「『レゾナンス』、か」
ボーデヴィッヒさんが歩きながら呟く。
「そう、この島で一番の大きさを誇るショッピングモール」
「ここに無ければ本島に行くしか無いって言われてるくらい、全部が揃ってるらしいんだよね」
僕とシャルロットが、彼女のその呟きに反応して答える。
そう、僕たちは今、約束通り臨海学校の準備をするためにこのレゾナンスへと訪れていた。
「でもラウラ。まさか私服を持ってないなんて……」
「今まで必要無かったからな。これからも要らないとは思うが……」
「良くないよ! 今日はラウラの私服も含めて買い物するからね!! 」
「む……わかった」
ボーデヴィッヒさんは私服を持っていなかった。
今日だって、軍服は周囲を威圧するからという理由で学園の制服で買い物に来ている。
幾ら軍人だとはいえ、花の十代女子がそれで良いのだろうか?
まあ、その辺りはシャルロットが同室のよしみで面倒見ているらしいけれど。
「ここか……」
「大きいね……」
「……僕も初めて来たけれど、ここまでとは」
到着するや否や。
あまりに圧巻の大きさに、僕らは感心してしまう。
確かにこれは、噂されるだけのことはある。
「さて、まずは私たちの水着を探しに行こうか」
「了解、ええと……地図地図……」
「ここにあったぞ」
施設内の店舗を示す地図を確認すると、水着等が置いてある服飾コーナーは施設の三階。
近くにエスカレーターがあったので、僕たちはそれに乗って三階へ行くことに。
乗っている最中でも見える数々の店舗。視界に入ってくる情報量が凄まじかった。
「──っと。ここが三階か……。ん? アレは? 」
目的の階に到着すると、目の前の柱に見覚えのある影が二つ。
小柄なものと、シャルロットとはまた違う金色のものだ。
「──ど。……ね」
「……わね。──すわ」
柱の影に隠れて何かを尾行する二つの影。
もじもじとしながらも決してその何かに気づかれないように立ち回る影たちは、有り体に言ってしまえば怪しいことこの上ない。
……正直、見なかったことにしてこの場を去りたい。
「む、鈴とセシリアではないか。二人して何をしている? 」
「ラウラ、見ちゃいけません。あれは私たちには救えぬものだよ」
「ボーデヴィッヒさん、こっちの道から行こう。それが良い、そうしよう」
「いや、しかしだな──おい!? わかった! わかったから離せシャルロット! 制服が! 制服が伸びる!? 」
あの二人の視線の先に居るのは間違い無く一夏と箒だ。
そして、鈴さんとセシリアさんはそれを見つけたけど以前の箒の告白失敗事件を思って邪魔できないでいる。
邪魔は出来ないけど羨ましい。羨ましいからせめて後をつける。
きっと、そういった具合だろう。
……お労しい。
一夏、君という男は本当に罪な男だよ……
あそこに更にボーデヴィッヒさんを入れてしまうわけにはいかない。
僕とシャルロットは、迂回して水着売り場まで行くことにした。
「お、これ……」
「星一? その雑誌がどうかしたの? 」
道中本屋があったので少し立ち寄ると、僕が普段購読している月刊の釣り雑誌の新刊が出ている。
そういえば、先週が発売日だったか。
「ふむ、星一は釣りが趣味なのだな」
「うん、前は結構な頻度で行ってたけど。最近はめっきり行ってないな」
ここ最近は事件があったり、機体の整備をしたりで碌に休日を満喫していなかったっけ。
久々にまた来週あたりに行っても良いかもしれない。
「ボーデヴィッヒさんも釣りとかするの? 」
「いや、趣味としては私はしていないな。サバイバルの訓練として行ったことはあるが……」
「おお……流石軍人……」
釣り雑誌の隣に目を移すと、そこには低俗なゴシップ雑誌。
表紙には『フランス代表候補生、突然の辞退。一体何が? 』と大きくはないものの、見出しとして書かれているものがそこにあった。
僕はそれに対して、シャルロットに気づかれないよう静かに持っていた釣り雑誌を重ねてその場を後にする。
「あれ? 買わなくて良かったの? 」
「うん、別にまた買えるしね」
特に何も無いように振る舞って、僕は本屋から離れる。
学園では今の所問題は無いけれど、やはり外では嫌な空気が存在する。
これを払拭することは僕には出来ない。だから僕は、せめてシャルロットの味方あり続けることでしか、彼女を助けることが出来なかった。
「さて、着いたな」
「おお……」
「結構あるね……! 」
辿り着いた水着コーナーは、やはり海水浴シーズンということも相まって、目を見張る量の水着が存在していた。
看板を見ると、『←男性水着 女性水着→』と書かれている。
なるほど、男物は左か。
「じゃあ二人とも。僕は自分の水着見てくるから、二人もゆっくり選んでてよ」
「うん? 何を言っている? 」
ボーデヴィッヒさんが不思議そうに僕を見る。
え? いやいや。何か変なこと言ったか? 僕?
「お前も一緒に水着を選ぶのだぞ。私と、シャルロットのも」
「私もぉ!? 」
なんでぇ!? 僕は自分のを選んで後で合流と思ってたのにぃ!?
「い、いやいやラウラ。確かに男性目線の意見で星一を連れて行こうって言ったのは私だけど、それはラウラの分だけで……」
「何を言っている。それならシャルロットも男の目線からの意見を聞くべきだろう。私だけアドバンテージを得るのは良くない」
──僕の情緒が良くなぁいっ!!
シャルロットがボーデヴィッヒさんの説得を試みようとするが、彼女はテコでも動かない。
彼女は必死に、それはもう必死に説得している。
僕も説得を一緒にしたいけれど、どうしても僕の中の僕が『選びたい』と叫んで考える力を抑え込んでしまっている。
勘弁してくれ。抑えろ僕。
と、とりあえず何か言葉を……
「せ、星一……」
「はいぃ!? 」
僕があたふたとしている間に彼女たちの話しが終わってしまった。
ど、どうなった……うまく説得出来たのか……?
「え──」
「え? 」
顔全体を全て朱色に染め上げた彼女が、呟くように上目遣いで一言。
「選んで……くれる……? 」
「選ばせてください」
思考が吹っ飛んだ。
「ほ、本当にこれで良いんだな? 」
「自信持ってボーデヴィッヒさん。ちゃんと似合ってるよ」
「そうだよラウラ! 可愛いって!! 」
ボーデヴィッヒさんの水着は、思いの外早く決まった。
元々彼女が『良い』と思った水着が、ちょうど彼女の見た目と合致した。
黒色を基調とし、所々フリルの入ったデザインの水着は、人形のような姿の彼女にはピッタリだ。
僕とシャルロットは太鼓判を押し、彼女はそれを購入した。
……さて。
「次はシャルロットの番だな」
「はうっ! 」
「んぐっ……! 」
さあ来たよ。どうするよ。
確かに僕はシャルロットに水着を選んで欲しいと頼まれたよ。
でもそれはボーデヴィッヒさんの押しが強かったのもあるからで……
だけど彼女の水着を選べるのであればそれはもう選びたいし──って何を考えているんだ僕は!?
「せ、星一は……どんな水着を着て欲しいの……? 」
「ま、まずは君の着たい水着を知りたいなぁ……」
「そ、そうだよね!! ごめん!! 」
シャルロットが自分で水着を選びに商品を散策しに行く。
僕はその姿を見ながらその場で立ちすくんでしまう。
さっきから酷く顔面が熱い。
顔面が熱いどころか耳先まで熱い。
耳先どころかもう身体中が熱い。
冷房ちゃんと効いてるのか? このフロア。
「星一よ」
「……何、ボーデヴィッヒさん? 」
ボーデヴィッヒさんが僕を呼ぶ。
こっちはそれどころじゃ無いのに、一体なんなんだ?
「……グッ! 」
「グッ! じゃねぇよぉ……」
彼女は僕の肩にポンと手を置いて、サムズアップをしてみせた。
冗談じゃねえよ畜生……
そうこうしていると、シャルロットが水着を選んでこちらに持ってくる。
二つの水着を両手に持って、駆け足気味に戻ってきた。
「え、ええと……私はこんな水着が良いな……と、思って……」
彼女の片手には、水色のワンピースタイプの水着。
露出度は控えめだが可愛らしく、少女のような印象を受ける。
一目見て「あ、良いな」って思ってしまった。
そっち良いな、と。指をその水着に指そうとした時、もう片方の手にある水着が目に入ってしまった。
それはオレンジ色のビキニだった。
シンプルなデザインで、太陽を思わせる色合いはまさに彼女にぴったりだ。
下はスカートタイプのデザインで、ストライプの模様があしらわれている。
大人っぽいデザインだけれど、どこか少女の要素も感じられる。まさに中間のような印象。
僕の脳内に、この水着を着ているシャルロットが浮かんでしまった。
もはや、躊躇することも無く。思考が完全にそちらの水着へ向いてしまう。
「……ちが……です……」
「え? 」
顔を手で隠して彼女に伝えるも、声が小さいのか通じない。
ああ、もう。この水着が良いってんだよもう……
今度は指をしっかりとその水着に指してシャルロットにはっきりと伝える。
「こっちの水着が……良いです……!! 」
今、僕はどんな表情をしているだろう?
とてもじゃないが、シャルロットには見せられない表情をしている自覚がある。
「そ、そっか……。わかった! 」
僕がはっきりと意思表示をすると、シャルロットは恥ずかしそうに、そして何処か嬉しそうにその水着を抱えて試着室に入った。
多分、サイズの確認をしているのだろう。あの水着を着ている姿を、今見せてくれるのだろうか?
僕がドギマギとその場で彼女が出てくるのを待っていると、シャルロットは水着に着替えず、先ほどと同じ格好で試着室から出てきた。
「あれ? 何か気に入らなかったのか? 」
「ううん! 凄く気に入った! でも……」
次の瞬間。彼女は天然で僕の純情を殺しに来る。
「──どうせなら、海で君に見せたいなって……」
そんなこと言われたら僕は……──
さて、あの後僕も適当に水着を選んで買ったは良いものの。ボーデヴィッヒさんの姿が見えない。
彼女は何処へ行ったのか? 僕とシャルロットが辺りを見渡すと、こちらに向かってくるボーデヴィッヒさんが居た。
その手には缶コーヒーが握られている。
ああなんだ。自販機に飲み物買いに行ってただけか。
「お待たせボーデヴィッヒさん。ごめんね、喉乾いてたのか」
「ああ、違う。問題無い。ただ──」
彼女は、何処か遠い目をして言った。
「少し、苦いものが飲みたくなった。それだけだ」
何故かはわからない。何故かはわからないが。
ブラックの缶を握りしめて、彼女は呆れたように笑うのだった。
この後。私服を持たず、制服と軍の礼服しか持っていないボーデヴィッヒさんの私服を買いに移動したり。
途中、昼食を摂ろうと喫茶店に入ったりして僕らは時間を過ごす。
臨海学校で必要なものもあらかた買って、僕たちの荷物は、来た時よりも遥かに多くなっていた。
そして寮に帰って、日曜日は準備。
その翌日には……いよいよ臨海学校だ。
さて、次回からいよいよ『臨海学校編』です。
シャルロットとの距離は、相変わらず付かず離れず。
ただ、このままで済むかどうかは……
本人たち次第、でしょうか。
ぜひ、次回もお付き合いいただければ幸いです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。