幽霊メイド、キヴォトスに転生す 作:塚山 泰乃(旧名:なまけもの)
目の前でアリウス生徒たちがりんごジュースを美味しそうに飲んでいる光景を眺めながら、安武は今後のことを考える。
ここまで関わった以上、今更出て行くことは考えられなかった。
最終目標は外部と交流しつつアリウス自治区単独で切り盛りしていける状況へ持っていくことだ。
(やはり基本は衣食住だよな)
アリウススクワッドのミサキの原作の立ち絵イラストでタイツが穴だらけだったことに衝撃を受けた覚えがある。
原作に登場していた名もなきアリウス生徒たちが膝丈上のスカートや短パンだったことに疑問を抱いていたが、後に攻略サイトでミサキの全身像を見て納得がいったのである。
長いズボンを履いていたとしてもすぐに穴だらけになるし、体の頑丈なキヴォトス人なら最初から短パンを履けばいいという解釈に行き着いたのであろう。
ただし全員が全員短パンというわけでもなく、スカートだったり 長ズボンを履いている生徒もいる。だが、総じて大なり小なり穴が開いていて素足が覗いている。
一部、短パンから下着が覗いている生徒もいたが敢えて見ないふりをした。
食料の確保については当面外で働いてお金を稼ぐ他ないだろう。そして稼いだ資金を元手に生活していくための材料を集めていかなくてはならない。
空いている土地を畑に作り変える事も並行して行なわなければならないだろう。
(先ずはこの曇り空を除去するべきだな)
などと安武が思案していると背後から声をかけられた。
「お前たち、ここで何をしているんだ?」
その言葉の主が偉い人の立場だったのだろうか、その場にいた生徒たちが一斉に声の主へと振り向いた。
「……あ、サオリさん」
「アリウス・スクワッド……」
考え事を打ち切った安武も振り向いて五人の姿を認める。
原作初登場時、立ち絵そのままのアリウススクワッドがそこにいた。ちなみに秤アツコは本拠地でもガスマスクをしたままだ。
(アツコよ、ミステリアスな雰囲気でも纏いたいのか?)
などと安武は思ったが口にはしなかった。本人たちだけの信念があるのだろうと納得しておく事にした。
むしろ彼が驚いたのは彼女たちの中に白洲アズサの姿が会ったことだ。ここアリウスの土地では真っ白な翼を持つ少女は今のところ彼女しかいないから目立つ。彼女は原作初登場時のままガスマスクを被っていた。
(ということはトリニティ編入前か。だとすると、ここにミカはまだ来ていない?)
これはチャンスである。ベアトリーチェ亡き今、真の意味でもトリニティとの友好的な交流が図られる。ミカも利用されトリニティから裏切り者の烙印を押される事は無いだろう。
そこで彼ははたと気づく。
(あれ? そうなると補習授業部の設立フラグが折れるんじゃ)
トリニティ総合学園はティーパーティーという三人の生徒会長がトップに立ち、そのうちフィリウス派生徒会長である桐藤ナギサがホストとなり実質取り仕切っている。
この時期はゲヘナ学園とのエデン条約締結に向けて神経を尖らせている事もあり、ナギサは諜報機関からもたらされた裏切り者の存在に疑心暗鬼に陥ってしまう。
それらが積み重なり補習授業部設立へと至るのだが……。
(まずい、まずいぞ。アズサちゃんがヒフミちゃんたちと友情を育めなくなる)
アズサは生まれ育った土地柄という問題があるため成績不振になったのは必然である。
ただし補習授業部が設立されなかった場合、彼女が退学となる可能性が浮上してくる。
さらにはトリニティの空気に馴染めず問題行動を起こしまくった以上、学園に在籍し続けるのは難しいだろう。
(俺が直接介入してナギサちゃんにテコ入れして補習授業部設立へ持っていくしかないな)
そうなるとぽっと出の得体の知れない大人である安武が、このアリウス分校でそれなりの地位に就かなければならなくなる。
(生徒会顧問という立場でもでっち上げて裏方として手伝えばいいか? アリウスを復興するにあたり、足りてない物が多すぎるしな)
ここにいる人間たちの中で原作知識を持つのは安武しかいない。
当然、各学園の内情も一部ではあるが知っており、それを利用しない手はない。
嬉しくないが氷河期世代という環境で揉まれた経験が活きる事になりそうだ。
(ま、それを考えるのは今は後回しだ)
考え事を端に追いやると視線をアリウススクワッドとその背後に目をやれば戦闘訓練の指導が終わった後なのだろう、三十人程の生徒が付いてきている。
スバルがこの場を代表してサオリたちに話しかける。
「訓練指導、お疲れ様です。あなた方にも伝えておかなければいけない重要な話があります」
「重要……?」
「単刀直入に言いますと、先ほどマダムが崩御されました」
「何!?」
アリウス・スクワッド以下、背後にいる生徒たちにも動揺が走る。
背後でざわめく生徒たちへサオリが後ろを見ずに無言で左手を頭の高さまで上げるとざわめきが治まる。
「……何があった?」
努めて冷静さを装おうとするサオリの声が微かに震えている。
スバルが安武へ手のひらを向ける。
「こちらキヴォトスの外からいらした安武典男さんです」
サオリのみならずアリウススクワッド以下、後方の生徒たちが困惑する。
「……なぜ外部のものがここにいる?」
「……まさかカタコンベを踏破してきたというの!?」
困惑するサオリの脇でミサキが驚愕する。まあ当然の反応だろう。通常、この土地にやって来るにはあの地下墓地という名の迷宮を通り抜けなければならない。
「それはいけない、早急に防衛態勢を整えるべきだな。サオリ、至急入口に爆弾を仕掛けたい。許可をくれ」
危機感を覚えたのかアズサが進言する。
「…………」
アツコは何も言わない。おそらく様子見だろう。
「うへへ……、見たところ、たった一人の大人にあの迷宮を突破されちゃったんですね……。決められた時間に決まったルートを通らないと抜けられない、あの道を……」
陰鬱な表情でしゃべるヒヨリに安武は原作通りリアルでこんな娘なんだなと実感した。となれば彼女が次に取るお決まりのパターンは――
「うわああああん! もうおしまいです! 外の人は私たちでさえ知らない、カタコンベを抜けて来る方法を編み出したんです! 直にトリニティから押し寄せて来ます! 逃げ場なんてありません!」
「いや、違うから! たまたまここに来ただけだから!」
被害妄想が過ぎると思いながら安武は反射的にツッコミを入れた。
「……ならば、どうやってここまで来た」
「気が付いたらこの地に飛ばされてきた。偶発的な事故だろうな」
サオリの問いに安武は正直に答えるものの、サオリ以下彼女たちは信じていない目つきをしている。ガスマスク着用の生徒たちの表情は窺えないが似たようなものだろう。
「後は、……そうだな」
別の方法で信用してもらう他無いだろうと安武は自身の左右に虹色の転移門を一つずつ開く。
突然現れた不可解な現象にアリウススクワッドが即座に銃を安武に向け警戒態勢を取り、遅れて後ろの生徒たちも同様の行動をする。
「何だ、それは」
「まあ見てな」
サオリのむき出しの殺気を安武は物ともせずに右側の転移門に無造作に右手を差し込んだ。
「……? ……!?」
いきなり彼の右腕が消えたと思えば、左側の門から消えたはずの右腕がニュッと突き出てきたのを見てサオリたちの目が見開かれる。
「……今、何をした」
「キヴォトスの外で習得した魔法だよ」
「魔法……だと?」
安武の言葉に彼女たちは動揺する。
「この魔法を使ってマダムを始末した。おおよそ人が生存不可能な場所へ送り込んだ」
彼が右腕を引っ込めると左側の門が消え、右側の門から彼の右腕が引き抜かれると同時に右手にはマダムの首が握られていた.。
ベアトリーチェの表情が既にこの世のものではないと理解したアリウススクワッドの面々とその背後にいた生徒たちが息を呑む音が聞こえてきた。
「……馬鹿な」
「……え、嘘」
「……本当だ」
背後でざわめく生徒たちを尻目にサオリが彼に問いかける。
「……これほどの所業を行った理由は何だ」
「君たちの窮状に義憤に駆られてね。それだけだよ」
詰問された安武は肩をすくめながら答えた。
「それだけ? それだけの理由で?」
「生徒たちに満足に飲み食いもさせず、外部に不満をぶつけさせる時点で彼女は為政者として失格なんだよ」
鼻を鳴らす安武の呆れた口調に二の句が言えないサオリ。
「あとは君たちアリウスが新たに生徒会長を擁立してこの分校と自治区の立て直しを図るといい」
「……元よりそのつもりだ」
サオリの言葉に安武は謝罪する。
「すまないな。勝手にそちらの事情に首を突っ込んで」
「……いや、いい。正直助かった」
「で、どうする?」
「どう、とは」
「どう立て直す?」
彼にそう問いかけられサオリは思案する。
「……まず何よりも優先すべきことは食料の確保だ」
「それから荒れ果てた土地や建物を直すところからだね」
「服! 服が欲しいです! 着の身着のままは辛いです!」
サオリの発言に側にいたミサキとヒヨリが意見を挟む。
「……そちらのガスマスクをしたお嬢さん方は?」
安武かガスマスク特有の呼吸音を発するアズサと一言も発しないアツコへ話を振る。
「……マダムから淑女としての教育を受けた。清潔とは程遠い。体を洗いたい」
アズサは切実な感情を込めて発言し全生徒が激しく頷く。やはり女の子である以上そこは決して譲れない一線だろう。
アリウススクワッドの面々が残るアツコへ視線を向けると彼女が身振り手振りで何か動きをする。
(原作では手話だったか? 安全が確認されるまでは会話の基本はそれで済ませていたような気がするが)
残念ながら安武には手話の知識はない。
「……何て言ってるんだ?」
「ああ、アリウスの外では生徒たちがどんな教育を受けているのか知りたいそうだ」
サオリの解説に安武はなるほどと頷く。
「じゃあ、まずは懇親会だな」
「……何だ、それは?」
サオリの問いをよそに安武は転移門に手を突っ込んで追加のコップを取り出していきながらにやりと笑う。
「外の美味しい飲み物だ。馳走しよう、遠慮なく飲め」
テーブルに置かれていくコップにオレンジとりんごのジュースが虚空から出現し降り注がれていった。
今日はここまで。
それでは。