──所詮、奴など相手にはならない。
教官の影に隠れ、それに飽きたらず教官の栄光すらも汚し、傷つけた取るに足らない路傍の石屑。
──それは間違い無いはずなのに……!!
「何故だっ!? 」
「はあぁぁぁぁぁぁっ!! 」
「チィッ!? 」
織斑一夏は確かに私と対峙している。
しかし、それを隣からいちいちこの女が邪魔をしてくる。
女の太刀筋はわかりやすい。躱すことなど訳ない、が。
「おい! 邪魔だ!? 」
「え? キャッ!? 」
すんでのところで枷との衝突を免れるが、少し態勢が崩れる。
「そこっ! 」
「しま──!? 」
認識するより先に、身体に衝撃が走る。
『斬られた』と、認識したのはその数瞬後だ。
──不意を突かれて、攻撃を受けた? この私が? 素人相手に?
女は既に私の触れる距離には居らず、前方で私を見据えている。
「ふざけるなぁっ!? 」
レールキャノンを構え、あの女に向ける。
業腹だが、今この戦場に於いて、あの女が一番邪魔だ。
一刻も早く排除し、織斑一夏を叩きのめさねばならない。
照準は既に合っている。後は引き金を引くだけ。
そして──
「そうは行くかよぉっ! 」
「貴様はそう来るだろうと思っていたさ! 」
枷の影から奇襲のつもりで顔を出した織斑一夏が突っ込んでくる。
読んでいるさ。単純な貴様が、ここで私を攻撃するであろうことは。
ワイヤーブレードは既に射出している。貴様程度の操縦練度ではこの攻撃を躱せまい!
「──て、お前は俺に攻撃対象をシフトするよな」
「何を──っ!? 」
全てを見透かしたような忌々しい奴の言葉。
何を言っている? 貴様らが、この私を策に陥れただと?
確かに貴様が私の枷を利用する奇襲を仕掛けて来たのは厄介だったさ。
あの女の太刀筋だって、素人がISを使っている割には鋭く、無視の出来ないものだった。
だが、それももう通用しな──
瞬間、機体からけたたましく鳴り響く危険アラート。
ほんの一瞬だ。ほんの一瞬意識を奴に割いただけだった。
あの女との距離は開いている。あそこから瞬時に近づくことなど……!
迷いが、戸惑いが、怒りが、判断を鈍らせる。
私が背後へ振り向いたその頃には、既にあの女がブレードを振り下ろした後であり……
何故?
距離はあった。
目を離したのだって一瞬だ。
あそこから近づくことなど……
──瞬時加速。
ありえない!?
この学園のいる奴らはISをファッションのように扱う者ばかり。応用技術など、この時点で扱うものは専用機持ち以外でいる筈など──!?
いや違う。今はそんな事を考えている場合ではない!?
だが、もう、躱せ──
「織斑一夏あああああああああああっ!? 」
「少しは私を見ろ。たわけ」
女の呆れた声を耳に残しながら、私は地面へと叩きつけられた。
◆◆◆
「作戦通り。って奴だな」
まさしく、僕らが思い描いていた通りの戦局が、目の前で広がっていた。
僕とシャルルくんは、アリーナで繰り広げられる攻防を見守っている。
「うん。ボーデヴィッヒさんは強いけど、その分周囲を侮っている」
「だから味方との連携を意識するどころか、居ないものとして扱った」
「結果、それぞれの位置どりやカバーの取り合いなんて出来ることもなく。彼女は足手纏いを抱えながら二体一の状況を作り続けている」
序盤こそ、彼女は優位に戦局を進めていた。
レールキャノンによる高威力の射撃、ワイヤーブレードでの相手の位置調整、軍隊仕込みのプラズマ手刀によるCQC。
彼女が、鈴さんとセシリアさんを圧倒したわけが伺える。
「だが、一瞬の隙を突いて、一夏が鷹月さんを影にしたり、ボーデヴィッヒの回避先への障害物として利用出来るようになってから流れが変わった」
「そもそも、彼女は一夏しか見ていない。その執着が、彼女の視野を狭めた」
「鷹月さんをワイヤーブレードで無理矢理退かしたりした隙を、箒さんに狩られる。そこでようやく箒さんを意識したかと思えば」
「一夏が彼女のヘイトを買いに行く」
「鷹月さんも不憫だな。完全に蚊帳の外だ」
彼女は今、アリーナの真ん中より少し逸れたあたりでマシンガンを構えるも戦闘の速さについていけずにアタフタとしている。
それもそうだ。授業で触れているとはいえ、彼女はまだ初心者。いきなり専用機持ちの戦いに訓練機で放り込まれて、『軍人の邪魔にならない動き』をするなんて、無理がある。
「お、遂に衝突しかけた」
「決着は近そうだね」
一夏と箒さんの連携は、既に一年生の中でも上位に位置するだろう。
戦い方の類似性、幼馴染特有の絆。彼らの連携は目を見張るものがある。
お、一夏が鷹月さんを影にして奇襲をしかけた。
だが、ボーデヴィッヒもそれを読んでいたみたいで、彼にワイヤーブレードを射出する。
──しかし。
「それも」
「計算通り、だね」
この一週間、彼らと特訓した甲斐があった。
箒さんが、ボーデヴィッヒが一夏を捉えたその一瞬の隙を、瞬時加速を使って彼女に接近する。
完璧に不意を突いた形。
彼女に対抗する術は、もう無い。
「流石は一夏達だ。後は残った鷹月さんを……」
「──星一」
隣のシャルルくんが、叩きつけられたボーデヴィッヒを見る。
「何か、様子がおかしい」
シャルルくんは、警戒を露わにしてそう呟いた。
◆◆◆
箒がボーデヴィッヒを地面に叩きつけて、地面に土埃が舞っている。
「ナイスだぜ箒!! よし、後は──」
「待てっ! 一夏!! 」
箒はボーデヴィッヒを叩きつけた先をじっと見て、まだ『何かがそこにいる』とでも言うように警戒し続けている。
だが、ボーデヴィッヒの撃墜判定はさっきアナウンスされたばかり。
残る相手は鷹月さんだけ──
「──っ!? 」
土埃が晴れて、気絶したボーデヴィッヒが見える。そう思っていた。
視線の先、シュヴァルツェア・レーゲンが『泥』を吐く。
彼女のISから溢れる黒い汚泥は、苦しむ彼女を包み、そして別のISへと彼女の機体を書き換えていく。
しかし、彼女は苦しんでいるというのに、その表情はどこか狂気を孕んだような笑顔で。
「──たし、に」
「何──? 」
微かに聞こえる声。
小さいが、存在感のある。確かな声。
瞬間、ボーデヴィッヒの大声が、アリーナに響き渡る。
「私にっ!! 力を、寄越せえええええええっ!! 」
瞬間、汚泥が彼女を全て包み込んだ。
シュヴァルツェア・レーゲンの姿は見る影もなく、別の形に置き換わる。
黒い色を基調とし、赤いモノアイを傾かせるそれ。
いや、そんなのはどうでも良い。それより、彼奴が手に持っている刀。
──あれは。
「雪、片……? 」
箒が、戸惑ったように声を漏らす。
そうだ。あれは、千冬姉の……
「──っ!! 」
「一夏っ!? 」
認識した瞬間、頭で考えるより先に身体が動いていた。
瞬間加速で一気に接近。零落白夜を発動して、俺は、この
「オラァ──っな!? 」
雪片弐型を振り下ろすが、躱される。
最小限の動きで、身体を傾かせる程度の小さな動きで、こいつは俺の太刀を躱す。
「っが!? 」
ブレードを振り下ろした後、俺は強い衝撃を感じた。
奴は、俺の身体を蹴り飛ばしたらしい。
まるで敵とも思っていない立ち振る舞い。
ああ、頭に血が昇っていくのを感じる。
「この野郎──」
「待て! 一夏!! 」
「箒!! 止めるなっ!! 俺は、俺はこいつを──」
「わかっている! だが、少し冷静になれっ!! 」
「冷静になんて……っ!? 」
視線を黒いISに向ける。
しかし、先程までの位置に奴はもう居ない。
視線を移動させて少し、奴は鷹月さんの元へ高速で移動している。
──拙い!?
「逃げろおおおおおおおおおおお!! 」
俺はそう叫ぶも、彼女は動けない。
全力で彼女の元へ駆け出すが、気づくのが遅れすぎた。
距離が遠すぎる……間に合わない──!?
「キャアアアアアアア!? 」
鷹月さんの悲鳴が響く。
間に合わなかった……俺はそう思った。が──
聞こえて来たのは、シールドエネルギーが削られた音じゃない。
ブレードを受けとめたような、硬い金属音。
「ふう……間一髪。って奴か」
彼女との間に割って入った鈍色の影。
黒いISの雪片を受け止め、鷹月さんを脅威から退けた『盾』がそこには居た。
「平賀……くん……」
「やあ、鷹月さん。さっきの試合、頑張ってたね。ナイスファイト!
──ここは危ないから、僕たちに任せて」
「う、うん!! 」
鷹月さんがアリーナの非常出口へ逃げていく。
鈍色の盾──星一は、彼女が逃げたのを確認するや否や、盾で黒いISを突き飛ばし、スタンバトンを押し当てた。
電流の流れる音が響き、黒いISの動きが鈍る。
一瞬の隙、その隙を星一背後から現れたオレンジの影が見逃さない。
「どりゃあああああああっ!! 」
オレンジの影──シャルルは、左腕のパイルバンカーを黒いISにぶち込んだ。
奴は堪らず吹き飛び、地面でその機体を削りながら転がっていった。
「シャルル!! 星一!! 」
「お、箒さん。良い試合だったね。一緒に特訓した、僕も鼻が高いよ」
「あ、ありがと……じゃない!? 何故ここにいるのだ!? 」
「明らかに様子がおかしかったからね。先生方に黙って飛び込んじゃったんだ」
「シャルル……」
「アリーナ客席の避難誘導で教員は大忙し。存外、楽にピットに忍び込めたよ」
おいおい、それは後で大目玉なんじゃないか……?
「一夏」
「星一、どうした? 」
星一が話しかけてくる。
その目は俺を厳しく確かめるようなそれで──
「
星一の目が、俺を静かに映す。
頭に昇っていた血は、既に落ち着いていた。
「──おう。大丈夫だ、悪りぃな」
「オーケー。クールに行こうぜ、今動けるのは僕たちだけだ」
星一がニヤリとバイザーの奥で笑うのが見える。
黒いISの動きは、まだない。
「一夏、箒さん。シールドエネルギーの残量は? 」
「私はまだ余裕がある。だが一夏は……」
「試合中の被弾やさっきの攻撃が痛くてな……零落白夜も後一回切りってところだ」
「了解、じゃあこうしよう。
僕が前線で奴のヘイトを買って盾になる。シャルルくんと箒さんは援護射撃。箒さんには僕の鎮天を貸す。当たらなくても良い、兎に角弾をばら撒いて奴の動きを邪魔してくれ。
──一夏」
「おう」
星一が俺を見据える。
「僕が絶対に隙を作る。君の零落白夜で、奴の装甲をぶった斬れ」
トドメの役。失敗できない、チャンスは一度きり。
だが──
「おう、任せろ」
絶対に成功させる。
◆◆◆
さて、作戦開始前なんだが、そんな僕たちに通信が入る。
『お前達、一体何をしている? 』
「げ、織斑先生……」
鬼からの通信だった。非常に拙い。
「何をって……一夏達を助けに来たんですよ。アリーナの中には、鷹月さんも居た」
『ならばもう鷹月は回収してある。お前達が奴を相手する必要は無い、すぐに撤退を……』
「出来ませんよ。奴さんはもうそろそろ動き出しますし、背中を見せれば叩き切られます……動き出すタイミングが、人間的じゃない。アイツ、なんなんですか? 」
全ての動きが機械染みている。
相手に出す動きに対して、決まったテンプレートやデータを元に動いているような。
いや、動き自体は人間だ。でも動きのタイミングや反応が人間じゃない。
まるで、戦いのやり取りそのものが『処理結果』のような……
『…………』
織斑先生は答えない。
本当に知らないのか、はたまた話せないのか。
「情報があるだけでこっちも楽になるのは貴方も承知のはずでしょう? どんな些細なことでも良いんです。お願いします、教えてください」
『……“ヴァルキリートレースシステム”』
「ほう」
呟くような発言。しかし、重要な情報だった。
『ドイツの技術局が開発し、パイロットを素体とした“歴代モンド・グロッソ優勝者”の動きを再現するシステムのことだ。つまり──』
「アレは、AIが織斑先生の動きを再現しているってことですか……」
『そうなる』
「嘘でしょ……」
「ヒュウ、恐ろしいことこの上ないや」
その発言を聞いた僕たちは、軽く絶望する。
だが、立ち止まる訳にはいかない。
『先程、ドイツから正式に依頼があった。ヴァルキリートレースシステムの破壊依頼だ』
「なるほど、ドイツもアレを歴史の闇に葬りたいってことですか」
『パイロットの生死は、問われていない』
「なっ!? 」
一夏が、パイロットの生死について反応する。
正義感の強い彼のことだ。ドイツ上層部の判断が許せないのだろう。
僕だってそうだ。操縦者を部品扱いした強力な兵器を作り、それが手に余るのなら捨ててしまうなんて、冗談じゃない。
だけど──
「一夏、装甲だけを切ってパイロットを引き摺り出すことは? 」
「出来るさ。いや、やってやる」
「上等」
一夏は、見捨てる事なんてしないだろう。
僕は織斑先生に言った。
「では織斑先生。我々はこれから、ドイツ代表候補生『ラウラ・ボーデヴィッヒ』の救出作戦を実行します。許可をお願いします」
『許可しないでもお前達はやるだろう……良いだろう、許可する。
──ただし、帰って来たら説教と反省文と私特製のトレーニングだ。覚悟しておけ』
「それは恐ろしい……
──どうやら、奴も動き出すみたいだ。行くぞ! みんな!! 」
「「「「おう! 」」」」