幽霊メイド、キヴォトスに転生す 作:塚山 泰乃(旧名:なまけもの)
周辺の建物よりも高い位置で水平に空中移動する安武他100人のアリウス生徒たち。
最初は足元に何もないのに二本足で立っていられる事に驚き怖がっていた生徒たちは次第に慣れてきたのか、自分たちが暮らしてきた街並みを感心した様子で見下ろしている。
そんな彼女たちを横目に見つつ、安武はスバルに尋ねる。
「ベアトリーチェのいた所って、こっちで合ってるか?」
「……もうちょっとこっちの方です」
「あいよ」
進行方向をずらし眼下の街並みを飛び越していく。
無言で街並みを眺める少女たちに安武が笑う。
「同じ方法でアリウスの外の方も見てみたくはないか? 自治区ごとに変わった街並みが見られるぞ」
「……できるの?」
「ベアトリーチェはもういない。もうあんなおっかない女の言うことなんか聞く必要なんかないし、君たちは学生本来のお勉強をすればいいんだ」
「学生……」
「勉強……」
怖い存在が消えた事で重しが無くなり、羽を伸ばせるようになったのは生徒たちには嬉しい。ただそれだけでその先を全く考えていなかった。
それはそうだ。ベアトリーチェが存在する限り希望なんてものは無かったんだから考えるだけ無駄というものだ。
「あの建物です、手前で降ろしていただけませんか?」
「お安い御用だ」
何の危なげもなく、安武一行はアリウス・バシリカの玄関の前にふわりと着地する。
スバルは生徒たちに告げる。
「ここから先へは私と安武さん、……それと、そこの四人も来なさい」
「う、うん」
最初に安武に会った四人を指名して同行するよう命令する。指名された彼女たちは特に嫌がらなかった。
「残りはここで待っていてください」
「あ、はい」
「分かりました」
六人が玄関をくぐり暗い廊下を歩くが、あまりの暗さにう〜んと唸った安武が「蛍光灯」と口にした途端、六人を中心に廊下が一定の範囲内まで昼間外にいるような明るさが満ちる。
「え、何これ!?」
「凄い!」
「ロウソクよりも明るい!」
驚き喜ぶ四人の生徒同様、スバルは感心した様子で廊下の上下左右を見渡した。
「……魔法使いって、こんな事もできるんですね」
「魔法の素養があった人は一般にまで浸透していたからね」
「……それはつまり、日常生活にも当たり前のように?」
「物騒なのは厳しく禁止されてたけど、役に立つのは許されていたよ」
安武は転移先の異世界での出来事を思い出しながら解説した。
スバルたちは廊下の中を見回しながら安武と共にベアトリーチェのいた部屋を目指す。その道すがらスバルは安武に話しかける。
「そういえばこの子たち、随分とあなたに懐いていますが一体どんな魔法を使ったんですか?」
「ここにやって来た時、最初に出会った四人に飲み物と料理を振る舞ったんだよ」
「……はい?」
彼の言葉にスバルが反応した。
内戦が激しくなった頃から久しく聞かなくなった名称だ。
「……何でそんな事……」
「外では食材を冷やして長持ちさせておくための冷蔵庫というのがあるんだが、部屋ごとここに飛ばされてきた時、保存しておくための電気を断たれてな? 時間が経てば食材が痛みやがて腐っていく。そこにたまたまやって来たあの子たちにため込んでおいた食材を全て振る舞っただけの話だよ」
「はあ」
アリウス自治区でも生徒たちの間で連絡を取り合うために、個人用携帯のスマホを使っているが当然電気も使うのでこまめに充電を使用している。
残念ながら公共の無料Wifiを利用するくらい通信回線は貧弱のようだ。しかもベアトリーチェによりネット閲覧そのものが不可能になっている。
その上で、こんな殺伐とした土地に随分とお人好しな人間が紛れ込んで来たものだとスバルは良い意味で呆れてしまう。
(もしかしたら、彼は思わぬ拾い物かもしれませんね)
交渉次第で彼の魔法を使って今の過酷な生活環境を変えられるかもしれないとスバルは算段を始める。
今日の食い扶持を探す事すら大変なのだ。形振り構っていられない。
「それに、俺だけじゃ消費できなかったからな」
「……ちなみに何を振る舞ったんですか?」
「肉野菜炒めと焼き魚」
スバルは思った。肉野菜炒め? 焼き魚? 何だそれは。どんな見た目でどんな味がするというのか。
「美味しかったよね〜」
「何て言えばいいのかな、良く分かんないや」
四人の生徒の会話にスバルはそんなに美味しいのかと我知らず唾を飲み込む。
「ジュースっていうのも美味しかったよね」
「甘かったよね〜」
「おじさん、また飲ませてね♪」
また新しい言葉が出た事にスバルはどうしても反応してしまう。
(ジュース。ジュースって何。甘い? そんなの体験した事ない。また飲ませて? あるのか、そこに)
「……安武さん」
スバルは自身が驚くほど無意識に低い声が出た。
「どうした?」
「そのジュースとか言うの、後で飲ませてもらえる、ですか?」
スバルの普段のですます調が崩れて言葉がおかしくなった。
だって仕方ない、この地にいる子たちは誰しも飢えていた。
「ああ、良いとも」
安武は気安い口調で引き受けた。
そんな事を話している内、ベアトリーチェがいた部屋の前までやってきた。
「失礼します、マダムはいらっしゃいますか?」
念のため、スバルは扉をノックしたが当然返事はない。
「中に入らさせていただきますよ?」
音を立てないよう、ゆっくりと扉を開け中を覗く。
ぱっと見、マダムの姿は見えない。
スバルは慎重に足を踏み入れ部屋の中をゆっくりと見回す。
「……本当にいませんね」
「でしょでしょ!?」
「信用してくれる気になったか?」
後から入室してきた生徒たちと安武の言葉にスバルは考え込む。
(信用してもいいのかもしれないけど)
彼の魔法の力の一端を見た。
同行していた生徒たちも目の前からマダムが消えたという証言を聞いている。
しかし、肝心な証拠がない。
マダムというベアトリーチェの死体がこの場に無いというのが懸念点だった。
はっきりと言おう。
スバルは疑心暗鬼に陥っていた。
長年、このアリウスという土地を支配していた彼女がそう簡単にくたばるとは思えなかったからだ。
人を人とも思わない恐怖政治に彼女たちの精神は疲弊しきってしまっていた。
「やはり彼女の死体を確認しない限りは信用できません」
「……そうなのか」
スバルの言葉に安武は少し悩む素振りを見せると、おもむろに片手を上げて何もない空中で何かを掴む仕草をすると同時にその手の肘から先がふっと消えた。
「え?」
スバルの思考が停止し混乱する。
咄嗟にどのように対処して良いのか分からず、何も考えられずにいると安武は腕を引っこ抜く仕草をして腕全体が現れた。
(切断されでもしたのかと思いました)
スバルは内心冷や汗をかいていると、安武の手に人間の首が握られており頭部は彼女たちがよく知ってる顔が現れた。
「……ひっ!?」
それが何なのか彼女たちの脳が理解した瞬間、無意識に喉の奥から悲鳴が漏れ部屋中に木霊する。
何を隠そう、目の前の物体はマダムことベアトリーチェの遺体だ。
頭に付いている全ての目の瞳孔が開ききり、それら全てに睨まれているようで恐怖を煽られる。
彼女は明らかに事切れていた。
繰り返すがアリウス自治区は十年前から続く内戦で生徒たちは多くの知人や肉親を目の前で失った体験を経ている。
当然、数多くの死体を目にしており目の前のマダムもその葬列に仲間入りしたのだと実感できた。
「し、死んでる……?」
「まず間違いありません」
スバルへの問いかけに返ってきた言葉に四人の生徒はへなへなとその場に崩れ落ち、心ここにあらずといった表情で両膝をついた。
スバルは彼女たちと同じ行動を取りたかったが、普段から頼りにされていたので幻滅させるわけにはいかないと気力で持ちこたえた。
「……これで。これで好きなだけ眠れる」
「何か疲れた……」
憑き物が落ちたかのような表情で語る生徒たちにスバルは内心で同意した。
正直スバルと彼女たちと同じように内心を吐露して喜びを分かち合いたい。
一応上司と部下の立場である以上、それができないのが辛いところだ。
(そんなつもりじゃなかったんだけど……)
彼女はただ単に周囲の生徒たちが苦しむのを見ていられなくて積極的に発言していただけだ。それで皆から頼りにされて今の立場に押し上げられただけに過ぎない。
「休暇をご所望のようだが、みんなが外で待ってるぞ」
「……そうだった」
安武の言葉に生徒たちはため息を吐きながら重くなってしまった腰を上げる。
「まずは外で待っている生徒たちに知らせましょう、マダムはもう二度とアリウスに来る事はないと」
「今はそれで十分だ」
安武はもう必要ないとばかりにベアトリーチェを転移門の向こう側へ押し込んだ。
スバルたちは安武と共に来た道をゆっくりと引き返して行った。
今回はここまで。
それではまた。