成層圏を越えて、手紙を貴方に   作:おもちゃ箱

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虚勢と恐怖

 あの後温泉から上がってトランプを楽しんだ次の日の朝。

 

 臨海学校は二日目ということもあり、遂にISの訓練が始まった。

 今日は一般生徒は貸切のビーチで訓練、僕たち専用機持ちは少し離れた離島で新兵装の実験をするはずだったのだけれど……

 

 「あれ? 箒。どうして君がこっちに? 」

 「いや……私も織斑先生に呼ばれて来たから……」

 

 専用機を持っていない箒が何故か僕らと合流していた。

 はて、これは一体……

 

 「全員揃ったな。それでは始めよう」

 「あの、織斑先生。私は何故こちらのグループに……」

 「……待てば分かる」

 

 箒が織斑先生に質問するが、織斑先生は箒に待機を促している。

 その表情は何を考えているのかわからないけれど、何処か酷く面倒臭そうだ。

 

 ……ぃ……ーん……! ……ち……ちゃ……!!

 

 何処か遠くから、声が聞こえてくる。

 微かに聞こえている声は、やがてこちらの方へ近づいているのか、徐々に大きくなっていった。

 

 ──そして。

 

 「ちぃぃぃぃぃぃちゃあああああああああん!! 」

 

 上空から織斑先生を襲う謎の影。

 ウサ耳をつけた奇天烈な女性が、叫びながら織斑先生へと飛びついた──!

 

 「ふんっ!! 」

 「あがっ!? 」

 

 そして、織斑先生がその奇天烈な女性の顔面を見事キャッチ!

 顔面を握りしめ、思い切り力を込めた!!

 

 「あいででででで!? ちーちゃん痛い! 痛いけど……これも愛っ!!

 アイアンクローならぬ愛アンクローってね!! もっと来いヨォ!! 」

 「ふざけるのも大概にしろ。『束』」

 

 織斑先生がその女性を束と呼ぶ。

 ──え、束? 束って、あの『篠ノ之 束』?

 IS開発者で、今行方不明の?

 

 僕は状況が読み込めなくて、目が点になってしまう。

 シャルロットや他のみんなを見てみても、全員同様だ。

 

 ……いや、一夏と箒だけ事情がわかったような顔をしてるな。

 そういえば、箒はともかく一夏も昔から親交があるって言ってたっけ。

 

 織斑先生がアイアンクローを外し、篠ノ之博士を地面に落とす。

 「ぶべっ」という声と共に落ちた博士は、すぐに再起動して起き上がった。

 

 「やあやあ箒ちゃん! ひっさしぶりだねえ! 元気してた!? 」

 「……ええ、お久しぶりです。──何故ここに? 」

 「ふふふ……それはね……。

 それでは箒ちゃん! 天を見たまえ!! 」

 

 篠ノ之博士が空を指差し叫ぶ。

 僕らはそれに合わせて空を見上げると、青い空の彼方から一つの黒い点が見えた。

 黒い点は少しづつ大きくなっていき、やがてその輪郭を露わにする。

 

 ──あれは、一体……?

 

 空から降って来た謎の物体は、地面を大きく揺らして僕らの目の前に着地する。

 全体が紅色に染まった謎の物体。背面には花の様なバインダーが存在感を出しており、見るからに只者ではない。

 

 い、いやこれって……

 

 「箒ちゃんのために、作って来ました!!

 凡人どもが言うところの第・四・世・代!! その名も──『紅椿』ぃ!! 」

 

 とんでもないもの出て来ちゃったあ。

 

 篠ノ之博士劇場に、僕らは唖然とするしかない。

 空いた口が塞がらなかった。

 だってそうだろう? こちらは未だ第三世代の実験段階。世界はまだISへの理解を深めていない。

 

 そこへポンと開発者直々にお出しされたのが、これだ。

 しかも──

 

 「箒ちゃん、誕生日だもんね! はい! お姉ちゃんからのプレゼント!! 」

 「え……と……」

 

 誕生日プレゼントで世界がひっくり返るモノ渡すなよぉ……

 

 箒も戸惑っているのかうまく反応出来ない。

 当然だ。世界中の何処に誕生日プレゼントでISを渡す人がいるのだろうか。

 ナントカと天才は紙一重と言うが、あながち間違ってないのかも──

 

 「おい、そこの男。失礼な事考えてるならモルモットにしてやっても良いんだぞ? 」

 「──っ!? なんの事でしょうか? 篠ノ之博士? 」

 

 心臓が止まるかと思った。

 博士が僕を見た瞬間に、殺気で一瞬動けなくなった。

 蛇に睨まれる蛙とはああ言うことを言うのだろう。

 僕は、体の震えをなんとか抑え込んだ。

 

 「おい束。良い加減自己紹介の一つでもしないか」

 「えーめんどくさ……わかった。わかったよちーちゃん。

 流石の束さんもちーちゃんの全力の拳骨を頭部に喰らいたい訳じゃない。

 だからその振り上げた拳をゆっくり降ろすんだ」

 

 篠ノ之博士が織斑先生の言葉に屈して僕らと向き合う。

 それでも彼女は僕らを見ているわけではなく、ただそこに『居る』という事を認識しただけのように見えた。

 ……一夏だけを除いて。

 

 「はいはい。私が束さんですよー。

 ……これで良い? ちーちゃん」

 「……はぁ。まぁ良いだろう」

 

 織斑先生が呆れたようにため息を吐く。

 篠ノ之博士の他人嫌い、及び身内贔屓は有名だけれど、ここまでとは思わなかった。

 

 「というわけで。お前らも知っているであろう『篠ノ之束』だ。

 今回は篠ノ之への機体の譲渡のために来ていただいた」

 「こ、これを……私に……? 」

 

 箒が信じられない表情でそのISを見る。

 まさに、「一体何故……? 」と言いたい表情だ。

 

 「いやー。箒ちゃんは私の数少ない弱点だからね!

 自分で自分の身を守る力は、持っていて欲しかったのだよ」

 「……なるほど。護身用か」

 「その通りだよいっくん! 束さん特製の世界規模で新品ピカピカのIS! 大事にしてね! 箒ちゃん!! 」

 

 一夏の呟きに、篠ノ之博士が反応する。

 これが善意なのか、それとも世界を嘲笑うためなのかは、僕にはわからなかった。

 

 

 

 

 

 ……さて、箒は紅椿の試運転。

 僕とシャルロットは平賀重工から渡された新兵装の試運転を行っていた。

 

 「シャルロット、そのショットガンどうだ? 」

 「電気の散弾を発射するコンセプトは良いけど……集弾率がスペックよりも悪いね。空気中で想定より大きく拡散してる」

 「じゃあ改善の余地ありって伝えるか」

 「だね」

 

 シャルロットはデュノア社と縁が切れているため、使っている装備は全てウチで作られているものになる。

 平賀重工の代表作はアサルトライフルの鎮天だけれど、一応は他にも作ってはいる。

 今回のこのスタンショットガン『雷静』は試作機に当たる。

 

 「星一のそのワイヤーはどう? 」

 「これはアリだな。今まで中距離は鎮天頼みだったけれど、これのおかげで一気に動きやすくなる」

 

 僕の護星に新しく取り付けられたスタンワイヤー『稲妻』は、腰から発射するワイヤーを相手に差し込み、そこから電流を流して痺れさせるものだった。

 

 「威力の可変も問題なく機能するし、これはこのままゴーサイン出来ると思う」

 「へえ。……やっぱり、あくまでも『倒すため』の武器じゃないんだよね」

 「それがウチのポリシーだからな」

 

 平賀重工の作る武器は『制圧用』。人を殺すための物じゃない。

 なんなら、今作ってる新型のISは兵器でもスポーツ用でも無くて……

 

 僕とシャルロットが、話している時だった。

 

 『大至急、専用機持ちは花月荘に戻れ。時間は無い、急げ』

 

 織斑先生からの音声通信が僕らに入る。

 只事では無い物々しい雰囲気。また、事件の予感がした。

 

 「なんだろう? 星一、何かあったのかな? 」

 「……さあね。──嫌な予感がする、早く戻ろう」

 「うん……」

 

 不安な心を抱えて、僕らは急いで花月荘に戻るのだった。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 「さて、現在の状況について説明する」

 

 花月荘の宴会場。

 そこに、IS学園の教師陣及び僕たち専用機持ちも集められた。

 薄暗い空間の中で、織斑先生が空中投影のディスプレイを表示させる。

 ……そこには、見たことの無いISが映し出されていた。

 

 「二時間前。アメリカ、イスラエルで共同して作られていたIS『銀の福音』が何者かにハッキングを受け暴走。制御を受け付けなくなりアメリカ軍基地を離脱した。

 現在、福音は日本へ向けて接近している」

 

 暴走した軍用IS。

 織斑先生から告げられる衝撃の情報が、僕の頭を叩いた。

 

 「え、ええと……それで俺たちが集められた理由は……? 」

 

 一夏が戸惑った表情で織斑先生に質問する。

 ──正直、僕も聞きたいけれど。なんとなく察せてしまって怖くて聞けなかった。

 

 「今回、上層部はこの件を学園で対処しろと命令した。

 教師陣は訓練機で空域と海域の封鎖。お前たち専用機持ちは──」

 

 織斑先生が重苦しい表情で告げる。

 

 「福音を、対処してもらう」

 

 ──そら見たことか。

 

 僕は思わず両目を手で覆ってしまう。

 アメリカ軍は福音を止めようとした代償で動けず、日本も政治的兼ね合いで動けない。

 中立のIS学園しか、この状況で動くことは出来ないのだろう。

 

 これ実質的に学徒動員だろう。一体僕らはどれだけ時間を巻き戻してしまったんだ?

 

 「だが、これは強制では無い。お前たちには断る権利だってある。

 もし、やりたく無いというのであれば止めはしない。今すぐこの場を立ち去ってくれて結構だ」

 

 織斑先生がそう告げる。

 

 ……正直、怖いのは確かだ。

 今だって足が震えそうなのを必死に耐えてるし、冷や汗だって出ている。

 だが、日本が福音に襲われてしまうのなら。僕は引けない。

 あそこには家族が居る。思い出だってある。

 故郷を焦土に変えるのは御免被りたい。

 

 立ち去る人間は、この場には居なかった。

 

 「……わかった。では作戦会議を始める。何か意見のある者は? 」

 「はい」

 

 セシリアさんが手を挙げた。

 

 「対象の詳細なスペックを求めます」

 「わかった。しかし、これは二ヶ国の最重要軍事機密に当たる。

 漏洩した場合は、諸君らには軍事裁判と二年間の監視がつけられるから、決して外部に漏らさないように」

 

 織斑先生の忠告の後、銀の福音の詳細がディスプレイに表示される。

 

 ──これは。

 

 「広域殲滅を目的とした特殊射撃型……私のブルー・ティアーズと同じオールレンジ攻撃が出来ますわね」

 「攻撃と機動の両方を特化した機体ね。スペック上でも、私の甲龍の上を行くわ」

 「この特殊武装が曲者だね。ラファールじゃとてもじゃ無いけれど防ぎ切れない」

 

 セシリアさんと鈴さん、シャルロットがそう評価する。

 ……でも、この武装だったら。

 

 「僕の護星なら、その特殊武装を防ぐことが出来るな。

 オーバーヒートに常に気を配る必要があるけれど……」

 

 護星の護天菱盾なら、福音のオールレンジ攻撃を味方を守りながら防ぐことが出来る。

 決定打を与えることは出来ない。だが、そこまで繋ぐことは出来る。

 

 「だが、平賀単体では決定力に欠ける。

 この作戦は一撃必殺で無くてはならない。そうなると……」

 「俺の、出番ってことですね」

 

 一夏が重々しく呟く。

 そうだ、この作戦はワンアプローチが限界。

 一回で勝負を決めなければならない。

 だからこそ、一夏の零落白夜が必要だった。

 

 「でも、一夏さんの零落白夜を使うために、エネルギーは温存させないといけない」

 「星一、お前が一夏を抱えて福音まで辿り着くことは出来るか? 」

 

 ボーデヴィッヒさんが僕に問う。

 だけれど……

 

 「とてもじゃ無いけれど、一夏を抱えると速度が落ちてしまう。

 僕の護星だけで、一夏を抱えて福音に追いつくことは出来ないな」

 「そうなると、誰か別に一夏を運ぶ役が必要か……

 ──箒。お前の紅椿はどうだ? 」

 

 ボーデヴィッヒさんが箒の方を見て彼女に問う。

 確かに彼女が乗る紅椿は第四世代機。現行全てのISを凌ぐスペックを持っている。

 

 ……けれど、彼女は専用機に乗り始めてまだ三時間も経っていない。

 それなのに、この命のかかった作戦に出すには不安要素がある。

 

 「ボーデヴィッヒさん、流石に彼女は……」

 「箒は瞬時加速を利用して、一度私を倒している。その操縦技術は私たちと同程度のはずだ。この作戦にもついて行ける」

 

 ボーデヴィッヒさんの言葉に、僕は何も言えない。

 確かに、彼女の操縦技術は目覚ましい成長を遂げている。この作戦にも、普段通りで望めば問題は無いだろう。

 

 しかし、箒の方を見てみると、彼女の瞳は動揺したように微か揺れている。

 一夏も、それに気づいているのか彼女を心配そうに見ていた。

 本当に、彼女は大丈夫なのだろうか?

 

 僕が言葉に詰まった瞬間。

 その隙を縫うように、天井の板が外された。

 

 「その通りだよドイツ娘! 中々わかってんじゃん!! 」

 「何故現れた。束」

 

 篠ノ之博士が天井から現れる。

 飄々と笑顔を浮かべ、彼女は床に着地した。

 

 「──よっと。まぁ落ち着いてよちーちゃん。

 紅椿が居れば、今回の作戦の成功は間違い無し!

 まぁ、少し束さんが調整する必要はあるけどね〜」

 

 まあ、その調整も七分あればすぐ終わるけど〜。と、博士は付け足す。

 

 「……篠ノ之」

 「……はい」

 

 織斑先生が、そんな博士を無視して箒に向き合った。

 

 「……行けるな? 」

 

 ……きっと、本当は『大丈夫か』と聞きたかったんだろう。

 でも、織斑先生の立場がそれを許さない。

 織斑先生は苦虫を噛み潰したように、彼女へそう問う。

 

 「──はい。やります! 」

 

 箒は目を閉じて一拍置いた後、織斑先生をしっかりと見てそう答えた。

 ……瞳は揺れていないけれど、その手は微かに震えさせて。

 

 「では作戦開始は三十分後。織斑、平賀、篠ノ之は十分前には配置に着くように。以上! 」

 

 一抹の心配をよそに、福音の迎撃作戦が決まってしまった。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 「……星一」

 「おお、シャルロット。どうした? 」

 

 作戦開始十五分前。

 僕が配置位置へ向かっていると、シャルロットが話しかけてくる。

 

 その目は心配で揺れていて、顔色も良く無い。

 彼女に、一番似合わない顔だ。

 

 「……大丈夫なの? 」

 「…………」

 

 彼女の問いに、僕は少しの間、答えることが出来なかった。

 

 ──本当の話、とても怖い。

 我慢しているけれど、身体は震えそうだし、一歩間違えれば逃げ出しそうだ。

 でも、シャルロットにそんな顔させるくらいなら、幾らでも虚勢を張ってやる。

 

 「──大丈夫だよ。君の……『親友』を信じてくれ」

 

 僕の言葉に、彼女の瞳が大きく揺れる。

 動揺し、傷ついた、そんな表情を一瞬だけ見せて……

 

 「……うん、わかった。……信じてるよ」

 

 すぐに、彼女は作り笑顔を浮かべて僕を送り出してくれた。

 

 ──ごめん、シャルロット。

 今は君に想いを伝えると、万が一があった時に、君に大きな傷を残してしまうかもしれない。

 それが僕は嫌なんだ。

 

 ……いや、違うな。

 僕はまだ、君に想いを伝えるのが怖いんだ。

 戦場へ向かう勇気はあるのに、君に想いを伝えることの方がよっぽど恐ろしい。

 結果、彼女に作り笑顔をさせてしまう。

 僕はどうしようもない、臆病者だ。

 

 「時間だな」

 「おう」

 

 一夏と箒は、既に配置についていた。

 僕も護星を起動して配置につく。

 護星の起動が、僅かに揺れた気がした。

 

 「さて……行くか」

 

 不穏な風が僕らを吹き付ける中。

 

 僕らは鳴り止まぬ福音を、かき消しに向かった。




次回。福音戦、開幕。
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