青い空、白い雲……は一つも無し!
鼻腔をくすぐる潮の香り!
熱い砂浜と、見渡す限りに広がる水平線!
「「「「海だ〜っ!! 」」」」
天気は良好。素晴らしい、絶好の海水浴日和だ。
今日、僕らは臨海学校当日。
僕らIS学園一年生一同は、校外学習の一環で海水浴場に訪れている。
僕は荷物を旅館の自分の部屋に置いた後、一夏を置いて真っ先に海水浴場へと向かっていた。
道中不思議なウサ耳が地面から生えているモニュメントがあったけれど、特に気にすることもなくスルーした。
折角海で遊べるんだ。僕は早く遊びたくて仕方が無かった。
「……うーっす星一」
「どうした? 一夏。そんなしょぼくれた顔して? 折角の海だぜ? 」
「……いや。道中天才、というか天災……に久しぶりに会った。というか、なんというか……」
「うん? 」
一夏が苦笑いをして、疲れたように水着に着替えてやってくる。
微妙な表情。言っていることも要領を得ない。
なんだ? 全くもって意味がわからない。
「まあ良いや。いいか一夏、海だぞ海。テンションが上がるなあ! 」
「……そうだな! うっし! 遊ぶぞお! 」
最近事件続きで難儀してたんだ。
こういった行事でリフレッシュしないとやってられん。
テンションを上げて、楽しまねば。
僕は一夏と一緒に浜辺まで歩いていった。
「さて、泳ぐ前といえば……」
「先ずは準備運動、しとくか」
先ずは海に入って泳ぐ前に、しっかりと準備運動。
足のつかない海の中で溺れたりしたら洒落にならない。
僕と一夏は、各々で足を伸ばしたり軽くジャンプして運動していた。
すると……
「何? アンタら律儀に準備運動なんてしてるわけ? 」
「鈴! 」
「おや鈴さん」
鈴さんが呆れた顔をしながら僕らの元へやってきた。
鈴さんは準備運動をしている僕らを小馬鹿にした様子で笑ってくる。
いやいや、大事だよ? 準備運動。
「そんなこと言ってると、溺れても知らないぜ? 鈴」
「そうだぞ鈴さん。海は怖いんだぞ」
「大丈夫よ。私、前世は人魚だったから」
何処から来るんだその自信は……
「ねえ、ちょうど良い距離だし。あの沖にある岩場まで競争しましょうよ? 負けたらパフェ奢りで」
「別にいいけど……何処のパフェだ? 」
「『@クルーズ』」
「げ……あそこめっちゃ高いじゃんか……」
「逃げるの? 」
「上等! 」
「じゃ、僕がスタートの合図を出すよ」
そう僕が言うと、鈴さんと一夏が海に入って用意をする。
それを見て僕は、自分の片手をあげた。
「それじゃ……位置について、よーい……スタート!! 」
僕の掛け声に合わせて、一夏たちが一斉に泳ぎ出す。
二人の泳ぎは互角であり、どちらが先に着くかわからない。
中々良い勝負だな。と、最初は思っていた。
──しかし、ある一瞬を境に一夏が大きくリードすることになる。
これは一夏の勝ちか、と思ったが……どうも様子がおかしい。
次の瞬間。一瞬鈴さんの動きがもつれたかと思ったら、彼女の姿が海中へ消えた。
やばいっ!?
「一夏っ!! ストップだっ!! 」
僕が声を張り上げると、一夏は気がついたのか、辺りを見渡した後にすぐに海中へと潜っていった。
僕は、ネックレス状の待機形態だった護星を起動。
鈴さんが消えた辺りまですっ飛んでいく。
僕が彼らの消えた位置まで飛んでいくと、ちょうど一夏が鈴さんを抱えて海面へ浮上してきた。
「一夏! これを!! 」
僕は護星のバススロットから紐のついた浮き輪を取り出し、彼らに投げ渡す。
一夏と鈴さんはそれに掴まって、なんとか姿勢を保てていた。
呼吸は荒いものの、海水を多く飲んでしまった様子は無い。
なんとか、助かったらしい。
「あっぶねえ……だから言ったろ? 鈴さん」
浮き輪を掴んで落ち着いた彼らに話しかける。
鈴さんは息を切らしながらも、申し訳なさそうに謝ってくれた。
「ごめんなさい……助かったわ……ありがとう。一夏、星一」
「これから気をつけてくれれば良いさ」
「そういうこと。──それにしても星一。お前よくこんな浮き輪持ってたな」
一夏が感心したように僕に話しかけてくる。
そういえば、言ってなかったけか。
「ああ。僕の護星は対テロリストの対人制圧が主な目的だけど、どんな時でも人命救助が最優先だからね。武装より先に、人を助ける道具が入ってる。そういう機体なんだよ」
他にもいっぱい入ってるぞ? 最大六人が乗れるボートとか、応急処置用の救急箱やAEDも入ってる。
そう付け加えると、一夏は「へー。良いな、それ」と言ってくれた。
僕も命を優先する護星のこの設計はとても気に入っているので、彼がそう言ってくれると誇らしかった。
「じゃ、この勝負は無しってわけだけど。
鈴さんは心配かけたわけだし、ジュースでも奢って貰おうかな」
「……うぐっ、わかったわよ。コーラで良い? 」
「頼んだぜ。鈴」
浜辺についた後。僕が護星を解除して鈴さんにそう言うと、彼女はバツが悪そうに海の家の方向へ向かって行った。
「あの、一夏さん……」
そして、そんな鈴さんと入れ違いになって現れる影が一つ。
「おお、セシリア。どうしたんだ? 」
セシリアさんだった。
彼女はその頬を赤らめながらも、しっかりと一夏の方を向いて話しかけている。
その手には、割とお高めなサンオイルを持って。
うん、これは……
「サンオイル……塗っていただけませんこと? 」
「えぇっ!? 」
衝撃的。そして大胆なお誘い。
これには流石の一夏も動揺したのか、顔を赤くして狼狽えている。
中々勝負師だな。セシリアさん。
「いや……他の女子は……」
「私は、『一夏さん』に塗っていただきたいのです! 」
「んぐぅ……」
おお、押しが強い。
頑張れセシリアさん。君の勇気が一夏を変えるかどうかもわからんぞ。
一夏も存外押しに弱い。これがうまく決まれば、彼女は一歩リードするかもしれない。
──が、しかし。ここで僕はふと思う。
今、一夏がセシリアさんにサンオイルを塗るとしよう。
そして、ここにはいずれコーラを手にした鈴さんが戻ってくる。
サンオイルセシリアさん+一夏+鈴さん=修羅場。
うん、地獄の方程式が完成してしまった。
修羅場はごめんだ。ここは一夏を置いて退避するとしよう。
「じゃ、一夏。僕あっちの砂浜で完成したアンコールワット再現してくるから」
「いやまだ完成してねえだろ!? おい、待て!? 星一!! 」
くわばらくわばら。触らぬ修羅場に祟り無しってね。
僕は一夏を彼の受難ごと見捨てて、一人砂浜を歩く。
さて、どうしたものか……
周囲を見渡すと、他のクラスメイトはビーチバレーをしたりドッジボールをしたり。
各々で楽しんで海で遊んでいる。
──そういえば、シャルロットは一体どこにいるのだろうか?
頭の片隅に置いていた思考が、一人になって浮上する。
僕の視線は、自然と周囲を探るようになり、彼女を探してしまっていた。
……別に、僕が選んだ水着を着ているシャルロットが見たい、けど。見たいけど必死になって探すわけでは無かった。
僕がつい視線を右へ左へ動かしていると、視界の端に謎の物体が映る。
タオルでぐるぐる巻きのそれは、ちょうど海水浴場への入り口あたりで微動だにしない。
その隣には、これまた奇妙な狐の着ぐるみが佇んでいた。
「なんだ……あれ……? 」
夏場の海にはあまりにも似合わない厚着のそれ。
北風は夏場で不在だというのに、あそこの二人は旅人なのだろうか?
僕は、興味本位でタオルと着ぐるみに近づいてみた。
「あ〜。ひらちーだ〜、やっほー」
「おお、布仏さんだったのか。……暑く無いの? それ」
「ふっふっふ……特殊な素材で出来た水着なのだよ〜」
狐の着ぐるみの正体は、布仏さんだった。
彼女曰く、特殊な素材をこれまた特殊な製法で編んだこの水着は、通気性が良く意外と暑く無いらしい。
……凄いな。最近の服飾の技術は。
「──で。隣のタオルミイラは? 」
「ラウラウだよ〜。なんかねぇ〜いざ水着を着たは良いけど、恥ずかしいんだって〜」
「……ぐぅ」
僕が隣のミイラについて布仏さんに聞いてみると、なんとこれの正体はボーデヴィッヒさんだった。
全身にタオルを巻いて如何にも暑苦しい格好をした彼女は、折角買った水着を隠している。
ミイラとなった彼女は、ぐうの音を零していた。
もったいない。
「ほーら、ボーデヴィッヒさん。一夏なら向こうに居るから、ゆっくり歩いて行ってきな」
「だ、だが星一……やはり恥ずかしい……」
「大丈夫だから。ちゃんと君は魅力的だし、一夏も褒めてくれるよ」
「ほ、本当か? 」
「ほんとほんと。ほれ、行きな」
ボーデヴィッヒさんは僕の言葉に多少勇気が出たのか、ゆっくりと足を進めて行く。
……いや、タオルは取れよ。あれじゃ誰かわからんぞ。
「すまん、布仏さん。ボーデヴィッヒさんを頼んでも良い? 」
「良いよ〜。あれは確かに不安だもんね〜」
彼女はボーデヴィッヒさんを追いかけて行こうとする。
だが、彼女は立ち止まって「あ、ちなみに」と言葉を続けた。
「デュッチーは向こうの岩場に行ってたよ〜」
「……オーケーありがとう。でもなんで僕が彼女を探している前提なのかな? 」
「だってひらちー、ちょっと寂しそうだったし〜。探すならデュッチーしかいないかなって〜」
「それじゃあね〜」と布仏さんはボーデヴィッヒさんに追いついてその場を去っていった。
……寂しそうって何さ。畜生。
──気を取り直して、布仏さんの言っていた方角へ進んでいく。
進めば進むほど人気は少なくなっていき、やがて人間は僕一人なのではないかと思うほど人が居なくなった。
本当にここに彼女が?
辺りは少し岩に囲まれて、周囲の見晴らしはあまり良くない。
ふと腰掛けるのにちょうど良い岩を見つけたので、座ることにした。
僕が岩に腰掛けた瞬間。
背後から聞き馴染みのある声が聞こえた。
「せ、星一!? どうしてここに!? 」
「おお、びっくりした。その声はシャルロットか」
シャルロットの声だった。
どうやら、布仏さんの情報に誤りは無かったらしい。
「いや、ちょっと一人で休めるところは無いかなと思って歩いてたら、ここに着いただけだよ」
「そ、そっか」
流石に、「君を探しに来た」なんて恥ずかしくて言えるわけが無く。
適当に誤魔化しの台詞を言ってしまう。
取り敢えず、僕は彼女の方へ振り向こうと身体を起こしたが……
「ちょ、ちょっと待って!! ストップ!! 」
「お、おう」
振り向こうとしたところ、シャルロットに止められてしまう。
な、何故に……?
「い、今、私は、君に選んで貰った水着を着ています」
「う、うっす」
僕は今、彼女の許可無しに振り向けないのでシャルロットの様子がわからない。
わからないけれど、聞こえてくる声色的にも彼女の余裕の無さが把握出来てしまった。
「そ、その……お披露目するのにちょっとだけ勇気が必要で。
こ、心の準備を待って貰えますか? 」
「は、はい! わかりました!! 」
勘弁してくれシャルロット。
僕だって、君の水着姿を見るために、これまで沢山の自分の中の何かと戦って、ようやく落ち着いていたところだったのに。
『心の準備』なんて言われてしまったら、ようやく落ち着いてくれた何かが、今以上に膨れ上がってしまう。
ああ、ここは日陰だというのに。顔面がどんどん熱くなっていく。
僕のこの気持ちは、夏の日差しのせいに出来ないらしい。
──時間にしてどれくらい経っただろうか?
長く、永い……いや、きっとそこまでの時間は経っていないのかもしれない。
しかし、今僕とシャルロットの間に流れる時間は、時計では現せない領域に達していたと確信できる。
「よし……。せ、星一。どうぞ……!! 」
彼女が僕に『許可』を出す。
ああ、僕だって漢さ。決めるなら、一気に──!
振り向いた時。
そこに居たのは、ずっと、僕の頭で描いてしまっていた彼女の水着姿。
オレンジ色のビキニ、ストライプカラーのスカート。
僕がシャルロットに選んだ水着を、今、彼女が身につけている……!!
最早言葉では言い表せない。
ただ、『可愛い』だとか『めちゃめちゃ可愛い』だとか。そんな単純な単語だけが脳内を支配する。
どうすれば良い? 僕はこの感情をどうすれば良い──!?
「どう、かな……? 」
顔を赤くして、不安そうにシャルロットが呟く。
きっと、僕も今顔が真っ赤だろう。
わかりきってる。今この状態、僕の顔の熱さが何よりの証拠だ。
「す、ごく……可愛い、です……!! 」
「かわっ!? 」
「──っ!? 」
シャルロットがびくりと僕に言葉に反応する。
僕自身も、つい口に出た単語に気がついて口を抑えてしまった。
本当は、「似合ってる」とか、「君の雰囲気に合ってる」とか言うつもりだったのに──!!
「…………」
「…………」
沈黙が僕らを包む。
シャルロットの顔も真っ赤だし、僕の顔に至っては火を噴きそうだ。
そして、僕の胸の内に『彼女を他に見せたく無い』というドス黒い何かが溢れ出そうになる。
だが、シャルロットのこの姿を、たとえ一夏であったとしても見られてしまうと考えるだけで僕は──。
──刹那、普段の僕が考えないような醜い思考が脳裏を過ぎる。
もう、どうにもならん──!!
「ふんっ!! 」
「え、星一!? 」
海の水にザブンと頭を沈める。
シャルロットの驚きの声が聞こえてくるが、今の僕自身を鎮めるためにも必要なことだ。
頭が冷えて、少し冷静になる。
これなら、もう問題は無い。
「シャルロット」
「う、うん……」
僕は彼女を見てにこやかに笑った。
……笑えてたはずだ。
「その水着、凄い似合ってる。君の雰囲気にぴったりだ」
「あ、ありがとう」
僕は最低だけど、自分を取り繕った。
そうでもしないと、もうどうにかなりそうだった。
「あっちでみんなビーチバレーしてるみたいなんだ。一緒に参加させて貰おう」
「そ、そうだね! 行こうか!! 」
シャルロットも僕の言葉に乗っかって、僕らは岩場から出る。
この後一夏たちとビーチバレーをして楽しんだ。
シャルロットは楽しそうに笑っている。
僕だって楽しい。楽しかった。
だけど、彼女が周りに──特に、一夏に笑いかける時に、もっと僕に笑って欲しいと思ってしまう。その笑顔を見せて欲しいと願ってしまう。
だから、どうしても踏み出せない僕は僕自身に、ささくれだった気持ちが収まらなかった。
楽しい海。見たかったはずのもの。
充実した一日だとしても、心の奥は単純にはいかないようです。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
また次回も、お付き合いください。