幽霊メイド、キヴォトスに転生す   作:塚山 泰乃(旧名:なまけもの)

16 / 25
裏第二話 魔法使いである証拠

 マダム統治下を知り尽くしてる少女たちの親切心に安武は困惑した。

 十年も続いたアリウス自治区の内戦はすっかり荒れ果ててしまっており、必要最低限の食事しか取らされず常に飢えているという描写が原作にあった。

 水すらまともに飲む機会すら無く、普段は水たまりや雨水から摂取しているという発言が原作にもあった。

 

(まともな水が飲める時を『ウォータータイム』なんて呼び方、ふざけてるにも程がある)

 

 戦闘訓練やそれに関する学問だけに時間を浪費されては心が荒んでもおかしくない。おかしくないが目の前の少女たちは見も知らぬ初対面の安武を気遣えるくらいには余裕があった。

 確かに安武だけなら何の造作もなく転移門を開いてアリウス自治区の外へ脱出できる。

 放っておいても、いずれマダムはシャーレの先生が生徒たちを率いて彼女を自治区から追い出すはずだ。

 

 この世界が原作の世界線であれば、の但し書きがつくが。

 

 安武は迷う。

 

(本当にここから俺一人だけ脱出してもいいのか?)

 

 確かに原作通りならアリウスはシャーレの先生の尽力により救われるだろう。ただ、彼女たちが救われるまで短くとも長い苦しみが続く事になるのを知っていて、見て見ぬ振りできるだけの非情さが安武にあればの話だが。

 加えて言うならプレイヤーたちから先生を聖人と呼ばしめるくらいには善人ではあるものの、キヴォトスで先生は一人しかおらず救える人数にも限りがある上、順番待ちである。

 伝説に残るような英雄叙事詩のようにはいかないのだ。

 

(……見捨てられるわけ無いよなぁ)

 

 自身の生来のお人好しな性分にため息を吐き、彼は取引を持ちかける事にした。

 

「出て行く事はできる。ただ、その前にここの自治区の情報は断片的でほとんど知らないと言っていい。詳しく訊いても良いか?」

「……それを聞いてどうするつもり?」

 

 安武の反応を想像してなかったのだろう、少女たちは戸惑いながらも警戒を顕にする。

 

「正直に言うと、条件次第だが俺は君たちを助けたい。その力が俺にはある。……それで、君たちは秘密を守れるか?」

「……どういう意味?」

 

 いきなり提案されたので対応できなかったのか、困惑する少女たちに説明する。

 

「君たちが俺の存在や秘密をマダムに漏らした場合、俺は君たちを助けられなくなる。つまり、この暮らしをずっと続ける事になる。秘密を守れるなら今の暮らしから抜け出す手伝いをしてあげよう」

「……は? おじさん一人だけで?」

 

 少女たちは訝しげな態度を隠さない。

 まあ、それはそう。たかが一人の人間に何ができるって話だ。

 

「実は俺は魔法使いなんだ」

「……うっそだー……」

 

 キヴォトスに神秘はあっても魔法は存在しない。

 彼女たちもそれは知ってるので目の前の安武を詐欺師かそれに類する存在だと認識を変え始めた。

 

「証拠を見せよう」

 

 安武が宣言すると無詠唱で彼の体がふわりと浮かぶ。

 

「「「「……は?」」」」

 

 ガスマスクで見えないが、少女たちが口をあんぐり開けて呆然としてる顔が想像できたので安武はにやりと笑う。

 

「信用してもらえたかな?」

 

 呆然としてた少女たちが我に返る。

 

「……いや、いやいや! 何か仕掛けがあるはず!」

「このまま浮いてるから、じっくり調べてくれて構わないぞー」

 

 少女たちが銃を下ろすと安武へ一斉に駆け寄って周囲を寄って集って調べ始める。

 安武の頭の上に紐がついていないか爪先立ちしてまで背伸びし足りない長さを銃で補って左右に振ってみたり、足と床の間に見えない支えがあるのでは、はたまた壁から棒でも伸びているのでは、……と何度もぐるぐると回る。

 やがて少女たちはどうしても分からないと結論づけて投げ出した。

 

「あーっ! 分かんないっ!」

「何、おじさん、どうやって浮いてるの!?」

「トリックか何かあるんでしょ!?」

「おじさんおじさん、私も魔法を習えば浮かぶ事ができるかな!?」

 

 先ほどの警戒心はどこへやら少女たちは銃から手を放してストラップで首から吊るすと、興奮を隠しきれず興味津々で安武に詰め寄って来た。

 

(おー、食いつき良いな) 

 

 安武は感心しつつも原作を思い返した。

 アリウススクワッドの一人、錠前サオリがマダムの統治下では娯楽そのものを禁止されていたと記憶している。

 長きにわたる内戦のおかげで若いアリウス生徒たちには知識として存在しないのだろう。

 

「いや、だから本当に魔法なんだって。キヴォトスの外で学んで身につけたんだ」

「「「「へー」」」」

 

 興味津々の少女たちに安武は微笑むも、今から残酷な現実を突きつけなくてはいけない。

 

「それと申し訳ないけど、魔法が使えるようになるには幾つか条件がある」

「……何?」

「まず専用の文字を覚えなくちゃいけない。呪文を間違えないよう唱えられる事。そして最後に――」

「……最後に?」

 

 少女たちの喉がごくりと鳴る。

 

「君たちに魔法を使うための魔力が体に存在するかどうかだ。無ければ学ぶだけ時間の無駄だ」

「……あたしたちに魔力、って言うのがあるか、おじさん分かる?」

 

 少女たちの期待と不安が入り混じった表情に心を痛めつつ、正直に告白する。

 

「いや、生憎と魔力の有り無しを判別する魔法は学んでなくてな。申し訳ない」 

「……そうなんだ」

 

 肩を落とす少女たちを元気づけようと話題を変える事にした。

 

「まあ気を落とすな。俺はたまたま適性があったから運良く習得できただけだし」 

「……そうなの?」

「例えば、火」

 

 安武が胸元に人差し指を出すと指先に火が灯る。それを見た少女たちがおおっと驚く。

 

「例えば、風」

 

 少女たちの全身に家電の扇風機で表現するところの弱風が浴びせられる。わぁ、と喜びの声が上がる。

 

「土……は無理だな、部屋の中だし」

 

 安武が部屋の端にある台所からコップを4つ持ってきてテーブルに置きコップに人差し指を突きつける。

 

「例えば、水」

 

 安武の指先から無色透明の水が噴き出てきたのを見た少女たちが今までで一番の歓声を上げる。

 

「み、水!?」

「水だ!」

 

 少女たちがテーブルに駆け寄るとコップを間近で見つめる。みるみる内に4つのコップの縁まで水で満たされた。

 

「……ね、ねえ、おじさん」

「この水、飲める?」

「飲んでも良い!?」

「お願い、飲ませて!」

 

 少女たちの願いに安武は快く応じる。 

 

「おう、飲め飲め」

「「「「やったぁ!」」」」

 

 少女たちはガスマスクを乱暴に引っ剥がすと未成年特有の幼い顔が露わになる。

 ただ、安武は彼女たちの顔を見て心の中を曇らせた。

 

(明らかに栄養失調じゃねえか!)

 

 彼の見立て通り、少女たちの顔が丸みを帯びていない。それどころか頬が痩せこけていた。

 原作ゲームのビジュアルでは特にそれらしき描写が無いし痩せ細った絵も無かった。

 想像よりも劣悪な環境だった事を安武は理解してしまい歯噛みする。

 先を争うようにしてコップを掴むと口に運び、ごくごくと音を鳴らしてまたたく間に水は彼女たちの胃袋へと消えていった。

 飲み干した少女たちの口から満足気なため息が盛大に出る。

 

「本当の水だ……!」

「え、これ本当に水!? 美味しい!」 

「ウォータータイムで飲む水なんかより断然こっちの方が良い!」

「分かる〜」

 

 少女たちの喜びように複雑な表情の安武が思う。

 今出した水は日本のコンビニで売られている富士山から採れた天然水という売り文句のペットボトルの水の味を元に記憶から精製したものだ。

 日本人ならすぐ手に入る商品である。 

 では、水でこれなら他の飲み物だとどんな反応を示すのだろうか、と思いついた。

 

「おじさん、おかわり!」

「もう一杯!」

「お願い!」

「分かった分かった。みんな、コップを置いてくれ」

 

 少女たちがテーブルに置いたコップに指を差すと魔法を使う。

 

「みかんジュース」 

 

 安武の言葉と共に愛媛県産の果物から抽出された100%のオレンジ色の液体がコップに注がれていく。

 これは飲水を出せる生活魔法と呼ばれる系統だが、優れた術者になると飲んだ事のある飲み物なら記憶の通りに再現できる優れものだ。

 何なら紅茶や緑茶、牛乳、酒類までも出せる。

 安武はこれを知った時、死に物狂いで習得した。異世界の住民たちはこの魔法の有用性にあまり価値を見出していなかったので奇異な目で見られてしまったが、彼にとっては値千金に相当した。

 

「え? えぇ!?」

「水じゃない!?」 

「おじさん、これ何!?」

「飲めるの!?」

 

 少女たちの驚きが大げさに見えるが安武にとっては嬉しい反応だ。無意識ににやりと笑ってしまう。

 

「他の自治区ではお金を払えば誰でも買える甘い飲み物だ。遠慮なく飲め」 

「へー……?」

「……甘い?」

「甘いって、何?」

 

 甘いという概念が無い少女たちの反応に安武の顔が凍りつく。

 なるべく声を震わせないよう優しく語りかける。

 

「一気に飲むなよ? ちょっとだけ味見をしてからゆっくり飲みなさい」

「う、うん」

「どきどきする……」 

 

 少女たちがコップを手に取り恐る恐る口にすると全員、一様に目を見開き表情が固まる。

 喜びの声を上がると予想していた安武は肩透かしを食らう。

 

「お、おい?」

 

 微動だにしない少女たちの様子を見守っていると、彼女たちの目から涙が溢れこぼれ落ちてきたので安武は狼狽した。

 

「……うぅ……」

「ぐすっ……」

「……これが、甘い……」

「甘い……甘いよぉ……」

 

 感動のあまり涙を流しながら生まれて初めて口にしたジュースをちびちびと宝物を扱うように飲み始めた彼女たちを見て、安武は『守護らねば……!』と内心固く誓うのであった。

 ここで彼はふと気づく。

 はたして、飲み物だけで満足させて良いものかと。

 

(冷蔵庫に食材がまだ残ってたよな) 

 

 確かに彼は一ヶ月もの間、引き籠ってはいた。無論、それだけでは餓死してしまうので近場のスーパーからちょくちょく買い物くらいはしていたのであった。

 少女たちをその場に残して台所にある小型冷蔵庫に歩み寄ると扉を開ける。

 中にある材料でどんな料理を提供しようかと思い手を入れ、違和感に気づく。

 中は冷えていなかった。普段よりも温く感じる。

 

「あ、電気!」

 

 安武は気づく。

 

(そういや、部屋ごと転移したんだった。電気ガス水道全部切断されてるじゃないか!)

 

 ガスも使えないとなるとコンロで調理ができなくなる。

 中身の食材を早急に処分しなくてはならなくなった。

 幸い、この部屋には安武含めて五人もいる。冷蔵庫の中身は全て胃袋に収まるはずだ。そう判断した彼は調理の準備を始めるのだった。




それではまた。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。