両親に、電話をした。
僕の両親は平賀重工の技術局長と代表取締役。
僕のミスによって大きくなったこの問題は、既に僕たちの手に余る代物となってしまった。
出来ることなら、僕自身が彼女を助ける一助になりたかった。
それでも、未だ子供の身の上の僕が勝手に動いてしまえば、被害が更に広がる。
だから、僕は両親に助けを求めた。
『明日。すぐにその娘を連れて来なさい』
普段穏やかな母からは考えられない、厳しい声色。
それでも忙しいであろう母が、すぐに時間を作って僕たちに会ってくれる。
その事実に、少し安心した。
「明日。今までとった録音と、この決定的な録音を持って、うちの会社に行こう。──来て、くれるか? 」
シャルロットは、僕の言葉に静かに頷いて。
「うん。何度だって信じるって、言ったでしょ? 」
そう言ってくれた。
──何度でも信じる。
彼女が言ってくれる、嬉しくて、そして苦しい言葉。
今度こそ、彼女の期待を裏切ることはしてはならない。
絶対に、絶対にだ。
さて、これは僕とシャルロットが明日会社へ赴くための準備をしていた時だった。
僕はある程度の準備を終えて、彼女の書類整理などを手伝っている時に。
ふと、見覚えのある紙面の束が、彼女の荷物に中に丁寧に保管されていた。
──これは。
「シャルロット、これって……」
「ああ、これ? 」
僕が彼女に質問すると、彼女は照れ臭そうに笑って答えてくれた。
「……うん。君との手紙。ずっと私を支えてくれた、私の『宝物』。
あんなところに置いて置けないから、持って来てたんだ」
僕が書いた、拙いフランス語の手紙たち。
文字も、文法も、未だ完璧とは言えない。それでも彼女を想って書いた、僕の『分身』。
彼女はそれを大事そうに胸に抱えて、はにかんで笑っている。
「星一は、流石にもう持ってないかな──」
「そんな訳ないっ!! 」
僕は、デスクに大切にしまい込んでいたファイルをすぐに引っ張り出した。
また読み直せるように、破れたり、汚れたりしないように。
ずっと、大切にしまい込んでいたそれ。
これは、シャルロットの手紙だ。
「それって……! 」
「僕も、僕もずっと……ずっと持ってたんだ。君と文通が出来なくなっても、それでも、君とまた会えることを信じて。
手放すことなんて、考えもしなかった……! 」
嬉しかった。凄く、本当に凄く嬉しかった。
体温が上がり、世界が煌めいて見える。
彼女は、僕の手紙を『宝物』と言ってくれた。
僕の分身は、彼女の地獄の中でも、一筋の光であってくれた。
シャルロットは、僕と同じように、この手紙が大切だった──!
「シャルロット。僕は、君の事を──」
そこまで口にして、あの時のことが蘇る。
シャルロットに迫る、黒いIS。
どれだけ走っても、間に合わない。
どれだけ手を伸ばしても、届かない。
僕自身の無力を思い知った、あの時。
──守れなかった、あの時の記憶。
「──こと、を。……ごめん、なんでもない」
あの記憶が、あの時の僕が。
浮かれた僕の心に語りかける。
『守れなかったお前が、今想いを伝えるのは卑怯だ』
──ああ、そうだ。今ここで想いを伝えるのは間違っている。
すんでのところで、言葉を呑み込む。
あまりにも不自然な言葉の切り方。我ながら臆病で、卑怯で、狡賢い。
彼女に伸ばしかけた手を、僕は無理くりに自分の胸に押し留めた。
今も暴れる僕の手は、心の中を掻き混ぜて、引き裂いて、握りつぶす。
僕の胸の内で、耐え難い激痛が襲う。
痛みは僕に『想いを伝えろ』と叫ぶけれど、僕は僕自身の意地でその意思をねじ伏せる。
「──そっか。早く準備しないとね! 明日も早いんでしょ? 」
「あ、ああ。……そうだな」
シャルロットは何も聞かなかったように準備を進めた。
彼女は僕の想いに気がついていないのか、それとも優しさなのか。
臆病な僕は、それがどちらなのか考えることも出来ない。
その日の準備は順調に進み、僕たちは眠りについた。
◆◆◆
──君の事を。
彼は、その先の言葉を言うことは無かった。
顔を赤くして、少し興奮したような表情で、どこか嬉しそうで。
その顔は、私が彼のことを考えている時に見た。鏡の前の私の顔と酷くそっくり。
あんな顔を見てしまって、また私の中の『もしかしたら』が顔を出す。
だけど、この想いは彼に伝えないと決めている。
それに、今日はとても嬉しかった。
彼は、私の手紙を持っていてくれた。
私の気持ちを、ちゃんと受け止めて、大事にしていてくれた。
私にとってはそれだけで、心に何かが満ちていく。
君は、あの後なんて言ってくれるつもりだったのかな?
私は君にとって、どれだけの存在なのかな?
膨れ上がる疑問。奥に鍵をかけた、期待。
でも、それを聞く権利も、強さも、私は持ち合わせていない。
彼の中で、私は親友で。
私も、彼は親友。
それで充分だ。
届かなかった時間も、想いは同じだった。
手紙は、私たちを繋いでくれていた。
遠い距離も、長い時間も。
それでも私たちは一緒だった。
大丈夫。私は君の事を信じてる。
これまでだって、これからだって、ずっと。
──ずっと。
◆◆◆
翌日、朝八時。
僕とシャルロットは今、『平賀重工』の本社前にいる。
IS学園の制服を着て、僕とシャルロットは会社の入り口に立つ。
都心に構える巨大なビルは、周囲の風景と良く馴染んでいた。
「行こうか」
「うん」
ビルの中に入ると、忙しなく社員が動いている。
人並みを掻き分けるように受付へ進むと、すぐに社長室へ通してくれた。
重く、厳格な社内の空気。
僕は、通された社長室の扉を三回ノックした。
「来たわね。平賀操縦士」
「お待たせしました。──社長」
社長室に入ると、僕の母──平賀重工代表取締役社長『平賀 早苗』が僕たちを出迎えた。
だが彼女は今──僕の母では無い。
社長は僕たちを見て微笑むが、その目の奥は笑っていなかった。
試すような視線が、僕らを貫く。
「お忙しいところ、申し訳ありません。昨日電話した件で、参りました」
「ええ。……それじゃあ早速、
社長に促されて、客席のソファに腰掛ける。
隣のシャルロットは、緊張して顔が青ざめている。かくいう僕も、身体の震えが止まらない。
「貴方が、シャルロットさん? 」
「は、はい! 初めまして、シャルロット・デュノアです! 」
張り詰めた空気の中、社長との話し合いが始まった。
「うん、元気があるのは良いことね。
──で。平賀操縦士からの電話で、ある程度の事のあらましは知っているけれど。改めて貴方達の口から教えてくれるかしら? 」
シャルロットは社長のその言葉に対して、今回の顛末を話し出した。
「はい。先ず私は──」
自分は元々デュノア社のテストパイロットだという事。
しかし、社内での自分は冷遇され、酷い扱いを受けてきた事。
その扱いは更にエスカレートし、最終的に自分を望んでもいないIS学園へのスパイにされ、無理矢理送り込まれた事。
そして今、自分は会社から汚名を着せられ、切り捨てられようとしている事。
その全てを、シャルロットは社長に話した。
「ふぅん。なるほどねえ……証拠は、あるのよね? 」
「こちらに」
僕は社長のその言葉に対して、日本のボイスレコーダーを取り出す。
一本は僕とシャルロットが最初から集めていた、言動に圧を感じる程度の弱い証拠。
そしてもう一つが、昨日僕たちは手に入れた『決定的な証拠』だ。
確実な証拠だ。絶対に協力してくれる筈──
「──二つ目のこれ。本物? 」
「──っ!? 」
心臓が、音を立てて跳ねた。
「そんな──」
「一本目のこれは良いわ。平賀操縦士が一緒に聞いていたものでしょう? 信用はしてあげる。
でも二本目。これはどういう事?
直近のものと比べて、印象が違いすぎるわ」
空気が急激に冷え込むのを感じた。
寒い。だが、僕の身体は焦りと緊張から熱を発している。
体温があべこべで、気持ち悪くなる。
「二本目は、平賀操縦士が直接現場にいて取った証拠ではない。
これでは、信用できないわ」
つまり、彼女はシャルロットにこう言いたいのだ。
『貴方、うちの息子にハニトラ仕掛けてんじゃないでしょうね? 』
違う。断じて違う。
シャルロットは、本当に助けを求めて此処に来たんだ。
信じてくれ。頼む、信じてくれ、母さん。
彼女を擁護する言葉が出てこない。
でも、確かに二本目のボイスレコーダーで録音した時。僕はその場にいなかった。
気絶していた事が悔やまれる。僕は今、彼女の信用を担保する事が出来ない。
「このボイスレコーダーは──」
──毅然としたシャルロットは、堂々と社長の目を見て言った。
「このボイスレコーダーは、ブリュンヒルデ『織斑千冬』氏と、その弟『織斑一夏』くん。そして篠ノ之束博士の妹『篠ノ之箒』さんの前で録音したものになります」
シャルロットは、社長の問いに対して初めから答えを用意していたようにスラリと答えを出した。
「へぇ、それはまた豪華な面々だこと。
──勿論、名前を出すのなら彼らもこの事は? 」
「承知の上です。自分たちの名前を出してくれて構わない。と、言ってくれました」
織斑先生、一夏、そして──箒。
彼らの名前が、今彼女の信用を勝ち取ってくれている。
「なるほど──良いでしょう。後々確認は取るけれども、今この場では貴方の事を信用します。今日する契約も、その信用の上で進めます。
もし違う点が発覚した場合は、今回の件は無かった事にさせて貰いますから。──よろしいですね? 」
社長が厳しい視線で彼女を見据える。
それでも、彼女は凛とした姿勢でそれを受け止めて。
「問題ありません。
──お願いします。私を、助けてください」
静かにその頭を、社長に下げた。
「社長。僕からも、お願いします。どうか、彼女を」
僕も同じように深く、深く頭を下げる。
「……よし。わかったわ。それじゃあ、契約の話に行きましょう」
少し柔らかくなった声色。
視線を上げれば、先ほどの態度が嘘だったようにやわらかい笑みを浮かべた社長が、母さんが、そこには居た。
さあ、この二次創作における最初の山場です。
これから先、彼らの恋がどうなっていくのか。
是非、お付き合いください。