幽霊メイド、キヴォトスに転生す 作:塚山 泰乃(旧名:なまけもの)
放課後、ローナはゲヘナ自治区内にある風紀委員会管轄の地元の交番に訪れた。
「ごめんください」
机で書き物をしていた風紀委員の少女が顔を上げる。
「どうしたお嬢ちゃん、何か用か?」
「ちょっと相談したいことがあって」
対応に当たった委員は首を傾げる。
こんな小さな女の子が相談とは何事だろうか。
「お母さんとお父さんが喧嘩でもしたのか?」
「違います」
ローナから次に放たれた言葉に意表を突かれた。
「指名手配犯を捕まえたいんですけど、どうすればいいのか分からないのでやり方を教えてくれませんか?」
「……は?」
委員は困惑の表情でローナを見つめる。
「マジか」
「マジです」
委員は真剣な表情のローナを見つめて思う。
親でも殺されて恨みでも抱いたのだろうか。
しかしである。いくら治安の悪いゲヘナでも頑丈な体を持つキヴォトス人から死者が出ることは滅多にない。
委員がこの地区に駐在するようになってから一年が経つがそんな事件は起きていない。
それでは何が理由で危険な真似をするのだろうか。
「お金が必要なんです。それも多額の」
「中学生になればバイトができるから、その時にお金を稼げばいいんじゃないか」
「それじゃ間に合わないんです」
こんな幼子なら親にねだれば大抵の物は買ってくれると思うんだが、などと委員が考えてはたと気づく。
親におねだりしたけど買ってもらえなかったから自分でお金を稼いで買うつもりなのか。
「なあお嬢ちゃん、何か買いたいものでもあるのか?」
委員の言葉にローナは頷くと赤いランドセルから分厚いカタログを取り出し、付箋された該当ページを開いて机の上に広げた。
「お金が貯まったらこれを買いたいの」
写真に写るM19という商品と価格を見た委員がマジかと呻く。
「お嬢ちゃん、戦争でも始めるつもりか?」
ローナは不思議そうな顔で答える。
「そんなつもりないよ?」
「じゃあ何に対して使うんだ、こんな物騒なもん」
用途によってはローナの願望を思い止まらせて諦めてもらう必要がある。
どのように説得しようか、と悩み始めた委員に気づかずローナは理由を話した。
「私含めてクラスメイトたちがこの辺に屯するヘルメット団にいじめられてるからぶっ飛ばしたい」
「あーなるほど、それでか」
しごく真っ当な理由に委員は納得した。
「でも、それならコンビニで売ってる銃で間に合うだろ? 安いし」
委員の代案にローナは首を横に振る。
「一撃で倒せないと反撃をもらうし、相手は複数なんだから効率的にやらないといけません」
「……ほう」
委員は見た目小学校低学年のローナを見ながら内心で評価を上げる。
(年の割には良く考えてるじゃねえか)
委員はローナに俄然興味を示して話しかける。
「そういえばお嬢ちゃんが希望する進学先はどこなんだ?」
「将来はゲヘナ学園の風紀委員会に入ろうと考えてますけど?」
「おーなるほど、そうかそうか」
ローナの言葉に委員は破顔した。
委員は神様なんて信じちゃいないが、目の前に現れた将来有望そうな幼子を見て期待に胸を膨らませる。
残念ながら年が離れすぎているためローナが入学する頃には委員は既に卒業しているが、このような大きな野望を抱いている後継者が生まれてきてくれた事、そして委員に相談しに来てくれた事に感謝せざるを得ない。
「よし、そういう事なら相談に乗ってやる」
「ありがとうございます」
ローナは交番の奥に通され椅子に座り、緑茶を出されて委員から色々と教えてもらうことになった。
「だが、お嬢ちゃんの夢を壊すようで悪いが、実現するには茨の道だぞ?」
「覚悟の上です」
真剣な表情のローナの顔を見て委員は自身の過去を振り返る。
目の前の幼子の年の頃は友達と遊んだり、母親に甘えたりするようなことばかりで将来のことなんてこれっぽっちも考えていなかった。
委員は気を取り直して話し始める。
「まずは基本は足だ」
「それはつまり、聞き込みですか?」
「なんだ、分わかってるじゃねえか」
「テレビ番組の刑事ドラマを見て学習しました」
ローナは言ってる事は間違いではない。実際、前世でも似たような事をして勇者を支えていたからだ。
一方の委員は刑事ドラマを例に出されてあながち間違いではないと思った。
大抵の刑事ドラマは実情を知らない外部が制作するため、所々いい加減な作りになってるが指摘された部分は正しい。
「でもあの番組を見て疑問に思ったんですけど、何で聞き込みをする度に相手を殴るんでしょうか?」
ローナは前世で情報収集を行う際、基本的には幽体で対象の視界外から観察や盗み聞きしたりしていた。
そのため暴力を振るう必要性が無かったのである。
「蛇の道は蛇ってやつだよ」
「蛇の道……?」
ローナは知らない言葉に首を傾げる。
「要するに悪人の居場所を知りたいなら同じ悪人から訊き出した方が早いって事さ」
「あ、そういう意味でしたか」
ローナが納得したのを見て委員は単に知識と勉強不足なだけで地頭は良い方らしいと彼女の評価を少し上げる。
「お嬢ちゃんはまだちっちゃいから聞き込みとあたしたち風紀委員会への通報が中心になるな」
「私、スマホ持ってますからモモトークできますよ」
「助かる。なら連絡先交換しようぜ」
ローナは風紀委員とモモトークできるように手続きを済ませる。
「……で、ここから肝心なんだが聞き込みをすれば当然奴らにもお嬢ちゃんの事がバレる。下手すりゃ……いや、十中八九襲ってくるはずだ。一応あたしたち風紀委員会に知らせてくれれば助けに行くけど間に合わない可能性もある。そこんとこ、どうするんだ?」
そのような事態にならないよう未然に防ぎたい。
「……聞き込み、と言うよりも盗み聞きで行こうと思います」
「となると、基本はどこかに隠れなくちゃいけなくなるが、大丈夫か?」
ただ物陰に隠れていれば良いわけではない。物事を成すには才能がいる。
ローナは絶対バレない必勝法、幽体離脱を利用する事を考えているが、秘密を明かそうとせずに誤魔化す選択をする。
「私、ちっちゃいから目立たないと思います」
「……あんま無理すんなよ?」
委員は心配するがローナは自身の能力に自信がある。
委員は気を取り直して話を続ける。
「指名手配犯についてなんだが、犯罪に手を染める大人も多いが元生徒も多い。大抵の生徒崩れは生きていくための金を稼ぐために企業にアルバイトとして雇われて働く」
「ふむふむ」
「企業もそこらで暴れまわる不良やヘルメット団から被害を受けないよう護衛として雇うケースが普通だ。……ただし、大人が経営する企業も全うじゃないのが多い。同業他社へ生徒崩れをけしかけて襲撃させることも当たり前のようにある」
委員の言葉にローナ顔をしかめる。
「……企業なのに?」
「銃を携帯するのが普通で些細なことで発砲する世の中だぞ? そんな都市で営む企業がまともだと思うか?」
「うーん……」
ローナはここキヴォトスの治安が悪いと感じてはいたが予想していたより酷い。前世のカルアンデ王国もここまででは無かった。
「指名手配犯の中には悪事を働いている企業の経営者や幹部も対象に入ってる。キヴォトスでは各自治区の運営を学園が取り仕切っているから、そういった不正を風紀委員会は取り締っているんだ」
「へ〜」
ローナは感心する。どうやら学園に通う生徒たちの乱れを取り締まるだけでなく、自治区内の治安の対象はそれ以外にも及ぶようだ。
「ちょっと待ってな」
委員が一旦席を外して部屋を出て、少しして紙束を手に戻ってきた。
紙束をテーブルの上に広げる。それらには学生服やジャージを着た生徒や動物、ロボットの顔写真が載せられ、下部に金額と“この者を見たら風紀委員会へ!“と書かれていた。
ローナは前世にも指名手配書は存在したが人相は手描きであった。しかしキヴォトスではカラー写真で印刷されており大変分かりやすく一目瞭然だ。
「これらが指名手配書だ」
委員の言葉にふと疑問に思った事を口にする。
「……あの、何か多くないですか?」
手配書の数が異常に感じたようだ。ゲヘナ自治区全体がどの程度の広さかは把握していないが、こんなに悪人がはびこっているのだろうか。
「ほんの一部だぞ?」
「これで!?」
今度こそローナは驚愕した。
「いくら私ら風紀委員会でも数が足りなくてな。後手後手に回らざるをえん」
「そんなに」
うんざりする委員の言葉に呆然とするローナは内心でこれはチャンスかもしれないと思った。
(上手く行けば稼ぎ放題になるんじゃないかな?)
実際にやってみないと分からないが価値はある。
指名手配書の賞金額は情報提供の場合と逮捕に貢献した場合の二種が表示されていた。当然、後者の方が桁が違う。
ローナは頭の中で目的の品物を購入するための皮算用を始めた。