幽霊メイド、キヴォトスに転生す 作:塚山 泰乃(旧名:なまけもの)
ローナの住まう地区の交番で勤務するゲヘナ風紀委員が賞金の付いた指名手配書を十枚くらい差し出す。
「とりあえず嬢ちゃんにこれやるから探してみな」
手配書を受け取ったローナが手配犯の人相を見ながら訊く。
「もし見つけて通報したらお金もらえますか?」
「正確には通報を受けた風紀委員会が指名手配犯を逮捕できたら支払われる仕組みになってる」
「あー、じゃあ通報しても犯人が移動してそこにいなかったり、逃げちゃって捕まえる事ができなかったりすると……」
「金は受け取れなくなるな」
「うーん……」
それを聞いたローナは首をひねる。
(せっかく見つけて通報してもお金を受け取れるとは限らない、と)
つまり、犯人が確実に移動できない状態の時に通報して駆けつけて来てもらう必要がある。
(単純に考えると、犯人が寝てる間が一番だよね)
ローナは幽体の状態で活動するのは就寝時が主になる。
(時間帯もぴったりだし丁度良いかもね)
犯人が本拠地で安心しきっている所を風紀委員会が強襲するのは良い案ではないだろうか。
「分かりました、とりあえず考えてみます」
「あんま無茶すんなよ。正直、止めとけと言いたいんだが……」
委員は幼い女の子が犯罪者集団のいる危険地帯へ自ら飛び込んで行くのに危惧を抱く。
「その前にくたばったら意味無いぞ?」
「将来のためですから」
やたら正義感が強いな、と委員が思いつつ心配して警告のつもりで声をかけるが幼女の意志は固いようだ。
「一応、お嬢ちゃんの事は風紀委員会へ報告しておくからな」
「いざと言う時のための連携ですね」
「連携じゃなくてバックアップな?」
見当違いのローナの発言に委員がツッコむ。
いくら体が頑丈なキヴォトス人とはいえ、限度というものがある。
ましてや大人の犯罪者の中には殺人を厭わない奴も含まれる。
この学園都市キヴォトスの一般生徒はあまり知らないようだが、風紀委員会で経験を積んだ生徒から見ると数は少ないものの“紛れ込んでいる”のだ。
生徒に対しては「まだ未成年だから」とか「学園に所属している以上、風紀委員会と事を構えるのは損」という理由で大目に見られているだけで、その条件が外れたら命の保証は無い可能性が跳ね上がる事はあまり知られていない。
(万が一、死なれたら寝覚めが悪いんだよ)
委員は風紀委員会に報告するついでに、陰からローナを見守り護衛するための人員を派遣してもらおうと考えた。
ローナは指名手配書をランドセルにしまい背負う。
「聞き込みや指名手配犯を捜そうとする前と終わる時には必ずモモトークで知らせてくれ。途中、何か些細な事が起きても連絡するんだぞ」
「お気遣いありがとうございます」
年の割には礼儀正しいな、と委員が思いつつも本当に大丈夫かと心配になる。
(門前払いした方が良かったかな、これは)
委員は若干自己嫌悪しながら立ち去ったローナを見送ると、委員会へ連絡して対応を求めるよう行動を起こした。
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ランドセルを背負って帰宅したローナはスマホのホーム画面にある地図アプリを呼び出して自宅や小学校、商店街周辺を見て観察する。
この肉体の前の持ち主の記憶を頼りにスマホを操作する。地図が映し出されている画面の右上にあるアイコンをタップすると灰色のタブが表示され複数の選択肢が出た。
一覧表にはスーパーの特売日とかどんな映画が上映されているか、最寄りのバス停、近隣の料理店の紹介などが並んでいるが一番下に“事故事件通知“という表示があり、ローナは迷わずその文字をタップする。
スマホの画面に"読み込み中"という文字が表示され、地図上に赤と青の点があちこちに浮かび上がる。赤が事件発生場所で青が事故の発生場所のようだ。
試しに赤い点をタップすると発生時刻と何が起きたかが大雑把に表示された。また表示された見出しに“解決“もしくは“未解決“という表示もされている。
ローナは書店で購入した地図帳をコンビニのコピー機でページ毎にコピーしまくり、この辺り一帯の地図を床の上に並べた。
色付きのボールペンで未解決の事件のみを抜き出して床に広げた地図に印を書き込んでいく。加えて文房具屋で購入した小さなメモ帳に犯人の特徴や人数を書き、地図の印の側に置いていく。
「うーん」
未解決の事件の中の単なる些細な事から発展した喧嘩については除外し金銭絡みの犯罪に絞っていく。時系列順に発生場所に日付と番号を書き込んでメモ用紙に一枚ずつ番号を割り振っていく。
さすがにスマホに表示されている全ての出来事をメモする余裕はなかったので、メモ用紙の半分に書き込んだところで一旦手を止め起きた場所と内容を見比べてみる。
大半は地域住民や一般生徒に対して不良やヘルメット団が金銭を強要するという犯行が多く、風紀委員会が駆けつける頃にはとっくに逃げた後、という事例が多い。
まあそれはそうだよね、とローナは頷く。
数の上では風紀委員会の規模を遥かに上回る犯罪者がゲヘナ自治区に蔓延っているのだ。
それと数は少ないが個人商店や量販店、食料品スーパーなどに配送する納品車を襲撃する不良やヘルメット団もいる。
さすがに風紀委員会も地域を支えるお得意様を無下にするわけにもいかないので、それなりの規模で対応に当たっているがいくらかは逃げられているようだ。
大雑把に大別するとそのような割合となっており、メモに書き出していない残りの未解決事件を確認しても似たり寄ったりである。
ふとローナは思った。
解決された事件の方はどのような内容で、どんな割合になっているのだろうかと。
スマホを操作しようとしてタブの中に“放置“と表示されている項目があるのを見つけた。
何だろうと思いタップすると「個人間やグループ同士での些細な行き違いから発展した銃撃戦には基本関与しません。お互い気の済むまで決着をつけてください」と表示されていたのを見てローナは思わず苦笑いしてしまう。
そんなことまで労力を割く暇がないのだろう。
気を取り直して解決した事件だけを抜き出して一覧表を作っていく。
こちらもある程度だけ抜き出してから作成したばかりの表を眺める。
予想していた通り地域住民に対するカツアゲを取り締まった事例が大半を占めた。次いで多かったのが個人商店を襲った不良生徒やヘルメット団である。
あれ、とローナは気づいた。
個人商店、いわゆる零細企業は頻繁に襲われてはいるがそれ以上の規模となる中小企業への襲撃はあっても解決された事例が極端に少ない。
「何かおかしくない?」
スマホの画面に解決済の該当事件を呼び出して“詳細“をタップすると不良やヘルメット団の襲撃中に近くにいた風紀委員会により鎮圧したと表示された。
ならば未解決事件はどうなのかと検索すると、同様に襲撃されてはいるものの風紀委員会が駆けつけるよりも早く逃げられている事例が異様に多かった。
「この違いって何だろ?」
ローナが頭をひねると脳裏に昼間に会話した風紀委員の言葉が過ぎる。
“……大人が経営する企業も全うじゃないのが多い。同業他社へ生徒崩れをけしかけて襲撃させることも……“
「もしかしなくても、これの事?」
どうやらゲヘナ学園の風紀委員会が治安を維持している傍らで堂々と犯罪が行われているようだ。
スマホの地図上の事件の注釈には、取り逃した犯人の特徴だけで詳しく説明されていない。
(肝心の襲撃発生の時間帯が私が学校に行ってる間に行われてる。困ったなあ。勉強や友達と遊ぶの楽しいしすっぽかしたくないなあ)
いくら悩んでも解決策を思いつかなかったローナは、素直に交番で会話した風紀委員に連絡を取ることにした。
スマホからモモトークアプリを開き、体の前の持ち主の記憶を読み取りつつたどたどしく文字を打ち込んでいく。
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お姉ちゃん、今暇?
ん?
昼間の金チビか
金ちび?
ちんまい体に金髪だから金ちび
それやめて
ローナという名前がある
おうおう!威勢のいいこった
そういうのは手柄を立ててからだ
そうしたら呼んでやらんでもない
分かった
手柄欲しさに無茶すんなよ?
それでどうした?
スマホの地図アプリに
表示される未解決事件について
偏りがある特定の犯罪のみ
一部勢力を取り逃がしてばかり
そういうのが目立つ
どういうこと?
あー
企業が絡んだ犯罪だろ?
そう、それ
問題がいくつか
風紀委員の数が足りない
全ての犯罪を取り締まることができない
あとは人生経験の差だな
悪いこと積み重ねてきた奴らは手強い
生まれたばかりで
卵の殻が着いたままの
ひよこが敵うはずもないだろうよ
そして何よりの一番の問題がある
任期だ
私らは一介の学生だ
いくら経験を積み重ねても
卒業したらそれで終わり
知識として後輩に伝えることはできても
経験やカンを受け継がせることは難しい
正直後手後手だな
質問
お姉ちゃんが渡してくれた
指名手配書
あれに載ってない
これから悪いことをしようとする人を
通報して捕まえてもお金もらえる?
時と場合による
必要なのは証拠だ
どんな事をしようとしているのか
悪い奴らの会話を知るとか
どこでどんな事をしようとしているのか
どこの誰か
会話内容だけでも有力な証拠になるけど
言い逃れできない証拠があれば
なお良し
ふむふむ
どこの世界でも変わらないんですね
何の話だ?
ないしょです♪
……まあいいけどよ
なあ金ちび
やっぱ止めといた方がいいんじゃねえか
まずはそこらの
生徒崩れから始めた方が
お断りします
なるべく早いうちに
お姉ちゃんに
名前で呼んでもらいたいので♪
藪蛇だったか?
繰り返すが連絡を密にな?
分かってます
今日はどうもありがとうございました
それでは失礼いたします
おやすみなさい
ああ、おやすみ
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必要な情報は得たとローナはモモトークを閉じ、地図アプリを再び開き調べ物を再開する。
(学生でいられる時間はそんなに長くないけど人生の重要な期間なのは間違いないからね。うかうかしてられないや)
鼻歌を歌いつつディスプレイに映る情報収集を続ける。
なお、この日の深夜もお手洗いに起き出してきた両親に見つかり大目玉を食らう事になった。
夜更かしを始めた娘に今まで良い子だと思っていた両親は、何か熱中する物を見つけたのだろうと喜んでいたが翌日の学業に響くまでの行動は許していない。
勤務を終えて自宅に戻っていた風紀委員はモモトークを見つめたまま苦虫を噛み潰した顔をしていた。
(藪蛇だったかな)
今勤務している派出所には本人含めて二名しか詰めていない。あの小学生を付きっきりでサポートしてやるのは無理があった。
(昼間連絡した委員会だけじゃ無理があるな。情報部の方にも連絡入れるよう進言しとくか)
風紀委員はため息をつくとスマホを操作し始めた。