私は、いや。私たちは今、一夏の部屋の前にいる。
事の発端は、夕食を食べ終えた後自由時間で、私が星一や一夏、ラウラたちと一緒にトランプでもしようと誘おうと彼の部屋に訪れた事だった。
トランプを片手に彼らの部屋の前に行く。
行こうとしたのだけれど……
「ええと。みんな、何してるの? 」
一夏の部屋の前には、ラウラを始めとしたいつもの四人が彼の部屋の扉に一個に固まって耳をつけている。
流石の異様な光景に、私も苦笑を隠せない。
「あ、シャルロット! ちょっとアンタもこっち来なさい!! 」
「え? いや、私は星一に用が……」
「星一にも関係があるのよ! 良いから!! 」
鈴が捲し立てるように私を呼ぶ。
星一にも関係があると言い放つ彼女は、どこか顔が赤くて焦っている。
い、一体中で何が……
私は彼女達と同じように扉に耳をつけた。
つけた瞬間、私の耳には到底理解の出来ない会話が聞こえて来る。
『一夏……お前……うまいな……』
『俺のテクニックも、中々なもんだろ? 』
『ああ、最高……っ……だっ……! 』
『星一も、溜まってるんだな』
脳が、焦げるかと思った。
部屋の中から聞こえて来るインモラルでアブノーマルな会話。
私はそれを聞いて、瞬間的に頭が熱くなる。
「な、な、なななななな!? 」
「落ち着くのだシャルロット! まだ、まだ『そう』と決まった訳ではない! 」
箒が私の肩を掴んでそう言うけど、落ち着ける訳が無かった。
箒に肩を揺さぶられて頭も揺れる。
視界がぐるりと一回転して、私は部屋の扉に倒れ込んでしまった。
「──しまっ!? 」
時既に遅し。
私達は雪崩れ込むように一夏の部屋に倒れ込んでしまう。
ああ、秘密に花園に土足で上がり込んでしまった。
私はそう思ったのだけれど……
「ん? 何してんだ? お前ら」
「……はぁ。マセガキどもめ」
「いでっ!? いでででででで!? 一夏!? 強い強い!? 」
「おお、すまん」
部屋に入ってみれば、そこには倒れた私たちを見て呆れる織斑先生と、マッサージをしている一夏とそれを受ける星一の姿があった。
「うん? シャルロットとみんな。お揃いでどうしたよ? 」
「え、ええと。トランプ! 誘いに来たんだけど! 一緒にやらない? 」
「お、おう。なんで焦ってるんだ? 君は? いや別に良いけど」
私はなんとかトランプを片手に状況を誤魔化すことに成功した。
正直。さっきまでの行動と妄想を知られてしまうと、本当に死にたくなる。
「ね、ね! みんなも一緒にやるでしょ!? 」
「う、うむ! 付き合おう!? 」
「もちろんよ! ね、ねぇ。セシリア!? 」
「お受け致しますわ! ええ、是非とも!? 」
「わ、私もやるぞ!? うん! 」
他のみんなに同意を求めると、すぐに反応を返してくれる。
私含めて全員挙動不審だけど、なんとかなった。
そこでトランプをする流れになるかと思ったけれど、織斑先生がそれにストップをかけた。
「まあ待て、男二人。お前らは少し汗をかいただろう。そろそろ大浴場が使える時間だ。一度入って来い」
「お、もうそんな時間か! 行こうぜ星一! 」
「オーケー。じゃ、みんな。トランプは戻ってきたら僕らも参加させて貰うよ」
星一と一夏が立ち上がって部屋から出ていく。
取り残されたのは、私たち女性陣と織斑先生。
「「「「「…………」」」」」
私たちは、何も話せない。
だってそうだ。他のみんなは想い人の姉。私にとっても、普段は厳しい学園の教師。
声を出す事は、この空気では憚られる。
「──ふっ」
しかし、この沈黙を破ったのは、他でもない織斑先生だった。
織斑先生は気まずそうに沈黙する私たちを見て、悪戯っぽく鼻で笑う。
座布団にあぐらをかいて、正座をする私たちとは対照的だ。
「どうした? いつもはもっと姦しいだろうに? 私の前では話せんか? 」
「え、いやその……」
「何を話せば良いのか……」
箒たちが気まずそうに答える。
彼女たちの方が一夏との付き合いも長く、まだ織斑先生に耐性があるんだろう。
織斑先生は、どんな顔をしているかもわからない私たちを見て立ち上がり、冷蔵庫から人数分の飲み物を取り出した。
「ほれ、喉でも乾いただろう? 飲め」
「あ、ありがとうございます……」
貰ったオレンジジュースに口をつける。
周りを見ても、みんながそれぞれに飲み物を飲んでいた。
「──飲んだな? 」
織斑先生が不敵に笑う。
先生は、私たちが飲み物を飲んだことを確認すると、冷蔵庫からビールを取り出し、それを煽った。
「……ふぅ。……なんだ? 私だって人間だぞ? 酒だって飲む」
「い、いやその……」
「お仕事中では……」
私とセシリアが先生にそう聞くと、彼女はなんの悪びれも無くこう言った。
「口止め料は、渡したぞ? 」
「「「「「あ……」」」」」
手元のジュースに視線を移す。
私はもう、笑うしか出来なかった。
「さて、折角男二人が居ないんだ。聞かせて貰うが──
お前ら四人。一夏のどこが良いんだ? 」
「「「「ぐふっ……! 」」」」
私以外の四人がびくりと身体を震わせる。
ようやく、織斑先生の目的がわかった気がした。
「確かにあいつは家事も出来て、性根は真っ直ぐで、気立ても良い。
姉の贔屓目無しでも、良い男だ」
四人は何も答えない。
それでも、顔は赤かった。
「どうだ? 欲しいか? 」
「「「「くれるんですか? 」」」」
「やらん。欲しければ奪え」
撃沈。
みんなの期待は織斑先生に薙ぎ払われた。
「わ、私は……」
箒が、口を開いた。
「昔から、ずっと、一緒にいて。……助けても貰いましたし」
「ほう……! 」
織斑先生の目が開かれる。
「わ、私だって! 一夏に助けて貰ったし! それに一緒にいて楽しいんですっ! 」
「わ、私は一夏さんの真っ直ぐな心に惹かれたと言いますか……」
「私は、一夏に私自身の嫌な所を受け入れて貰えました。それで……」
箒を皮切りに、各々が一夏に惹かれていった理由を話していく。
織斑先生はその様子をただ嬉しそうに目を細めて聞いていた。
「──そうか。お前らはどうやら見込みがある。励めよ、小娘共」
「「「「──っ! はいっ!! 」」」」
そのまま一夏の話が彼女たちの間で続いていく。
こうして聞いていると、如何に彼が好かれているのかわかってどこか微笑ましい。
まあ、この分なら私は蚊帳の外に──
「で、デュノアだが……」
「んぐっ……! 」
駄目だった。逃してくれなかった。
織斑先生の視線が私に刺さる。
なんなら、四人からの視線も私に集中している。
「お前は、平賀か。だがまあ、あいつも……一夏に負けず劣らずの男だな」
織斑先生が私を見てニヤついている。
みんなの表情も同様だ。
──勘弁してほしい。
「平賀はとにかく周囲を見ている。アイツの気遣いに、何人か助けられた場面が思い当たるんじゃないか? 」
「確かに、結構空気読んでくれるのよね。星一って」
「人を思いやれる方ですわね」
「冷静で、判断をしっかりできる。部隊でも重宝するタイプだ」
鈴とセシリア、ラウラが星一をそう評価する。
箒は少し黙って……
「……一夏と二人きりでデートさせてくれたのは、感謝している」
と、言った。
みんながそれぞれに星一を誉めている。
その事実が、どうしても私は嬉しくて。胸の内にポカポカと暖かな感覚が広がっていく。
そう、星一は優しくて、思いやりがあって、冷静で、周りを良く見ていて。
でも好物は茶色いものばっかりだから少し健康面が心配で、判断はしっかりするけれど、ずっとその決断で良かったのか迷っているみたいで。
考えることは妙に理屈っぽくて、その癖面倒くさくなったら強硬手段に出ることもあって。
幾ら手紙に写真を入れていたとしても、私のことをすぐに見つけてくれて、諦めた私をもう一度立ち上がらせて、一緒に歩いて助けてくれた。
私からすれば、星一は一夏とは比べられないくらい大きな存在で。
私の、とても大切な──
「親友、ですよ」
私は笑って、織斑先生に言う。
彼は私の親友だ。それ以上に踏み込むことは出来ない。
他でもない、彼自身がそれを望んでいるのだから。私がそれ以上に踏み込むことは出来ない。
私は彼に救われたけれど、彼はどうやらそう思っていないみたいだから。
「助けてくれて、ありがとう」と、伝えても。
「僕は何もしてない。君が頑張ったんだ」って返ってきたから。
織斑先生は、私を見て眉間に皺を寄せる。
でも、それもほんの一瞬で。
「……そうか」
そう言って深く追求して来ることは無かった。
「はい。星一は私の大切な親友です。
ずっと動けなくて、諦めていた私を助けてくれた。
私の、友達なんです」
私はうまく笑っているだろうか?
自分でもどんな表情をしているかわからない。
笑顔を浮かべているけれど、何故か目元が痙攣している。
周りを見ると、みんな心配そうな顔をしていた。
いや、鈴だけは納得いかないようで私を睨んでるな。
そう睨まれても、私は困るだけなんだけれど。
ペットボトルを握って震える手を隠しながら、私は笑った。
◆◆◆
この立派な大浴場を、男二人で独占。
これ以上の贅沢が他にあるのだろうかと、僕は他人に問いたい。
身体を丁寧に洗って、先に入っている一夏の隣に僕は入る。
隣り合う形で、僕らは温泉に癒されていた。
「あ゛あ゛〜。良い湯だなぁ〜」
「じじくせえ声出てんぞ、星一」
良いじゃないかじじ臭くて。
僕だって色々あったんだ。疲れからこんな声も出る。
「しっかし贅沢だよなあ。こんなに立派な温泉を、俺ら二人で独占だ」
「まさに。僕が二十歳以上なら日本酒でも飲みたいくらいだ」
「親父くせぇ〜」
「うっせぇ〜」
そんな話をしながら一夏と戯れ合う。
暫く雑談をしていると、ふと一夏がこんなことを言い出した。
「──あのさ。お前、シャルロットに惚れてるだろ」
一夏が、僕に問いかけた。
真剣な眼差しだった。
真っ直ぐと僕を見据えて、彼は僕から視線を逸らすことは無い。
温泉から立ち上る湯煙があっても、その視線が僕を貫く。
「……なんで、そう思うんだ? 」
僕は、その視線から逃げてしまう。
一夏の真っ直ぐな性格は美徳だけれど、今の僕に彼は眩しすぎる。
彼から視線を逸らして、僕は聞き返す。
「あのな。昼のお前、すげぇ顔してたぞ。
いつもだったら俺とシャルロットが話しててもそんなに顔色変わらねえのに、今日のお前は俺に対して棘のある笑顔が多かった」
ビーチバレーの時なんてやばかったぞ。と、彼は付け加える。
……一夏にバレるくらい、僕は取り乱していたのか?
昼の自分の頭に過った、醜い嫉妬心。
彼女の笑顔は僕だけにあって欲しいと願ってしまう。穢らわしい独占欲。
それは今も僕の中に渦巻いていて、やっとのことで抑え込めている状態だ。
「──因みに、そう思ったのは今日からか? 」
片方の掌を顔面に当てて上を向く。
僕の問いに、彼は軽く笑った。
「いや……正直、シャルロットがシャルルの時から考えてた。
お前がアイツに向ける視線は、いつも、ずっと優しかった。
あの時、お前が『シャルロット』って叫んだ時。俺、納得したんだぜ? 」
こいつ……なんでこういう所の勘は鋭いんだよ。
つまり、彼からしてみれば、僕の気持ちなど最初からお見通しだったという訳だ。
温泉の空気を吸い込む。
普段とは違う空気の匂い。温泉特有の包まれる匂いは、僕の心を幾分か落ち着かせた。
一夏は、僕の気持ちに確信している。
もう、誤魔化すことも出来ないだろう。
「……ああ、そうだな。僕は彼女に惚れてる。ゾッコンだよ」
一夏は『やっぱりな』という顔で呆れたように笑った。
彼の方から薄く鼻で笑う音も聞こえる。
「で、その気持ちはいつ伝えるんだよ? 」
「伝えないよ」
「はぁっ!? 」
一夏がその場で立ち上がる。
温泉が跳ね上がり、僕の顔を濡らした。
「お前、なんでそうなる……? シャルロットだって、お前のこと──」
「一夏っ!! 」
彼の言葉を、僕は遮る。
反射的だった。その先の言葉を、僕は人伝に聞きたくは無かった。
今も記憶に残るあの時の恐怖。
黒いISにシャルロットが狙われて、何も出来なかったあの時の無力感。
僕はその想いを、彼に吐き出してしまう。
「君も知ってるだろ? 僕は、シャルロットを守れなかったんだよ。
彼女は自分の足で立って、その彼女を助けたのは僕の両親だ。
だから、僕が彼女に好意を持っちゃ本来いけない──」
「いや、それは違うだろ」
一夏が、すぐに真顔で僕を否定した。
彼のこんな表情を見るのは、初めてだった。
「あのな、星一。俺は今まで人に惚れたことは無い。恥ずかしい話だけどな。
だけどよ、『人を好きになれる』ってのがどれだけ良いことなのかくらいは、人並みにはわかってるつもりだ」
一夏は続ける。
「お前がシャルロットを守れなかったって後悔し続けるのは、別にお前の勝手だ。俺は知らない。
でもな。お前が、『お前の好き』を否定するのは、お前だけじゃねえ。シャルロットにも失礼だ」
『シャルロットにも失礼』。
彼の一言が、胸の重しに持ち手を与える。
抱えるしか出来なかった重みが、少しだけ持ちやすくなった感覚だった。
「要するに、お前怖いんだよ。シャルロットに気持ちを伝えるの」
一夏の言葉に、頭を殴られる。
──そうだ、僕は怖い。
シャルロットに想いを伝えるのが、彼女に拒絶されるのが、何よりも恐ろしい。
僕の中で、シャルロットという存在はもう後戻り出来ないくらいに大きく、深く根ざしている。
彼女が僕の前から居なくなると考えるだけで、頭がどうにかなりそうだ。
「……そうだな。僕は怖いんだ。でも認めたくなくて、見栄を張ってた」
「理屈っぽすぎるんだよ。お前は」
一夏が呆れたようにやれやれと肩を竦める。
一夏に言われた『想いを否定するのは相手に失礼』という言葉。
その言葉が、僕の胸に浸透していく。
この気持ちを受け入れても良いと諭されたようで、僕の胸が少し、軽くなった気がした。
頭の中に、彼女の笑顔が溢れ出す。
あの笑顔を僕だけのものに出来たら、どれほど良いだろうか?
そんな独占欲が、今も一夏が隣にいるのに溢れ出す。
彼女が笑ってくれるのなら、それは僕じゃなくても良いと。そう思っていたはずだったのに。
今すぐ走って彼女の元へ向かいたい衝動を、僕はなんとかお湯に抑え込んで固定させる。
今は伝えないけれど、それを抑え切れる確証が、今の僕には無かったからだ。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
お互いが想いあっているのに進めない。
理屈をこねくりまわす男と優しすぎる少女。
そろそろ限界が近く、爆発するのではないでしょうか?
……多分。
また次回も、お付き合いください。