動き出した黒いISは、いの一番に一夏へと襲い掛かった。
奴は、姿勢を屈めて一瞬の内に彼の懐へ潜り込もうとする。
野郎、一番体力の少ない一夏を狙いやがった。
──速い、け、ど!!
「あっぶ、ねぇっ!! 」
僕は咄嗟にブーストを蒸して一夏と黒いISの間に割り込んだ。
盾を使い、ブレードの一撃を受け止める。
鍔迫り合いに持ち込み、動きを抑えるが奴は僕を見ず、後ろの一夏を注視している。
「僕を見ろっつうのぉっ!! 」
スタンバトンの威力を人体が耐えうる限界まで引き上げて、奴の身体を殴打。
紫の電光が迸り、奴のブレードに込める力もほんの少し弱まる。
ここだ──!
「ぬぅううううううう!! 」
ブーストを更に蒸して盾ごと奴を押す。
──今は、最低限一夏から距離を取る!!
押し出した事により、黒いISの足元が少し崩れた。
たたらを踏むわけでは無いけれど、一瞬の体幹の崩れ。
足を振り上げ、奴のどてっ腹に蹴りをぶち込む。
「オラァ!! 」
黒いISと僕の距離が一メートル程離れる。
まだ僕の得意レンジ。一夏は僕の背後で機を狙ってる。
奴の視線はさっきの電流で僕に釘付けだ。
大丈夫。大丈夫だ。
──視線が、僕にある事に安心してしまった。
一瞬の安心。奴はそこにつけ込む。
僕は、瞬きをしただけだった。
──瞬間。視界から、黒が消える。
「なっ!? 何処──」
姿勢を低くしたからなのか、黒いISは僕の視界から消え、僕の直前でブレードを振り上げて現れる。
近い。
盾、間に合わない。
避け、一夏が背後に。
無理──死。
「星一!! 」
左右両方からの射撃。
銃弾は奴が剣で切り伏せるか、躱しているのでダメージ自体は出ていない。
──でも。
「助かった。死ぬかと思った……死ぬかと思った……!! 」
「星一!? 大丈夫!? 」
「なんとか……。ありがとうシャルルくん、箒さん。マジで助かったよ」
シャルルくんと箒さんの援護射撃で事なきを得る。
なんだよあの瞬間移動。瞬間加速でもあそこまで視界に入らないことは無いぞ。
「流石、織斑千冬のコピー……ってか」
油断どころか一瞬の安堵もままならない。
ドイツは一体なんてものを作ったんだ。
奴はもう一度僕に向かってくる。
だが、同じ手は二度と喰わない──!!
「ふんっ!! 」
奴の攻撃を受け止め、弾き、いなす。
確かに速い。確かに巧い。
だが、動きに規則性がある。見切れないわけじゃあない。
黒いISと攻防を続け、援護射撃を貰いながらも戦い続けて早数分。
でも、体感時間はそれ以上に長く感じられた。
「はぁ……はぁ……」
息が切れる。
視界が点滅する。
でも、奴から目を離してはいけない。
なんとか根性で意識を保ってる状態だ。
「星一! 無理するな!? 前線なら俺だって──」
「駄目だっ!! 君は切り札だ一夏。万が一があっちゃ困るんだよ……」
一夏の零落白夜は一撃必殺。
最後のトドメとして温存しなければ、勝機は薄い。
だから僕が……僕が耐えなければいけないんだ。
糞……視界の周りが暗い。
奴を視界に捉え続けなきゃいけないのに、攻撃を受けなきゃいけないのに。
「っぐ」
少しふらついた。
その瞬間だった。
「っ!? また消えた!? 今度は何処に──!? 」
誰を狙ったのか、わからなかった。
先ずは、自分を疑った。
しかし、自分の周囲に黒い影は無い。
次に、一夏を疑った。
だが、背後を見ても奴はいない。
最後に──
「──シャルロットッ!? 」
ライフルを構える彼女に、黒い影が迫る。
あまりの速度に、彼女は反応出来ていない。
彼女はそれでもライフルを奴に向けるが、標的は左右に揺れて狙いが定まらない。
瞬間加速、ブーストも駆使して奴に突っ込む。
だが、気づくのが遅過ぎた。奴はもう、彼女の目の前に──
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!!
間に合わない──!!
奴のブレードの切先が、シャルロットに近づいていく。
間に合わない速度なのに。守れない、距離なのに。
どうしても、時間がゆっくりと過ぎるように感じられた。
「甘いっ!! 」
剣が弾かれる音。
奴の姿勢が、これまでで一番崩れる。
箒さんが、シャルロットの間に入り、黒いISのブレードを自身の持つ剣で弾き飛ばした。
「今だ!! 一夏!! 」
「おおおおおおおおおおおおおお!! 」
箒さんの掛け声に、既に接近していた一夏が応える。
一閃。
一夏が黒いISの装甲を斬り裂き、ボーデヴィッヒを引き摺り出す。
「良か……た……」
その光景を見て、僕の視界は暗転した。
◆◆◆
目を覚ます。
視界に入ったのは、知らない天井で。でも周囲から漂う匂いから、ここが医務室だとすぐに気がついた。
「星一! 気がついたのか!! 」
「一夏……箒さんに、織斑先生」
一夏と箒さん。織斑先生が僕のいるベッドを囲んでいた。
そして、僕が一番無事を願っていた相手も。
「……シャルルくん」
良かった。彼は無事だった。
怪我をした様子もなく、ふらついた様子もなく立っている。
他の人も、全員健康そうに学園の制服を着て、僕のことを見ている。
……どうやら、あの面子で倒れたのは僕だけだったらしい。
「なあ、星一」
「なんだ? 一夏」
一夏が、怪訝な表情で僕に話しかけてくる。
いつもとは違う。先ほどの戦場で見せたものとはまた違う意味での真剣な表情。
彼のこういった表情を見るのは初めてだ。
なんだろう? 僕の身体は五体満足みたいだし、脳に障害が残ったとかそういう話だと嫌だな──
「『シャルロット』って、どういうことだ? 」
時が、止まった。
「……は? 」
理解が及ばない頭の中。混乱して言葉が発せない。
必死に状況を整理しようと考え続けて。
脳裏に、あの時の記憶が蘇る。
──シャルロットッ!?
……言った。
確かに僕はあの時、彼を、
拙い、拙い拙い拙い!?
冷や汗が背中を濡らしていく。
生き残った安堵から来ていた体温の温かみが、急速に冷めて血の気が引いていく感覚を実感した。
まだ、誤魔化しは効くか!?
「ええっと……なんのことかさっぱり──」
「誤魔化しは効かんぞ平賀。既に、デュノアから説明は受けてある」
無情な織斑先生の言葉に、唖然としてしまう。
僕は勢いよくシャルロットに顔を向けるけど、彼女は僕を宥めるように笑っている。
駄目だ、違う。僕は、君にそんな顔をして欲しいわけじゃ無くて。
でも、君にその顔をさせてしまったのは、間違いなく僕で……
「その、ごめん。僕の、せいで……」
ありきたりな謝罪の言葉しか出てこない。
僕は、自分の無能を呪った。
僕の戦闘中のミスで彼女を危険に晒し、あまつさえその結果に取り乱して彼女の秘密さえもバラしてしまう。
己が憎らしい。穴があったら、僕の死体を埋めてやりたい。
「ううん、大丈夫。星一が、無事で良かった」
「でも君が──! 」
「平賀」
僕の言葉を遮るように、織斑先生が僕に話しかける。
彼女は、僕に見せつけるように、黒い物体を掲げながら言った。
「デュノアのしていた行為は歴としたスパイ行為だ。これは、重大な犯罪となる」
「そんなこと──」
「話は最後まで聞け。──だが」
織斑先生は、黒い物体についているボタンを押し込んだ。
すると、僕からしたら聞き馴染みのある声が聞こえてくる。
『シャルル……いや、シャルロット。貴方にはがっかりしました。
件の男性操縦者──平賀星一と言いましたっけ? 彼、貴方のことを“シャルロット”と呼んでいたでは無いですか?
任務は既に失敗。それを隠して、私たちデュノア社を騙していたのですね? 男性操縦者のデータを極秘に取るという簡単な任務もこなせないなんて、とんだ役立たずです。
早急に我が社に戻りなさい。貴方の処分は──まあ、妾の娘など心痛むこともありませんが、重いものとなるでしょう。
では、またフランスで』
人を人とも思わない醜悪な声、発言。
僕たちが欲してやまなかった、『決定的な奴らの尻尾』が、そこにはあった。
「これは……」
「デュノアが録音していたデュノア社とのやりとりだ」
「それを僕たちに──! 」
「落ち着け。話は最後まで聞けと言っている」
織斑先生は、一呼吸ついて話し始めた。
「これは、明確な『人権侵害』になる。ましてや、未成年に対する所業ではない。この観点から、学園はデュノアのことを『保護』する形となった」
「それじゃあ……!! 」
彼女は自由に──!
「あくまで保護だ。実際にデュノア社を糾弾し、彼女を企業の縁から切り離すことは出来ない。IS学園は、あくまでも『中立』だからな。他国の生徒、それも代表候補生を自由になんて出来ない」
ならば、どうして──?
織斑先生は僕の表情見て、語る。
「これは証拠だからな。原本は預からせて貰って、これはコピーになる。
──私は、余分にとって余ってしまったコピーを、今ついうっかりこの医務室に落としていく。
これは処分するつもりなので、どうなろうと私は知らない」
そっと、ボイスレコーダーを、彼女は僕のベッドの上に置く。
「保護出来るとは言っても、期間は短い。フランスは勿論、他国の圧力だってある。持って『一週間』だ。それ以上は、庇うのが難しくなる」
織斑先生は、真剣な表情で僕に語りかけた。
「平賀。お前とデュノアは今回の戦闘で酷く疲弊している。私の権限で療養させる。期間は『一週間』だ」
「それって──」
「学園と私からは以上だ。ではな」
織斑先生はそれだけ言って医務室を去っていった。
──黒いボイスレコーダーのコピーを残して。
「星一」
「……一夏」
一夏は、僕の肩に手を置いて怒った。
「なんかあったら、すぐに話せ。力になるんだから」
「……すまん」
「許す。次からは相談しろよ。友達だろ? 」
箒さんも、同様だった。
「星一」
「箒さん、あの時はありがとう」
「気にするな。──大丈夫なんだな? 」
「ああ、心配してくれてありがとう」
「そうか。行くぞ、一夏」
箒さんが一夏を連れていって、医務室は僕とシャルロットの二人きりになる。
沈黙が痛い。
でも、これは僕から話さないといけない。
僕がもう一度、彼女に示さねばならない。
「シャルロット」
「……うん」
彼女は、不安を隠して笑っている。
その不安を取り除きたい。彼女の笑顔を曇らせたくない。
失敗した僕だけれど、彼女の恐怖を取り除くのは、僕でありたいし。
彼女の一番の笑顔を見せてもらうのも、僕でありたい。
「まずは、ごめん。僕の失言のせいで、君に負担をかけることになった」
「…………」
彼女は何も言わない。
「でも、僕はそれでも君を助けたい。力になりたい」
信頼は失ったかもしれない。期待は地に落ちたかもしれない。
それでも。
「だからお願いだ。──もう一度だけ、僕を信じてくれないか? 」
──沈黙。
長い沈黙だった。
いや、もしかしたら短かったのかもしれない。
永劫にも近く感じる沈黙の中、息を吐くように小さく、小さく彼女は声を発した。
「──るよ」
「え? 」
もう一度聞き直してしまう。
そして彼女は、はっきりと話してくれた。
「何度だって、信じるよ。だから、私を助けてくれる? 」
不安な表情はもう隠れていない。
溢れそうな涙は、徐々に彼女の頬をつたり、自然とベッドのシーツを濡らしていく。
僕は、静かに彼女の頭を胸に抱えてしまった。
「ありがとう。絶対に、必ず、君を──」
茜色の光が、医務室のカーテンを越えてくる。
夕暮れが、僕らを照らしていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
ここから先も、物語を盛り上げていくのでどうぞよろしくお願いします。