海上で静止する『銀の福音』。
その姿はまるで胎児のようだった。
度重なる攻撃と、流される電撃により弱体化した己の身体。
シールドエネルギーの損傷は許容範囲内だが、電撃による一部機器のエラー及びショートが致命的だった。
福音のスラスターの一部。数ある内の約三割が、その機能を停止している。
福音は、その傷を癒さんと身体を丸めてじっとしていた。
──?
ふと、福音が顔を上げる。
周囲に敵影は見えない。
自機周辺三キロを映すレーダーにも、反応は無い。
しかし、確かに気配を感じる。
異変は、確かに起きている。
福音が身体を起こそうとした。
──その時だった。
『────!? 』
背後より強い衝撃。後爆音。
自身のシールドエネルギーが削られ、すぐに攻撃を受けていると福音は理解した。
攻撃の威力と、受けた方角から敵機の位置を逆算する。
補足した敵は、五キロ先に居る。
「初弾命中。続けて砲撃を行うぞ」
補足した敵機の音声データが福音に記録される。
データを解析。
対象ISをドイツ第三世代機『シュヴァルツェア・レーゲン』と特定。
遠距離での銃撃戦は不利と判断。
福音は思考、判断し。シュヴァルツェア・レーゲンへ肉迫した。
対象との距離、三五〇〇……二〇〇〇……。
目標距離到達。対象を撃滅する。
福音は砲口をシュヴァルツェア・レーゲンへと向け、エネルギー弾を放とうとする。
──しかし。
「今だ。──セシリアッ! 」
「承知……ですわっ!! 」
福音が位置する場所から垂直。
レーダーに映されているはずの位置から、また別の攻撃を受ける。
自機上空からの攻撃あり。
機体損傷率、軽微。
状況から対象をステルス機と推測。
攻撃対象を二機確認。
行動目標に変更無し。
敵機を撃滅する。
福音が敵機の増加を確認するが、特に行動の優先順位に変化は無い。
先ず、福音は機動力の低いシュヴァルツェア・レーゲンを打破しようと攻撃しようとした。
しかし、福音が肉迫するものの、その攻撃もまた別の敵機に阻害される。
「遅いよ」
全身に走る衝撃と、AIの思念伝達を遅らせる強力な電流。
福音は、計算する事も出来ないままに体制を崩す。
かろうじて確認できたのは、オレンジ色の装甲と、自分を撃った武器がショットガンであるという事だけ。
敵の数は二機だけじゃないと、福音は漸く理解した。
「鈴っ! セシリアッ! 今だよ!! 」
「わかってるわよぉ!! 」
「お任せになってっ!! 」
レーダーに映らない不可視の砲弾。
上空から降り注ぐレーザーの狙撃。
そして、回復の余地を許さない電撃の散弾。
福音は、常に行動を封じられていた。
優先順位変更。
現空域からの離脱を実行──
「──させんっ!! 」
福音が制圧攻撃を仕掛け、離脱を図ろうとした時だった。
放たれる光弾を縫うように、紅い影が迫り来る。
砂嵐の酷いレーダーで、新たなる敵の存在を知覚するのに遅れてしまう。
光るブレードを携えて、迫る影は最早回避出来る距離では無い。
最優先攻撃対象を認識。
回避──不能。
防御──不能。
迎撃────不可能。
「たああああああっっっ!! 」
福音の頭部に衝撃が走る。
福音は、頭部スラスターを破壊されたと瞬時に理解した。
しかし、福音は理解出来ただけで対処する方法が計算できない。
福音の思考に電流によるノイズが走り続けている。
AIの演算能力は、死んだも同然だった。
酸素供給システム、作動。
操縦者救命装置、起動。
福音が最後に残された思考力で、プログラムされた操縦者への安全装置を動かしていく。
福音を設計した人間の、最後の良心が人命を救おうとする。
役目を終えた良心は、やがて海の中へと落ちて行った。
──
◆◆◆
「──や、ったの……? 」
私が福音の落ちて行った海面を見て呟く。
波紋に揺れる水面は静かに、静かに収まっていき、やがて普段の姿に戻っていく。
レーダーを確認しても、福音の反応は停止している。
今は、海底五十メートルの位置から動く事は無い。
「──ふぅ」
鈴が安心したように息を吐いた。
それを皮切りに、私たちの間に安堵が広がっていく。
……やった。
星一、私たち、やったよ。
星一が最後まで戦ってくれたおかげで、福音を倒す事が出来た。
君の頑張りは、決して無駄じゃなかった。
「よし。我々の──」
ラウラが、『勝利だ』。と、続けようとした。
まさにその時だった。
「──っ!? 」
「そんな──っ!? 」
福音が沈んだ海面から、光の柱が天へと伸びる。
強いエネルギー反応。
先程とは比べ物にならない程、圧倒的な。
やがて、光が細く収まっていき、中心に『天使』が現れる。
何本も枝分かれしたスラスターから、羽のようなエネルギーが漏れ出し、さっき箒が破壊したはずの『銀の鐘』が修復されている。
身体には、青い雷を纏っていた。
「なんで……確かに私たちで……!? 」
「
ここに来てか……っ!! 」
ラウラが焦った表情で小さく叫ぶ。
それでも、行動しない事には始まらない。
セシリアが、銃を構えた時だった。
視界に捉えていたはずの、白が消えている。
速──っ!?
けたたましく鳴り止まないアラートでなんとか反応して、福音の影を追う。
だけど、私が福音を目で確認する頃には、もう既に遅かった。
福音が羽根を広げてセシリアに組み付く。
一体、何を……?
──まさかっ!?
「セシリアッ!? 危ないっ!! 」
「────っ」
爆炎がセシリアを埋め尽くした。
眩しい程の閃光が、夜の海を照らしていく。
なんて事を……零距離でエネルギー弾を撃ったってこと……!?
「セシリアッ!? ──良くもっ!! 」
「よせっ!? 鈴っ!! ここは一度撤退を……ぐあっ!? 」
「きゃあっ!? 」
福音が身を捩るように回転すると、データで記された以上の砲弾の雨がばら撒かれる。
「みんな!! 後ろに!! 」
なんとか福音の予備動作に反応して盾を取り出す。
みんなを私の後ろに下がらせて、私は盾を構えた。
今出来る最大限の防御……!!
ここを耐え凌がないと、みんなが危ない──っ!!
エネルギー弾の弾幕が次々と私の構える盾に当たる。
腕に伝わる衝撃が、熱が、私の不安と恐怖を煽る。
いつ盾が破られるかもわからない恐怖。
いつ味方に被弾するかもわからない不安。
私が倒れると後ろの味方が危ないという、重圧と責任感。
星一は、いつもこんな想いで戦っていたっていうの──?
「くっ……うぅ……うぅぅっ!! 」
絶え間なく続く重い一撃で、腕の感覚が麻痺し始める。
額から汗と、目元から何か雫が流れ出す。視界が、歪み始めた。
駄目っ!? 耐えて! 頑張って! 私っ!!
私が倒れたら……後ろのみんなが……!!
耐えて、耐えて、守って、守って────
──助けて、星一……!!
◆◆◆
静かな、空間だった。
暗いわけじゃ無い。
かといって、明るい空間では無い。
視界に広がるのは一面の黒だと言うのに、よく見ると小さな光が数多く点々としている。
『星空』、と形容するのが正しいだろうか?
僕はそんな不思議な空間に一人。
ただ、歩き続けていた。
「お? アレは、一体……? 」
周囲を星空に囲われた不可思議な空間。
そこを歩いていると、前方に一際輝く光の塊があった。
近づいてみると、正八面体の青白い物体が、ゆっくりと回転して佇んでいる。
「夢、と断定するには現実感がありすぎる。
けれど、現実と認識するには余りにもおかしい。
なあ、お前は何だ? 」
僕には何故か、この物体が意思を持っていると確信出来た。
何故かはわからない。何故かはわからないけれど、この物体は
僕の半身と言っても差し支えないような『絆』を感じ取っていた。
──力。
「はぁ? 」
物体が声を発して居ないのに、頭の中に直接情報が流れてくる。
え、何? 力? 力が欲しいかって、そんな話?
──肯定。
なるほどね。うん。
力、力ねえ……
「力は……要らないかな」
──疑問。
いやだって……僕の考察が正しければ、そもそも君は、君たちは翼だろう?
あの宇宙を飛ぶための自由の象徴。そこに兵器としての能力を強めたら、君だって嫌だろ?
──否定。
何でさ。君たちは兵器みたいに他人を傷つける道具よりも、自由の翼である事の方がよっぽど嬉しいだろうに。
──我、即ち汝。
え、何? 君は僕だって?
いやいや……君は君で、僕は僕だよ。
──閲覧。
え、何これ──おい、これって……!?
物体から映し出される映像。
そこには、今も尚福音と戦い続けるシャルロット達の姿が映され続けている。
状況は余りにも悪い。
シャルロットが盾を構えて必死にみんなを守っているけれど、それもいつまで持つかわからない。
──力。
……なるほどね。
確かに、君は僕で。僕は君らしい。
──君も、彼女を守りたいと、思ってくれるんだね。
──肯定。汝の全て、我の全て。
了解。
じゃあ、僕に力を貸してくれ。
彼女へ、シャルロットへすぐにでも駆けつけられて、彼女を絶対に守れる。
そんな力を。
──肯定。我、常に汝と共に。
オーケー。じゃあ、一緒に行こうか。
……ありがとう。
────『護星』。
◆◆◆
腕の感覚がもう無い。
盾も無理矢理使っているけれど、実質的に大破してしまっている。
鳴り止まない福音の雨は、今も私たちを撃ち続けて止まらない。
弱気になっちゃ駄目なのに……少しでも、前を向かないといけないのに……!
私の意思に反して、身体の力が抜けていく。
無理矢理上げていた腕は、自然と下へ降りていく。
瞬間、私の盾が弾き飛ばされて、海の彼方へと落ちていく。
ガラ空きになる私の身体。
大きく隙を晒してしまった。
光弾は今も尚降り続ける。
防ぐ手段は、私にはもう無い。
世界がゆっくりと動いて見えた。
私に向かってくる砲弾が、認識出来るのに避けられない。
視界を埋め尽くす『白』だけが、ただゆっくりと近づいてくる。
私は、目を瞑ってしまった。
恐怖からだった。
恐怖に動けない身体が、責めてそれを和らげようとした反射の行動だった。
近づく死の香りが、私の首元に鎌を当てる。
──けれど、いくら待てども痛みがやって来ない。
「これ、は……? 」
背後から箒が戸惑うような声を出す。
彼女を見ると、唖然とした様子で前方を見ている。
鈴も、ラウラも、セシリアも同じだった。
──一体何が……?
私も釣られて前を見る。
……信じられない光景が、そこにはあった。
福音は、現在も私たちに弾幕を張り続けている。
でも、放たれた砲弾は、全て私たちへ向かう事なく。
別の対象へと吸い寄せられるようにその進行方向を変化させている。
福音の砲口はこちらを向いているのに、弾だけが別の場所へ飛んでいく。
奇妙な光景だった。
福音の弾幕は、ある一点に集中して、そこに当たり続けている。
やがて福音もエネルギー切れを起こして弾幕を張るのをやめてしまう。
砲弾が当たった先、煙に包まれて見えないけれど。
何かがそこに居る。
やがて、煙が晴れる。
そこには、記憶よりも更に巨大な盾を構える鈍色のISの姿。
「……こんなものかよ。銀の福音」
──その声は、余りにも聞き馴染みがあった。
優しくて、少し理屈っぽくて、どこか皮肉が混じっている。
私がずっと、聞きたかった声。
「せい、いちぃ……! 」
私の視界が歪む。
ここは戦場なのに、身体が、心が抑えられない。
震える手が、自然と力を込めて胸元で握られてしまう。
どうしても、胸が、心が熱くなってしまう。
私はもう、どうしようも出来ない──!!
「…………やっと、守れたぞ」
彼が、平賀星一が、生きていてくれた。