──作戦行動中行方不明。
海に落ちた星一は、そう結論付けられた。
彼が落ちるその瞬間に送られて来たデータは、私たちの『次』に繋がる重要な情報。
彼からの、『任せた』という意思が伝わって来る。
「織斑先生。そのデータを元に、残った私たちで福音を撃破します。
許可をください」
「凰……お前」
織斑先生の目を見て私が話す。
織斑先生は迷ったように私から目を逸らして、それを突っぱねて来た。
その態度を見て、私の歯がギシリと歪んだ音を立てる。
「許可出来ん。これ以上の犠牲は──」
「だったら何の為の星一のデータですか……!
ここで活かせなきゃ、アイツはただの犬死です……!! 」
ふざけないで欲しい。これ以上犠牲が出るかもしれないのがなんだ。
星一は命を懸けて戦った。戦い抜いた。
まだ死んだかもわからない。『行方不明』だ。探す意味は充分にある。
だけど、星一を探そうにも福音が邪魔だ。
だからこそ、私たちは彼のデータを活かして、彼を助けなきゃいけない。
「──織斑先生。私からもお願いします」
「ボーデヴィッヒ……」
ラウラが会話に入って織斑先生に願い出る。
普段織斑先生に従順な彼女が、珍しく織斑先生の決定に意を唱える瞬間だった。
「星一から送られたデータを見ると、福音は彼らの戦闘によって著しく弱体化をしています。
これから、残った我々専用機持ち五人でも充分に対処可能です」
「……だが」
織斑先生が重い口を開く。
「その五人の内、篠ノ之とデュノアは戦意を喪っている。
それは、どうするんだ? 」
何を言い出すのかと思えば、そんな事か。
侮らないで貰いたい。私たちはそこまで
私は鼻で軽く笑って織斑先生の言葉を否定してやった。
「ハンッ! 笑わせないでくださいよ、織斑先生。
アイツらは今挫けているかもしれないけど、絶対に立ち上がる。
私が、私たちが発破をかければすぐにもね」
織斑先生が私のその態度を見て顔を顰める。
世界最強がなんだ。そんなの、友達を助けられない事の方がよっぽど怖い。
しかし──
「……五名全員の意志が揃ってからだ。
そうでなければ、作戦の許可は出せない」
「了解です。行くわよ! ラウラ、セシリア! 」
「ああ」
「ええ」
織斑先生が私たちに条件を提示して来る。
五名の意志が揃う? 簡単だ。元から揃っているのだから。
説得する必要なんて無い。
私は、箒とシャルロットをここに連れて来るだけでいい。
ラウラとセシリアを連れて、私はアイツらの元へ向かった。
箒は砂浜で項垂れているところを引っ叩いて前を向かせた。
何が「私はISに乗らない」だ。
罪悪感を感じてるなら、福音を倒してその後に一夏と星一に謝れば良い。
箒が戦場に恐怖を抱いているのも、それ以上に一夏と星一に罪悪感を持つ気持ちもわかる。
でも、箒がそのままで終わらない強い奴だって事も、わかってる。
箒は立ち上がった。
立ち上がって、戦う意志を見せた。
箒の目に恐怖はもう無い。
この娘の心配は、もう要らないだろう。
さて──
「入るわよ、シャルロット」
シャルロットが休む部屋に、私たちは入る。
部屋の外からでもわかる暗い空気。
滲み出るどんよりとした重さに、私自身当てられそうになった。
でも、立ち止まっては居られない。
私たちが部屋に入ると、そこに彼女は居た。
「──っ! ……シャルロット、話し、良いかしら? 」
……部屋の隅で体育座りをするシャルロット。
瞳に生気は無く、ただ虚空を見つめている。
一瞬、死んでいるのでは無いかと錯覚した。
「……ああ、鈴。どう、したの……? 」
わかりやすく痛々しい作り笑いを浮かべるシャルロット。
普段通りに接しているつもりなんだろうけど、どう考えても普段通りな訳がない。
でも、シャルロットがこのままで、星一が納得する筈がない。
私は、ただ佇むシャルロットに、今後の作戦を話した。
「星一が福音のデータを残したのは知ってるでしょ?
そのデータから考えると、今の福音なら私たち五人でも充分に倒せるレベルまで弱体化してる。
もう一度、私たちで福音を倒しに行くわよ」
「…………」
シャルロットは何も言わない。
……多分、自分の中に空いた心の穴が寒くて仕方ないのだろう。
穴が寒くて、凍えて動けない。気持ちは痛いほどわかる。
私だって、今も意識を失っている一夏が心配でたまらない。
シャルロットは、それ以上の苦しみが襲っているのだろう。
「シャルロットさん。星一さんは行方不明ですが、亡くなられたと決まったわけではありません。探す価値は充分にあります」
「……探しに、行けるの……? 」
セシリアがシャルロットに希望を見せる。
そうだ、星一は死んだわけじゃない。いや、絶対に生きてる。
「今はまだ無理だ。だが──
福音を我々で倒せば、道は開ける」
ラウラの一言に、シャルロットの瞳に生気が少し戻る。
シャルロットがその場からゆっくりと立ち上がった。
少しふらつきながらも、それでも確かな足取りでこちらへ向かって来る。
「だったら……すぐに動かないといけないね──! 」
シャルロットの意志は前に向いた。
でも、私の中ではまだ不安が残っている。
そして次の瞬間。私の視界が真っ赤に染まった。
「星一を、『親友』を助けに行かなきゃ!! 」
──は?
「鈴さん!? 」
「…………」
セシリアが何か言ってるけど関係ない。
私は、この馬鹿に対して言ってやりたい事が山ほどあるんだ。
衝動に身を任せて、シャルロットの胸ぐらを掴んで、私はコイツに怒鳴りつける。
「『親友』って……アンタ、本気で言ってるわけ? 」
「り、鈴……? 」
胸ぐらを掴んだまま、シャルロットを壁際まで押し込む。
もう頭に来た。
この期に及んで何を言っているんだ?
シャルロットは戸惑う表情で私を見ている。
でも、私に止まる通りは存在しない。
「こんな時までアンタ何言ってんの? 正気?
この期に及んでまで自分を抑えつける必要なんて、これっぽっちもないのよっ!! この馬鹿っ!! 」
「ば、馬鹿って……星一は私の──」
「黙りなさいっっっ!! 」
言わせないわよ、その先の言葉。
それを言わせたら、星一が報われない。
そして何より、シャルロットに消えない傷が残る。
シャルロットためにも、星一のためにも、絶対に言わせてたまるもんですか。
私は大きく息を吸って、一息でシャルロットに叫んだ。
「アンタねぇ、星一に惚れてんでしょ!?
冗談じゃないわ。アンタ、これ以上自分の気持ちに嘘なんて吐いて見なさい!?
福音と戦う前に──私が、アンタを、ぶっ飛ばすっ!! 」
肺に残った空気を全て吐き出したので、私はもう一度大きく息を吸った。
ゼエゼエと肩で息をしてしまう。
それでも、言いたいことは言ってやった。
血の昇った頭が、徐々に冷えていくのを感じる。
感情に身を任せて、強い言葉を言ってしまった。
後悔は無い。後悔は無いけれど……
「…………っ! 」
シャルロットを見ると、目から大粒の涙を流して泣いている。
歯を食い縛って、身体全体を嗚咽で揺らして、しっかりと泣いている。
「……はぁ。やっと泣いたわね、このお馬鹿」
「馬鹿じゃないぃ……」
「馬鹿よ馬鹿。アンタら、二人揃って大馬鹿よ」
シャルロットの胸ぐらを離して、肩を竦めて呆れて見せる。
馬鹿じゃないなんて顔真っ赤にして泣きながら否定するけど、私からすれば、大馬鹿以外の何者でも無い。
……ったく。私はこういうことするキャラじゃないってーの。
「ラウラ。作戦を始めるとして、少しくらい時間はあるわよね? 」
「あって五分だ。それ以上は待てない」
充分だろう。
私は振り向かずにシャルロットへ言う。
「五分よ。五分経ったら迎えに来るから、それまでしっかり泣いときなさい」
シャルロットをその場に置いて部屋を出る。
全くもう。ああ、面倒臭かった!
◆◆◆
──好きなんでしょ!?
鈴の言葉が胸に刺さった。
ずっと抑えて置かないといけなかった私の気持ち。
最近、抑えきれそうになかった私の想い。
それでもなんとか抑え込んでいた。
必死に、それはもう、必死に抑え込んでいた。
けれど、鈴は私の心にずかずかと入り込んで、鍵を閉めた心の南京錠を壊してしまった。
鍵が壊れた心はもう止まらない。
今まで抑えていた感情が溢れ出していく。
……そう、私は彼が好き。
平賀星一が、ずっと、ずっと大好き。
手紙を交換し続けて、彼との思い出が、私のデュノア社での拠り所だった。
IS学園で私を見つけてくれて、一緒に歩いて助けてくれて。
必ず、私と一緒にいてくれた。
優しいところが好き。
誠実なところが好き。
焦った時なんかに、少し取り乱すところが愛おしい。
水着を選んで貰った時の、彼の焦った表情が目に浮かぶ。
笑った顔が好き。
怒った顔は見たくないけど、それでも好き。
何かを考えている彼は、とてもかっこいい。
私をどう助けるか考えている時の、あの時の顔が目の裏に映る。
ずっと私の事を考えていて欲しかった。
彼が他の女子と仲良く会話してるところを見ると、心の中がざわついて仕方ない。
水着だって、あの時彼は取り繕って「似合ってる」なんて言ったけど。私は、もっと本音を聞きたかった。
決めた癖に迷ったり。
意外と考えが表情に出ていたり。
自分に自信が無かったり。
食べ物の好みが極端だったり。
少し皮肉屋を気取ってたり。
遠目から人を見て、わかったように振る舞ったり。
面倒くさくなったら、すぐ逃げる癖があったり。
星一の欠点は、意外とある。
彼の欠点を捉えてしまう事もあったけど。
それでも、私は星一が好き。
もう、自分に嘘が吐けなくなった。
私はこの気持ちに向き合わないといけない。
彼とした約束も、まだ果たせていない。
時計を見ると、もうすぐ五分経つ。
私は、涙を拭って立ち上がる。
星一は生きてる。
だから、次彼に会えたら私は……
ちゃんと、向き合うんだ。
◆◆◆
部屋を出ると、鈴たちがそこに居た。
どうやら、私を迎えに来たところにぴったりと鉢合わせたらしい。
「……もう、大丈夫そうね」
鈴が少し笑って私に言う。
心配をかけてしまった。
でも、私はもう大丈夫。
「──ハンバーグ」
「ん? 」
私は笑って、鈴たちに宣言してやる。
「ハンバーグ。星一に作って、食べてもらうって約束。まだ私、星一に食べて貰ってないから」
そんな私の言葉に、鈴が呆れたように笑った。
他のみんなも、同様だ。
「はぁー……。だったら、さっさと福音倒して、星一を助けに向かうわよ!! 」
「うんっ!! 」
鈴たちと一緒に織斑先生のいる作戦本部へ足を進める。
私たち五人は、同じ足取りで、決意を胸に進んでいく。
涙はもう流しきった。
私は星一に助けて貰った。
だから今度は私の番。
待っていて星一。
絶対に、助けるから。