藍くんとリコリコの愉快な日常   作:白い鴉

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な、何故かお気に入り件数やUAが急激に伸び始めている……!? それだけたくさんの方々がこの小説を読んでくださり、とても嬉しい限りです! 今の評価に甘んじる事無く、皆様の期待と評価に応える事ができるよう、これからも頑張りつつ楽しんで書いていきたいと思います! 


Episode.6 It's shopping time!

 

 

 

 

 

 どうしてこうなった。DAの誇るファーストリコリスであり喫茶リコリコの看板娘、錦木千束は混乱で頭の中がぐるぐるしているのを感じながら心の中で呟く。

 彼女がいるのは北押上駅の地上出口の前だ。何故今日ここにいるかというと、たきなの下着を買うために彼女と待ち合わせをしていたのである。昨日ひょんな事からたきなのパンツを千束は目撃してしまったのだが、その下着が男物のトランクスという事が判明し、それでたきなの新しい下着を購入するために買い物に行こうという話になったのである(ちなみにたきながトランクスを履いていたのは、それがミカの好みだからという理由からだった)。そして今、いつものリコリスの制服ではなく私服を着てたきなを待っていたのだが、そこに現れた彼女は上はTシャツに下はジャージと色気もへったくれもねぇ姿だった。折角の買い物なので私服を着てバッチリ決めてきた自分がバカみたいである。おまけに仕事でもないのに当たり前のように銃装備、自分の服を衣装呼ばわり。さすがにあんまりだと最近たきなの言動に慣れてきた千束も笑顔でちょっとキレかけた。

 だが、それでもまだ良かったのだ。二人揃ったしさぁ買い物に繰り出すぞぉ―――と千束のテンションが上がりかけた時、たきながこんな事を言った。

「待ってください。あと一人、まだ来てないです」

「え? あと一人って、誰か呼んだの?」

「はい。昨日千束が帰った後に」

 そう言われて、誰を呼んだんだろう? と顎に手をやりながら千束は首を傾げる。まず思い浮かぶのはクルミとミズキだが、クルミはまずこういう買い物には付き合わないだろうし、何より彼女の場合買い物は通販で済ませるだろう。ミズキは考えられなくはないが、たきなが彼女を誘う事も、彼女が自分達の買い物に付き合うのもちょっと想像しにくい。何かミズキにとっての見返りがあれば話は別だが、それをたきなが用意しているとも思えない。そうするとクルミとミズキの可能性は低い。さすがにミカの可能性はもっと無いだろう。しかしそうなると、あとは伊藤や北村などの常連の女性陣だが……こういう買い物でたきなが彼女達を呼ぶという事も考えづらい。結果、腕を組んでいくら考えても答えは出なかった。千束はまるで映画の登場人物が行う様に大げさに肩をすくめて、

「たきなぁ、降参。誰を呼んだか教えてよ」

「いえ、もう来たのでその必要はないです」

 お? とたきなの言葉に千束が彼女の視線を追う。その瞬間、千束の体がまるで石のように硬直した。

 そこに現れたのは、

「遅れてすいません、たきなさん、千束さん。待ちましたか?」

「いえ、私は今来たところです」

 左目には医療用の眼帯、ポロシャツにスラックス、それにいつも背負っている愛用のリュックと、店に来る時とあまり変わらない格好をした少年―――天竺藍だった。彼はたきなと挨拶を交わしてから、変わらず石のように固まっている千束にも声をかける。

「こんにちは、千束さん。お待たせしてごめんなさい」

「え……あい、くん?」

「……? どうしました?」

 千束の反応が理解できず藍が首を傾げると、石化から再起動した千束はたきなの方に素早く歩き出しながら、

「ごめん藍くんちょっと待っててそしてたきなこっちにカモン!!」

 目を見開いて驚く藍をその場に残し、たきなを無理やり引っ張って彼から少し離れると、千束はとても引きつった笑みを浮かべながらたきなに詰め寄る。

「こらたきなぁ、どういうつもりだぁ? どうして藍くん連れてきたぁ?」

「……? 怒ってるんですか?」

「いや怒ってるわけじゃないよ!? な・ん・で連れてきたのって言ってるの!!」

 何せ今日買うのは女性の下着である。いくら少女にも見える容姿の藍と言えど場違いだし、あと自分も買う所を見られるのは非常に恥ずかしい。顔を真っ赤にして詰め寄る千束にたきなは少し戸惑いながらも、今日藍を連れてきた経緯を説明する。

「昨日千束に下着を買いに行くとは言われましたが、どのような下着を買えば良いのか分かりませんでした」

「ふむふむ」

「それで、帰宅後に藍さんに電話してどのような下着を買えば良いのか相談しました」

「はいそこおかしいよ」

「……? おかしいですか?」

 きょとんと首を傾げるたきなに千束はぐわっ! と両手を大きく広げて叫ぶ。

「いやおかしいに決まってるじゃん! なんでそこで藍くんに相談しちゃったの!?」

「彼に好みの下着を聞いて、それを購入すれば良いと思いまして」

 こ、こいつ……と千束はたきなの返答に思わず戦慄したが、思えば目の前の少女が男物のトランクスを履いていたのはそれがミカの好みのものだったからだ。ならばどのような下着を買えば良いのかという恐ろしい質問の矛先が、ミカの次に親しい男性である藍に向けられてもおかしくない。

「いや、だからと言って藍くんにさぁ……。って、ちょい待て貴様」

 そこで千束はある重要な事実に気が付き、恐る恐る尋ねる。

「………なんでたきな、藍くんの電話番号知ってるの?」

「先日メールアドレスと一緒に教えてもらいました」

 この前千束と一緒にDA本部から帰ってきた後、藍にまた今度お弁当を作ってもらいたいという提案を快く了承してもらった後、たきなは藍に携帯電話の電話番号とメールアドレスを教えてもらっていた。そうしておけば作って欲しい料理やお弁当を思いついた時に、その情報や作り方などをスムーズに共有する事ができるからだ。そのため、どのような下着を買えば良いか悩んだ時もその電話番号を使用してすぐに連絡を取る事ができたというわけだ。

 しかしたきなの言葉に、何故か千束は顔を青くして口をパクパクと魚のように開いている。それを見たたきなは怪訝な表情を浮かべ、

「何故そのような表情をしているんですか? それぐらい、千束だって……」

 そこまで言いかけた所で、ある事を思い出す。

 最近この色々と破天荒な少女と行動を共にして分かった事だが、目の前の少女は人懐っこい一面はあるが、その反面恋愛となるとどうも奥手と言うか、慎重な所がある。そしてこの表情。それらからある事実を推測して尋ねる。

「……千束、まさか……」

 すると千束もたきなの言いたい事を理解したのか、観念したようにこくりと頷いた。

「……………電話番号とメルアド、聞けてない…………」

「……………」

 その瞬間、たきなの目が哀れなものを見る目になった。

 それも当然だろう。まだ藍と知り合ってそんなに日が立っていない自分でもすでに彼の電話番号とメールアドレスを知っているというのに、片思いとはいえ彼に恋心を抱きかつそれなりに彼と知り合ってから関係が長い千束の方が電話番号とメールアドレスを知らないとは一体どういう事なのだ。電波塔を単独で守り切った伝説のリコリスとして有名なのにどうしてそういう所でチキンなのだ。もう電波塔のリコリスではなく電波塔のチキンと名乗った方が良いのでは? と相棒のあまりのヘタレっぷりにたきなは心の中で割と酷い罵倒をかましていた。

「そ、そんな事より話の続き! それで藍くんと連絡を取って、それで!?」

 話を誤魔化すように千束が先を促すと、たきなははぁと相棒のヘタレっぷりを嘆くようなため息をついてからご所望通り話を続けてやる。

「藍さんにどのような下着を買えば良いのか相談しましたが、『自分は女性の下着売り場に行った事がないので分かりません』と言われました」

「うん、そりゃそーだ」

 うんうん、と千束が腕を組んで頷く。さすがの藍も女性の下着売り場に行った事は無いだろう。ちなみに当の本人は二人がこうして話しているせいで半ば放置状態になっているため、ちょっと退屈そうに空を眺めていた。

「そう言われて、今日がちょうど休日だった事もあり、それなら明日一緒に買い物に行って何が良いか見てもらえば良いのではないかと思い藍さんを誘いました。彼も今日は特に予定が無いとの事で了承してくれました」

 そこまで聞いて、千束は頭痛がするかのように額を右手で抑えた。だからと言って普通異性を下着の買い物に連れてこようとは思わないだろう。藍も結構な天然だが、彼女も負けていないのではないかと千束は思う。まぁ、彼女の場合は本部でずっと任務に明け暮れていたので、そういった世間の常識に疎くても仕方ないとは思うが。リコリコに来た初日など、一緒に行った保育園で何も知らない子供達に人体破壊術を教えてたし。

「け、経緯は分かったけどさぁ……」

 そう言いながら、千束は顔を赤くて藍をちらりと見る。するとたきなが少し悲しそうな表情を浮かべ、

「……すみません。藍さんが一緒なら千束も喜ぶと思ったのですが……。迷惑でしたか?」

「………っ」

 その言葉に、千束の言葉が詰まる。

 つまり、たきなが藍をここに呼んだのは買い物に付き合ってもらうという事もあるが、同時に自分に喜んでもらうためでもあったのだ。それを知り、千束は思わずううんと悩まし気に唸る。

 正直言って、千束も藍が一緒にいて困るというわけではない。むしろ嬉しい。女性二人と男性一人という変則的な組み合わせとはいえ、好きな男の子と一緒に買い物に行くというのはデートのようで心が躍る。まぁ、さすがに下着を見に行くのはとても恥ずかしいが、それ以外ならば別に良いというか、むしろ一緒にいて欲しい。そういう意味ではたきなのした行動は迷惑であるどころかグッジョブ! と叫びたいほどだった。

 ―――そう考えるとやはり、この後自分が取るべき行動は一つだろう。いや、自分のためにもたきなのためにも、それ以外にありえない。千束は難しそうな表情から一転、とても嬉しそうな表情に切り替わるとたきなの両手を勢いよく握りしめる。

「―――ううん! ぜんっぜんそんな事ない! たきな、藍くんを誘ってくれてありがと!!」

 突然の藍の登場に驚いてしまったが、自分の相棒と好きな人と一緒に買い物に行くという事が起こったのだ。『やりたい事最優先』の錦木千束が、このビッグウェーブに乗らないなどという事があるのか? いや、ない。突然起きたハプニングも全力で楽しむ。それが錦木千束の流儀なのだ! と自分のテンションが天井知らずに上がっていくのを感じながら、千束は満面の笑顔で右腕を掲げた。

「よーし! じゃあ今日は三人でお買い物に行くぞぅ! 行こ! たきな、藍くん!」

 千束の号令に、藍とたきなは互いに顔を見合わせた。

「そういう事ですので、今日は一日よろしくお願いします。藍さん」

「はい、たきなさん」

 言葉を交わす二人に、ニコニコと笑いながら仲間外れにすんなよーと千束が声をかけようとした瞬間、ある違和感に気づいて顔を引きつらせる。

(ん……? 藍、さん……?)

 たきなの藍に対する呼称は確か『天竺さん』と苗字呼びだったはずだ。それなのに、いつの間にか名前呼びに変わっている。自分の気のせいか? とも思ったがよくよく思い返してみると藍が姿を見せた時からたきなはずっと『藍さん』と呼んでいた。それに気づいた千束の脳裏に、たきなが初めて藍と出会った日のミズキの言葉を思い出す。

『恋する千束ちゃんに、ライバル出現かなー?』

 千束は顔を青くすると、顔を見合わせていた二人の背中に両手を当ててぐいぐいと押す。

「さ、さぁ二人共早く行こうよ! 時は金なり! タイム・イズ・マネー!」

「あの、千束。自分で歩けるのでやめてください」

「………?」

 突然の千束の凶行にたきなは眉間にしわを寄せ、藍は不思議そうな表情を浮かべる。

 こうして最初こそ色々あったものの、千束とたきな、そして藍の三人組の買い物が始まったのだった。

 

 

 

「一枚も持ってないの? スカート」

「はい、制服だけですね」

 先ほどより大分落ち着いた千束が尋ねると、たきながチラリと藍を横目で見ながら頷く。リコリスのたきなは基本的に制服しか着る事は無いのだが、一般人の藍の前でそれを口にするわけにはいかない。すると当然それを知っている千束は「そっかぁ」と頷いて、

「じゃあスカートも買おうよぉ。絶対に似合うって」

「……よく分かりませんけど……」

 たきなはそう言ってから、横を歩く藍に視線を向けて、

「藍さんは、私にスカートは似合うと思いますか?」

「うぅっ」

「そうですね。たきなさんは綺麗な人なので、きっと似合うと思いますよ」

「………そうですか」

 藍に尋ねると何故か千束が呻き声を上げ、そんな彼女の気も知らず藍が返すとたきなは口調こそあまり変わらないものの、まんざらでもなさそうに呟いた。

「では折角の機会ですし、買いに行きましょう。ただ私はどんなものが良いのか分からないので、千束に選んでもらって良いですか?」

「えっ、私が選んで良いの!? やったー!」

 すると千束は先ほどの苦しそうなものとは一転して嬉しそうな表情になると両腕を上げる。それから何かに気づいたように両手を下げると、今度は藍に視線を向けた。

「そう言えばさ、藍くんもお店に来る時いつも同じような服だよね? 他に服とか持ってないの?」

「他は制服ぐらいですね。あまりそういうお店に行く事も無いですし」

「ええー? もったいないよぉ。藍くん元が良いんだから、もっとお洒落すれば良いのにぃ。そうだ! 今日藍君の服も一緒に買おうよ! 選ぶの私とたきなも手伝うからさ!」

「千束、お金を出すのは藍さんですよ」

 テンションが上がる千束をたきながたしなめるが、藍の方はあまり気にしていないような口調で、

「別に構いませんよ。生活資金は十分にありますし、僕も他に何着か買っておいた方が良いかなと思っていたので」

「じゃあ決まりね! たきなの服に、藍君の服かぁ。くぅう、テンション上がって来たぁー!」

 よほど嬉しいのか心の底から楽しそうな声を上げて歩く速度を上げる千束の後ろ姿を不思議そうに見ながら、藍とたきなの二人は彼女の後を追って歩く。

 こうして服を購入する事になった三人が向かったのは駅前のショッピングモールだった。男性用・女性用のアパレル店の他にもハンバーガーのチェーン店や本屋・ドラッグストアなど様々な店がここに入っている。なのでほとんどの買い物をこのモールで済ませる事が可能だった。

 最初に三人はたきなの服を購入するために、女性用のアパレル店に入った。こういう所だと男性の藍の姿は浮きそうだが、さすがと言うべきかこの店内でも自然とその姿は溶け込んでいる。おかげで女性から変に視線を向けられる事無く、三人はたきなの服選びに集中する事ができていた。

「あ~、こっちも良いな~。たきなはどっちが良い?」

「……楽しそうですね、千束……」

 千束はついさっきから衣服を持ってきては、たきなの体の上から彼女に合うかチェックをしている。その様子は純粋に買い物を楽しんでいるようだった。

「うん、めっちゃ楽しー! やってみたかったんだこーゆーの!」

「ミズキさんや学校のご友人を誘った事はないのですか?」

「う、うーん……。まぁミズキは買い物には付き合ってくれるけど服のセンスが私とはちょっと違うし、私友達いないから、今までできなかったんだよねこういうの」

 あはは……と千束は誤魔化すように笑った。それを見てたきなはさすがにそれは無理があるだろうと内心思ったが、藍の方は特に疑問に思わなかったのか二度ほど瞬きをして「……そうですか」と呟くだけだった。

「でも今はたきなも藍くんもいるし、今日は試着祭りじゃーっ! たきな、どんどん行くよー!」

 そう言って千束は宣言通りたきなに次々と服を渡していくと、彼女の方も渡された服に次々と着替えていく。

「良い! 良いねぇ! めっちゃ可愛い~!」

 渡された服に応じて姿を変えていくたきなに千束が腕を振り上げながら声を上げる。自分にかけられる誉め言葉に、服を試着するついでに帽子をかぶっていたたきなはちょっと顔を赤らめた。

「……どうも」

 そして、被っている帽子のつばに手をやりながら上目づかいで藍の方を見た。

「……似合いますか?」

「はい。とてもお似合いです」

「……そう、ですか」

 藍の純粋な誉め言葉に、たきなは帽子で顔を隠す。千束から褒められるのも嬉しいが、藍から褒められると何故か頬の熱さが増すのを感じる。そんな二人を見て、千束はむぅ……と何故か頬を膨らませていた。

 試着の結果たきなが購入を決めたのは最後に着た、千束と藍が褒めてくれた服だった。購入のついでに早速その服に着替えると、次に三人が向かったのは藍の服を買うためのメンズファッションのアパレル店だった。異性の服の店だが、そこでも千束は先ほどの店と同じようにハンガーにかかった服を次々に手にとっては藍に合わせていく。

「やっぱり藍くんはきれいめトラッドが似合うかな~」

「……千束さん、すごいですね。男性用の服にも詳しいんですか?」

「ふふふ、男物でも女物でもファッションの流行は常に追いかけておくのが大切なのだよ藍くん」

 と千束は右手の指をピンと立てて左右に振りながら自慢げに言った。今日の私服もばっちり決まっている千束が言うと説得力がある。

 そして藍が千束が勧めてくれた服を一着試着して二人に披露すると、それを見た千束の口から歓声が上がった。

「うわ~、やっぱり藍くん似合うねぇ! 試してみて正解だったわぁ! ねね、たきなもそう思うよね!」

「……ええ、そうですね」

 千束の言葉にたきなも頷き返す。さすがと言うべきか、千束が選んだ服は藍に見事に合っていた。正直、服にはあまり関心が無かったたきなも一瞬みとれてしまうぐらいである。一方藍の方は鏡に普段見ない自分の姿を映し出しながら、着ている服を見下ろしている。もしかしたら彼も普段着ない服を着ている自分の姿を新鮮に感じているのかもしれない。

 そんな藍に、千束はさらに自分が持ってきた服を彼に渡して試着してもらう。試着室で服を着て、二人に服を着た自分の姿を披露するたびに千束の口から楽しそうな、嬉しそうな歓声が上がる。たきなも半ば千束の着せ替え人形と化しながらも服を見事に着こなす藍を見守っていたが、ある事に気づき眉をひそめる。

 最初の方の服はそうでもなかったのだが、段々と千束が持ってくる服に赤系統の色が増えだしたのだ。藍が千束にそれを着た姿を見せると、千束は自分の赤色を基調とした服にチラリと目をやる。そして藍を褒めてからニコニコと非常に嬉しそうな笑みを浮かべた。

「……千束」

「ん、なーに……って本当にどうしたのたきな。声と目がめっちゃ冷たいんだけど」

 自分への眼差しと声が普段よりも冷たい事を確認した千束が顔を引きつらせると、たきなはジト目を千束に向けながら言う。

「藍さんに赤色の服を着せて、自分とお揃いにしようとしてませんか?」

「えっ!? ソ、ソンナコトナイデスヨー?」

 千束が明後日の方を向きながら下手な口笛を吹く。あまりにも下手すぎる演技だった。これが犯罪者だったら、たきなは今頃銃を抜いている。もちろん銃口を相手の額に向けて安全装置もしっかり外し、引き金に手をやるという『本当の事を言わないとお前を殺す』スタイルだ。

 結局藍は千束が選んだ赤色を基調にした服と、色々と助言をもらいながら自分で選んだ服の二着を購入した。たきなも一応藍に助言を少しばかりしたものの、助言のほとんどは千束がしていた。服を購入する藍の背中を見ながら、たきなは今度からファッションについて自分でも調べてみるべきか? と心の片隅で思った。

「ではそろそろ、当初の目的に戻りましょう」

「あ、忘れてた……」

 そもそも今日千束がたきなと待ち合わせをしていたのは、たきなのパンツを買うためである。その道中でこうしてたきなと藍の服を買う事になったが、たきなの言う通りそろそろ本来の目的に戻るべきだろう。

「確かにそうですね。じゃあ、行きま……」

「ちょ、ちょーっと待って藍くん! 悪いけど、藍くんはどこかで時間を潰してもらってて良い? そこで合流しようよ、ね?」

 さすがに女性用の下着売り場で下着を買う所を藍に見られるのは、恥ずかしすぎる。しかしこの無自覚天然少年にはそんな千束の気持ちは伝わらず、きょとんと不思議そうに首を傾げる。

「僕もついていってはいけないのでしょうか?」

「う……。そ、そうだねぇ。藍くんが来るのはちょっと無理かなぁ」

「どうしてですか? 何か理由でもあるんですか?」

 ぐいぐいと接近してくる藍の顔に千束は少し顔を赤らめたかと思うと、両腕で大きなバツ印を作りながらヤケクソ混じりにこんな事を言い放つ。

「お、女の子の下着売り場は男子禁制だから藍くんは入れないの! そういうわけで、藍くんは違うお店で待機です!」

 なんともまぁ無理やりな嘘をつきますね、とたきなは呆れてしまった。いくら何でもそんな嘘に騙されるわけが……とたきなが藍の方を見ると彼は黙ったまま二度ほど瞬きをして、

「……なるほど。男子禁制ですか。それなら仕方ないですね」

「え、ええ……?」

 まさかの千束の嘘を信じてしまった藍に、思わず戸惑いの声を上げる。いくら何でも今のような嘘に騙されるだろうか。天然を通り越して純真とすら言えるこんな性格で、犯罪者達が息をひそめるこの社会を生きている事ができるのかと心配になるたきなだった。

「じゃあ僕はここの本屋にいるので、買い物が終わったらそこで合流しましょう。では、また後で」

 右手をひらひらと振って藍は二人から離れると、そのまま背中を向けてどこかへと去って行った。藍が去って行くのを見た千束はほっと安堵の息をつき、

「いやー、藍くんに嘘つくのはアレだったけど、正直助かったわぁ。さすがに下着選んでる所じっと見られるのは恥ずいし……」

「ただ選んでるだけでしょう? そんなに恥ずかしい事ですか?」

「ただ選んでるだけだけど、そういうものなんですー」

 怪訝そうに尋ねるたきなに、千束はすねたように唇を尖らせる。今までこういう所に下着を買いに来た事がないたきなには分からない感覚だったが、どうやらそのようなものらしい。

「そう言えば、どういうのが欲しいか決めた?」

「仕事に向いているものが欲しいです」

 仕事に実直なたきならしい言葉だった。それを聞いた千束は両手の掌をくっつけるとまるでアパレル店の店員のような口調で、

「あ~、お客様銃撃戦向けのランジェリーですかぁ? では防弾繊維が編み込まれた上下セットが……」

「あるんですか?」

「あるかい!」

 というよりも、銃とは無縁のアパレル店にそういう下着がある方がおかしいしある意味怖い。

トランクス(これ)良いんですけどね。通気性も良くて動きやすいですし……。さすが店長だなって」

「いや、先生がそんな事考えてるわけないだろ……。大体、トランクスなんて人に見せられたもんじゃないでしょぉ?」

「……? パンツって見せるものじゃなくないですか?」

「いざって時どうすんのよ」

「いざってどんな時です?」

「………」

 たきなの質問に、千束は思わず黙り込む。そして彼女の脳裏に、何故かある映像が映り込む。

 ベッドの上に座る少年と少女。一人は自分で、もう一人は藍。

 自分達が正面から向かい合っていると、自分が頬を赤く染めながら照れたように笑い、それに藍も柔らかく微笑む。ふと気が付くと、映像の中の自分達は服を着ていなかった。正確には自分は下着姿で、藍の方は下はいつものスラックスを履いているものの上半身は裸だった。この間風呂場へと続く脱衣所で見た、彼の裸の上半身がそこにあった。こうして思い浮かべているだけで頭の中が沸騰しそうだった。そして彼の両手がゆっくりと自分の肩を優しく掴んだかと思うと、その唇が自分のそれへとゆっくり近づいていき、そして―――。

「わぁああああああああああああああああっ!?」

 そこまで考えた所で、顔を真っ赤にして思考回路がオーバーヒートした千束が思わず叫ぶ。相棒の突然の奇行にたきなは驚いて目を見開き、周囲を歩いていた客達も二人に目を向ける。

「きゅ、急にどうしたんですか千束? いきなり叫び出して……」

「べ、別になんでもないわ! ってか、いざって時がどんな時かなんて知るかそんなもん!」

「………?」 

 顔の赤みが引かない千束が必死に叫ぶと、たきなが奇妙なものを見るような目で見てくる。しかし今の千束はそれどころではない。よりによって真っ昼間から、しかもこんな所で何を考えているのだ自分は。藍と別行動を取っていて良かったと思う。こんな事を考えた直後に彼の顔を見ていたら、もしかしたらもっと酷い事になっていたかもしれない。千束はたきなの右手を勢いよく掴むと、ずんずん勢いよく歩き出す。

「そんな事より、早く行こうかたきな! 早く選んで早く買わないとね!」

「……そうですね」

 千束に手を引かれながら、まぁ彼女の奇行はいつもの事かとたきなはため息をつきながら彼女と共に下着売り場へと急いで歩いて行った。

 

 

 

 購入した下着をたきなが店員から受け取ると、顔の赤みが引きいつもの調子を取り戻した千束が言った。

「これでもうトランクスとはおさらば。帰ったら全部処分するからね!」

「わざわざ捨てなくても……」

「だって、そうでもしないとまた男物穿きそうなんだもん」

「なら毎日チェックでもします?」

「いや、そっちの方が嫌じゃない……?」

 確かに毎日相棒の下着をチェックするというのもそれはそれで嫌な行為だ。下手をすると同性とは言えただの変態である。

「さて、下着も買ったし藍くんに合流しないとね。その後は千束さんお待ちかねの、オヤツタイムと行きましょー!」

 どん、と自分の胸を叩く千束に、たきなは自分が持っている袋に一度視線をやると、

「……目的は完遂しましたよ?」

「そんな、仕事じゃないんだからさぁ。今日は付き合ってよぉ」

 まぁ確かにこの後の予定も無いので、たきなは千束のオヤツタイムというのに付き合う事にした。まだ藍の返事は聞けてないが、彼の事だからきっとOKしてくれるだろう。

 そして二人が本屋へと歩き出そうとしたその時だった。

「……千束。あの人、藍さんじゃないですか?」

「え? あ、ホントだ」

 千束のたきなの視線の先には、長方形のシンプルな形をしたベンチに座る藍の姿があった。彼の視線の先にはドラッグストアがあり、何故か彼はドラッグストアを見てぼうっとした表情を浮かべている。

「藍さん、どうしたんでしょうか? 何か欲しい物があるというわけでもなさそうですが……」

「ま、聞いてみれば分かるよ。おーい、藍く……」

 と、千束が藍に向かって声を上げようとした瞬間。

「ねぇ君、一人?」

「私達暇なんだけどさ、ちょっと一緒に遊ばない?」

 突然ベンチに座る藍に二人の女性が声をかけてきた。二人共明らかに藍や自分達よりも年上であり、大体女子大生ぐらいの年齢だろう。ブランド物のハンドバッグや服装をなんの違和感もなく着こなすその姿から、明らかにそういう事に慣れていると分かる。一方、声をかけられた藍の方は特に表情を変える事無く、二人の顔を交互に見ながら、

「いえ。今は別行動ですが友人と来ているので大丈夫です」

 丁寧に断るが、それで諦めるような女性達ではない。

「ええ~。別に良いじゃん、『今日は先に帰る』ってメールでも送っとけば。私達と遊んだ方が楽しいって」

「そうそう! 何でも好きな物奢ってあげるからさ! 早く行こうよー!」

 そう言って女性の一人が藍の右腕を掴む。少々強引とも言える手段だが、それもある意味仕方ない。白い医療用の眼帯を着け、少年のようにも少女にも見えるその容貌は自然と人を引き付ける。それでベンチに一人座っていれば、彼女達のような人間を引き寄せる事もあるだろう。

 だが、そんな事は今のたきなにはどうでも良かった。女性が藍の右腕を掴むのを見た瞬間、彼女の目が鋭くなると同時に頭の中をある思考が支配する。

 ―――その人に、触るな。  

 頭の中がすっと冷える。

 胸の中に暗くて激しい、今にも吹き出してしまいそうな激情が生まれる。

 その激情の名をたきなは知らない。だが、気が付くとたきなは殺しの標的(ターゲット)を相手にいつもそうしてきたように女性二人を冷徹に観察していた。

標的(ターゲット)は二人。武器は見たところなし。歩き方や雰囲気から見ても間違いなく素人。視線からして他に仲間はいない。行動するには周りに人が多すぎる。まず二人を藍さんと引き離してから別の場所に誘導、そこで二度と藍さんに近づかないように脅して)

 女性達を見るたきなの頭の中は、すっかり仕事用の思考回路に切り替わっていた。そして千束から銃を抜くなと注意されていたにも関わらず、彼女の右手が自然と背中の鞄へと伸びる。そして思考を行動に移すべく、鞄に手を伸ばしながら女性達へと歩きだそうとしたその時。

「お待たせー! 遅れちゃってごめんねー!」

 横にいたはずの相棒がいつの間にか藍へと向かって駆け寄っていた。女性二人の怪訝な視線と藍のきょとんとした目が向けられる中、千束は女性二人の間を無駄のない動きでかわすと瞬時に藍の隣に移動する。

「な、何よあんた」

 目の前の(ツラ)の良い男を文字通り横からかっさらう様に現れた千束に女性達の一人が声を上げるが、虚勢を張っているのが見え見えだった。まぁそれも無理はない。女性達は化粧もあるとはいえそこそこ顔立ちが整っているが、千束の容姿の端麗さは彼女達よりも明らかに上だ。自分達よりも上の存在が現れた事の動揺が隠しきれていないのだ。

 女性に問われた千束は目をぱちくりと瞬きして聞こえないふりをすると、横で自分達を眺めている藍に尋ねた。

「ねぇ藍くん。この人達誰? 知り合い?」

「いいえ、知らない方達です。暇だから一緒に遊びましょうと誘われました」

「ええー、そうだったんだぁ! でもお姉さん達、ごめんなさい! 彼、これから私とデートなんでぇ、お姉さん達と遊ぶ事はできないんですよぉ。ねー藍くん?」

 そう言って千束は自分の両腕を藍の左腕に絡め、彼女の豊満な乳房が彼の左腕と密着する。一方、藍の方は表情をピクリとも動かさず千束の顔を見たまま、

「いえ、デートとというか、たきなさんとも一緒に痛いです急にどうしたんですか千束さん突然僕の腕をつねるのをやめてください」

 藍がかすかに顔をしかめて千束に抗議する。ここからでは見えないが、恐らく千束が笑顔のまま藍の左腕を軽くつねったのだろう。幸いにも後半の藍の言葉は聞こえなかったのか、それすらも二人のイチャイチャの一つだと思ったのか、女性二人は大きなため息をついた。

「何よ、彼女いたの? 馬鹿馬鹿し、行こ」

「あ~あ、久しぶりの大当たりだと思ったんだけどなぁ……」

 藍は一応『友人と来ている』と言っていたのだが、千束を見た衝撃で彼女達の頭からその事はすっかり抜け落ちているらしい。口々に言いながら女性二人はとぼとぼと歩き去り、千束は腕を組んだまま去って行く女性達にべっと小さく舌を出した。一連のやり取りを見ていたたきなはゆっくりと手を下ろすと、ほっと安堵の息をつくと同時に怪訝に思う。

 ―――どうして今自分は、女性達が藍から離れるのを見てほっとしたんだろう?

 たきながそう思っていると、千束が何やら怒っているような声がたきなの耳に届いてきた。

「もう! 駄目だよ藍くん! ああいう時はきちんとはっきり断るの! ほいほいついていこうとしちゃ駄目だって!」

「いえ、ちゃんと断りましたし、ついて行こうともしてないんですが……」

「言い訳しない! 藍くんは綺麗な顔してるし、ちょっと頼りない所があるんだから、もっとはっきりきっぱり断る!」

「ええ……」

 藍と顔を近づけながら右手の人差し指を突き付けてお説教する千束に、藍は普段のぽやんとした無表情を崩して戸惑っているようだった。千束のその言葉には賛成だったが、それよりもたきなは今の二人の距離にもやもやとした思いを抱き、ベンチに近づきながら冷たい声音を出す。

「その意見には私も賛成ですが、少し藍さんとの距離が近すぎないですか千束?」

「え? …………っ!」

 そこでようやく千束は自分と藍との距離が近い事、そして自分がまだ左腕を藍の腕に絡め、自分の体を彼の腕に密着させている事に気づくと顔を赤くして慌てて距離を取る。そして顔を背けると、消え入りそうな声を出した。

「……………ごめんね、藍くん」

「いえ、気にしてませんよ」

「………そこは気にして欲しかったなぁ、女の子として」

 気にするのもそれはそれで気まずいが、だからと言って気にされないのも一人の女性としてちょっと悔しい。それは女性にとっては『君の事は女性として見ていない』と言われるのと同義だからだ。もちろん藍がそういう意図で言ったわけでないのは分かっているが、それでもやはり心に来るものがある。

「そんな事より、藍さん」

「そんな事って言うなぁ! 私の女の子としての沽券に関わるんですけどぉ!」

 叫ぶ千束をたきなは黙れと言うように睨むと、再び藍に視線を戻す。

「どうしてここにいたんですか? 本屋にいるはずだったのでは」

「ええ。僕もそのつもりでした。ただ、ふとドラッグストアを見てたら、ちょっと懐かしくて」

「……懐かしい、ですか?」

 その言葉にたきなだけではなく千束も彼の視線の先にあるドラッグストアに目をやる。見た所普通のドラッグストアで、これと言って懐かしさを感じさせるものは何もない。

「置いてある薬品や、匂いと言いますか。眼帯(これ)を買うたびにドラッグストアを訪れるのですが、そのたびに懐かしくて。実を言うと、本屋と同じぐらいドラッグストアはお気に入りの場所なんです。今回もそれで本屋に行く前に足を止めてしまいました」

「…………」

 正直自分達には分からない話だったが、要するにいつもの藍の不思議発言という事だろう。ならば周りに実害を与えているというわけでもないし、注意をする事もない。はぁとたきなはため息をつき、

「そういう事でしたか。しかし、先ほどの女性達の対応に関しては私も千束と同意見です。藍さんはもっとしっかり断るべきです。人が良いのは藍さんの美徳ですが、それにつけこむ悪人も世の中にはいます。そんな人間達に騙されて悲しむのは藍さんです。……悲しむ藍さんの姿は、私も千束も見たくありません」

「うんうん、たきなの言う通りだよ藍くん」

 両腕を組みながら後ろでしきりに頷く千束に正直イラっとしたが、たきなの言いたい事はどうやら藍に伝わってくれたらしい。なるほど、と呟いてからたきなの顔を見つめ、

「分かりました。次からは、できるだけもっとしっかり断るようにします」

「ええ。分かっていただければ良いです」

 彼の言葉にたきなは安心したように言い、千束はその後ろでニッと笑うのだった。

 そして三人は千束の言うオヤツタイムのために来た時と同じように並んで歩き出す。なお、千束のオヤツタイムに対する藍の返事は言わずもがなだった。

「そう言えば千束、先ほどは私の行動を予期してあのような行動に出たのですか?」

 先ほどというのは当然、千束が藍の彼女のフリをして女性達の前に姿を見せた時の事だ。あの時たきなは銃を抜きかねない自分の姿を見て千束が慌ててああいう行動に出たのだと思っていたが、たきなの予想に反して千束は怪訝な表情を浮かべて、

「え、たきな、何するつもりだったの?」

「……気づいてなかったんですか。では、千束があの二人の前に出たのは、純粋に藍さんを助けるために?」

 たきなの問いに、千束はあー……と頬を気まずそうに掻き、

「それもあるけど……。まぁやっぱり、藍くんが連れて行かれそうなのを見て、ちょっとカッとなったっていうのもあるかな。で、気が付いたらああしてた。名演技だった?」

「……ええ。悪くなかったと思います」

「ホント? えへへ……」

 藍の彼女役として悪くなかったとも取れる言葉に、千束は頬を赤らめて嬉しそうに笑った。どうやらあの時の状況は、自分が銃を抜こうとする前に千束がヤキモチでああいう行動に出たというのが真実らしい。しかしそうなると、分からない事が一つある。

(どうして私はあの時、銃を抜こうとしたんでしょう)

 いくら自分でも、悪人でもない相手に銃を抜くという行動を取る事はまずない。それなのに、藍が女性に右腕を掴まれた時、自分はためらわず銃を抜こうとしていた。自分らしくない行動を取った事に、たきなは一人考え込む事しかできなかった。すると千束が歩きながら、両手を後ろに組んで反対側を歩く藍に尋ねる。

「でもナンパされるなんて、やっぱり藍くんってモテるよねぇ。もしかして、以前にもああいう事あったりしたの?」

 千束の口調には、興味もあったが若干のヤキモチも混じっていた。やはり彼がナンパされるのは、彼女にとっては面白くない事なのだろう。藍は何かを思い出すように宙を見ながら、

「そうですね。何回かありました。女性の方からも、男性の方からも」

「「男性の方からも!?」」

 驚愕の発言に、千束だけではなくたきなも思わず大きい声を出してしまう。確かに藍の容姿は少女のようにも見えるので、間違われてもおかしくないが、まさか男性からもナンパされていたとは。ミズキが知ったらショックを受けて泣きじゃくりそうな情報だった。

「その……もちろん、断りましたよね?」

「ええ。というよりは、僕が男だと知ると大抵の人は興味を失いましたね。あ、でも……」

「でも、何?」

 千束が冷や汗を流しながら尋ねると、藍はさらなる驚愕の事実を告げた。

「男性の方の中には、『いや、でも、ありか……? ありだな……』と呟いてた人もいましたね」

「ありじゃねぇよ!!」

 右手の拳を強く握りしめて叫ぶ千束を周りの通行人達が驚いて見つめるが、こればかりはたきなも責められなかった。

「そ、その後どうしたんですか?」

「その後も男性の方は何か言おうとしてましたが、僕はその時別の用事があったのでお断りして別れました」

「「……………」」

 千束とたきなは自然と顔を見合わせると、こくりと互いに頷き合う。

 ―――この少年を一人にしておいたら、いずれ彼はとんでもない目に遭う。

 そう直感した二人が足を止めると、二人の突然の行動に不思議そうな表情を浮かべて立ち止まった藍の顔を見つめる。

「藍くん」

「藍さん」

「……な、なんですか?」

 ガッ、と。藍の両肩をそれぞれの片手で掴んで何故か非常に真剣な表情を浮かべる千束とたきなに、藍の表情が引きつる。しかしそんな事は気にせず、二人は真剣な表情を崩さないまま告げた。

「今度からこういう買い物に行く時は私達も誘うように。良いね?」

「言っておきますが、拒否権は認めません」

「いえ、お二人と買い物に行けるのは僕も嬉しいですが、それはさすがに……。小さな子供ではないんですから……」

「い・い・ね?」

「い・い・で・す・ね?」

「…………はい」

 二人の威圧感が込められた問いに、藍はとても反論する事などできなかった。千束はにっこりと満足そうな笑みを浮かべ、たきなも表情は変わらないものの満足げな雰囲気だった。そのまま再び足取り軽く歩き出した二人とは対照的に、藍ははぁとため息をつき肩を落として歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 




実は私がリコリス・リコイルの中で一番表現するのが難しい口調のキャラは千束だったりします。千束の口調は良い意味で変幻自在なので、イメージして書くのがちょっと難しかったりします。まぁその分、自由に動くのでそういった意味では書きやすいキャラなのですが……(笑)。逆に藍くんの口調や動きには関しては、『常に敬語』、『生まれたての子供・純真無垢』をイメージしてます。

前話までの文章と今話からの文章、どちらの方が読みやすい?

  • 前話までのもの
  • 今話からのもの
  • 正直、どちらでも良い
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