ツラの良い美人ってこういう人の事を言うんだろうなー、と
「千束さん、どうしました?」
少年----
「えっ。いやいや、別になんでもないですよー? そ、それより藍くん、お団子の味どう!?」
あはは……と少し頬を赤らめながら話題を逸らす。藍は彼女の態度を不審に思う事も無く、「はい、もちもちとしてて美味しいです」と目の前に置かれている粒あん団子の串を手に取ると、団子を口に運び咀嚼する。どうやらこの店の粒あん団子は彼のお気に入りらしく、この店に来るたびにいつも注文してくれる。
すると今度は店内のカウンターに座っていた女性が笑っているのが千束の目に入ってきた。赤縁のハーフリムの眼鏡に緑色の和服を少々甘く着こなし、傍らには勤務中だというのに大きな文字で『泥酔』という銘柄の日本酒がでん、と置かれている。今は飲んでいないようだが、まれに勤務中でもその日本酒を飲んでいる姿を千束だけではなくこの店の店長や常連客は目撃している。まぁ彼女のそんな姿は常連ならば見慣れたものなので、いちいち大騒ぎする者もいないのだが。
女性―――この店の店員である中原ミズキはニヤニヤと笑いながら、
「藍君の顔に見とれてたんじゃないの~?」
「は、はぁー!? 違いますー! 見とれてなんていませんー」
「そんなに顔を赤くして反論しても説得力ないわよ~?」
非常に楽しそうに笑いながら指をくるくると回すミズキに、流石の千束もぐぬぬ……! と奥歯を噛み締めて、
「ね、年がら年中酔っぱらって顔を赤くしてるミズキに言われたくないんですけどー!?」
「だ・れ・が年がら年中だ! 人をアル中みたいに言うなっつぅの!」
「あんまり変わらないでしょーが!」
「なんだと小娘ぇ!」
「やめないか、二人共」
エスカレートする二人の口喧嘩を止めたのは、深く落ち着きのある声だった。直後、店の奥から一人の男性が一同の前に姿を現す。
黒い肌に紫色の着物をしっかり着こなし、黒い眼鏡をかけた中年の男性。その瞳は声と同様に落ち着きと優しさが同居しており、足が悪いのか左手には杖が握られている。その姿はまさに、和と洋という異なる概念が同居しているこの店をそのまま体現しているかのようだ。
男性―――喫茶店『リコリコ』の店長であるミカは藍の方を見ながら、
「すまないね、騒がしくて」
「別に気にしてないですよ。このお店の雰囲気は楽しいですし」
「そう言ってもらえると何よりだ」
ミカと会話しながら、藍は粒あん団子を再び口に運ぶ。むぅ、と千束は藍とは一つ席を空けてカウンターに座ると、頬杖をつきながら彼の顔を盗み見た。
ついさっきはミズキにからかわれた事もあり否定したが、彼の顔に見とれていたというのはあながち嘘でもない。というよりも、初めて彼の顔を見る人間で見とれない人間はいないのではないだろうか。
少女にも見える中性的な容姿に、肩まで伸びた単なる黒髪と呼ぶには温かみのある、夜色と呼ぶにふさわしい髪の毛。右目は普通の黒目だが、左目には白い医療用の眼帯を着けている。その眼帯も合わさって、どことなく神秘的な印象が藍にはあった。
しかしその印象に当の本人はまったくの無頓着であり、今もその口元には餡子がくっついている。どこか子供っぽいその様子に千束はにひひと笑うと、自分の口元に人差し指を向けながら、
「藍くん、餡子くっついてるよー?」
「え、本当ですか?」
指摘されて目を丸くその様子は、やはりどうにも子供っぽい。彼の容姿と仕草のギャップがおかしくて、千束は思わず笑ってしまう。彼のそんな姿を見るのが、千束は好きだった。
「こっちでの生活にはもう慣れたのかい?」
「そうですね。ようやく落ち着いてきた所です……ありがとうございます」
ミカからペーパーハンカチを手渡されると、礼を言いながら口元の餡子を拭き取った。
藍は元々この辺りに住んでいた人間ではない。
彼の話によると、少し前にこの近所に家の都合で引っ越してきたようだ。千束達が彼と出会ったのも、引っ越してきてからどんな街なのかを知るために散歩していた彼がこの店にたまたま立ち寄ったのがきっかけである。それ以来彼はたまにこの店に来ては団子を食べたり、コーヒーを飲んだり、ミカや千束、さらにこのお店に集まってくる常連客と話したりのんびりとした時間を過ごしている。
「確か藍くんって、一人でこの街に来たんだっけ?」
「いえ、正確には一人ではないんですが……。その人と滅多に会う事はないので、実質的に一人暮らしですね」
「そうだったのか。一人暮らしは気楽だけど、色々と大変だろ。こっちに来たばかりだと友達も少ないだろうし、寂しくないかい?」
ミズキの質問に答える藍に、この店にしょっちゅう来ている常連客の一人が心配そうに尋ねる。しかし藍はコーヒーを飲みながら、
「一人なのはここに来る前から変わらなかったので、あまり気にしてないです。……それに僕としては、今の生活の方が気に入っています。この街は過ごしやすいですし、リコリコの和菓子は気に入ってますし、ミカさんや常連の方々は皆良い人ばかりです。だから、僕はこの街に引っ越してきて良かったと思ってます」
表情そのものはあまり変わっていないように見えるが、右目にはどこか優しい色が浮かんでいた。それだけで、目の前の少年が今の生活を心の底から気に入ってくれているのが分かり、ミカは思わず柔らかい笑みを浮かべ、常連客達もみんなほっこりと温かい気持ちになった。すると彼の横にすすす、と千束が悪戯っぽく笑いながら近づいてきた。
「ねぇねぇ、私は? 私にはなんかないの?」
「なんか、とは?」
「いやー、駄目だよ藍くん! こういう時、男の子は女の子に誉め言葉を言うものなの! 『千束さんは可愛い♡』とか、『千束さんは綺麗です♡』とか!」
「……? はい。千束さんは可愛いですし、綺麗ですよ」
言いながら藍がコーヒーを飲むと、何故か言い出しっぺである千束が嬉しそうなのをこらえるような表情で顔を真っ赤にしてバシバシと藍の肩を叩き始めた。あまりの勢いにコーヒーをこぼしそうになりながら、さすがに藍も顔をしかめる。
「あの、痛いんですけど」
「もう! そーいう所だよ藍くんは!」
「……?」
わけが分からない、という表情を浮かべながら藍は首を傾げ、千束の様子にミズキはニヤニヤとし、ミカも何故か優しい眼差しを二人に向けている。さらにそんな二人の様子を見ていた常連客達も、ある者は眩しい物を見るように、ある者は笑いながら、
「いやー、お似合いの二人だねぇ」
「天真爛漫系女子の千束に、神秘クール系男子の藍くん……。まずいわね、私の中の創作意欲が沸いてきたわ……!」
「ついに千束ちゃんに春が来たかぁ! ミズキさん先を越されちゃいましたねぇ!」
「おい誰だ最後言ったの!」
バン! とそばにあった一升瓶の底をカウンターに叩きつけてミズキがキレながら立ち上がる。現在二十七歳の彼女は自分の結婚相手を捜す日々を過ごしているのだが、悲しきかなその努力が報われる様子は今のところは見られない。赤いハーフリムの眼鏡をかけたその姿は知的で美しいし、スタイルも決して悪くないどころかむしろ魅力的とすら言えるのだが、酒癖の悪さもあるのかどうにも男運に恵まれない。まずはその手に握られている『泥酔』という名の日本酒を手放す所から始めた方が良いんじゃないかと、常日頃から彼女の姿を見ている千束は呆れながら思うのだった。
「まぁまぁ、千束さんもミズキさんも落ち着いてください。玉子焼きあげますから」
そう言うと藍はいつも背負っている自分のリュックからお弁当箱を取り出し、それを包む布を外しながら蓋を開けると、弁当箱の中には白米や肉団子、トマトに玉子焼きといった、これぞお弁当と呼ぶにふさわしいスタンダードなおかずが詰められていた。その中から箸でふんわりと柔らかそうな玉子焼きを掴むと、千束の顔の前にゆっくりと差し出す。
千束は差し出された玉子焼きを食べてむぐむぐと咀嚼すると、んー! と嬉しそうな声を上げた。
「美味しー! やっぱり藍くんの玉子焼きは天下一品だねぇ!」
「大袈裟ですよ。調味料と手順を間違えなければ誰でも作れます」
「大袈裟じゃないって! 先生の和菓子で鍛えられてるこの千束さんが言うんだから、藍くんはもっと自信を持って良いんだよ!」
ぽん、と自分の胸を叩きながら千束が自慢げに言う。するとそれまで日本酒の瓶を手に荒ぶっていたミズキが藍と千束をジト目で見つめ、
「……一応言っておくけど、あんたらここ飲食店だからね? 堂々と弁当を取り出して玉子焼きを食べさせたり食べてんじゃないわよ」
「良いじゃん別にー。ミズキだってたまに藍くんにお酒のツマミ作ってもらってるでしょー?」
「うっ! それを言われると弱い……! だって藍くんの手料理すごく美味しいんだもん……!」
二人の言う通り、藍の料理のレベルは非常に高い。趣味で料理を作る事が多いらしいのだが、そのあまりの美味しさに、たまにリコリコの厨房を借りてミズキにおつまみを作ってあげたり、できた料理を店内で常連客達に堂々とおすそ分けしたり、極めつけには混雑時には客の身分であるというのにお店で和菓子を作るのを手伝うほどである。なお、和菓子の味のクオリティもミカに勝るとも劣らないレベルと、もはや料理に関してはいつでも任せられるレベルに達していた。
―――なお、それならばミカ達が藍をこの店でアルバイトとして雇っても良いのではないかと思うが、その可能性はまずない。彼の料理の腕云々の問題ではなく、この店と彼女達が抱える事情から、それを行う事が出来ないのだ。しかしそんな事を藍が知る由は無く、今度はから揚げを箸でつまむと、
「はい、ミズキさん。から揚げをどうぞ」
ついさっきは藍と千束に注意をしていたミズキだったが、料理上手であり、しかも年下の男性の手料理という誘惑には勝てなかったのか、ミズキも差し出されたから揚げをぱくりと頬張る。口の中に伝わってくる鶏肉の美味しさと柔らかさに嬉しさ半分悔しさ半分といった表情を浮かべながら、
「うう、悔しいけど美味しい……! ……ねぇ藍くん、十歳年上の女性って好き……?」
「ちょいちょいちょい! 十歳も年下の男の子を誘惑すんな酔っ払い!」
「うるせー! 最近の良い男との出会いの無さを舐めんな! 有望な男の子がいたら唾をつけておくのがもう世間の常識なのよ!」
「言っておくけどミズキ今すっごい最低な事言ってるからね!?」
あまりの出会いの無さについに年下の少年にまで手を出そうとしているミズキに、千束がドン引きしながらツッコミを入れる。何だとこの野郎! とミズキが怒り、ミカがそんな二人にため息をつきながら苦笑し、常連客達が笑い、狙いを定められている藍本人は二人のやり取りに首を傾げながら、再び本の世界に戻る。
カオスではあるけれど、そんな風にわちゃわちゃとして平和な空気が、リコリコの中に流れるのだった。
さて。
そんな平和な空気が流れるリコリコだったが、その実態はただの喫茶店などではない。
現在日本は犯罪の全くない国と呼ばれており、治安の良さも六年間連続一位の実績を誇っている。
しかしそれは犯罪が発生しないのではなく、犯罪が発生する前に人知れず消し去ってきたからだ。
この国の治安を維持してきた秘密組織―――Direct Attack、通称DAによって。
そしてこの喫茶店『リコリコ』こそが、そのDAの支部の一つだった。
店長のミカは元DAの指令で訓練教官、ミズキは元DAの諜報部員、そして千束はDAのエージェント―――通称『リコリス』の一人、しかもDAでもトップクラスの実力を誇る『ファーストリコリス』の一人である。
だが、事情を知る者からは『殺し屋』『処刑人』と呼ばれるリコリスの中で千束は人を殺さないいわゆる『不殺主義』の持ち主だった。ある事情から人を殺すのではなく人を助ける事を優先とし、任務においては例え相手が銃を持った敵であろうと不殺を貫くと共に、人を助ける日々を送ってきた。
千束は、このリコリコという店が好きだった。
いや、リコリコだけではない。
店長のミカや一緒に働くミズキ、ミカが作る美味しい和菓子やコーヒーの匂い、このお店に来るお客さん達、……そして最近現れた、初めて接する自分と同い年の、見ていると胸がくすぐったくなる少年。そしてこの時はまだ知らないが……一生懸命な後輩であり相棒でもある少女と見かけは幼いがとても頼りになる仲間。
その全てが、彼女は好きだった。
一つ一つが、大切な宝物だった。
その大切な宝物の一つが、自分の目の前で事切れていた。
いつも自分を見ていた目はどこも見ておらず、どこまでも虚ろだった。
いつも自分と話していた口は半開きで、唇はとっくに乾ききっていた。
胸には赤黒い穴がいくつか空き、そこから流れ出た真っ赤な生命のスープが乾いていた。
いつも自分達に美味しい料理を作ってくれた両手には赤黒い汚れがつき、すでに力が入っていなかった。
自分の後輩がそれを見て呆然自失とした表情を浮かべていた。
自分よりも小さな少女は外見は冷静そうだったが、彼女が何を考えているのか何も分からなかった。
彼に何かを語りかけるミズキの声は、かすかに震えていた。
ミカは彼に近寄ると、開いていた彼の両目の瞼を閉じてやった。それだけで、まるで眠っているかのように見えた。
それを見て、千束は動かなくなりそうな頭でこうなった時の事を思い出す。
生命活動が停止した彼の体。
頭の中で鳴り響く、何かが壊れる音。
大声を上げて笑う、彼の命を奪った敵。
そして、生まれて初めて自分が抱いた、
―――目の前の敵に対する、ドス黒い殺意。
これは、錦木千束という少女と喫茶店『リコリコ』を取り巻く物語。
そして。
天竺藍という少年が、死ぬ物語。
「百合の間に男を挟むという大罪」というワードを見つけ、「じゃあ主人公殺すかー」という発想から生まれ書きました。さらに他作品を見てリコリコでの恋愛をもっと見てみたい……! 不殺を誓う千束を曇らせたい……! という自分の欲望を詰め込んだのが今作となります。
ちなみに作中で好きなキャラは千束とたきな以外ですとミズキと真島さんです。ミズキさんすごい好きなキャラなのですが彼女メインの小説がとても少ないので、その内で彼女ヒロインの小説を書いてみようかなーと思います。
小説を書くのはかなり久しぶりなので更新がゆっくりめになってしまうと思いますが、無理せず楽しくのんびりと書いていきたいと思いますので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。
藍の花言葉……『美しく装う』『あなた次第』