その日の晩。
僕と一夏は、腹を痛めてあまり眠れなかった。
一度トイレに篭り、十分したら出て一夏と交代。
一夏もまた、トイレから出たら僕と交代。
それが複数回ずっと繰り返される。
正直、地獄だった。
原因は、正直わかりきっている。
きっと……昼に食べた『アレ』だろう。
食べなければ良かったと後悔することは断じて無い。無いのだが……それはそれとして身体にダメージは残っている。
最早便も出ず、腹痛だけが残る始末に陥り。買っておいた胃薬を一夏と飲む。
ほんの少しだけ、痛みが和らいだ気がした。
ある程度腹痛も治って就寝。僕はげっそりと力尽きたように眠りにつく。
その日の夢見は、あまり良くなかった。
橋のかかった崖の向こうにシャルロットが居るのに、ただ只管その場で足踏みを続ける夢。
彼女はずっと向こう側を見ていて、僕から彼女の表情を確認することは出来ない。
自己嫌悪に陥るような、嫌な夢だった。
そして翌朝、僕が目を覚ます。
夢見の悪さに頭を掻いた。
じっとりと寝汗が背中を湿らせ、朝からなんとも嫌な気分である。
窓の外を見てみると、今日はいつもよりも太陽の位置が高いように見えた。
ふと、僕は嫌な予感がしたので時計の針を見てみる──
いつもより高い位置にお天道様は存在している。
しかし、しかしまさかな──
……残酷なことに、時刻は朝七時半を過ぎた時間だった。
そして、IS学園のホームルームの開始時刻は、朝八時。
ま ず い
「一夏っ!? 拙い!? ちこ──」
僕は咄嗟に一夏の姿を探し、彼に現在の時刻を伝えようとする。
しかし、部屋に一夏の姿はどこにも無く。
机を見れば置き手紙。
そこには一夏の文字で一言。こう書かれていた。
──起こしたからな。 by一夏
丁寧に書かれた置き手紙を、グシャリと握り締める。
野郎……! 僕を見捨てやがった!?
着替えを済ませて現在時刻は七時四十分。
食堂が空いている時間は朝は七時五十分まで。
走って食堂行って、五分で流し込んでまた走れば八時には教室にまだ間に合う。
再三言うが、僕らの担任はかの有名な織斑千冬先生。
遅刻は即ち地獄を意味する。
僕は昨日用意していた授業で使う教科書類を引っ掴んで、全力で走って食堂へ向かった。
「ぬおおおおおおおおお!! ──お? あれは? 」
食堂へ全力で向かっていると、前方に見える金色の影。
「ち、ちこ──遅刻しちゃう!! 」
「シャルロット!! 」
影の正体はシャルロットだった。
見るからに急いだ様子で、息を切らしながら走っている。
珍しいことに、どうやら彼女も寝坊したらしい。
「星一っ!? まさか星一も? 」
「ああ寝坊したさ畜生め!! 一夏にも見捨てられたしな!! 」
しかし本当に珍しい。シャルロットが寝坊するなんて。
興味本位で、僕は彼女に寝坊した理由を走りながら聞いてみた。
「君も寝坊だなんて珍しいな! どうしたのさ!! 」
彼女は特に僕のような外的要因で寝坊する理由は無い。
シャルロットは、僕のそんな質問に顔を赤くして叫んだ。
「ハンバーグのこと……──なんでも無い!! ただの寝坊っ!! 」
そっか!! そういう日も、あるよな!!
彼女に並走する形で食堂に急ぐ。
僕たちは走る勢いのまま食堂へ滑り込み、同時に注文した。
「「お茶漬けっ!! 」」
「はいよー」
気の抜けた食堂の職員さんの声がすると、二十秒程でお茶漬けが出てくる。
僕らは近場の席を探す。
すると──
「星一! シャルロット! 急げよー! 先、行ってるからなぁ! 」
「一夏、てめぇっ!? 」
「一夏!? 」
一夏が僕たちを通り過ぎて走り去っていく。
そして──
「アンタら二人が寝坊なんて珍しいわねー」
「急いだ方がよろしくてよ! 」
「すまんな。星一、シャルロット」
「諦めるな、まだなんとかなる」
鈴さん、セシリアさん、箒、ボーデヴィッヒさんが後を続いて僕たちを置いていく。
時刻は現在七時五十二分。食堂が閉まるのを遅らせてしまった。職員さんごめんなさい。
拙い、本当に拙い。
「星一っ!! こっち!! 」
「──っ! ありがとう、シャルロット!! 」
シャルロットが席を確保していてくれたので、直ぐに座って朝食を最早飲む。
「「あっつ!! 」」
二人して舌を火傷しつつもなんとか食べ終わる。が──
馴染みのある鐘の音が、僕らの鼓膜を刺激した。
「やっばい、今のは──」
「予鈴だよ、星一! 急がなきゃっ! 」
ホームルーム開始五分前の予鈴が鳴り響き、いよいよもって遅刻の可能性が高くなって来た。
僕らはすぐに食器を下げて、教室へ急ぐ。
ここから教室まで五、六分ほど。
間に合う。まだ間に合うはずだ。
そう信じないと、やってられなかった。
校舎の廊下を全身全霊で走る。まさに電光石火。僕とシャルロットは今、韋駄天にも勝るかもしれない。
あれから走って数分、僕らは自分たちの教室のある階に辿り着く。
もう目的の場所は近い。間に合うぞ、と。少し安心した次の瞬間だ。
「良し、これなら間に合──」
──響き渡る、無情な鐘の音。
僕とシャルロットはそれを聞いて顔を青ざめさせる。
「そんな──」
「まだだっ!! 走れ! シャルロット!! 」
「──っ! うん!! 」
鐘の音はまだ続いている。
いつか、誰かが言っていた。
『チャイムが鳴り終わるまでは遅刻じゃない』──と!!
僕は諦めない。何事も全力を出せば問題はない。
Puls Ultraの精神だ。乗り越えていけ。
二度目のキンコンカンコンの『カン』の部分で、僕らは教室の扉に辿り着く。
そして──
「チャイムが鳴り終わって無いからセーフだっ!! 」
教室の扉を開け放ち、叫ぶ。
──しかし。
「アウトだ。馬鹿者」
「ですよね」
既に教室に居た織斑先生の出席簿が、僕とシャルロットの頭を直撃した。
「うごぉ……」
「いったぁ……」
僕とシャルロットが痛む頭を抱え込む。
芯に響く痛みだ。頭蓋に長く衝撃が響いている。
激痛、というより鈍痛。
油断すれば、頭が割れてしまいそうだ。
「今日の放課後に教室の掃除。そして、反省文を一枚それぞれ提出しろ。
初犯だから、それで勘弁してやる」
「はい……」
「承知しました……」
織斑先生から本日の罰を承って席に着く。
痛みが響く頭を抱えて項垂れていると、近くの席の布仏さんが話しかけてきた。
「珍しいねぇ〜、ひらちーとデュッチーが遅刻なんて〜」
「ああ、おはよう布仏さん……。いろいろ、あったんだよ……」
「おはよ〜。あはは、遠い目してる〜」
窓の外を遠く見つめて答える。
糞……今日は朝からなんて日だ……
「さて、そろそろ期末試験の時期も近づいている。お前たちはIS学園とはいえ高校生。赤点など、取ってくれるなよ」
織斑先生がホームルームでそう話す。
そういえば、もうそんな時期が近いのか。
まあ、毎日予習復習はある程度しているし、よっぽどの事が無い限りは問題ないだろうけれど。
というか、IS学園に入れる人間なのだから。通常教科で赤点を取る人間なんて、そうそう居ないだろう。
「そして、来週には校外学習がある。三日間とはいえ学園を離れるんだ。準備は怠るなよ」
「はーい」とクラス全員が返事をする。
校外学習──即ち臨海学校か……確か初日は完全な自由時間で、海で遊ぶことが出来るって聞いていたな……
そういえば僕。水着無いじゃん。
まあ、一夏辺りを今週末誘って買いに行けばいいか。
そう考えながら、僕は今日の授業を受けた。
◆◆◆
放課後、シャルロットと掃除を終えた僕は一度彼女と別れ、今週末水着を買いに行かないかと一夏を誘おうと彼を探していた。
すると、ちょうど寮の廊下で一夏と出会ったので、彼を誘おうとする。
しかし──
「おお、星一。ちょうど良かった。今週末一緒に水着買いに行こうぜ」
「そりゃあちょうど良い。僕も君を誘おうとしてたんだよ」
「お、マジか。じゃあ、箒もいるけど良いか? 」
「うん? 」
一夏よ。君はまた朴念仁を発動しているのか?
「いやよ。この前箒に買い物に付き合ってくれって言われてたじゃんか。それで、ちょうど俺も水着を買いたかったしってことで……」
「オーケー、一夏。やっぱこの話は無しだ。ちゃんと箒と『二人きり』で行って来なさい」
「あ、おい! 」
僕は踵を返してその場を後にする。
背後から何かワーワーと聞こえてくるが僕には聞こえない。
全く、僕に野暮なことさせるなっての……
自販機で紙パックのお茶を買い、共有スペースで飲む。
さて、仕方がないから休日は一人で水着を買いに行くか……
そう考えていた時だった。
「あ! 星一、ここに居たんだ」
「うん? シャルロットと……ボーデヴィッヒさん。どうした? 」
ちびちびとお茶を飲んでいると、シャルロットとボーデヴィッヒさんが僕を訪ねてくる。
何やら僕に用がある様子。
僕は、彼女たちに目を向ける。
「今週の土曜日、一緒に出かけない? 臨海学校の準備で必要なものを買いたくて……」
「おお、ちょうど良かった。僕も一夏を誘ってたんだけど、先約があったみたいでさ。一人でどうしようか悩んでたところなんだ」
「ふむ、嫁の先約とは一体なんだ? 」
ボーデヴィッヒさんが眉間に皺を寄せて僕の失言に反応する。
あ、やっべ。そういえばボーデヴィッヒさんも一夏に堕とされてるんだった。
ここで一夏が箒とデートするなんて情報を漏らして仕舞えば、箒に申し訳が立たない。
うーむ、どうしたものか……
「ほらラウラ、今一夏のことを考えるのも良いけど。可愛い水着買って、臨海学校で一夏に褒めて貰うんでしょ! 」
「う、うむ! そうだったな! 目標はぶれないようにしなければな! 」
シャルロットがボーデヴィッヒさんに今回の主目的を思い出させて、彼女の気を逸らす。
彼女のアシストで、上手いこと地雷を回避する事が出来た。
ありがとうシャルロット。正直助かった。
「ということで、星一。一緒に水着も買いに行って欲しいんだけど……」
「ああ、問題無いよ。僕も準備で必要なものを買いに行くところだったし。ぜひとも、ご一緒させてくれ」
僕が彼女たちの誘いを断る理由は無い。
まあ、ボーデヴィッヒさんの水着はシャルロットが選ぶのだろう。
僕は一度別れて自分の水着を探せば問題無い。
そう思った僕は、なんの躊躇いもなくそれを承諾した。
「わかった、ありがとう! じゃあ土曜日、よろしくね」
「頼むぞ、星一」
「おう、わかった。こっちもよろしくな」
そう話して、共有スペースを後にする。
空になったお茶を燃えるゴミに捨てて、自分の部屋に向かった。
シャルロットと、休日に、出かける。
ボーデヴィッヒさんも一緒だけれど、再会してから初めての彼女との外出だ。
そう考えてしまうと、僕の心はどこか浮ついてしまうのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ドタバタの日常と、進みそうで進まない関係を描けていたら幸いです。
また次回も、お付き合いください。