幽霊メイド、キヴォトスに転生す   作:塚山 泰乃(旧名:なまけもの)

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裏第七話 締め鯖ならぬ締めベアトリーチェお待ち!

 アリウス・バシリカを出た安武とスバルたちを生徒たちが出迎える。

 

「スバルさん、一体どうしたんですか?」

「バシリカに、マダムに何か用があったんですか?」

 

 次々と問いかけられたスバルは片手を上げ、生徒たちを静まらせた。

 

「皆さんに重大なお話があります」

 

 困惑していた生徒たちが身を硬くし、どのような過酷な命令か下されたのだろうかと心を平静に保つ。

 

「アリウス分校生徒会会長であらせられるマダムことベアトリーチェが先ほど崩御されました」

 

 彼女の言葉を理解しかねたのか、生徒たちの顔は困惑したままだ。

 

「……崩御? 確か、それって」

「私たちから見て雲の上の人が亡くなられた時に使う言葉……だよね?」

「え、じゃあらそれって、つまり」

「……マダムが死ん……いなくなった?」

「……嘘」

 

 戸惑いつつもスバルの言う事ならと信じようとする生徒たちに反論が来た。

 

「……でも、スバルさんが口にしたんだよ?」

「きっと本当だよ」

「でも、あのマダムだよ!?」

 

 何が正しくて誰の言葉が正しいのか分からなくなってしまった生徒たちが喧々諤々と言い合いを始めた。

 いくら皆から頼りにされているスバルでもマダムの方が怖いらしい。不安を拭いきれず、忘れた頃にひょっこりと姿を現すのではないかとか口にする生徒たちが圧倒的だ。

 

 何を言っても無駄だと悟ったのか、困り果てた表情でスバルが安武を見た。彼女は無言であったが表情でどうしますかと物語っていた。

 

(スバルが言うなら、みんな信じてくれると思っていたんだがな)

 

 仕方がないかとため息を吐きつつ、安武は局所的な転移門を開くと片腕を突っ込んだ。

 その動きを見ていたスバルは嫌な予感を感じた。

 

「あの、安武さん、何を? ……まさか」

 

 彼女の言葉をよそに何かを思案するような表情で消えた腕を動かしていたが何かを見つけたような表情に変わり何かを引っ張り出そうという動きに変化する。

 

「ちょっと待って――」

 

 今ここでアレを出すのは不味いんじゃないかとスバルは思った一足遅かった。

 

「はーい、締め鯖ならぬ締めベアトリーチェお待ち!」

 

 魔法でも使ったのだろうか、不快ではないが安武の大声があたりに響き渡り、言い争っていた生徒たちが口と手を止め一斉に振り返る。

 

 安武の腕が何もない空間から引き抜かれると同時、ズルリと赤と白の人型が出現した

 ごろりと地面に転がされた物体を見た生徒たちが最初眉をひそめたが、それが何なのかを理解したようでほぼ全員が目を見開きヒュッと息を吸い込む。

 

(まあ、そうなりますよね)

 

 事前に実物を見せられていたスバルたちはこれから起こる事に備え両手で耳を塞ぐ。

 100人近い生徒たちから金切り声を伴った絶叫が辺りに響き渡った。

 

 割と多くの生徒たちが腰を抜かし、ある程度落ち着きを見せるまで三十分ほどの時間を要した。

 ちなみにベアトリーチェの遺体は見ていて気分の良い物ではないので、またどこぞの宇宙空間に捨てられた。

 アリウスの人々にしてきた所業を考えれば因果応報ではあるものの、雑に扱われる様子を見ているとどことなく哀愁を感じさせた。

 

「ええと、つまりおじさんは魔法使いだと?」

「そうだ」

「はぁ……」

 

 生徒たちを代表した一人に尋ねられ安武は頷く。

 スバルと四人の生徒たちの説明で彼がマダムを倒したのは理解した。ベアトリーチェの遺体を目の当たりにした以上、信用に値する。

 それはそれとして、御伽話でしか耳にした事がなかった魔法使いと聞かされてどのような反応をすれば良いのか困り果てていた。

 

 偶然この土地へやって来て善意でマダムを倒した事にお礼がしたい。

 したかった。

 しかし、この荒廃した土地で彼を歓迎できる催しができないのが痛すぎる。

 ありがとう等の言葉だけでは薄っぺらく感じられてしまう。

 

 ベアトリーチェの政治下では主に戦闘訓練を中心にリソースを割かれていたが、語学の授業も行われていた。復讐先のトリニティに攻め込んだ時に道路標識の文字が解読できなくて作戦に支障が出るのは問題だと彼女も思っていたようだ。

 

 その語学の授業の一環で淑女としての教育も受けている。

 実際、シャーレの先生がエデン条約編の後にアリウススクワッドと交流していた時にアツコとサオリから性交渉を持ちかけられて狼狽える描写があったので、ベアトリーチェは女として最低限の教育を受けさせてはいたようだ。

 で、何故このような解説をしているのかと言うと。

 

(もしも、もしもの場合、おじさんが私を求めてきたら、受け入れるしか無いの……!?)

 

 思考の迷路にはまった生徒たちの一部があり得ない妄想を繰り広げていた。

 確かにアリウスという土地には外の豊かな世界からやって来た者を歓迎できる物資など枯渇している。であるならば、残されたのは彼女たちの体そのもので支払うという事になる。

 

 だがしかし。

 彼女たちの目の前の恩人は歳の頃四十半ばだと言う。

 はっきり言って彼女たちの父親よりも上の男に身を委ねなければならないのは言語道断である。

 アリウススクワッドの槌永ヒヨリもそうだが、この過酷な環境において妄想に逃避する少女たちも少なくない。

 そんな彼女たちも心の片隅ではいつか自分は白馬の王子様が助けに来てくれる、……と夢想する事で現実を耐えてきた。

 

(だからと言って、これはないでしょう!)

(仕方ないのかな……仕方ないよね……)

(マダムがいた頃よりはマシ……。マダムがいた頃よりは……)

 

 とはいっても、半ば諦めていた生徒も割といたが。

 

 それでは魔法使いである安武はどう考えていたか。

 正直、アリウスの生徒たちを性的な目で見てはいなかった。

 異世界に勇者として召喚された先で結婚願望の強かった彼は魔王を倒すついでに結婚相手が見つかればいいなと考えていたが、目の前で親しかった女性二人を死なせたことがショックでそんな気にはなれなかった。

 何より困窮する少女たちの生活環境をどう立て直そうか、という考えが頭の中の大半を占めていた。

 

(まずは人心掌握だな)

 

 アリウス生徒たちに安武を受け入れてもらえるよう動かなくてはならない。

 地道に信頼関係を築き上げていく手法も一つの手であるが、そんな悠長な事をしている場合ではない。

 

(手っ取り早く物で釣るか)

 

 何の前触れもなく誰もいない地面がググッとせり上がってくる。

 粘土のように形が変形し簡素な石造りの大きなテーブルへと変化した。

 料理を食べた生徒たちはわあっと歓声を上げるが、スバルたちは それを見て面食らった。

 

 続いて安武は何もない空中に手を肘から先まで突っ込む。

 いきなり安武の腕が消えてギョッとする生徒たち。

 

「ちょっ、おじさん!?」

 

 慌てる周囲をよそに安武が手を引っこ抜くとガラス製のコップが握られていた。それをテーブルに置き、同じ物を次から次へと何もない空間から取り出して置いていく。

 

「一体、何がどうなってるの?」

 

 安武は周囲の生徒の数を確認するとこれくらいかな、と言いつつ コップを取り出すのをやめた。

 一方、生徒たちもコップを見て何かを飲むための道具だと当たりをつけていたが肝心の中身がない。

 

「りんごジュース」

 

 安武が口にした途端、コップの数の分だけ何もない空中から淡い色の液体が現れ注がれていく。

 

「……え、これ何!?」

「水と違う!?」

 

 騒ぐ生徒たちに対し一息ついた安武が促す。

 

「各自コップを手に取れ」

 

 生徒たちは恐る恐るジュースの入ったコップを手に取る。

 

「……人数分、行き渡ったか? まだ持ってない人はいるか?」

 

 申告する人はいなかった。

 

「少しずつ、ゆっくりと味わって飲みなさい」

 

 生徒たちは不安と警戒と期待に満ちた眼差しで目の前のコップを口に近づける。

 ほんの一口。

 舌先から前半分へとりんごの果汁が口内に広がり、生まれて初めての濃厚な甘味に彼女たちの脳が揺さぶられる。

 

「……美味しい」

 

 生徒たちの眦から自然と涙が溢れ出てきた。

 寝ても覚めてもベアトリーチェの下で戦闘訓練に明け暮れていた 。

 座学の学習もありはしたが大半が戦いに関するものばかりで、それ以外の知識が乏しい。このため、口の中に流れ込んできた液体をどのように表現すれば良いのか皆目検討がつかなかった。

 

 マダムから事あるごとに耳にタコができるほど教えられた、"全ては虚しい"というフレーズが頭の中を支配していた。

 生まれて物心ついた頃からこの地で暮らしてきた自分たちにとって、それはその通りだと感じていたし特に異論はなかった。

 

 だが、今この時、これだけは言える。

 

「生きててよかった……!」

 

 一度体験した者はそうでもないが初めての生徒たちは涙を流したり鼻をすすったり、現代の日本で何不自由なく暮らしてきた安武にとっては一見異様な光景に見える。が、彼女たちの境遇を考えると何も言えなかった。




それでは、また。
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