幽霊メイド、キヴォトスに転生す 作:塚山 泰乃(旧名:なまけもの)
風紀委員会が自治区内各所に設置した詰所のひとつ、ローナの住む区域のコンクリート製の平屋の中、畳敷きの部屋で駐在の委員とローナが座卓を挟んで座布団に座り、緑茶を口にしながら会話を続ける。
「それで、他の闇の貸金業がアンナちゃんたちを集中的にいじめたカラクリを知りたいんだけど……。どうやったんですか?」
「あー、そこまで知ってんのか」
委員はローナの調査能力に舌を巻いた。
(あの事件は関係者たちがさすがにやりすぎたと感じて口を噤んで語ろうとしないんだよな。どうやったのかはこっちが知りたいとこだよ)
委員はそう思ったが、今はその事を話題にするのではない。
「カルテルって知ってるか?」
「いえ」
ローナにとって、そんな言葉は前世でも聞いた事が無い。
社会構造が異なると言葉も違うのは理解できた。けど、語彙が足りない。
(国語辞典を読み込もうかな? でもそんな時間無いしなあ)
そんな事を思ったが、今は委員の話を聞く事に集中する。
「早い話、みんなで足を並べて歩きましょうって事だ。闇矢はそれを無視したんだ」
委員は外見が小学生のローナに向けて分かりやすくかみ砕いて説明する。なのでローナも助かっている。
「何で?」
「苦しむ債務者たちを見てられなかったんだろうな。後から参入してきたが低い利率だったために債務者たちが一斉に飛びついて業界内で急成長した」
「それが反感を買った?」
「そうなる。いや、闇矢の考え方も分かるし立派なんだよ」
「立派? 闇の貸金業なのに?」
治安維持組織である風紀委員会所属の現役委員から出た言葉にローナは耳を疑った。
「闇矢が業界へ飛び込む前は高すぎる利率で債務者たちは最終的に自殺まで追い込まれてたからな」
「自殺!? そこまでするの!?」
思っていたよりも深刻な事態にローナは飛び上がる。
「やったんだよ。保険会社とグルになってな」
「保険会社も!?」
深刻どころではない話だ。
今の話から、闇の貸金業はゲヘナだけでなくキヴォトスでは普通の事のようだ。
「死亡時に保険金が遺族に支払われる制度を悪用したんだ。債務者たちから金を搾り取れなくなったら、取り立てするクズを直接債務者たちの家まで行かせて四六時中、寝てる間も怒鳴り散らしたりして精神的に追い詰めて自殺させる。そして保険金を回収していくのが常態化してたんだ」
「酷い……」
頭がくらくらしてきてローナは現実逃避したい気分だ。
でも、話はまだ終わっていない。
「で、闇矢が入って一時的に状況が改善された。が、それで終わらない」
「奴ら、何をしたの?」
「簡単な話だ、債務者たちを焚きつけたんだよ。『言われた事をやり遂げれば借金をチャラにしてやる』って」
「え」
「で、債務者たちが結託した。まずは闇矢に対して世間に悪い噂をばら撒いた。それを世間が信じた。みんなで協力してとっちめてやろうって空気が作り出された」
「うわぁ」
この時点でローナはドン引きである。
「アンナの父親が勤め先の会社でいじめ殺された。内容は言わん。子どもが知る事じゃない」
「そんなに?」
ローナはドン引き状態だ。興味本位で聞いてみたいが委員が口にしたくないくらいには酷い事が行われたのだろう。
「お前の精神の健康を考えての事だ。で、アンナの祖父が父親の死の真相を知って関係各所に訴えたが、悪い噂が流布していたせいで取り合ってもらえず酒に逃げた。それが祟って入院したが、病院の医者も悪い噂を信じ込んでいて祖父に繋がれていた生命維持装置を外した」
「は?」
生命維持装置。
そのくらいの言葉なら理解できる。
アンナの日記帳には祖父が寝たきりと記述されていたが、そこまで酷い状態だったのかと思い知らされる。
それを、医者が外した?
「残されたアンナも学校で酷いいじめを受けて自殺しかけたそうだ。……彼女は今も生きているのか?」
「生きてます。……って、自殺しようとしたの!?」
(そんなの、日記帳には無かった!)
ローナは驚愕した。日記帳に全てが書かれているわけではない。
「ああ、毒を飲んだって聞いてる。ただ……」
委員が言い淀んだのにローナが嫌な予感を覚えた。
「ただ?」
「これも怪しいんだよな。状況からして彼女が外出時、当時持っていた水筒に毒が入っていた」
「他殺じゃない!」
そこまでするのかとローナはゲヘナの住民に嫌悪感を抱いた。
「そうなるんだよ。でも、アンナ本人が何も言わないし、周囲の人も『彼女は何か思い詰めていた』って口を揃えてるし」
「……ちょっと、その周囲の人って、まさか」
「裏で口裏合わせしてたんだろうな」
「酷すぎる……」
ローナのゲヘナの住民への評価は地の底だ。
しかし、同時に気付く。
こんな事が世間に明るみになれば日常生活が崩壊してしまう。
(だから表沙汰になってないんだ)
普段、ローナが母親と食事をする時、食堂にあるテレビから流れるニュースにはそんな細かい社会情勢なんて報道されていない。
さすがにその辺りの分別はわきまえているようだ。
「で、そんな中、とある事件が起きて事態が大きく変わった」
「事件?」
「当時の風紀委員会が大騒ぎでな。ゲヘナ学園の生徒会、万魔殿の方が分かりやすいか? 箝口令を敷いて事件そのものの情報を伏せた」
「どんなの?」
ローナが尋ねるも、委員が悩んでいる。
「うーん、口に出していいものか……。まあ、将来の風紀委員候補だしな。……誰にも言わないと約束できるなら言うが?」
「言わない」
(アンナちゃんの境遇を知っちゃったから、何が何でも助けてあげたい)
そんな思いを抱え、ローナは委員の言葉を待つ。
「……アンナの父親と祖父を殺すよう指示していた関係者たちが何者かに殺されたんだ」
「ああ、そういえば」
「何だ、知ってたのか」
ローナが盗み見たアンナの日記帳にその事は書かれていた。
「殺されたのは知ってる。でも、それだけ。何が起きたのかまでは分からなかったよ?」
「全員、狙撃されたんだ。たった一発の銃弾で」
「ふうん。……ん? あれ? キヴォトスの人って……」
当然の末路だね、とローナは納得しかけて新たな疑問が湧く。
「うん、その程度じゃ死なない。せいぜいが痛いと感じるだけで意識を刈り取られるまでいくのは撃った奴の"神秘"がよほど強いか、相当訓練していたのか、だな」
「そんな人、いるんだ」
キヴォトスでもひときわ強い人がいる。
その事が知れただけでも収穫だとローナは思う。
今後の活動で、そんな人たちと対峙する可能性もあるからだ。
「当時の万魔殿と風紀委員会は恐怖で大混乱だったぞ? 銃弾で死ぬ事は無いという常識を覆されたんだからな」
「あ、うん、何となく分かる」
(前世の人たちと比べても異常なくらい頑丈だからびっくりだよ)
前世の戦場では流れ矢一本で頭を貫かれて死ぬのは当たり前だったので、この世界で撃たれても平然と日常生活を送る人々を初めて目にした時は自分の常識を疑ったりもしたものだ、とローナは遠い目をする。
「風紀委員会が本腰で犯人を捜索し始めたの、随分久しぶりなんじゃなかったかな?」
「久しぶり? お姉ちゃんもそこにいたの?」
「おう。当時っつっても、1年と少し前の事件だからな」
「まだ最近の話じゃない!?」
「いやー、時が経つのって早いよな」
からからと笑う委員にローナは内心で割と頓着しない人だ、と呆れる。
(でも、こういう心持ちでないと"持たない"んだろうな)
やっぱり風紀委員会に入るの止めようかな、と思いつつ会話を続ける。
「ただ、不思議な事に、首謀者たちが死んだ後、狙撃もぴたりと止んだ。風紀委員会が総力を挙げて捜索したんだが、結局犯人は捕まらなかった」
「へえ。殺された人たち、相当恨まれてたんだね」
「そりゃあな。高すぎる利率で債務者たちを苦しめてたのは逃れようもない事実だし」
(その犯人、世間ではどんな扱いなんだろ?)
債務者たちを救った英雄?
それとも犯罪者?
そんな事を思ったが今は脇に置いておく。
「それで、どうなったの?」
「さすがにまずいと思ったのか、万魔殿が連邦生徒会に知らせたらしい。連邦生徒会が公式声明を出して事態が収束した」
「どんなの?」
「闇の貸金業が独自のルールで決めていた利率を強引に変えさせた。債務者たちが頑張って働けば借金を返済できる程度まで利率を下げさせたんだ。それとは別に、今まで取りすぎてた分を債務者たちへ返還させるよう指導も入った。加えて、直接取り立てていた奴らも取り締まられ、以後は悪質な取り立てにもルールが決められ規制された」
「良い事だね?」
自殺に追い込まれなくなれば万々歳である。
「本来なら良くない事なんだよ。たった一人の暗殺者の動きで連邦生徒会法の一部を改正するなんてのは」
「あ、うん。そんな事したら悪事を働けば法律を変えられるってお馬鹿さんたちが出てくるよね」
「そんなわけで表沙汰にできないんだ。分かったか?」
「うん、これは仕方ないかも」
(どうやら、この世界でも綺麗な世の中ってわけじゃないみたい)
ローナは世知辛い現実にため息を吐いた。
今回はここまで。
書き溜めに入ります。
それでは。