藍くんとリコリコの愉快な日常   作:白い鴉

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主人公の天竺藍くんですが、フリュー株式会社制作のゲーム『ヴァレット』の主人公を参考にして書いています。OPや一枚絵を見ると、主観になってしまいますが本当に女性のように見えます。もちろん参考にしているだけで主人公君と天竺藍くんは別人ですので、弁当作りが得意でちょっと変わった天竺藍という少年の日常を楽しんでいただけたら幸いです。


Episode.2 Memory of rainy day

 

 

 

 時が経つというのは早いもので、たきながリコリコに来てから一ヶ月が経過した。

 その間にも藍を含めた常連客達がやってきてリコリコは賑わっていたものの、千束とたきなが求める銃取引の新情報に関しては入ってくる事が無かった。その事にたきなも苛立ち半分不安半分の気持ちを抱いていたが、つい最近その状況を打破するかもしれない人間が新たにリコリコに加入したので、その事にさすがのたきなも期待を抱き始め、千束も新しい仲間の加入に胸を躍らせていた。

 そんなある日、季節外れの夕立が東京を襲った。買い出しのためにちょうど外出中だった制服姿の千束とたきなは運悪く夕立に遭ってしまったものの、準備の良いたきなが折り畳み傘を持っていたため、二人は小さい折り畳み傘であいあい傘をしながらリコリコへの帰路についていた。

「いやぁ、すごい雨だねぇ。たきなが折り畳み傘を持ってて良かった良かった」

「今日、天気予報で夕立があるかもしれないと言っていましたので。……それと千束さん、少し離れてください。歩きにくいです」

「ええ~? 良いじゃん別に~。減るもんじゃないし!」

 そう言いながら千束は楽しそうにたきなにさらに近寄る。まぁ折りたたみ傘が小さいので、あまり離れて歩くと千束が濡れてしまうという事情もある。今も体の全部をカバーする事はできず、二人の肩が少しだけ濡れてしまっている。はぁ、とため息をつきながらたきなも無理に引きはがすような事はしない。そのまま二人は肩を近づけながら雨が降る道を歩いていく。

 やがてリコリコが見え始め、店先でたきなが折り畳み傘を畳み千束が「ありがとね」と笑顔で礼を言う。そして二人が店に入ると、千束が非常に楽しそうな声を上げた。

「やっほー! 千束が来ましたよ……って、誰もいないねぇ」

「そりゃあこんな雨だし、お客さんだって少ないわよ。まぁもう少し雨が落ち着いたら増えるかもしれないけど」

 首を傾げる千束に答えたのはいつもの定位置に着いているミズキだ。彼女のそばには客の姿が見えない事もあってか堂々と日本酒が置かれている。すると二人が帰ってきたのに気づいたミカが、店の奥からタオルを手にしてやってきた。

「二人共、雨の中すまないな」

「先生ありがとー!」

「ありがとうございます」

 二人はそれぞれお礼を言いながら、制服の濡れた箇所や店に入る際に髪に落ちてきた水滴を丁寧に拭き取る。二人がそれぞれ水滴を拭き終えると、千束はたきなからタオルを受け取って店の奥へと駆け出していく。

「タオル洗濯機に入れておくねー!」

「あ、ちょっと待て千束! 今は……!」

 何故かミカが慌てた声を出すが、千束の耳には入っていないようだ。彼女はタオルを抱えながら、鼻歌でも歌い出しそうな調子で店の奥へと走る。そして、洗濯機のある部屋へと繋がる扉を勢いよく開けた。

 ―――余談だが、リコリコには従業員のための風呂場がある。その風呂場に繋がる部屋に洗面台や洗濯機が置かれている。何が良いたいかと言うと、もしも風呂場を使用している人間がいたらその部屋で鉢合わせする可能性があるのだ。

 とは言ってもその場にいたのが、最近加わった仲間ならばまだ良かっただろう。だが残念な事に、そこにいたのはその仲間では無かった。

「―――ぇ?」

 部屋の扉を勢いよく開けた千束の口から間抜けな声が漏れ、両手から持っていたタオルが足元に落ちる。 

 彼女の視線の先にいたのは、

「あ、千束さん。こんにちわ」

 そこにいたのは、天竺藍だった。彼は洗面台の鏡に向き合いながら眼帯を着けており、下はミカのものと思わしき黒いハーフパンツを履いている。いや、そこではない。ハーフパンツを履いているのは良かったが肝心なのはそこではない。

 彼は、上半身に何も着ていなかった。率直に言うと裸だった。

 どうやら今まで風呂場でシャワーを浴びていたらしく、髪の毛からは水滴がかすかに垂れている。水も滴る良い男という言葉があるが、女性にも見える藍の場合は色気が半端では無い。こうして見ているだけで、いやお前本当に男かよ男が放つ色気じゃねぇだろそれなんだ女性向けのグラビアにでも出る気か!? と千束の脳内で本能が大声で叫んでいた。

 おまけに、裸。女性にも見える外見だがその体には男性らしくしっかりと筋肉がついており、腹筋、鎖骨、胸などが千束の目に飛び込んできて特に鎖骨があまりにエッチすぎて直視できない見たら目が潰れそうなんですがしかもシャンプーの良い匂いも漂っているし肌色が目に悪くいやというよりも非常に眼福で―――!?

 と、いつもならば相手の服や筋肉の動きで相手の動きを見切り、弾丸をもかわすほどの目は今や藍の上半身の裸にしっかりと集中していた。目を放そうにもとても放せない。もはやどうしようとしか言いようがないが、残念な事にどうしようも無かった。

 千束の脳内があまりの情報量にバグりだし、顔が急激に熱を持ち真っ赤に染まる。

 そして、

「~~~~~~~っ!?」

 千束の、非常に少女らしい叫び声が、リコリコに響き渡った。

 

 

 

「あっはっはっはっはっはっ!!」

 バンバンバン!! と非常におかしそうにミズキがカウンターを平手で叩いていた。カウンターにはミカが困ったような表情を浮かべ、座敷席にはまだ顔を赤くしている千束がたきなにうちわで熱を冷ますように扇いでもらっていた。千束は腹の底から笑うミズキを軽く睨みながら、

「うぅ……そこまで笑う事ないでしょミズキぃ……!」

「いやだって、あんたからあんな可愛らしい声が出るなんて……! きゃああって………あはははははははっ!!」

 先ほどの事を思い出したのか、ミズキはまた腹を抱えて笑い出した。一方、ミカから借りた黒のTシャツにハーフパンツを着た藍が、カウンター席に座りながら千束とミズキを交互に見て、

「何だかよく分かりませんが……。その、すいません」

「いや、藍くんが謝る事じゃないよ。私も千束に君が来ている事をキチンと話しておくべきだったしな」

「別におっさんも藍くんも悪くないでしょー。ごめんねぇ、藍くん。うちの千束が男とロクに手を繋いだ事もないチェリーで。まさか、全裸ならまだしも裸の上半身見たぐらいであんな悲鳴出すなんてねぇ……。で、どうだった千束? 藍くんのは・だ・か♪」

 ミズキがいやらしい笑顔を浮かべながら聞くと、ついさっきの光景を思い出したのか千束がまたもや顔をボンッ! と赤くする。

「ど、どうだったって……! じっと見つめてたわけじゃないんだから分かんないってそんなの!」

「え? でも千束さん、両手で顔を覆い隠した後指の隙間から見てましたよね? こう、こんな感じで……」

「ちょーい!? お願いだから今は黙ってて藍くん!!」

「いやーん千束ちゃんってばムッツリー!」

 その時の状態を藍が実践すると千束が悲鳴じみた声を上げ、ミズキがキャーといたずらっぽく叫び声を上げる。

 そんなミズキと、ついでに藍を千束が顔を赤くしながら涙目でキッと睨む。藍の方は少ししょんぼりした表情を見せるが、ミズキの方はまだおかしいようで必死に笑いをかみ殺していた。ちなみに、男と手を繋いだ事もないチェリーはお前もだろうとミカは内心思ったが、そんな事を言ったらミズキが傷つくので心の中で思うに留めておいた。リコリコの店長は心優しいのである。

「そのぐらいにしておけ、ミズキ。いくらなんでもからかい過ぎだ」

「だってぇ……」

 そう言ってミズキをいさめたのはミカではなく少女のような声だった。千束でもたきなのものでもない、藍が初めて聞く声。その声を聞いた藍は、千束とたきなの反対側に座る人物に視線を向ける。

「ところで、気になっていたのですが……その方はどなたですか?」

 座敷席には千束とたきなの他にもう一人座っていた。

 癖のある長い金髪を上げておでこを出し、黒いうさ耳リボンを額の上で結んだ幼い少女。その目は少々けだるそうというか眠たそうに見えるが、年齢には似合わない理知的な光を宿している。さっきミズキへの口調も大人っぽく、外見とのギャップがあった。来ているパーカーには、何故かリスのキャラクターがデザインされている。

「ああ、この子は店長の親戚の子なの。ちょっとした事情があって今ここで預かってるのよ」

「そうだったんですか。こんにちは、僕は天竺藍と言います。あなたのお名前を聞いても良いですか?」

 藍はカウンター席から立ち上がると、少女の目線に合わせるようにしゃがみ込みながら質問した。

「ウォールナットだ」

「そうなんですか。よろしくお願いします、ウォールナットさん」

 と、何故かウォールナットと名乗った少女はちょっと驚いたように藍の顔を見る。それに藍が首を傾げると、今度はちょっと困ったように眉を寄せて、

「………冗談だよ。クルミだ」

「ああ、そうだったんですか。じゃあ改めてよろしくお願いします、クルミさん」

「………ん」

 少女―――クルミが小さな右手を出すと、藍も右手を出してきゅっと優しく握った。そんな彼女にミズキはさっきとは違う理由で笑いながら、

「言っとくけど、藍くんに冗談は通じないわよ?」

「………そうみたいだな」

「……?」

 そのような会話を交わす二人に、藍は再び首を傾げる。するとようやくさっきのショックから回復してきたのか、顔の赤みが引いてきた千束が尋ねる。

「そ、それより! どうして藍くんがシャワーを浴びてたの?」

「ああ、それは………」

 ミカが千束とたきな、さらに藍が来た時にいなかったクルミに説明をする。

 夕立が降ってきた時ミカはちょうど店の扉をちょっと開けてその雨の激しさを確認し、買い出しに出ていた千束とたきなは大丈夫かと心配していたのだが、そんな時傘もささず強い雨に打たれて全身ずぶ濡れの藍が店の前を歩いてきたという。そのまま歩き去ろうとした藍をミカが呼び止め、そのままだと風邪を引くという理由から彼を店の風呂場に案内し、自分の着替えを貸してあげたらしい。そのため、彼が来ていた制服は今室内干しの状態となっている。

 ミカが説明を終えると、千束の代わりにたきなが藍に質問した。

「全身ずぶ濡れだったという事ですが……今日は傘を持っていなかったんですか?」

「はい、それもあります」

「それもあるって事は、他に何か理由があったのか?」

 たきなの次にクルミも質問すると、藍はこくりと頷いた。ではどうして? と藍以外の全員が心の中で疑問の声を上げると、まるで聞こえないその声に応えるように藍はあっさりと答えた。

「雨が珍しかったので」

「………え?」

 思わず千束がきょとんとした声を上げるが、他の一同も同じ気持ちだった。そんな一同の気持ちなど露知らず、藍はさらに続ける。

「というよりも、僕が前にいた所では雨が無かったですし、そもそもこんなに強い雨は今まで体験した事が無かったので、珍しくて濡れたまま帰ろうとしました」

「………そんな理由でですか?」

「はい、そうです」

 こくり、と再度藍が頷く。一同の間に沈黙が流れるが、そんな中クルミは思わず藍を胡乱気な目で見つめながら、

「……お前、もしかして天然か?」

「いえ、この髪はストレートだと思いますが」

「そういう意味じゃねぇよ」

「………?」 

 ミズキのツッコミに、じゃあどういう意味なのですか? と言いたそうな表情を藍が浮かべる。もうそれだけで、彼が天然だという事がクルミの脳内にインプットされた。

 しばらく藍は不思議そうな表情を浮かべていたが、やがてすっと立ち上がると千束達が座る座敷席に移動し、その場に座り込むとガラス越しに雨が降る空をじっと見つめ始めた。

「何してるんだ?」

「折角なので、雨を見ていようと思いまして」

「………そうか」

 いつもならばリコリコに来たら本を読んでいる藍だったが、どうやら今日は本よりも雨に対する興味の方が強いらしい。座り込んだまま、彼の視線は空から動かなかった。

 夕立はすでに小雨になっているものの、そもそも彼が着てきた制服が再び着られる程度に乾かなければ帰る事も出来ない。なのでしばらくはここで服が乾くのを待ち続けるしかない。藍が静かに座っていると、横に千束が座り込んできた。

「藍くん、寒くない? 大丈夫?」

「はい、大丈夫です。それより千束さんも大丈夫ですか? さっき顔がすごく赤かったですが」

「だ、大丈夫大丈夫! たきなに扇いでもらったし、もうすっかりいつも通りの千束さんですよ」

「なら良いですけど」

 そう言うと、彼の視線が千束の顔から再び空の灰色の雲に戻る。彼の横顔を見つめながら、千束が再び尋ねた。

「雨が好きなの?」

「好き、というよりも興味があると言った方が正確かもしれません。さっき言いましたように、僕が前にいた所では雨はありませんでしたから。だから、空から水が降ってくるという現象が非常に珍しいのは確かです。………ただ」

 と、そこで一度言葉を区切り、

「今は、早く晴れて欲しいなと思います」

「どうして?」

「お客さんが来なくて、千束さんやミカさんが困ってしまうからです。リコリコにお客さんが来ないのは、僕も寂しいですから」

 その言葉に、千束は思わず藍の顔をじっと見つめる。そして自分の興味よりも自分達とお店の事を心配してくれる彼の言葉に嬉しくなり、千束は優しい笑みを浮かべて言った。

「ありがとう、藍くん」

「………? はい」

 それから千束は黙って彼の横に座りながら、彼と一緒に灰色の雲を見上げる。藍と千束以外の四人は彼以外に客がいない店内で何やら会話を交わしているようだったが、今の千束には会話の内容は耳に入ってこなかった。

 店の中から聞こえてくる他の四人の会話に、外から聞こえてくる雨音のミュージック。―――こうして二人で並んで座っていると、時間がとてもゆっくりと流れているように感じた。同時に、この時間が終わらないで欲しいとも思った。

 そして千束は、静かな声で横に座る藍に尋ねた。

「―――ねぇ、藍くん」

「なんですか?」

「もしも私がキミにこのお店で一緒に働いて欲しいって言ったら、どうする?」

 その瞬間、店内の空気がかすかに変わった。今までは和やかだった店の空気が、ほんの少しだけ張りつめたような、そんな雰囲気。店内にいた四人の視線が自分の背中に集中するのが分かる。

 それもそうだ。この店で働くという事がどういう事を意味するのか自分達はよく知っている。それは最近新しくリコリコに入ったクルミも例外ではない。

 千束に尋ねられた藍は、うーんと悩むような声を出してから答えた。

「それは僕の一存では答えられないです。仮にここで働きたいと言って履歴書を出したとしても、それを見て採用するかどうかを決めるのは店長のミカさんなので、絶対に採用されると決まっているわけではないですし。ですから、それを決めるのはミカさんですとしか言えないです」

「あはは、そうだよねぇ」

 ある意味彼らしい答えに千束は笑うが、直後「ただ」と藍は続けて、

「―――もしもこのお店で、千束さん達と一緒に働く事ができたら、それはきっととても楽しいと思います」

「――――――」

 彼の言葉に千束は一瞬息を呑むが、すぐに口元に楽しそうな笑みを浮かべた。

「……うん。そっかそっか」

「……どうしたんですか千束さん。少し嬉しそうですけど?」

「ううん? なんでもな~い」

「………?」

 彼女が嬉しそうな様子を見せる事に首を傾げながら、藍は先ほどと同じように灰色の雨雲を見続ける。

 そして二人は彼の服が乾くまで、一緒に並んで座りながら空を眺めていたのだった。

 

 

 

 

 ようやく雨が上がり、夕日で赤く染まった空が雲の隙間から見えるようになってきた。本当ならばここで粒あん団子セットを食べても良いのだが、濡れてしまった服を家で洗濯する必要があるので今日は早めに帰る事になった。半乾きの状態の制服に袖を通し、貸してもらったタオルで水滴を拭き取ったリュックを背負ってミカに改めて礼を言う。

「ミカさん、今日は本当にありがとうございました。服とタオルは洗濯して後日返します」

「私が好きでした事だからあまり気にしないでくれ。それより、風邪を引かないように気を付けて。……そうだ、千束。彼を見送ってきてもらっても良いか?」

「え? ……うん! りょーかいしました!」

 冗談交じりに返しながらも、千束は嬉しそうに藍と一緒に店を出ると、改めて彼と向き合う。

「じゃあ千束さん、今日はお騒がせしました」

「いやいや、私は全然気にしてないよ! ……また来てね! いつでも待ってるから!」

「はい。また来ます」

 千束はぶんぶんと右腕を大きく振り、藍も小さく右手を振り返してマンションへの道を歩いて行った。遠ざかる彼の背中を見送った千束がリコリコに戻ると、座敷席に座って足をパタパタと振りながらクルミが言った。

「あれがお前達が言ってた天竺藍か。中々面白い奴だな」

「そうでしょ? でも、だからって藍くんの事探るような事はしちゃダメだぞー?」

「失礼だな。初対面の奴にそんな事はたまにしかしないぞ」

「たまにはすんのかい」

 ムッとした表情を浮かべるクルミにミズキがツッコミを入れる。

 聞いてみると冗談のような会話だが、あいにくクルミに関しては冗談などでは決してない。

 クルミの正体、それはインターネット黎明期から活躍していると言われるウィザード級の凄腕ハッカー『ウォールナット』その人だ。最近まで命を狙われていた彼女だが、自らの命を狙う武装集団から逃れるべくリコリコへ護衛任務を依頼すると共に、そこで自らの死を偽装する事で追撃から逃れる事に成功した。

 とは言ってもそのままでは何らかのきっかけで彼女の生存を知った者達からまた命を狙われる可能性があるので、現在はリコリコに匿われると共に喫茶店・リコリス両方の面で彼女達の仕事を手伝っている。まぁ、電子戦が専門であるためリコリスはともかく喫茶店の仕事に関してはサボり気味なのだが。

 なので、クルミが本気を出せば藍の個人情報など丸裸同然のため、千束が釘を刺すのも無理はなかった。

「でもまさか、アンタがあんな事を言うなんてねー。良いの? もう一押しすれば、藍くん本当にここで働いてくれるかもしれないわよ?」

「いやいや、ミズキだって分かってるでしょー? それが無理だって事ぐらい」

「………」

 苦笑して千束が手を振ると、ミズキとミカが複雑そうな表情を浮かべて黙り込む。千束が何を言いたいのか、彼女達の話を横で聞いているたきなも分かっていた。

 この店は小さいがれっきとしたDAの支部であり、そして藍は一般人だ。さっき藍にはああ言ったものの、実際に何も知らない一般人である藍をDAの支部で働かせるわけにはいかない。彼女達が請け負う裏の任務に支障が出るかもしれないというのもあるが、何よりも藍の身の安全にも関わってくるという事情もある。

 いくら千束本人が不殺を決めているとはいえ、やはり裏の世界に関わる以上は命の危険は常について回る。つい先日のあるハッカーの護衛任務でも結果的に誰も死者は出なかったとはいえ、下手をしたら囮をしたミズキが本当に死んでいた可能性だってゼロではない。誰も死なないという保証はこの世界においてはどこにもないのだ。

 だからこそ千束はついさっきの藍の言葉に半分落胆しながらも、半分安堵していた。一緒に働けない事に対しては正直残念な気持ちはあるが、これで彼はこちらの世界に関わらずに済む。―――命の危険に晒されずに済む。

「藍くんが元気でまたこのお店に来てくれれば、それだけで十分だよ。これ以上望んだらバチが当たるって。ほら、言うでしょ? 二兎を追うものは一兎をも得ずって!」

 その言葉は間違いなく千束の本心だったが、同時に少し寂しそうに見えたのは気のせいでは決してないだろう。『やりたい事最優先』という千束の主義を知っているミカとミズキは、彼女の気持ちがよく分かってしまった。一方、クルミはふぅとため息をつきながら肩をすくめると、

「まったく、千束の恋は前途多難だな」

「おいちょっと待てぃリス。それ誰から聞いた?」

「ミズキから」

「ミズキィいいいいっ!!」

「え、今の話の流れでこれ!?」

 まさかの裏切りにミズキは驚きながらも顔を真っ赤にして追いかけてくる千束から逃げ、そんな二人にミカとたきなの二人がため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡り、千束とたきなによるウォールナット護衛任務の直後。

 二人の目の前でリスの着ぐるみを着たウォールナット………のふりをしているミズキが撃たれ、防弾処理が施された着ぐるみから偽の血しぶきを上げながら倒れた後、救急隊員の姿をしたミカに三人とスーツケースに入っているクルミが回収された後、クルミの命を狙い千束達と交戦した武装集団の男達は自分達の車へと集まっていた。男達は千束の非殺傷弾によってそれぞれダメージを受けながらも死亡者は一人もおらず、ターゲットを仕留めた事もあってこの場を離れ落ち着いたら食事に行こうと、他愛のない話をしている。

 それが現れたのは、そんな時だった。

「……ん? なんだあいつ」

 男の一人がそう言うと、周りの男達の視線も自然とそれ(、、)へ向けられる。

 男達の視線の先には、いつの間にいたのか晴れだというのにレインコートを着た人物が立っていた。顔はフードにすっぽりと覆われ、体型もコートで隠されているため人相はおろか性別も分からない。その人物は何も言わず、左右のポケットに両手を無造作に突っ込んで自分達をじっと観察しているように男達には見えた。

「おい、何だお前。俺達に何か―――」

 用かと言いかけた男の言葉が突然止まった。

 謎の人物が右手を素早く右のポケットから引き抜いた直後、銃声と共にその男の額と横にいたもう一人の男の額に風穴が空いたからだ。額から鮮血が噴き出し、二人の男達は地面へと崩れ落ちる。

「なっ!?」

 男達の一人……千束にたきなから受けた傷の手当てをしてもらった、キャップを後ろ向きに被った男がレインコートの人物の手を見ると、その手には一丁の拳銃が握られていた。恐らく右手をポケットに突っ込んでいた時点で、すでに安全装置(セーフティ)を解除した拳銃を握っていたのだろう。そして右手をポケットから素早く出すと同時に二人の男達の額にそれぞれ狙いをつけ、ためらわず即座に射殺。

 どこの誰かは分からないが、今の動きの早さと銃の腕前両方から考えても油断できる相手ではない。

 仲間達が殺された事でそれを悟った男達はアサルトライフルや拳銃をそれぞれ握り臨戦態勢に入ろうとする。

 しかし、それより前にフードで顔を隠した人物は身をかがめ、男達目掛けて鋭く走り出した。

 

 

「く……そ……!」

 キャップを被った男は激痛に脂汗を流しながらその場に膝をつく。彼の両足の太腿部分には動けないように拳銃で撃たれた跡があり、そこからどくどくと血が流れだしていた。そして彼の周りには、ついさっきまで一緒に食事をしに行く話をしていた仲間達が、全員頭や胸から血を流して死んでいた。やったのは無論、目の前に立つレインコートの人物だ。

 目の前で自分を睨みつける男の事など歯牙にもかけず、その人物は銃の弾倉を新しいものに交換し安全装置《セーフティ》を解除する。手慣れた一連の動作、さらに手負いとはいえ自分達を蹂躙した先ほどの動きから見ても、昨日今日銃を手にした素人ではない。

 ギリ……と男は仲間達を殺された怒りと太腿部分に走る痛みに奥歯を強く噛みしめる。反撃しようにも、先ほどまで持っていた銃は戦いの中で目の前の人物にとっくに弾き飛ばされている。

「お前……一体何なんだ。どうして俺達を―――」

 返事は銃弾だった。コートの人物は無言で拳銃を男に向けると引き金を引く。銃口から放たれた銃弾がキャップの男の額に吸い込まれ、男は額から仲間達と同じように鮮血を吹き出しながら地面へと崩れ落ちた。

 自分以外の生存者が誰もいなくなった場所でコートの人物はぐっ、ぐっと何かの調子を確かめるように左の掌を開けたり閉めたりを繰り返してから左のポケットからスマートフォンを取り出し、誰かに電話をかけて端末を耳に当てる。

「……今終わった。現場の処理はそっちに任せる」

 会話を短く終えてスマートフォンを再びポケットにしまうと、ついさっきまで自分を睨みつけていた男を見下ろしながら、吐き捨てるように呟く。

「………クズの分際で、仲間と一緒に飯に行こうなんて思うなよ。反吐が出る」

 そしてこつん、と男の頭を軽く蹴り飛ばし、その人物は男達の屍が転がる場を後にした。

 

 

 この時はまだ、誰も知らなかった。

 平和な日本の水面下で蠢く悪意と憎しみを。

 そしてその悪意と憎しみがやがて、大きな悲劇を引き起こすという事を。

 まだ誰も、知る事は無かった。

 

 




おかしいなぁ……どうして私はヒロインじゃなくて主人公君の風呂上がりのお色気シーンを書いているんだろう……?(震え声)。こんなシーンをリコリス・リコイルの二次小説で書いているのが自分だけだったらどうしよう。
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