──その日、IS学園に異常事態が起きていた。
「……一夏。私は確かに水をコップに注いだ筈なんだ」
目の前で一緒に朝食を摂っている箒が顔を顰めている。
だが、俺も今は同じ表情をしている。
「ああ、箒。俺も確かに水を飲んだ筈だし、味噌汁は普通しょっぱい筈だよな? 」
今日の朝食は白米、味噌汁、鮭の塩焼き。
一般的な日本の朝食を選んだ筈だ。
しかしどうだろうか?
俺は目の前の朝食をもう一度口に運ぶ。
コップの水──甘い。
鮭の塩焼き──甘い。
白米──甘い。
そして味噌汁──甘い。
甘い甘い甘い甘いっ!?
何故か全部甘味を感じるっ!?
いや、塩気は確かに感じる。
最初と噛んでいる間は間違いなく普通の味噌汁や焼き魚だ。
だが飲み込んで舌を離れたその瞬間。後味と呼べるその瞬間だけが何故か甘い。
しかも、なまじスッキリとした後味だから不快感が少ないのもタチが悪い。
「どういう事なんだ……? 俺だけなら俺が何かしらの病気になったで済むけど……箒と──」
俺は周囲の様子を見る。
「ねえ、なんか今日の味噌汁甘くない? 味付けミス? 」
「わかる〜。──え? なんか目玉焼きにかけた醤油も甘く感じるんだけど……」
「いや、私水道水を飲んだ筈なんだけど。砂糖水を作ったわけじゃないんだけど……」
周囲の生徒が口を揃えて『甘い』とぼやく。
箒どころではない。食堂に居る全員がこの異変を感じ取っている。
こ、これは一体……?
「一夏さん……おはようございますわ……」
「おお、セシリアおはよう。──その様子だと……」
セシリアは怪訝な面持ちで俺たちと同じように話す。
「ええ……私もみなさんの例に漏れず……今日の朝食が何故か全て甘く感じましたわ」
「ありえねえだろ……調理ミスならまだしも……調理した訳でもない水や、そのままかけた醤油が甘いんだぞ……? 」
別に食事が取れないわけじゃない。
食べ物を受け付けなくなるレベルではない事は確かなのだが……
「こう全部が甘く感じると、胸焼けしそうだ」
「そうだな」
「ですわね」
しかも食材由来の甘味に感じない。
どこか味覚に直接情報を叩き込まれている様な、そんな味わいだった。
取り敢えず食事を終えて教室に行く。
教室にはまだ人の姿がまばらで、全員揃ってる様子では無い。
しかし、教室に居る人間が口を揃えて話す話題は、やはり『甘い』というもの。
どうやら、本当に学園全体に起きている異変らしい。
「うーっす。おはよう一夏。どうした? 元気無いじゃないか? 」
「星一、おはよう。──いや、今日なんか変じゃないか? 」
「は? 変って何が? 」
星一が教室にやって来たので違和感を聞くも、星一は何も感じていない様子だ。
どういう事だ? 俺達は全員異変を認識しているというのに。
「箒、セシリア」
「大丈夫だ、一夏。私達はお前の味方だ」
「一夏さんがおかしい訳ではありませんわ」
「だよなあ……」
「え? 何さ? 何の話? 」
この状況。間違いなくおかしいのは星一の方だ。
星一は確かに食べ物の好みは極端だが、味覚が破綻している訳じゃない。
あの甘味に、星一が気付かない訳がないんだ。
「星一おはよう。みんなもおはよう」
「おお、おはようシャルロット。──なあ、今日なんか変な所あったか? 」
「え? 変な所? ──うーん、特に思いつかないけど……」
「だよなあ……まだ朝だし、特に僕も異変は感じ取って無いんだけど……」
シャルロットが教室にやって来て、彼女もこの甘さを感じ取っていない様子だ。
……うん。確証は無いけれど、何となく察しがついたような、つかないような。
俺は箒とセシリアに目配せをする。
そして星一とシャルロットに聞こえないように小声で話す。
「なあ、これって……」
「まだ確証はありませんわ一夏さん。ですが……」
「……昼休み。少しみんなで話し合おう」
「「了解」ですわ」
この後、ラウラがやって来て魔法瓶に入れたコーヒーを分けてくれた。
濃いめに淹れてあるコーヒーが、口の中をサッパリと流してくれた。
ありがとう、ラウラ。
授業を受けて、昼休み。
昼食も早々に食べ終えて、俺達は朝の面子に加えて鈴とラウラが参加してくれた。
全員、今日の異変を感知している。
「──さて、今朝から続くこの甘さの正体だが……
私とセシリアがISを使って調べた結果、原因がわかった」
「本当か!? ラウラ、セシリアっ!! 」
なんて仕事が早い二人なのだろうか。
流石は代表候補生。手際の良さに惚れ惚れとしてしまう。
「ああ。ではセシリア、説明を頼む」
「わかりましたわ。
──今回のこの異変ですが。どうやら、このIS学園の周囲一キロ圏内にとある『信号』が常時垂れ流されているみたいなのですわ」
「……信号? 」
信号ってーと……道路でよく見る奴ではなく。
この場合は、俺達の身体に流れている『電気信号』の方が正しい奴か。
「信号というのはお察しの通り、私達の身体に流れている『電気信号』。
それに類するものとして間違いないでしょう」
どうやら俺の認識は正しいらしい。
セシリアは、そのまま説明を続けてくれた。
「この信号は何故かはわかりませんが空間を伝って私達へ。
正確には、私達の『味覚』にだけ直接影響を与えて、脳に甘味を誤認させているようですわ」
「……一応。何らかの精神干渉兵器を使用したテロの可能性も視野に入れて織斑先生に報告はしたが。
──諸君も察している通り、そこまで大層な代物では無いと、私は考えている」
……だよなあ。
だって、
どう考えても原因は……
「一夏、取り敢えず今は行動しよう。
セシリア、信号の発信源は? 」
「ここから南西。普段人があまり集まらない学園の裏庭ですわね」
……ほらなあ。
「一夏。気持ちは痛いほど分かるけど。
──本当、いったいほど分かるけど、行くわよ」
「……ああ、そうだな。鈴」
鈴がこめかみに指を添えて呻くように話す。
……正直、野暮な事は避けたいものだけど仕方が無い。
俺は、みんなと一緒に裏庭へと足を運んだ。
裏庭に近づくにつれて、周囲の空気が
最初は気のせいだと信じていたけれど、それは現場に近づくにつれて確信へと変わっていく。
「なんで……! 息を吸うだけで……! こんなに『甘い』のよ……っ!! 」
鈴が額に血管を浮かべながら声を漏らす。
そう、比喩表現で空気が甘いんじゃない。
今、この空間が物理的に甘くなっている。
発信源に近づくにつれて甘味は強く感じるようになり、やがて常に舌の上に上質な砂糖を乗せている錯覚に陥った。
「──! ……着いたぞ。彼処が発信源だ」
ラウラに促されて俺達は茂みに隠れる。
彼女の視線の先には、一組の男女がベンチに座っていた。
「……やはり、か」
「そんな気はしてましたわ……」
箒とセシリアが呆れたように笑う。
それに続いて、残りの俺達も同じように笑うしか無かった。
俺達の視線の先。
そこに映る男女は、やはりというかなんというか。
……星一とシャルロットだ。
「はい、星一。あーん」
「え? そんな……あーん」
──二人して仲良く弁当を食べさせ合いやがって……!!
視界に映るアベックの仲睦まじい姿。
俺達は、全員口の中は甘い筈なのに苦虫を噛み潰す表情になる。
「セシリア……本当に、間違い無いんだよな? 」
「……ええ、間違いありませんわ。
信号の発信源は──『護星』と『リヴァイヴ』です」
うっはー。
心の中で出した事のない悲鳴が出る。
やはり、今日起きた一連の異変の原因は、あの二人が原因だったらしい。
二人は今も、弁当を一緒に食べて、シャルロットが星一の肩に頭を預けたりしている。その後、互いに顔を合わせて笑い合って。
凄く、幸せそうだ。
空間の糖度も、それに比例して急上昇しているみたいだ。
全くもって、勘弁して欲しい。
──だが、ここで俺の頭に疑問が生じる。
「でも、なんでアイツらは信号の発信源に居るのに平気なんだ? 」
俺の思った素朴な疑問。
それは、すぐに近くに居た箒が解消してくれた。
呆れた表情で、それでも少し微笑ましそうに。
「当たり前だ一夏。フグが自分の毒で死ぬか? 」
「……くくっ。違いねえ」
箒の例えに、思わず笑ってしまう。
だってそうだろう? 原因は毒とは言い難いものなのに、例えとしてはそれが一番似合ってる。
その矛盾した不釣り合いさが、シュールな笑いを誘っていた。
「さて、諸君。今しがた織斑先生に連絡したら。
『早急に平賀、デュノア両名を連行せよ』との事だ。
──では、仕事をするとしよう」
ラウラがそう言い放つのと同時に俺達は隠れていた茂みから立ち上がる。
星一とシャルロットが驚いた顔をしているけれど、関係無い。
俺は今、悪い顔をしている。
◆◆◆
「……お前達が節度を保って交際している事は、私達も重々理解している。
だが、こういった事件が起きてしまうと。私達教員は叱らざるを得ないんだ」
「「………………」」
千冬姉に諭される二人だけど、何も話さない。
いや、話せない。
星一も、シャルロットも。
二人とも顔どころか身体すらも紅く染め上げて微動だにしない。
その頭からは、湯気だって出ていた。
……居た堪れない。
原因は、護星とリヴァイヴによるパイロットとの高い共鳴現象。
星一とシャルロットが仲睦まじくしている時の精神の幸福度に反応して、アイツらのISが共鳴。
周囲一キロ圏内の人間全ての味覚に『甘味』を引き起こす信号を放ち続けていたらしい。
おそらく、ネットワークからの学習で、星一とシャルロットの関係を『甘い』とだけ認識したのだろう。
──との事だ。
簡単な話、アイツらの惚気に
それだけの事だった。
「……お前達は何も悪くない。悪くないんだが……先程伝えた通りの対処法で、再発防止に努めて貰いたい」
「「……………………はい」」
小さく、本当に小さく返事をする二人。
普段なら返事が小さいと叱る千冬姉も、こればっかりは何も言えない。
ただ、気まずそうに二人を見るだけだった。
信号の遮断方法は、そもそもIS側が普段使っていない通信を利用して信号を発信していたようなので、その通信を一部切断するだけで良いらしい。
思ったより簡単な対処法で、本当に良かったと思う。
だが、俺は少し羨ましかった。
要するに、二人の愛情はISすらも凌駕して、世界に伝わるレベルだったという事だ。
そこまで他人を好きになれるってのは、正直言って凄い。尊敬に値すると思う。
──俺にも、そんな相手が居たら。
脳裏に過ぎるそんな考え。
一瞬の考えですぐに頭の奥へ入り込んで行ってしまったけど。
何故か俺は、箒に視線が向かってしまったのだった。
──おや、一夏の様子が……
と、言った所で今回は終わりです。
いかがだったでしょうか?
仲睦まじいシャルロットと星一の姿を見て、一夏の心にも変化が生じる……でしょうか?
もし続きが気になるようでしたら、次回もお付き合いください。
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ここまで読んで頂きありがとうございました!