話が飛んでいると感じた方は、前回から読んで下さい。
よろしくお願いします。
三日目の夜。
僕は一夏と温泉に浸かっていた。
僕と彼の間に会話は無い。
昨日の疲れが、如実に現れていた。
「……何も言えねえ」
一夏が呻くように声を出した。
本当に、本当に僕らは疲れていた。
昨夜は泥のように眠った。
凄まじく深い眠りで、眠った感覚すら感じないほどだった。
「昨日の疲れが未だに取れないな。やっぱり、命がかかっていると一味違う……」
僕の一言に、彼が無言で頷く。
僕らは共に、天を見上げるばかりだった。
暫しの沈黙が訪れる。
しかし、それを破る人間は僕ら以外に存在しない。
「──俺達、守れたんだよな」
徐に、一夏が呟いた。
──
彼が何を守れたと表しているのか、それは国なのか、家族なのか、友人なのか、それとも──なのかは、僕にはわからない。彼自身しかわからないだろう。
だが、僕が守れたと実感するのなら、やはり彼女の顔が頭に浮かぶ。
シャルロットに迫る福音の砲撃。
それを僕の元へ引き寄せて彼女を守れた時。
あの時。僕はとても嬉しかった。
黒いISでも守れず、デュノア社の問題も親に頼った僕が。
漸く、彼女を守る事が出来たと確信出来た。
これからも彼女を支える事が出来ると、自信がついた。
その自信が、これから彼女に拒絶されるかもしれないという恐怖を打ち消してくれる。
茜色に染まるシャルロットの顔が、今でも鮮明に思い出す。
僕はもう、次は自分を抑えられない。
「ああ、守れたんだよ。僕達は」
湯船から上がって、僕らは温泉を出る。
夜が、深くなっていった。
◆◆◆
夜も深くなり、二十三時。
既に他の生徒は寝静まり、辺りは静けさに包まれている。
けれど、僕はどうしても寝付けなくて、こっそりと夜の浜辺へ夜風に当たりに来ていた。
海の潮風が優しく頬を撫でる。
月明かりが海を照らし、暗いはずの海が少しだけ輝いていた。
……本当は、風に当たったらすぐに戻ろうと考えていたんだ。
「あれ、星一? 」
ドキリと、胸が弾んだ。
聞こえるはずがない声。
いつも聞いていて、それでも僕がずっと求め続けている、愛しい声。
弾む胸を抑えて、僕は声の方向へ振り返る。
「……シャルロット。どうした? こんな夜更けに」
シャルロットが、そこに立っていた。
「星一こそ、夜中の外出は禁止でしょ? 」
「それは君も同じだろう? ……ちょっと、夜風に当たりたくてね」
「そっか、私も同じ」
シャルロットは薄く微笑んで、僕の隣に立つ。
彼女の体温が、風に乗って僕に伝わった。
「昨日は大変だったね。──本当、星一が無事で良かった」
「君だって、昨日は無理してたじゃないか。……間に合って良かったよ」
戦場の恐怖は今もある。
海に落ちた時の海水の冷たさは、身を凍てつかせるように痛かった。
あの記憶は、今も僕の心の何処かに刺さっている。
それでも、シャルロットを守る事が出来たと思うと、それだけで心の痛みはなんともなかった。
「今日の晩御飯、美味しかったね。あれ、何のお刺身だったっけ? 」
「カワハギ……だったか? 僕も初めて食べるから驚いた。でも、確かに美味かったな」
「だね」
彼女との会話が続いていく。
「今日の訓練は大変だったな。作戦明けだというのに、織斑先生も容赦無い……」
「あはは……そうだね。私もキツかった」
「部屋で凄く昨日の作戦について聞かれてさ、機密だから答えられないっていうのにみんな勢いが強くて……」
「あー……確かに。僕も今日は根掘り葉掘り聞かれたよ。何も答えなかったけど」
「まさかあそこでラウラがババを引くなんてね。しかも──」
「ああ、確かに。それで──」
僕らの会話は、無限に続いていた。
周囲の静寂なんて無視して、僕らは会話を楽しんでいる。
夜の浜辺には、僕らしか居ない。
そして、シャルロットがこんな事を言い始めた。
「──ねえ、星一。私ね、ずっと感謝してるんだよ? 」
「……何をだ? 」
「もう、こういう所で惚けないでよ」
シャルロットが頬を軽く膨らませる。
怒ったように軽く眉を顰めて、じっと僕を見た。
「……私を、デュノア社から救ってくれた事。
私を、もう一度立ち上がらせてくれた事。
ずっと、一緒にいてくれた事。
今回だって、福音の攻撃から私を守ってくれた。
全部、ぜーんぶ、感謝してる」
「それは君が──」
「違う。私だけじゃ無理だった。私だけじゃ、もう一度立ち上がる事なんて出来なかった。
君が、星一が居たから。私は今、ここに居るの」
彼女の視線が僕を貫いた。
声は、少し震えている。
シャルロットは震える声を隠そうともしないで。
でも確かに、僕に伝えてくれた。
「だから、ありがとう星一。
──私、貴方の事が好き」
時間がゆっくりと進んでいた。
波の音がやけに大きく耳に残り、そして通り抜けていく。
胸の高鳴りが徐々に強まる。でも、興奮するとはまた違う感情が僕にある。
きっと、これが恋で、愛なんだ。
月明かりが僕らを照らして、シャルロットの薄く紅色に染まった顔が僕の瞳に映り込んだ。
はにかんだ笑顔で、それでも少し不安そう。
──僕はもう、止まれない。
「僕もだ、シャルロット。ずっと、君の事が好きなんだ」
心から溢れた感情の大事な部分が、言葉になって口を出る。
僕がずっと伝えたくて、それでも伝えられなかった大事な想い。
止まらない情動が、僕を突き動かしている。
「もっと、もっと早く君に伝えたかった。
でも、僕は君を危険に晒してしまって、君に想いを伝えるのが怖かった。でも──」
「私も、ずっと『親友』の形に逃げ続けて、自分の気持ちに嘘を吐き続けてた。でも──」
僕とシャルロットの声が重なる。
「「もう気持ちが抑えられない」」
僕は衝動に身を任せて、彼女を両腕で抱きしめる。
彼女を壊さないように、大切に。今まで伝えられなかった分、それでも強く、彼女を抱きしめた。
シャルロットはそれを受け入れるように僕の胸に収まってくれる。
彼女の体温と香りが、一番近くに感じられた。
「好きだ、愛してるんだシャルロット。ずっと、ずっと君だけを想い続けていた……! 」
「私も、ずっと、ずっと星一に伝えたかった……! 大好きだよ星一……愛してる……!! 」
彼女の涙が、僕の胸板を湿らせる。
僕はそんな彼女が愛おしくて、抱きしめる力が強くなってしまう。
波の音が遠のいていく、僕の目には、もうシャルロットしか映らない。
僕らは伝えられなかった時間を埋め合うように、互いを強く抱きしめあった。
月明かりに照らされながら、夜風が優しく僕らを包み込む。
僕とシャルロットは、やっと想いを伝い合えた。
◆◆◆
波乱の臨海学校も終わって、IS学園。
海の声は既に遠く離れていて、いつも通りの日常が戻ってきたと実感できる。
「さて、こうしてまた私達が弁当を囲められるってのは、素晴らしい事よね〜」
「全くだ。臨海学校は色々とな……」
鈴さんと一夏がしみじみと語る。
その意見に、僕は激しく同意したい。
僕たちはまた、それぞれで弁当を持参して屋上に来ている。
セシリアさんは……今日は購買でパンを買っていた。
まだ彼女は料理の勉強中らしい。
彼女には頑張って貰いたい。……ひとえに人命のために。
「ん? 今日は星一、いつもと弁当箱が違うんだな」
一夏が僕の弁当を見て聞いてくる。
……本当に君という人間はどうしてそういうところには目が向くのに、自分に対しては疎かなのだろうか?
まあ、隠す必要も無いので問題無い。
むしろ、これを伝える為に僕らが彼らを呼んだようなものだ。
「ああ、それはな──」
「私が作ったの。星一に」
「お? 」
「へえ」
「ふむ」
「あら」
「ほう」
全員の視線が僕とシャルロットに集中する。
良いタイミングだ。
僕はシャルロットの肩を抱き、そっと近くへ引き寄せる。
「実は……シャルロットと、付き合う事になりまして」
「今日はその報告でも、と……」
少し顔を赤らめた僕達が、一夏達に交際を宣言する。
瞬間、彼らは皆一様にニヤついた表情を見せた。
な、何だよ……一夏は兎も角……も、もっと驚けよ……?
「やあっと、くっついたのアンタら」
「んなっ!? 」
鈴さんが呆れたように、笑ってそう言ってのけた。
え、いや、え?
「正直、いつ恋人になるのかずっとまごまごしてましたわ」
「セシリアさん? 」
「まあ、星一もシャルロットも、互いの好意がバレバレというか……」
「箒? 」
「はよ覚悟決めろ! って感じだったな! 」
「一夏? 」
残りのラウラさんを見る。
か、彼女は驚いているはず……
「……グッ! 」
「……そうかよ畜生ぉ」
彼女は何も言わず、ただサムズアップしていた。
どうやら彼女も『理解っていた』側らしい。
僕は天を仰ぎ見る。
そんなに僕の表情というか、感情というのはわかりやすいのだろうか?
「星一。不思議に思ってるかもしれないけど、アンタすっごい分かりやすいからね」
「……因みにどういった部分で理解してました? 」
呻くように鈴さんに質問する。
ああ畜生、顔が熱い。絶対に今僕の顔は真っ赤に染まっている。
隣のシャルロットも、顔が真っ赤だ。
二人揃って真っ赤だよ。
「良い? じゃあ私が指を指すからその人を普通に呼びなさい。
良いわね? 」
「あ、ああ」
鈴さんがそんな不思議な事を言い始める。
いきなり何だってんだ?
「はい」
「ラウラさん」
「次」
「セシリアさん」
「私」
「鈴さん」
「そうね。じゃあ次はコイツら」
鈴さんがまた指を指す。
その先には二人。
「ん」
「箒」
「はい」
「一夏」
「で、最後に──」
箒と一夏に指差して、鈴さんは最後に僕の隣を指す。
「はい」
「……シャルロット」
い、いや。だからなんだって──
「今ので気づかないの? 」
「き、気づくって何を? 」
「……はぁ。アンタねえ、完全に無自覚みたいだけど、
ラウラに至っては、臨海学校を終えてから変わってるの。自分で気づかない? 」
──え?
思わず口を手で抑えた。
隣のシャルロットも、「そういえば……」な顔で僕を見ている。
う、嘘だろ? 僕にそんな癖があったなんて、信じないからな!!
「き、気のせいじゃ──」
「気のせいなもんですか? その証拠にアンタ、シャルロットがシャルルの時は『くん』付けだったじゃない。
それつまり、シャルロットが望んでない姿は最初から認めていなかったって事でしょ?
アンタ、筋金入りよ? 」
「な……な……あ……」
最早言葉を出せなかった。
た、確かに僕は彼女の『シャルル』としての姿は認めていなかったと思う。
しかし、その態度がここまで露骨に言動に現れているとは思わなかった。
顔から火が出そうだ。
いや、多分もう出ている。
じゃなきゃ、こんなにも顔面が熱いわけがない。
「全く……ん?
──あーはいはい。わかった。わかったわよ。後は二人で話しときなさい。
ほらみんな、撤収よ。てっしゅ〜」
鈴さんがシャルロットの居る方向を見ると、何かを察したように笑って広げた弁当を片付け始めた。
他のみんなも、一緒に片付けている。
な、何なのさ、一体……?
僕は、不思議に思ってシャルロットを見た。
「シャ、シャルロット!? 」
「……ぐすっ」
な、何で泣いているのさシャルロット!?
顔を赤く、鼻を啜って涙を流すシャルロット。
僕は何故彼女が泣いているのか分からなくてあたふたとするしかない。
と、取り敢えずハンカチで涙を拭かなきゃ……
「幸せにな」
「お、おい君達!? 」
一夏が一言だけ言って、その後に続く形で僕とシャルロット以外の全員が屋上を後にする。
彼らは僕の言葉なんて無視して、屋上のドアを閉めて去っていった。
一夏達の足音が聞こえなくなって数十秒。
少し落ち着いたシャルロットが口を開く。
「……今の話、本当? 」
「……え? 」
「私の、『シャルル』を認めてなかったって話……」
僕は、彼女の言葉に黙って頷く。
すると、シャルロットは僕の胸元に飛び込んで来た。
僕はそれを喜んで受け入れる。
「私、嬉しくて。星一が、ずっと、ずっと私の事想っててくれたんだって分かるのが」
「……伝わって無かった? 」
「ううん、違う。もっと理解出来たら、好きが溢れちゃって……ただそれだけ」
「……そっか」
彼女が僕に身体を預ける。
幸せの重心が、僕に静かに寄りかかっている。
ありがとよ。──鈴、みんな。
確かに、二人で話したい話題だった。
夏だというのに、涼しい風が僕らを横切る。
二人きりの屋上で、僕とシャルロットは笑い合った。
全く、自分を抑え込み過ぎだよアンタらは……!
……はい、彼らはこうして想いを伝え合う事が出来ました。
ここまで見守って下さった皆さま、どうもありがとうございます。
守る覚悟と伝える勇気。二つ揃って漸く前に進めた二人です。
さて、次回からはまた日常に戻りながら、今度は別の想いが動き始めます。
まだまだ物語は続きますが、どうか次回もお付き合い頂けると幸いです。