けしてくれた方よ」
物珍しそうに指差すアクアとルビーに、ミヤコは関連性を語る。
「みやえもん?」
「ああ。まだおばさん呼ばわりする年じゃないから別の呼び方ねって言ったら、どうやら居候しているネコ型ロボットのような立ち位置みたいで」
「あはは」
「ほら、着いたわよ」
他愛ない会釈をしている中、車は社長宅へと辿り着く。
「お帰りー。アクアにルビー! 今日も元気してたー」
ミヤコの車が到着してしばらくすると、アイが社長宅に訪れる。
「お久し振りですアイさん」
「わぁっ! 一也くん! 3年振りだねー。相変わらずおっきくてガッシリしてるねー」
「今日伺ったのは、アイさんにお話ししたいことが」
「私に? 分かった。じゃあ一緒に家いこっか」
一也のどこか物悲しげな目を見て、アイは自ら自宅へ招き入れる。
「話には聞いているよ。この間西城総合病院でおっきな爆発事故が遭ってお母さんが巻き込まれたって」
「はい……」
「やっぱりお母さん亡くしちゃうのは悲しいよね。この子たちにはまだそんな思いはさせたくはないなぁ」
膝元ではしゃぐ二人の頭を撫でながら、アイは一也を気遣うように話しかける。
「ええ。今日はそれでオレと母について聞いて欲しいことがあって」
そうして一也は告白する。自分がクローンであり、母とは血が繋がっていないことを。
「成程ねー。そういうことか」
「驚かないんですか?」
「そりゃクローンだなんて聞いたらビックリ仰天だよ。でも、初めて君に会った時感じた違和感の正体が判明してスッキリしたかな」
一也の言葉に一切表情を変えることなく、包み込むような優しい声色でアイは応対し続ける。
「スゴいよね、君のお母さん。私なんかよりずっと大きな秘密を抱えていて。だけど親しい人以外には喋らなくて、君をお腹を痛めて産んだ実の子として成人するまで育て上げた。偉いなぁ、尊敬しちゃうなぁ」
「はい。素晴らしい母でした。出生を打ち明けられて自分の境遇に悩んだこともありました。だけど、ずっと母は僕を愛してくれて……」
アイと語り合う中自然と自称がオレから僕へと変わり、次第に言葉が震える一也。
「ありがとう、話してくれて。正直ね、子供たちが大人になるまで隠し通せるかって不安な面も少なからずあったんだ。けど、君の話を聞いて自信が付いたな」
「それは良かったです。アクアくんを、抱き上げてもいいですか?」
「もちろんだよ! だって君が私のお腹から初めて抱き上げてくれたんだから」
アイは快諾し、一也は静かにアクアを持ち上げる。
「おっきくなったなぁ。産まれた時は両手に抱えられるほど小さかったのに、もうこんなに。子供の成長は早いなぁ」
一見力強いながらも微かに震える一也の両腕。
「……」
抱き上げられる中、アクアは一切の声を出さなかった。本能的に懐かしさを感じ、一也の顔をジッと見続ける。
「アイさん。この子たちが大きくなって父親との関係を知ったら、ショックを受けたりあなたを非難したりすることがあるかもしれません。だけど、母親の慈しみ溢れる愛があれば絶対に大丈夫です! 僕が保証します!!」
自分をアクアに重ね語る一也の目には、薄らと涙が浮かんでいた。
「ねーねーママー。どうしておっきなおにーちゃんは、ないてるの?」
「ルビーが大人になったら分かるよ」
キョトンとするルビーの髪を撫で上げるアイの瞳は、慈愛に満ちた聖母の眼差しであった。
「今日は本当にありがとうございました。アイさんとお話しできて、アクアくんとルビーちゃんに会えて心が救われました」
そう深々とお辞儀し、一也はアイの自宅を去る。
(お母さんかぁ。私もそろそろケリを付けないとね)
一也の背中を見送る中、アイの心には一つの決断が芽生えようとしていた。
「あれ? せんせぇからだ。何の用事だろ?」
そんな時だった。アイのスマホにTETSUより着信が入る。
『朗報だアイ! お前の母親の居場所が分かったぜ!!』
今回は初期構想にはなかったエピソードの一つですね。当初は3年経って映画撮影だったのですが、一也の放浪編に合わせられないだろうかと。
一也は秘密を抱えた母としての愛に惹かれ、アイもまたアイドルではなく母として接してくれる一也に好感触といった感じです。
さて、アクアとルビーは原作と違い年相応の子供といった描き方にしています。双子を強調して2人同時に同じ台詞を語るといった感じに。