幽霊メイド、キヴォトスに転生す 作:塚山 泰乃(旧名:なまけもの)
アパートの一室でベッドに寝転がる中年男性がスマートフォンでニャゴニャゴ動画を視聴していた。
「……引き籠ってからそろそろ一ヶ月か……」
安武典男という名の男はコメディ動画を視聴しつつも楽しめないでいた。
何を打ち込もうとしても全てが虚しく感じる。
「異世界に召喚される前までは平気だったんだがなぁ」
男が勇者として召喚された先の異世界で体験した事は、平和な現代日本で何不自由無く育った身では環境が違いすぎて衝撃の連続だったと断言できた。
悪い事ばかりではなく良い事もあったし現地人と友好的な交流もできた。
男の脳裏に白く半透明の少女と金髪の少女の姿が過ぎる。
「結局、二人とも死なせてしまったな……」
金髪の少女はただの戦友ではあったが気の良い勝ち気な少女で随分と助けられた。
半透明の少女――幽霊族という女性だけしか存在しない種族のメイドに身の回りの世話をされたり異世界での日常生活の知識を教わったりした。
何の因果か前者は学徒出陣で、後者は勇者の付き人として従軍した。
最初に金髪の少女が魔王軍の二足歩行型の巨人ロボットが振り回した拳の直撃で。幽霊族の少女は魔王城前に陣取る最後のロボットが放ったビームから勇者を守る盾となって。
その他にも多くの犠牲を払って魔王と対決し倒すに至った。
その後、何やかんやあって戦後処理を王国に丸投げしたが、現代日本へ帰還する儀式魔法の約束をしたはずの王国に反故にされた。
召喚された時点で強制力が働く呪いが儀式魔法に仕込まれていた事が穏健派から知らされたが時既に遅く、主戦派閥に生きた戦略兵器として良いように扱われ周辺国へ侵略の道具とされたのだ。
それでも帰還を諦めきれずに寝る間も惜しんで密かに研究を続け、儀式魔法無しの自力で世界間移動の魔法を会得。
以後、何度も何度も気の遠くなるような転移魔法を使い、念願の故郷へ帰還する事ができた。
元の世界から拉致されて戻って来たが、年単位の無断欠勤で会社からクビにされており、異世界での暮らしで肉体精神共に疲弊していたため療養という名目で自宅のアパートに引き籠ったのである。
「もう結婚適齢期はとうに過ぎたし、独身でも良いか」
日本でも転移先の異世界でも婚活したが空振りに終わった。
唯一、幽霊族のメイドだけが安武に結婚したいと宣言し、どこまでもついて来た。
安武は種族が違うし日本では受け入れられないかもしれないという理由で断っていた。
今は種族の違いというだけの己の心の狭さに苛まされていた。
「あの時、ローナからの告白を受け入れていれば、結末は変わってたのかな……」
過ぎ去った時間は戻せない。
安武はその事を理解していても未練たらたらであった。
「ん?」
視聴していた動画が白い画面に変化した。ついでに室内灯も消え部屋が暗くなる。
“当URLへの接続が遮断されました“
(はて?)
画面端に目をやるとwifiの接続ができなくなっていた。それどころか通常電波のバリすら立っていない。
要するにネット回線の通信どころか通話すらできなくなった。
(何だ、接続障害か?)
不審に思っていた安武は自室の外から聞こえていた一般道の車の走行音が聞こえてこなくなった事に気がついた。
今住んでいるアパートは県道の側にあるので夜間でも無い限りは車の通りが絶えないはずなのだ。
気になった安武は締め切りのカーテンを開いて窓の外を確認する。
「……は? え?」
普段見慣れた景色が一変していた。
まず、今朝の天気予報で一日中晴れの予報だったはずだが、日の差さない曇り空。次に県道の向こう側の住宅地が消え去り、見た事も無い西洋風の石造りの建築物群が鎮座していたのである。
それどころか、アパートの両隣も石造りの建築物だ。
「……おーい、まさか、また異世界転移だったりするのか?」
念の為、居間から廊下を通って玄関の扉の鍵を外してドアノブを回し、そっと3センチくらい開けて外の様子を確認する。
その先にはアパート専用の駐車場があったはずだが、そんな物はどこにも存在せず、薄い霧と澱んだ空気が漂う石造りの街並みが見えた。
扉を閉めて鍵をかける。
「異世界転移、確定……」
安武は頭を抱える。
前は儀式魔法で召喚されたが、今回は転移先で誰も出迎えていない事から偶然巻き込まれた可能性を考えた。
「何でよりにもよって俺なんだよ……」
とにかく何が起きても良いようにキャリー付きのでかいバッグを用意して貴重品や着替えを詰め込む。
勇者召喚された後の現地の教育で魔法を習得しているので荒事の対処には自信がある。
強制的に自信をつけさせられたとも言う。
そうこうしている内に、玄関のドアノブが回る音が聞こえてきた。
安武がこの賃貸アパートの入居契約をした時の社員の説明では、二人住まい限定でそれ以上は入れない。彼は一人だけの契約を交わした。
だから本人以外は部外者になるのだが、そんな奴が入ろうと試みている。
「明らかに不法侵入者でいいんだよな」
安武はバッグに荷物を詰め込むのを止め、玄関へ向き直る。
鍵をかけてあるので不審者がどのような対応を取るのか待つ。
車のタイヤが破裂するような音が三連続して鳴ったのを耳にした安武は顔をしかめる。
今の音は洋風映画で聞く銃声に非常に似ていた。
(今回の異世界は銃が存在し、気軽にぶっ放せる社会なのか?)
三連射という事は引き金ひとつで撃てる銃があり、外の世界は限りなく21世紀初頭の地球に近い文明を持っている可能性がある。
安武が習得した魔法には飛び道具を防ぐのもあるので心が揺らぐ事は無い。
無詠唱で防御膜を展開した安武は物騒な人物を待ち受ける。
恐らく鍵の部分を破壊されたのだろう、ドアノブが回る事無く蹴り開けられた音がする。そして複数人の足音が廊下を通って近づき、廊下から姿を現したのはガスマスクをかぶった四人組の小柄な少女たちだった。
服装は全体的に白っぽく安武の知る地球で使われる自動小銃に酷似していた。内一人だけリボルバー式のグレネードランチャーを抱えており、髪の色は4人とも金髪だが微妙に白っぽかったり青みがかったりしている。
地球人ではありえない色なので、ますますここが異世界だと安武は思い知らされた。
四人の少女たちは安武に銃を向けてきた。
「動くな! …………大人!?」
「何、この部屋!? ……綺麗」
少女たちは安武と部屋の中を見て驚いている。
対する安武も彼女たちの姿に非常に見覚えがあった。
二十一世紀初頭、地球の一部地域で流行っていたスマホのアプリゲームに登場するキャラクターたちにそっくりだったのである。
ブルーアーカイブというゲームの舞台、学園都市キヴォトスのアリウス自治区で活動する生徒たちだ。
安武がアパートに引き籠り始めた時、何か暇潰しになるものはないかとスマホで検索しこのゲームを見つけ、興味本位でインストールして遊んだのがこれだった。
ハマった。それはもうハマった。
物語の舞台は基本銃社会なので物騒ではあるが、登場人物たちは基本的に頭の上に天使の輪っかのようなヘイローと呼ばれる物を浮かべ神秘を宿し、その影響もあってか体が頑丈なので滅多に死なない。
当たりどころによっては銃弾一発であの世逝きになる地球人とは大違いだ。
それでは頑丈さを売りにしたギャグの世界かと言えばそうでもなく、年頃の少女らしく笑ったり悩んだり怒ったり泣いたりするシリアスな路線の方が大きい。
ネームドキャラも100人を軽く超え、誰もが魅力的である。
大人気になったのも頷ける話だ。
どうやら安武はそんな世界に転移してしまったようだが、彼は心の中で頭を抱えた。
(何で寄りにもよってアリウス自治区なんだよ)
この都市の中でも一番非人道的な扱いがされてる地区なのだ。
安武は軽く絶望しかけたが、待て待てと思い直す。
彼はキヴォトスという学園都市に転移したばかりで、まだ時系列が判明していない。
マダムと呼ばれるアリウス自治区の諸悪の根源を、原作に登場するシャーレの先生という主人公とネームド生徒たちの尽力により解決され、それ以降の話かもしれないのだ。
まかり間違ってもマダム登場前の内戦状態の時や、内戦終結後にアリウス生徒たちにマダムと呼ばせるベアトリーチェという統治者の圧政下の時代なんて心底ごめんだと安武は思う。
まだ希望を捨ててはいけないという気持ちを胸に、目の前の少女たちに話しかけてみる事にした。
「何でこんな所に大人がいるの?」
戸惑う少女たちの問いに対し、安武は情報を引き出すために応じる。
「なあ、聞きたいことがある。ここはどこなのか地名を言ってくれないか?」
「……アリウス自治区って言うんだけど」
やはりか、と内心で嘆息しつつも質問を続ける。
「今現在の統治者は誰か分かる?」
「……私たちはマダムって呼んでる」
「ガッデム」
安武は思わず罵った。
(最悪の時期じゃないか!)
盛大にため息をついた彼を見て少女たちは眉をひそめる。
「……マダムの噂は耳にしてるみたいだね」
「おじさん、見ない顔だね? 悪い事は言わないから今すぐアリウスから出て行った方が身のためだよ」
少女たちの気遣いに安武はおや、と気付く。
(よそ者を気遣える程度の余裕があるのか)
もしかすると交渉の余地があるのかもしれないと安武は意気込んだ。
こちらも泥縄式。
今回はここまで。
それでは。