一夏が喰らった平手打ちはさておき、次の授業はISの実習授業。
僕は一夏とシャルロ……シャルルくんと一緒に、廊下を走って更衣室に移動していた。
「な、何で他の女子はこんなに追って来ているの!? 」
「そりゃあ、俺達は世界でたった三人の男子だからな!! みんな物珍しさに寄って来るさ!! 」
「なるほどね! 」
シャルルくんは納得したように苦笑いで走り、僕もそれに追随して走って行く。
しかし、そう簡単に更衣室に着くほど、世間は甘く無いようだった。
「あ! 織斑くん達はっけーん!! 」
「噂の転校生くんもいるぞ!! かこえー!! 」
「くっ……拙いな……」
一夏が苦々しく顔を歪ませる。
僕らの担任は世界最強。遅刻は即ち地獄を意味する。
僕は、少しの思案の後。現状を打破すらために鬼になることにした。
「一夏」
「なんだ星一!! 妙案でもあるのか!? 」
「じゃーんけーん」
「はぁ!? 」
ポンと無理やりじゃんけんを彼に仕掛け、僕はチョキで一夏はパー。
咄嗟のことに彼は理解できず、そのまま手のひらを出したような感じだった。
まあ、僕の勝ちだ。
「な、何だよ急n──」
「すまない。あとで何でも言うこと聞くから」
僕は理解の及ばない一夏をそのまま女子の海に蹴り飛ばし、彼を生贄にする。
「行くぞ、シャルルくん」
「えー……」
「う、裏切ったな星一!? あとで覚えてろよぉ!? 」
すまない、戦友。
あとで絶対埋め合わせをするから許してくれ。
あと、ちょっとシャルルくんと話したい事もあったから君に離れて欲しかったのもあるんだ。
女子生徒にもみくちゃにされる一夏を横目に、更衣室へ駆け込む。
騒がしい廊下の喧騒とは裏腹に、男子更衣室は何処か静かだ。
「え、ええっと……」
「大丈夫、僕は君が着替えた後に着替えるし。君が着替えている間は絶対にそっちを向かないから」
僕がそう言うと、シャルルくんは驚いて。そして複雑な顔をしてこちらを見ていた。
「……そっか。やっぱり、敵わないなぁ」
「──なんのことやら。まあ、後でいっぱい話をしよう。ほら、直ぐに着替えて。一夏が来る」
僕はそんな彼の言葉を肯定も否定もせず。
でも、やはり彼は、彼女なのだろう。
声を震わせながら、彼女は着替え始めた。
僕は決してそれを盗み見る事は無く。衣擦れの音だけが部屋に虚しく響いている。
彼女が着替え終えてアリーナへ向かった時。一夏が丁度更衣室に駆け込んできた。
「星一てめぇ!! よくも裏切り、ってあれ? 何でお前着替えていないんだ? 」
「シャルルくんは更衣室の場所を知らないだろう? 転校初日に彼を遅刻させるのは申し訳ないから、君を犠牲にしていち早く更衣室に案内したんだよ」
「何でそれがお前が着替えて居ない理由になるんだ? 」
「いや、シャルルくんのためとはいえ、君を犠牲にしたんだ。僕もしれっと遅刻を免れるのは良く無いだろう? フェアじゃない」
「──っ! あーもうっ!! 時間はまだギリ残ってるし、許してやるよ!! 昼飯奢りな!! 」
「勿論、デザートもつけてくれて構わないぞ? 」
「当たり前だ、ったく……」
そんな軽口を叩き合いながら、僕らは着替えてアリーナへ行く。
遅刻寸前。何とか授業に間に合うことが出来て、僕も一夏もお小言をもらうことはあってもお咎めを喰らう事は無かった。
さて、今日の授業はクラスの専用機を持って居ない女子達が初めてISを操縦する日。
僕たち専用機持ちを中心にグループを作って、それぞれで指南しながら操縦するらしい。
グループ分けで僕と一夏とシャルルくんに人数が集中するなんてハプニングが起きつつも、授業はつつがなく進んでいく。
僕らのグループは一夏のグループみたいにISを立ったまま解除するなんて事もなく、実にスムーズに進んでいた。
彼は最初の女子を姫抱きにしてしまったがために、酷い目に遭って居たが。まあ、頑張って欲しい。
さて、一日も終わって夕暮れの教室。
僕たち三人は山田先生に寮の部屋分けを伝えられていた。
「なるほど。では、僕とシャルルくんが同室で、一夏が一人部屋に移動になる、と」
「はい。デュノアくんはこれが部屋の鍵ですよ。確かに渡しましたので、よろしくお願いします! 」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃ先生! また明日! 」
山田先生と別れた後、一夏も僕たちと別れる。
「じゃ、俺先に寮行って引越しして来るから! 」
「わかった。飯はどうする? こっちで取っておくか? 」
「わりぃ、頼んだ。それじゃ! 」
そう言い残して、一夏は走って行く。
残された僕とシャルルくん。
「取り敢えず、食堂に行こうか。案内するよ」
「うん、わかった。よろしくね、星一」
道中、特に話す事もなく。
無言で僕らは食堂に着く。
取り敢えず、今日の日替わりは好物の豚の角煮定食なのでそれを頼む。
シャルルくんはハンバーグ定食にするようだった。
無言で同じ席に着いて、お互いに食べ始める。
すると、彼が口を開いた。
「……それ、豚の角煮って言うんだっけ? 」
「ああ、豚を柔らかく味をじっくりと沁みるように煮込んだ料理だ。うまいぞ」
「うん、好き、なんだよね」
「ああ、僕の好物さ」
「……変わらないね」
「……ああ」
誰かに聞こえないように静かに、でも確かに互いの存在を確かめ合う。
きっと、彼女には言えない事情が、バレてはいけない事実がある。
流石の僕もそれを察せないほど間抜けでは無い。
でも、その事情に抵触しないように僕らは互いに会話を続けた。
「君は、ハンバーグが好きなんだ」
「うん、お母さんが良く作ってくれたから」
「星一は、釣りが趣味なの? 」
「ああ、幼い頃から父さんに仕込まれてね。今でもたまに休日になったら一夏を誘って釣りに行く程さ」
「──シャルルくんは、将来どうしたいとかあるのか? 」
「……わからない。でも、僕はフランスの代表候補生でもあるし、取り敢えず代表を目指して、デュノア社に貢献したいかな」
手紙でのやり取りを、お互い知らないふりをしながらもう一度なぞっていく。
……最後の質問だけ、彼は目を背けていたけれど。それでも僕らは会話を続けた。
お互いに初めましての自己紹介をするように。
食堂で食事を終えて、一夏の分の料理をタッパーに詰めて寮に戻る。
ちょうど部屋に着く頃に彼が僕の部屋から荷物を持って出てきたので、そのまま料理を渡した。
「一人で寂しくならないか? 一夏? 」
「うっせ。お前だって今日ホームシックになってただろうに」
「はは、まあな。それじゃ、また明日」
「おう、また明日な。シャルルも」
「うん、また明日」
一夏が去り、僕とシャルルくんは部屋に入る。
見慣れた部屋の景色を尻目に、僕は自分のベッドへ腰掛けた。
「さて、と」
「うん」
部屋に入って扉が閉まったその時。
その時から既に、彼は、彼女になりつつあった。
「久しぶり──で、いいのかな? “シャルロット”」
「……うん。久しぶりだね、星一。九年ぶりになるのかな? 」
彼女は諦めたように、それでも何処か少し嬉しそうに困った笑顔を浮かべた。
「ああ。まさか、再会がこんな形になるなんてな」
「そうだね。──まさか、一瞬でバレるとは思わなかったよ」
「手紙と一緒にお互い写真を入れたりして近況を報告してたからな。直ぐわかったよ」
「はは、やっぱり敵わないなぁ。星一には」
そうじゃなくても、僕が君を見間違える筈がない。
なんて、照れ臭くて言えないけれど。
「それで。どうして、自分は男子、なんて偽ってここに転入して来たか、教えてくれるか? 」
「…………」
「いや、言いにくいのなら──」
「大丈夫、全部話すよ。星一には、全部話したい」
彼女は襟を正して僕に向き直る。
その声は震えているけれど、彼女は僕に全てを話してくれた。
「僕はね、妾の子だったんだ」
彼女は話してくれた。
曰く、自分はフランスのIS開発企業『デュノア社』社長の隠し子で、母が亡くなった後彼に引き取られた事。
そこでISのテストパイロットをさせられながら長い間軟禁状態に近い仕打ちを受け、それでも僕との再会を夢見て必死に努力して来た事。
それでも社内の自分を見る目は冷たく、最終的に、こうして世界で二人の男性パイロットのデータを盗む為に捨て駒紛いのスパイ行為をさせられてしまった事。
その全てを、僕に話してくれた。
「ごめんね。僕も、再会はこんな形にしたく無かった。君に胸を張って『久しぶり、元気にしてた? 』なんて言って、笑顔で君に会いたかった」
「……ああ。それで、シャルロットは、この後どうなるんだ? 」
その質問に、シャルロットは目を伏せる。
「任務は失敗。学園にバレるのも時間の問題だから、そのまま強制送還。本国で裁判を受けて、そのまま……かな」
乾いた笑みを浮かべて、彼女はそう言う。
何もかもを諦めている。未来に絶望し、救いを求めることすらも億劫になっている。そんな様子だ。
──ふざけるな。
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。
「ふざけるなよっ!! 」
「っ!? 」
僕の大声に、彼女が肩をびくりと震わせる。
「そんなことがあっていいのか? そこで諦めて良いのかよ!? 」
「僕だって頑張ったさ!! でも……どうしても僕一人じゃ力が足りなくて……動けなくて……」
目に涙を溜めて、彼女は怒った顔をして僕を見る。
すまないシャルロット。僕は君のそんな顔なんて見たくないんだ。
「一人じゃ動けない? 力が足りない? なら大丈夫じゃないか」
「な、何を言って──」
「僕がいる」
しっかりと、彼女の目を見て。
震える彼女の手を握り、安心させるように笑い飛ばす。
舐めるなよ。僕は世界で二人のIS操縦者で、目的の為なら僕は手段を選ばないんだぞ?
「ここはIS学園だ。まず、三年間は君に対して国はアプローチをかけることが出来ない」
「それは、そうだけど」
「だったらその間に肩をつければ良い。一人じゃなくて、僕らで」
「でも! それじゃ君に迷惑が……!! 」
「……はぁ。あのなあ、シャルロット」
僕に迷惑? 冗談じゃない。
君にあの時再会出来たら、僕が君になんて伝えようとしたか、君は知らないだろう?
今この場でそれを伝える訳にはいかないが。それでも僕は君の事を。
「迷惑な訳が無いだろう? 君は僕の……あー……
この感情を、今は伝える訳には行かない。
彼女の問題が解決して、お互いに不安がない状態で。笑顔で明日を迎えられる時に、僕は君に伝えたい。
「本当に、迷惑じゃないの? 」
「ああ」
「危険だよ? 危ない目に遭うかもしれない」
「承知の上さ」
「……死ぬかもしれないよ? 」
「ははは! 」
「な、何を笑って!? 」
死ぬかもしれない? 上等だ。
「絶対に死なない。生きて、君との再会を笑って迎えられたと。そう思える結果にしてみせるさ。必ずだ」
こういう時こそ笑うんだ。
笑って彼女を迎え入れるんだ。
「シャルロット、大丈夫だ。手を取ってくれ、一緒に頑張ろう。進んでいこう」
彼女の綺麗な紫水晶色の瞳を見て、真っ直ぐに伝える。
「良いんだね? 本気なんだね? 」
「あたぼうよ」
彼女は視線を下に下げた後、直ぐに僕と向き合って。
「お願い、星一。私を、助けて」
「任された」
任された。