虹天の空   作:那菜 御調

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魔法

「大丈夫!?」

 セイラが肩を貸して急いで抱き起こすと、さめざめと涙を流しながらミラナは愚痴を吐き出した。

 

「うぅ、わたしの真透石がなんか謎の力に吸い込まれて……あんな綺麗な虹色に染まっちゃってるぅ……」

 項垂れたミラナが指差した先には淡く虹色に染まった宝石が浮遊していた。地底湖を満たしていた膨大な水。その全てを吸い込んだためか手のひら大ほどの大きさに変わっていたそれが真透石であると言われ、セイラは困惑した。

 

「真透石って、ミラナが購入してたやつだよね。それが、あれ……?」

 セイラの記憶が正しければ、真透石は無色透明な宝石だったはずだった。しかし地面に置かれたミラナの鞄と、地面に刻まれた足跡という名の抵抗の証。

 そこからミラナの言葉自体は疑っていないが、如何せん純化の間は外からの一切の情報が遮断されていたので、どうにも理解が追いつかなかった。

 

「それが、あれぇ……」

「えぇ……私が純化してる間に何があったの。地底湖の水も全部消えてるし、なんか真透石も虹色に染まってデカくなってるし」

「それはぁ、地底湖がぁ…………うぅ……」

「ちょ、ちょっと言うことがあるなら最後まで言って欲しいし、どんどんずり落ちてるって!」

「だってぇ……」

 よほど真透石が地底湖に持って行かれたことがショックだったのか、ミラナの涙は止まることを知らない。自分で身体を支える事すら億劫なのか段々崩れ落ちていく身体を支えるため、慌てて支え直すセイラ。

 

 そこにセイラと同様に純化から帰ってきたサナが口を挟んだ。

 サナはどこか混沌とした二人の様子から、これは素の自分では対応が難しいと感じ、再び自分に純化をかけることで白の司教としてこの場はどうにかすることにした。

 

「セイラさん。無理に抱き起こす必要はありませんよ。僕の司祭服を敷くので、そこにミラナさんを降ろしてください」

「え、あ、うん!」

 聞こえてきた声からバッと振り向くと、サナが再び司教の仮面を被っているのが見え驚きからやけに声が大きくなるセイラ。一先ず言われた通りにミラナを服の上に降ろす。するとすぐさま胎児のように丸まり、ミラナは自分との戦いへと戻っていった。

 

 今まで頼りになる姿を見せてきたミラナが弱っている所を見ると、なにか微妙なものが込み上げてくるのを感じたが、未だ浮遊している真透石が彼女の全財産だったことを思い出すとそれも瞬時に掻き消えた。

 

 全然こうなっても仕方がなかった。まだ支払うべきエストが七割も残っているのだ。商品だけを奪われ、莫大な借金だけが残されたミラナ。逆にそのように見てしまったことを内心で謝り倒していると、落ちていた鞄を泣いている借金持ちの元まで運んだサナが再び声をかけてきた。

 

「消えた地底湖、浮かぶ真透石。ミラナさんの言葉は断片的でしたが、どうやら僕たちに痛みを与えた猛毒は全てあの宝石が呑み込んでしまったようですね」

「多分、そうっぽいね。謎の力に吸い込まれたって言ってたけど、その力はどこから生じたんだろ」

 セイラが疑問を口にすると、サナはおや、という顔をしながら力の源泉について言及した。

 

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「私??」

「ええ、純化の最中でしたので気付かなかったかもしれませんが、途中純化した傍からセイラさんの虹天への純粋な思いが全く別の物に置き換わってましたから」

 

 といっても全体の一割ほどに留まっていましたよ、と説明するサナ。そして横たわっていたミラナの耳がぴくぴくと動いているのをセイラは目撃しながらも、その予想外の説明にセイラは宇宙猫になっていた。

 

「え、私??」

 

 

 

 

 

 

「はい復唱! ミラナはセイラに貰ったエストを返さなくてもよい!」

「みらなはせいらにもらったえすとをかえさなくてもよい」

 

 結局、優しいミラナは残った借金のことは置いておいて、少なくともこの場ではセイラから預かったエストをそのまま貰うことで許してあげることにした。

 セイラは全く記憶にない行為でエストを取られることに涙したが、冷静になって考えなくてもミラナの真透石を勝手に使ったのは事実なので、その優しさに正当な代価を支払うことに抵抗はなかった。ないったらない。

 

 サナに関してはこの問答を聞いている時も、相変わらず白の司教らしい笑みを浮かべているのでよくわからなかった。けど心優しい彼ならこの不幸を笑うことはないので、多分特に何も感じていないのだろうとセイラは思った。

 

 

「どうやら、話は一段落したようですね」

「そうだね、私のエストを犠牲にね」

「セイラ?」

「私のエストを快く譲ってね」

 セイラのささやかな抵抗はすぐさま咎められてしまった。油断も隙も今のパーフェクト債務者のミラナには存在していないらしい。

 

「それでサナ、あの真透石が私のせいでああなったって言ってたけど」

「ええ、そう言いましたね」

「じゃあ、今も真透石が浮遊してるのは私の力ってことでいいの?」

 純化から目覚めて既にかなりの時間が経過していた。ミラナとの真面目なハナシアイが多くを占めていたが、その間も真透石は無言で中空に浮遊し続けている。だが、サナは首を横に振り否定した。

 

「部分的にはそうかもしれません。純化をやめた時点で、セイラさんから流出する力もその源泉を失ったはずです。ですので、考えられるとすれば一つでしょう。この地底湖の地上に築かれた命の園。それが影響していると僕は考えます」

 地上に広がる未だ本来の色を失っていない植物達。地底湖を中心として広がるあの領域を維持する何かが原因だと考察するサナ。

 ミラナもこの話を聞いて思い出したのか、あの時の状況を補足した。

 

「そういえば真透石が引っ張られてるときなんですけど。いきなり引っ張る力がものすんごく強くなった時がありましたね。こう身体が一気に前に引っ張られる感じで」

 当時の状況を再現してくれるミラナ。

「けっこう引っ張られたんだね」

 演技の才能を感じさせる躍動感のある再現にセイラは感心した。

 

「そうですよぉ~。怖かったんですからね~?」

 すぐさま顔を背けたのでセイラはその顔を見れていないが、きっと目だけが笑っていないだろうことは伝わってきた。

 

「あ、あの真透石が私の力で維持されてるなら、もしかして引っ張れたりするのかなーっ?」

 真透石を矢面にあげることで話を逸らそうと試みるセイラ。それっぽいポーズで真透石に向けて手を翳す。

 するとセイラの方へと勢いよく飛翔してくる虹色の弾丸。

 

「え、ちょっ、待っ!?」

 慌てて翳していた手を下ろすも、付いた勢いは止まることを知らなかった。そのままセイラへと勢いを維持したまま向かってくるが、すんでのところでサナが間に腕を滑り込ませキャッチする。

 

「びっくりした……ありがとうサナ」

「いえ、司教として当然のことです。どうぞ」

 手渡された真透石は見た目の割には軽かった。仄かに虹色の光を放つ手のひら大の真透石は、地底湖が持っていた猛毒として性質は失ったのか、直に触れても何の問題もない。宝石らしい冷たく硬い質感。内部に閉じ込められた、地底湖に溶けていた人の残滓。

 

「改めて見ても、随分綺麗に染まっちゃってるなー」

「染まっちゃってるね。これ、もう使えないんだよね?」

「そうですねー。ここから新しく記憶することはないので、私の真透石としては死んじゃってますね。なので、それはセイラが持っててください」

「いいの?」

「はい。残念ながら、わたしが持ってても仕方ないので。まあ欲を言えば、中に記憶されたものを見せていただけたら嬉しいです!」

「それは全然構わないけど。あ、そうだ。せっかくだし最初はミラナが見てみてよ」

 セイラは持っていた真透石をミラナへと手渡した。元々自分の物ではない上、ミラナがこれにどれだけ支払ったのかを間近で見ていたのもあり、これぐらいは譲ってあげたかった。

 

 もうあげた物だからと遠慮するミラナを押し切り、早速覗いてみようと促す。その勢いにミラナは困ったような顔を浮かべていたが、せっかくの好意を無駄にするのも忍びないと、提案を受け入れることにした。

 

「手順は簡単です。自分の額に押し当てること、それだけですね」

 こんな風に、とミラナは真透石を手順通りに額へと押し当てる。内部に閉じ込められた感情や記憶と共鳴するかのように、ミラナの額へと流入する虹の奔流。

 

 ──そして一分が経過。

 ミラナは真透石を離して何とも言えない顔でそれを見つめ始めた。

 

「どうしたの?」

「……感情しか見えなかった。地底湖は記憶までは抱えてなかったみたいです。まあ、いくら真透石と言えど、あれだけの感情の数でしたから仕方ないですね」

 残念そうな様子で真透石をセイラへと返却するミラナ。

 

 

 ──通常、記憶と感情は紐づけられて真透石へと保存されている。記憶が感情を喚起し、感情が記憶を彩るのだから、どちらが欠けてしまってもそれは白黒の写真を眺めているように味気ないものに映るだろう。

 今回地底湖をそのまま吸収した筈の真透石には感情しか映っていなかった。だが、これはおかしな話だった。地底湖を吸収した結果、真透石が成長した以上あの地底湖は真透石と同様の性質を持っていたと考えられる。いやあるいは地底湖こそが未だ解明されていない真透石の本来の姿なのかもしれない。

 真透石は記憶と感情を保存し、地底湖は感情だけを保存した。ならば地底湖が持っていた祝福を侵す猛毒の性質は失われ、宝石へと転じたことで記憶も保持できるようになったと考えるのは、些か予想が入り過ぎて現実味のない考え方か。

 

 

 受け取った真透石を大切に鞄へとしまい込み、ただの大穴と化した地底湖の縁に立つサナに声をかける。

「サナ、地底湖の奥はどうする? 行けそうなら、進んでみたいけど」

「……いえ、辞めておきましょう。お二人のエストもそう多くなさそうです。何があるかも分からない場所に、そのような状態で連れて行くべきではないでしょう」

 

「そっか。じゃあ一度白の都市に戻るってことでいいかな」

「ええ、それがいいでしょう」

「てことは、またあの裂け目を通るってことですか? やだなぁ、狭いし暗いんですよあの道」

 

 ぼやくミラナの背を、気持ちは分かるとセイラは苦笑いを浮かべながら押していく。

 

 だが──突如として響く不気味な鳴動音。空となった地底湖跡。底すら見えない大穴の奥から届く、確かな空気の流れ。

 

「ひぇっ! い、今背中を生暖かい空気が触れてきた……!?」

 ぞわぞわとした感覚が背中から頭にかけて昇ってきたセイラ。

 

「あ、ほんとだほんのり周りが暖かい」

 セイラが後ろに立っていたからか、ミラナは直接流れてきた空気に触れることはなかった。だが、ミラナは既にこの言葉を発した時点で、新たな異常が起ころうとしていることを予感していた。ぬくもりに包まれる背中とは対照的に、血の気が引いていく二人。

 

 そして再び地底湖の底へと目を凝らすサナ。彼もまた、祝福によって強化された感覚によって捉えていた。

 大穴から生まれ出でようと、断崖とも呼べる岩壁を揺らし迫り来るナニカを。大地から滲み出す、大いなる残滓を。

 

「……どうやら、ゆっくりと歩いている時間はないようですね」

 そのように呟き、サナは二人をしっかりと視界に収め、意図して険しい顔を浮かべながら告げた。

 

「すみません。帰りはもしかすると、祝福がないかもしれないことを覚悟しておいてください」

「ゑ、どういうことですサナ司教!?」

 

 ギョッと目を剥き、身体を硬直させる二人。特にミラナは祝福切れを体験したことが実際に有るからか、その反応は顕著だった。

「えっと、何をするつもり……?」

「分かりやすく言うと、ここを吹き飛ばします。それと、鞄は抱え込んでいてください。途中で手放してしまうかもしれませんから。

さて、話すのはここまでにしましょう。急いであの裂け目へ向かってください」

 その言葉を最後に、身を翻すサナ。時間の経過とともに大きくなる振動と排気音にも似た異質な音。

 

 セイラも明らかにこの場へ近づいてきている存在がいることを感じ取っていた。だからこそ、当然のように生まれる疑問。サナは一緒に逃げないのか?

 セイラはその答えを聞きたい気持ちを抑え、この場ではサナの言葉に従うことを優先した。

 

 しかし走りながらも、セイラはこれから起ころうとしている異常に対処するため一人残ったサナへの不安から、並走するミラナへ問いかける。

「ねぇ、ミラナ。どうしてサナは一人残ったと思う? もし追いつかれても、一緒に戦えばいいんじゃ……」

 この問いかけに、ミラナは軽くうーんと唸りながらも答えた。

「多分ですけど、わたしたちが傍にいると気兼ねなく放てないんじゃないんですかね」

「放つ?」

「はい。地上にあった複数の戦闘跡を思い出してください。あれがサナ司教の手で引き起こされたとしたら、わたしたちが近くにいても(いたずら)にエストを消費するだけだと思いませんか? それに、さっきの祝福がないかもしれないっていうのは恐らく……」

「恐らく?」

 若干顔色を悪そうにし、言葉に詰まるミラナ。セイラはその先が気になり催促するが、事態はその答えを直接的に伝えてきた。

 背後から突如として響き渡る、先程までの比ではない轟音と衝撃。それにより、二人は強風に舞い上げられた落ち葉のように吹き飛ばされた。

 

「のわーーーーッッッ!!??」

 上下の感覚すら曖昧になるほど勢いよく吹き飛ぶセイラ。鞄が飛ばされないよう必死に抱え込みながらも、必死に周囲に目を向ける。

 だが祝福が過去最大級に稼働していることを示すように、周囲にエストの燐光が散らされている中で、セイラは地底湖があった方向から壁のように猛烈に迫ってくる炎を視認した。

 

 そして、流石に怖すぎたので目を瞑った。

 最早どこに向かって飛んでいるのかも定かではない状況に、諦めて身を任せるという思いと共に。

 

 

 

 

 

 

 

 微かに大穴の暗闇に見えた、轟音と衝撃を響かせて岩壁にへばりつく暗闇よりも黒く蠢く存在。それを見据えると、サナは自身の最適化を開始した。

 

『色相転換──赤』

 認識のため設定した合図を唱え、自身に純化を施すサナ。

 それは人格から作り替える白の司教への純化とは全く別の目的。色覚という、人の感覚の一部分だけを変える、極小の純化。

 

 多様な色で構成される世界。視界に映るその全てが、フィルターを通したように赤に染まっていく。それは光を放っているのかと見紛うほど、鮮烈な赤の輝き。

 強烈に、悲壮さすら抱かせるであろう変貌した世界を、同様に琥珀色から変化した赤の瞳を通して、サナは動揺なく見据えていた。

 

「セイラさんとミラナさんを巻き込んでしまったのは、失敗でした。──だから、これで死んでくれるとありがたいですね」

 

 奥底の暗闇からその巨体に似合わぬ速度で這い上がり続ける人の天敵。それを見据えながら、静かな声でサナは魔法を汲み上げた。

 それぞれの色覚に由来するが故に、曖昧な魔法。個々人が、赤というただ一つの色に見出す景色。

 祝福の動力源たるエストとは違う、いつしか魔力と定義付けられた力を基に、陽の光届かぬ地下深くへと、サナは小さな太陽を顕現させた。

 

『色相魔法──赤熱断層』

 

 極光に照らされ朱に染まった、歪に伸びた管の如き顔を持つ大いなる怪物。大穴の内部に存在する新たな大穴。三人の矮小な身体など、いくらでも呑み込んでしまえるであろう巨体。その全貌すら未だに見えない状況で、サナは確かに自分が生み出した太陽へと怪物が意識を向けたのを捉えた。

 

「おはようございます。目覚めの気分は如何ですか?」

 そしてサナは生誕したばかりの怪物へと、地底湖中に迸る衝撃と轟音、強烈すぎる赤の極光を目覚まし代わりとして、何気ない日常を想わせる穏やかな挨拶を手向けとした。




もしかしたら七話の展開次第で、六話の展開を一部変えるかもしれないです。その際は変更箇所を追記しておきます。
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