幽霊メイド、キヴォトスに転生す 作:塚山 泰乃(旧名:なまけもの)
安武の説得に少女たちは二つ返事で承諾し、マダムことベアトリーチェがいる部屋へ一緒に中へ入る。
蝋燭の仄かな灯りで浮かび上がる部屋の奥の方に、場違いに白く見える豪奢なベッドに寝そべったマダムことベアトリーチェがそこにいた。
(この女がそうか)
原作通り、彼女は白いドレスに赤い肌を晒し複数の目が全て安武に向いていた。
外見はセクシーに見えても、たくさんの目に違和感を感じてしまう。
少女たちは安武の背後で若干身体を縮めている。
「……ふむ、あなたが私に会いたいと言っていた男ですか」
「お初にお目にかかります。私はキヴォトスの外からやって来た安武典男と申します。今回はあなたに提案があって来ました」
「提案? 申し出ではなく?」
「はい。この自治区のアリウス分校の生徒たちの生活環境の改善を」
「……どのように?」
「食生活を中心に、衣食住をもっと良くしていただきたい」
「今のままで十分でしょう」
どうでも良さげなベアトリーチェの返答にそんなわけあるかと安武が内心毒づく。
「しかしですね、私の故郷の軍隊では厳しい訓練の合間に取れる美味しい食事で高い士気を保っています」
「……何が言いたいのです?」
「そもそもどういう理由で生徒たちを戦闘訓練漬けにするのか 存じませんが、このままではあなたが目的を達成しようにも不十分な結果しか得られないと思われます」
マダムはふむ、と考える仕草をすると何でもないように言い放つ。
「必要ありません」
安武は顔をしかめた。
「理由を聞いても?」
「既に生徒たちの訓練に多額の資金を投じています。これ以上は採算が合いません」
「でしたら戦闘訓練の時間を減らし、その余ったお金で食事の改善を測るべきでしょう」
「無用です」
取り付く島もない彼女の返事に安武は頑迷な女だなと断じた。
社会人として二十年以上生きてきた安武にしてみれば彼女の教育方針は根本的に間違えている。
確かに準備資金の投資先の配分をひとつに集中させればその分野は大きく伸びるだろう。しかし、それ以外が伸びないと著しくバランスを欠き融通の利かない人間へと仕上がってしまう。
各種専門分野を設けそれぞれに割り振って育成するならまだしも、一芸特化させるのは愚の骨頂でしかない。
安武は原作のメインストーリーを思い返す。
ベアトリーチェは一番腕の立つ錠前サオリ率いるアリウススクワッドでさえ捨て駒にした。王家の血を引くロイヤルブラッドのアツコでさえ、色彩を呼び寄せ崇高へ至るための生贄としてしか利用価値を見いださなかった。
トリニティから排斥されカタコンベと呼ばれる地下墓地を通り抜け、隔絶された狭い土地で二百年近く息を潜めたため、現在では一部を除き学園都市の大半の人間から忘れ去られてしまった。
何が原因かは知らないが近年まで続いた十年にわたる内戦の末、それを終結させたのは現生徒会長の座に就く彼女である。
確かに内戦が終わったのは喜ばしいことだろう。
しかし、そこから始まった彼女による圧政は極めて過酷なものであった。
原作でのサオリたちの話では生徒会長の座に就いたベアトリーチェは今の生活が苦しいのは元々トリニティから追い出された事から始まった。それ故に復讐のために人生をつぎ込むべきだと一貫して主張しアリウスを引っ張っていった。
当然反発もあったはずだが、その辺りの描写を安武は知らない。
原作でのシャーレの先生率いる生徒たちがベアトリーチェとのラストバトルで色彩を取り込んだとはいえ、得体の知れない異形の姿なのだから誰だって不気味に思うだろうし怯えてしまうのではないだろうか。
「あくまで生活環境を改善する気は毛頭ないと?」
「愚問です。それに何の意味が?」
「ああそうかい、分かったよ」
いつまでも平行線の成果を得られない会話を打ち切ることにした。
(やっぱり実力で排除するしかないか)
安武にはその力がある。けれども敵は原作キャラで打倒してもらいたかった。だが、もはやその展開は望めなくなってしまった。
「悪いが今日であなたは生徒会長の座を降りて、この自治区から退去してもらう」
「痴れ者め」
ベアトリーチェは鼻を鳴らすと安武の背後にいる少女たちに命じる。
「この痴れ者を殺しなさい」
「……え?」
「で、でも……」
「おじさん、ヘイローが無いよ?」
ヘイロー――キヴォトス人の学園に通う少女たちの後頭部に浮かぶ天使の輪っぽい形状の事を指す。
神秘を宿した少女たちに顕れる特徴で、普通の人間なら拳銃の弾一発で死ぬが彼女たちには少し痛いくらいで済んでしまう頑丈さが備わる。
原作のネームドキャラの中には恐ろしく強い者たちも存在するが今は割愛する。
戸惑う少女たちにベアトリーチェは何でもない事のように告げる。
「ですから殺しなさい」
「そんな……」
「あなた達はトリニティに復讐しなければならないのです。いざと言う時に引き金が引けなくてどうするのですか?」
ベアトリーチェの言葉に少女たちは顔を見合わせる。
「ど、どうしよう」
「ヘイロー持ちなら痛めつける程度で済むのに……」
「あたし嫌だよ」
顔を突き合わせて相談する少女たちにベアトリーチェが苛立つ。
「何をしているのですか、四の五の言わずにさっさと済ませなさい」
びくりと体を震わせた少女たちは小銃を構えようとして――
「君たちは何もしなくていい」
と、安武が遮る。
同時に精神干渉魔法で彼女たちのやる気を失わせる。
銃器を手放した少女たちにベアトリーチェが困惑する。
「ベアトリーチェ、俺がお前に直接手を下す」
「ふざけた真似を。……いいでしょう、私自ら相手になってあげます」
彼女はベッドから立ち上がると安武へ正対する。
「その減らず口を永久に閉じてあげましょう」
彼女の手に何か特殊な力場が発生するのを安武は感じた。
恐らく人体に悪影響をもたらすものであることが推測される。
その状態から彼女は横へ足を一歩ずらし――
「は?」
彼女は困惑した声を漏らした。
ベアトリーチェの手に生まれた力場が消失する。
そのまま一歩また一歩と横にずれて行く。
「何事ですか、体が勝手に……!?」
ベアトリーチェは進行方向先に何か気配を感じたのか首を回し絶句する。
何の前触れもなく、空中に彼女くらいの大きさの虹色をした楕円形の薄い膜が浮かんでいた。
「下郎、これは何なんですか!?」
狼狽するベアトリーチェに安武は淡々と答える。
「空間跳躍」
ベアトリーチェの複数の目が丸くなる。
「……は? ざ、戯れ言を! どう見てもあなたはただの人間でしょう!」
「元々はな。けれど今は違う」
安武の抑揚のない口調で告げる。
「俺は魔法使いだ」
「馬鹿も休み休み言いなさい!」
「会ったばかりですまないが出て行ってもらうよ」
「覚えておきなさい、次に相見えた時にはただでは置かない事を!」
怨みの籠った彼女の叫びに安武は肩をすくめた。
「ちなみに跳躍先は宇宙空間」
安武の言葉に彼女の顔から血の気が引く。
「……や、止めなさい! いくら私でもそんな場所では……!」
「それでは、ごきげんよう」
楕円形の膜に彼女の体が徐々に沈み込んでいく。
「こ、この、う、あ、ああああ! 止めなさい! 止め……!」
彼女は抵抗しようとするが安武の魔法の前には無意味だった。彼女の全身が膜の向こう側へと呑み込まれていった。
空中に浮かんでいた膜はふっと掻き消え、まるで最初から何も無かったかのような印象を受けた。
こうして。
アリウス自治区を支配していたマダムことベアトリーチェはこの星からいなくなった。
安武は振り返ると四人のアリウス生徒たちに一言告げる。
「終わったぞ」
少女たちは呆然と部屋の中を見回す。
「……マダムが消えちゃった」
「あんなマダム、初めて見た」
「ねえ、これって現実? それとも夢?」
「一体どうなったの?」
口々に訊いてくる少女たちに安武はそっけなく答える。
「はるか宇宙の彼方まで飛ばした」
「……宇宙って何?」
少女の問いに安武は人差し指を天に伸ばす。
「空へ。高い高い、とっても高いお空へ」
「……いつか降りてきたりしないの?」
不安そうな少女の問いに安武は首を横に振る。
彼は理科の授業と称して解説したいところだったが、時間も惜しいので 簡略化して説明するだけに留める。
「地面から一定以上離れると空気がなくなるんだ。ならそこまで飛ばされたマダムはどうなると思う?」
「……息ができなくなるから死んじゃう?」
「正解」
まさかこんな形でマダムが終わりを迎えるとは思ってもいなかったのだろう、安武の答えに少女たちは呆然とする。
「もう二度と戻ってくることはないだろうね」
「……魔法使いってすごい」
たった一言。その言葉がこのアリウス自治区での安武の存在価値が確定した。
「……で、これから君たちはどうするんだ?」
彼の言葉に少女たちは顔を見合わせる。
「えーと、……どうしよう」
「とりあえず、スバルさんの所に行って知らせよう」
「……そうだね」
少女たちの口から出たスバルという名を聞いた安武は該当する人物を思い出す。
転移直前までプレイしていた原作ではマダム排除後のアリウスでサオリたちがいない間に生徒たちをまとめていた少女。サオリたちが信頼する人物でもある。
サオリが戦闘訓練の指導教官を担当しているとするなら、彼女は冷静に物事を把握し理解しようと努める頭脳担当である。
キヴォトスにおいては銃器で解決しようとする生徒が多い中、まず会話から交渉を試みる人としてキヴォトスでは珍しい部類に入る。
(穏やかに物事を進めたいなら、現時点で彼女が最適だろう)
目の前の少女たちにとってもスバルという人物はそれだけ信用できる仲間なのだろう。
「なら、そのスバルという人物に合わせてくれないか」
「分かった」
「案内するよ」
少女たちに連れられマダムが居住していたバシリカを出ると別の場所に向かって歩き出した。
それでは、また。