幽霊メイド、キヴォトスに転生す 作:塚山 泰乃(旧名:なまけもの)
アリウス分校の生徒会長であったベアトリーチェの排除に成功した安武は四人のアリウス生徒に連れられ十年に及ぶ内戦で荒廃した街並みを歩く。
相変わらずのどんよりとした曇り空の下、気が滅入るような薄暗い道を歩く。
原作のメインストーリーで自治区の景色が何枚か見たが、そのどれもが重苦しい雰囲気に包まれていた。
実際、現地に立った安武の気分は悪かった。
「……この自治区で朽ち果てて行った人々の怨念がまとわりついているのかもしれないな」
「何の話?」
「いや、気にしないでくれ」
安武の独り言を耳にした少女が不思議そうに聞いてきたが、大したことではないと話題を変える。
「ところで、そのスバルさんっていう生徒はどんな人なんだ」
安武は原作を知っているので解説を求めなくてもいいのだが、 部外者なのに知りすぎていると不審に思われるため敢えて知らないふりをして尋ねる。
「スバルさんはね、私たちアリウス分校の取りまとめ役」
「アリウススクワッドという人たちもいるけど、あの人達は戦闘が専門なの。頭脳労働担当なら断然スバルさんだよね」
「厳しいけどちゃんと加減してくれるし、常に冷静沈着で頼りになるし」
「ハーモニカ吹くのが上手で聴き入っちゃうの!」
「憧れちゃうよね〜」
少女たちのスバルに対する高評価に安武は微笑ましくなる。
「……そうなのか。まあ、話がとんとん拍子にまとまるならありがたい」
和気あいあいと話す少女たちを眺めながら安武は考える。
まずはスバルと面会し交渉し話をまとめ、アリウスを復興させるために新たに生徒会長を立てなくてはいけない。
候補は王家の血――ロイヤルブラッドの血筋のアツコを擁立すれば解決するだろう。確か原作でもそのような立ち位置になったと記憶する。
生徒たちそれぞれに思惑があるだろうから一筋縄ではいかないかもしれないが。
とはいえ、安武の記憶では原作のオラトリオ編で一般生徒たちがアツコを由緒正しい家柄っぽい認識を抱いている描写があったような気がする。
もしかすると、何となくで賛成してくれるかもしれない。
「ま、成るように成れだな」
悩むのを止め問題を後回しにした安武は原作の雰囲気を把握しようと田舎から出てきたお上りさんみたいに周囲を見回しながら歩く。
道中、他の生徒がこの辺りでは見ない 大人――安武 を視認したのか興味本位で次々と近づいてきた
「ねえその人誰?」
「どこから来たの?」
多少警戒はしつつも安武は丸腰だったので警戒対象と認識されなかったらしく、新たにやって来た生徒たちは銃から手を離して話しかけてきた。
安武と同行していた四人が弾んだ声で答える。
「聞いて驚け、このおじさん、 外から来たんだって」
「魔法を使うんだよ!」
突拍子もないことを口にしたせいか、集まってきた生徒たちが目を白黒させる。
「あ、うん、そう」
「……で、どこに行くの?」
よく分からなかったのだろう、先へと促した。
「スバルさんのとこ」
「今後の事を話し合いたいんだって」
「そ、そうなんだ」
娯楽の無いこの地で特にする事のないあぶれた生徒たちが安武の後ろについて歩く。
さらに周囲から生徒たちが少しずつ集まってくる。
安武は首を曲げ、背後を確認しながら唸った。
(随分とまあ、大所帯になったもんだ)
アリウス生徒の全体数は原作で言及されていないが、既に100人近くまで膨れ上がっている。
彼に追い返す理由はないのでそのままにしておく。
しばらくして、前を歩いていた少女たちの足が止まったので安武も足を止める。
「着いたよ」
少女の指差した先、この辺りの建物のあまり変わらない石造り建築があった。
「ちょっと待っててね、スバルさんがいないか見てくる」
少女の一人がそう言うと建物の中へ入って行った。
安武の背後で生徒たちがひそひそと会話する。
「この人、何しに来たんだろう?」
「スバルさんに話があるみたいだけど……」
「とりあえず、待とうか」
「そうだね」
安武は背後の会話が耳に届いていたが、銃口を向けられているわけでもないので放置する。今のところ、それ以外対応する事はなかった。
スバルは自身が愛用するハーモニカをなるべく清潔そうな布で手入れしていた。
戦闘訓練の合間、限られた時間に手慰みにハーモニカを拭いて己の精神の安定を図っていた。娯楽の無いアリウス自治区だからという理由もあり彼女が作り出す音色に惹かれ、いつしか彼女の周りには幾人もの生徒たちが自然と集まるようになった。
そんなスバルが大切にしている貴重な品物に入念な手入れを欠かさない。
そこへ部屋の出入り口の古びた扉が控えめにノックされる。
「すみませんスバルさん、今大丈夫ですか」
その声を聞いたスバルはハーモニカを磨いていた手を止める。
「どうぞ入りなさい」
「失礼します」
入室の許可を出された生徒が顔を見せる。
記憶が確かなら彼女は分校の一年生だ。
「何かあった?」
喧嘩の仲裁か、悩み相談か。
できれば解決できる範囲での問題が望ましい。
「アリウスの外からやってきたお客様があなたに相談したいことがあるそうです」
そんな事を考えていたスバルに想定外の話題がぶつけられた。
(外から? 私を名指しで?)
スバルは眉をひそめた。
この自治区に入ってくるにはカタコンベと呼ばれる地下墓地を通り抜ける必要がある。
カタコンベは複雑に入り組んでおり一定時間毎に内部構造が変化する迷路で外の自治区へ出入りするためには複数のルートを覚えなくてはならない。
もし遭難でもした場合は死を覚悟しなければいけない危険な場所だ。
逆を言えばそれがあったからこそ外部からの侵入を拒む事が出来ていた。
その道を踏破してきたという人はどんな人物なのか。
「部屋ごと来ました」
「……は?」
一年生の意味不明な言葉にスバルは首を傾げる。
(部屋ごと大迷宮を踏破してきた? 馬鹿な)
まるで意味が分からないが、話がしたいというのは理解できた。
部屋ごと、というのが気になるが外に本人がいるのではあれば直接訊いた方が確実だろう。
「分かりました。建物の外にいるんですね?」
「はい」
スバルはハーモニカをポケットにしまうと少女に連れられ、建物の外に出た。
出入口の前に三人の生徒とくたびれた感じの中年男性が待っていた。
「あなたがスバルさんですか?」
「そうですが、あなたは?」
「挨拶が遅れました。私はキヴォトスの外からやってきた安武典男と申す者です。単刀直入に申し上げます。現生徒会長であったマダムことベアトリーチェは私が単独で排除しました」
安武と名乗る男の言葉にスバルの思考が停止した。
(今、この男は何と言った? マダムを排除? たった一人で?)
見たところ男一人である。
「つきましては、次期生徒会長を擁立しなくてはなりません。この子たちから頭脳明晰なスバルさんを紹介させていただきました。準備を始めてもらえないでしょうか?」
スバルは目線で本当なのかと安武の側にいる四人の生徒を見る。
「本当です、私たちもその場にいました」
「おじさん……安武さんは魔法使いなんです」
「マダムは私たちの目の前で消えてしまいました」
「宇宙って言う、はるか遠くへ飛ばされたそうです」
「もう二度と戻ってくることはないだろうって言ってます!」
スバルは信じられない気持ちで安武を見ると、男は拳を前に突き出し親指を立て歯をむき出しにして笑う。
「魔法使い、ですか」
「はい、キヴォトスの外で習得しました」
習得という言葉にスバルが反応する。
(外にはそんな技術があるんですか)
魔法使いと言うと、御伽話でしか聞いたことがない。
どんな魔法が使えるのか興味はあったが今はそれは後回しだ。
とりあえず今は確認が最優先だ。
「本当なのか確かめさせてください」
「と言うと?」
「マダムのいた場所まで行けば分かります」
マダムは用がない限り、アリウス・バシリカから動くことは滅多に無い。
そこにいなければこの男の言葉は信用できるかもしれない。
「え、またあそこに戻るの? 面倒臭いなあ」
先ほどまで丁寧な物腰で話していた安武がいきなり砕けた口調に変わったので、スバルは目を白黒させる。
「ええと……」
「ああ、驚かせて悪い、こっちが素だ。ですます口調は疲れるんだ」
「……そうですか」
スバルは目の前の男の評価を掴みどころがないが、その場所によって使い分けができる大人と判断した。
「で、マダムのいた所まで行けば良いんだよな?」
「ええ、そうですね」
「何でそれが証明になるんだ?」
「あの方は基本、あの大聖堂から動くことは滅多にありませんから」
「そういう事か、分かった」
安武は頷くと彼自身を含めてその場にいた全員が浮き上がった。
「……え?」
「は?」
体全体が下から持ち上げられる感覚に驚き戸惑う生徒たち。
「う、浮いてる!?」
「んじゃ、ベアトリーチェのいた所までレッツゴー」
体が持ち上げられていく感覚と共に地面がぐんぐんと遠ざかっていく。騒ぎ出す生徒たちを尻目に安武は笑顔で宣った。
上昇していく生徒たちは周辺の建物の屋根よりも高くなったところで停止した。
と思えば、風景が横へ移動し始める。
「わ、わっ」
「今度は横に動いてる!?」
安武と一緒に水平移動していく彼女たちは慌てながらも、自然と自分たちが暮らしていた街を見下ろす。
生まれて初めて体験する俯瞰風景にスバルたちは呆然と眺める。
「…………私たちが住んでた街って、こんな風になってたんだ」
「ね」
「なんか、新鮮」
感慨深げにつぶやく少女たちに安武は声をかける。
「君たちにはちょっと付き合ってもらうぞ」
安武の言葉が聞こえた周囲の生徒たちが呆然とした表情で彼と真下の光景を視線を行き来させていた。
それでは、また。