成層圏を越えて、手紙を貴方に   作:おもちゃ箱

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おかえりとただいま

 僕とシャルロットが交際を始めて数日。

 

 別にこれといった事件やイベントなども特に無く。

 僕らは平和な日常を謳歌していた。

 

 臨海学校を終えた僕たちの次に立ちはだかるのは期末試験。

 まあ、今までコツコツと勉強は続けていたから、今更焦る必要は無い。

 試験範囲が発表された翌日から、僕とシャルロットは一緒に勉強する事が多くなった。

 

 「──ふぅ。そろそろいい時間だね、今日はこれくらいにしようか。シャルロット」

 「……そうだね。私もキリが良いところで終わったし」

 

 授業も終わって放課後の図書室。

 静かで冷房の効いているこの空間は、集中して勉強するのにもってこいな場所だ。

 周囲の人達も、自分の勉強に専念する人が多いから、余計な視線も入って来ない。

 二人で勉強するのに、これ以上の空間は無い。

 

 僕らは勉強道具を鞄に仕舞い込み、図書室を後にする。

 冷房の効いた図書室とは裏腹に、廊下は少し蒸し暑かった。

 

 「……星一。今日の晩御飯って、何か予定ってある? 」

 「え? 予定って言うほど大層なものは無いな。

 強いて言うなら、今日の日替わりは何だろうってくらい? 」

 

 廊下を歩いて暫く。

 シャルロットが唐突に今日の夕食について聞いてくる。

 いや……予定と言われても、君と一緒に食べるくらいしか無いのだけれど……

 

 シャルロットは少し顔を赤らめながらそっぽを向いて小さく呟いた。

 

 「……ハンバーグ」

 「──っ!! 」

 

 『ハンバーグ』と彼女が一言。

 僕の耳がそれを聞き逃す訳がない。

 胸が高鳴り、心へそわりと風が撫でた。

 

 「ハンバーグ、作るの練習したの。……食べてくれますか? 」

 「是非っ!! 凄く食べたいっ!! 」

 

 思わず声が大きくなってしまう。

 それでも、僕はとても嬉しかった。

 シャルロットがあの時の僕のわがままを覚えていてくれて、そしてそれを食べさせて貰える事が。

 

 「良かった……。じゃあ、この後着替えたら私の部屋に来て。

 実は、もう準備してあるんだ」

 「わかった! 楽しみだよ!!

 ……ところで、ラウラさんは? 」

 「あはは……それが──」

 

 シャルロットが気まずそうに頬を指先で軽く掻く。

 

 「ラウラったら少し事情を話したら、『心配するな。私は急用があって今日十九時まで部屋には戻らん。だからゆっくり楽しめ』って親指立てながら理解してくれて……」

 「それは……まあ、ありがたいな。うん。

 ……今度なんか飯でも奢るか」

 「……そうだね」

 

 ラウラさんは例の如くサムズアップして気を利かせてくれたらしい。

 ……正直、ありがたい。

 しかし、それと同時に毛恥ずかしさもある。

 こう、理解があるのが嬉しい反面、どこかむず痒いというか……

 まあ、ありがたいのは事実なので、今度彼女には食事でも奢ろうと思う。

 

 友人の理解とサポートに身体をそわつかせながらも、僕とシャルロットは寮まで歩く。

 そして、僕は一度シャルロットと別れて自分の部屋に向かい、部屋着に着替えていた。

 

 すると。

 

 「おお、星一。戻ってたのか。お前飯はどうしたんだ? 」

 「一夏、おかえり。いや実は──」

 

 部屋着に着替えていると、一夏が戻ってきたのでこの後の予定を説明する。

 

 僕の予定を聞いて、一夏は顔をニヤつかせやがった。

 

 「おーおー。幸せなこって」

 「ああ、僕は幸せものだよ。羨ましいだろ? 」

 「ああそうだな。羨ましいぜちくしょう」

 「はっはっは」

 

 お前だって他の男から見れば相当羨ましい状況にあるだろうに。

 まあ、彼が気付けない以上。僕が何か言っても馬に蹴られる可能性が大いにある。

 ここはもう、彼女達の頑張りしか無いのだろう。

 

 僕の惚気に顔を多少歪ませる一夏を見て、僕は苦労している少女達のため息面を幻視した。

 

 一夏と別れてシャルロットの部屋に着く。

 扉をノックすると、シャルロットがエプロンをつけて出迎えてくれた。

 

 「あ、いらっしゃ──」

 「ん? 」

 

 シャルロットが僕を出迎えてくれて、扉を開けた状態で固まる。

 そして、少し考えた表情をした後に、無言で部屋に招き入れてくれた。

 

 ……一体なんだ?

 

 ピンクのエプロンを身につけたシャルロットが僕に背中を向けている。

 なんだ? 彼女は一体何を考えているんだ?

 

 しかし、背中を向けているのも一瞬。

 シャルロットは僕振り向いて笑顔を向けた。

 その頬は、少し照れたように赤く染まっていて。

 

 一瞬、シャルロットが軽く息を吸った。

 

 「──お、おかえりなさい。星一! 」

 「──っ!? た、ただい、ま! シャルロット! 」

 

 ──それはズルだろうシャルロット。

 

 心臓が跳ね上がり、僕の顔が一気に朱に染まる。

 不意打ちの言葉は、最も容易く僕の心を打ち抜いた。

 

 エプロンをつけた彼女の姿も相待って、まさに気分は恋人を通り越して夫婦そのもの。

 新婚か? 僕らは新婚だったのか?

 

 『おかえり』と『ただいま』。

 たった二つのこの言葉が、ここまで気分を高揚させるとは思わなかった。

 

 「い、今ハンバーグを作ってるところだから!

 座って待ってて!! 」

 「わ、わかった!! でも、何か手伝う事は? 」

 「大丈夫! 星一はゆっくり待ってて!! 」

 

 シャルロットに促されて僕は部屋の椅子に座る。

 キッチンからは手際良く食材を切る音がトントンと聞こえており、そちらに目を向ければシャルロットが料理している姿が目に入る。

 

 エプロン姿のシャルロットが、キッチンで鼻歌混じりに料理している。

 

 待ってくれ。やばい。これはやばい。

 何がやばいってあまりにも幸せすぎる。

 シャルロットが『おかえり』と言ってくれて、『ただいま』と返せて。

 手料理を振る舞ってくれて、しかもその姿を間近で見る事が出来る。

 

 ──将来、これが日常になってくれないだろうか?

 

 彼女が料理している後ろ姿を眺めながら、僕はふと考える。

 僕が仕事から帰ってきて、シャルロットが出迎えてくれる。

 逆に、シャルロットが帰ってきて、僕が出迎えたって良い。

 互いに料理を用意して、食卓を囲んで。

 そんな日常を送れたら、どれだけ幸せなのだろうか?

 

 そんな事を考えていると、肉の焼ける音が聞こえてくる。

 同時に、香ばしい香りも漂ってきた。

 いよいよ完成が近いらしい。

 

 僕はシャルロットのハンバーグを心待ちにしながら、今この幸せを噛み締めた。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 ──お、『おかえり』って言っちゃった……!!

 

 星一を部屋のドアを開けて出迎えた時に、頭を過った一瞬の思考。

 本当に、一瞬過っただけなのに、次の瞬間には頭の中がそれ一色に埋め尽くされる。

 

 まさに、今のシチュエーションは『夫婦』だった。

 

 仕方ないじゃ無いか。

 好きな人をドアを開けて出迎えるんだ。言いたくなるのが乙女心というものだろう?

 

 星一は、私の『おかえり』に、『ただいま』と返してくれた。

 その顔を分かりやすく赤く染めて、それでも凄く嬉しそうな表情を浮かべて。

 

 手でこねたハンバーグのたねをフライパンに乗せて焼いていく、焦げないように火加減には気をつけて。

 暫くしてから、ハンバーグを竹串で刺すと透明な肉汁が出て来る。

 どうやら、無事に焼き上がってくれたみたいだ。

 

 出来上がったハンバーグをお皿に盛り付けて、付け合わせのにんじんのグラッセとブロッコリーのソテーを隣に添える。

 料理は部活に入って好きになったけれど、好きな人の事を考えて作る料理は、普段の何倍も楽しかった。

 

 炊いたご飯を茶碗によそって、ハンバーグと一緒にお盆へ乗せて星一の元へ運ぶ。

 

 私が料理を運んで来るのを見て、彼が目に見えてわかるように顔をパアッと明るくさせる。

 普段は大人びている彼なのに、その様子がどうしてもわんぱくな少年に見えて微笑ましい。

 私の料理を、ここまで楽しみにしてくれていると分かると、私の心も温かくなった。

 

 「じゃ、じゃあ。どうぞ、召し上がれ……! 」

 「ありがとう! じゃあ、いただきます!! 」

 

 星一が私の作ったハンバーグを口に入れる。

 れ、練習したから大丈夫だと思うけど……

 

 「ど、どう、かな……? 」

 「…………」

 

 一瞬の沈黙。

 私は味付けが彼の口にあったか不安だったけれど、そんな不安も直ぐに晴れる事になる。

 

 「すっごい美味しいよ! シャルロット!! 」

 「っ!! 本当!? 」

 「ああっ! もちろんさっ!! 」

 

 太陽のような笑顔で、星一が私の料理を『美味しい』と喜んで食べてくれる。

 彼はそのまま「うまいうまい」と言いながらハンバーグを食べすすめていく。

 時折、付け合わせのにんじんやブロッコリーも食べては、それも「美味しい」と言ってくれた。

 

 ──良かった……喜んでくれた……!

 

 お弁当は簡単なものしか入れて無かったから、こうして手の込んだ手料理を星一に振る舞うのは初めてだった。

 少し不安だったけれど、彼の喜ぶ顔を見て安心する。

 

 「じゃあ私も、いただきます」

 

 星一の後に続いて私もハンバーグを食べる。

 料理部で練習した通りの味付け。

 ふんわりとした肉の食感と、溢れ出す肉汁が口に広がっていく。

 しっかり失敗する事なく彼に振る舞う事が出来て、一安心だ。

 

 「凄く美味しいよシャルロット。今日はありがとな」

 「うん! 喜んで貰えて良かった! 」

 

 彼と一緒に笑い合って、私達は食事を楽しんだ。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 ──シャルロット達は、今頃食事を楽しんでいるだろうか?

 

 ドイツの部隊に頼んでいた荷物を受け取り、私は今頃部屋で盛大に甘い雰囲気を漂わせているだろう二人に思いを馳せる。

 

 「あれ、ラウラ? どうしたんだその荷物? 」

 「ああ、嫁か。いや何、ちょっとした秘密兵器をな……」

 「秘密兵器? 」

 

 声をかけられたので振り向くと、そこには一夏の姿。

 私は彼の質問に答えるために、今し方届いた荷物を開いた。

 

 届いた荷物を開けると、そこには茶色の袋と取っ手の着いた銀色の筒。

 私は一夏にこの二つを見せる。

 

 「これは……コーヒー豆と手回しミル? 

 なんだラウラ、コーヒー淹れるの趣味なのか? 」

 「そうだ。……最近、()()()()()でコーヒーを飲む機会が増えてな。

 ならばいっその事、趣味として凝ってやろうかと……」

 「……なるほど、そりゃあ良いな。

 俺も、今度飲ませて貰っても良いか? 」

 「勿論だとも。しっかり濃いめで淹れてやる」

 「ははは……助かる」

 

 一夏が苦笑いをして私のコーヒーを飲みたいという。

 

 大方、彼も私と同じ理由でコーヒーを欲しているのだろう。

 

 「どうせなら、今度みんなでお茶会でもしようぜ?

 俺、一応お菓子とかも作れるからさ」

 「──っ! それは良いな! 一夏のお菓子は、私も食べてみたい! 」

 「簡単なカップケーキとかになるけどな。箒や鈴、セシリアも呼んで楽しもうぜ」

 「……そうだな」

 

 ここで二人きりに出来ない事に、複雑な想いを抱いてしまうが仕方ない。

 一夏のお菓子が食べられると考えるだけ、良しとしよう。

 

 「……まあ、星一とシャルロットも呼ぼうぜ」

 「……その日はうーんと濃くコーヒーを淹れよう」

 「……正解だ」

 

 互いに砂糖を口に含んだような苦笑を浮かべ、直ぐに私達は普通に笑い合うのだった。




無事に恋人になれた二人なので、うんと甘い雰囲気が描けていたら嬉しいです。
次回もまだ平和な日々は続きます。
続きが気になってくださる方は、ぜひ次回もお付き合い下さい。
感想等もお待ちしております。
ここまで読んで頂きありがとうございました!
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