これはびっくり、ダイユウサク 作:匿名希望ウマ娘1号
春のトレセン学園は、浮き足立っている。
芝の色が日ごとに濃くなり、風がやわらかくなるころ、ついに同期たちはクラシックレースに向かっていく。
掲示板に貼り出された校内新聞を、私は遠くから眺めていた。
誰が勝った、誰が掲示板に入った、次はどこのレースに出る。そんな話題が、当たり前のように行き交っている。
その輪の中に、私の名前はない。
私は今日も、トレーニングコースの端で立ち止まっている。
ほんの軽い調整のつもりだった。それでも、数本走っただけで息が続かなくなる。胸の奥が詰まり、心臓が嫌な音を立てて早鐘を打つ。脚は前に出なくなり、視界の端が白く滲んだ。
――また、走れない。
分かっていたことなのに、毎回それを思い知らされる。
同期たちはもう、ジュニア級でしのぎを削っている。勝ったり、負けたりしながら、次の課題を見つけて、また前へ進んでいる。
それに比べて、私はどうだろう。
レースどころか、満足なトレーニングすらこなせていない。
コースの向こうでは、ウマ娘たちが走っている。
一定のリズムで刻まれる足音。トレーナーの指示に応える声。全身を使って前へ進む姿は、遠くから見ても力に満ちていた。
私はそこに混じれない。
混じろうとすれば、体が先に悲鳴を上げる。肺が焼け、脚が止まり、結局はここに戻ってくる。
今のトレーナーは、何も言わない。
無理をさせることもなく、叱ることもなく、ただ短いメニューを淡々と指示するだけだ。
でも、私は気づいている。
その視線が、私を「戦力として見ていない」ことに。
早くしろとも言われない。
もっとできるはずだとも言われない。
それは優しさなのかもしれないし、現実的な判断なのかもしれない。
けれど同時に、それは「今は期待していない」という無言の意思表示でもあった。
学園の中心では、同世代の名前が当然のように語られている。
ヤエノムテキ。
サクラチヨノオー。
スーパークリーク。
バンブーメモリー。
メジロアルダン。
その名前を聞くたび、胸の奥がざらつく。
次はどのレースに出るのか。どこで勝つのか。彼女たちは、いつも未来の話をされる存在だ。
私は、その輪の中にいたことがない。
話しかけたことも、目を合わせたこともほとんどない。ただ、同じ学園に通い、同じ時代に生まれただけで、一方的にその活躍を知っているだけだ。
「同期」という言葉を聞くたび、胸の奥がひりつく。
同期とは、本来、並び立つ存在を指す言葉のはずなのに。
私はまだ、スタートラインにすら立てていない。
春の風が吹くたび、その事実だけが、静かに胸に沈んでいった。
◆◆◆◆◆
そんな中で、学園の空気が一変した。
地方から編入してきたウマ娘がいるらしい。
最初は、そんな噂話だった。珍しいことではない。地方出身のウマ娘が話題になることは、これまでもあった。
でも、その名前が出る回数が増えるにつれて、違和感は確信に変わっていった。
オグリキャップ。
彼女が初めてトレセン学園のコースを走った日、私は偶然、その場にいた。
偶然、というより、走れずに立ち尽くしていただけだったのだけれど。
一目で分かった。
ああ、これは違う、と。
彼女の走りには、説明が入り込む余地がなかった。
地方出身がどうとか、トレーニングがどうとか、そんな言葉を持ち出す前に、すでに前にいる。
誰かが「すごい」と言うより早く、誰かが分析を始めるより先に、ゴールにたどり着いてしまう。
速い、という言葉では足りない。
理屈を拒絶する、というほうが近かった。
努力も、積み重ねも、戦略も。
それらが意味を持つ前提そのものを、踏み潰すような走りだった。
オグリキャップが走るたび、学園はざわめいた。
空気が熱を帯び、視線が集まり、声が重なる。
「本物だ」
「規格外だ」
そんな言葉が、簡単に、軽々しく飛び交う。
誰も疑わない。誰も躊躇しない。あっという間に、彼女は「そういう存在」になっていた。
私は、遠くからその姿を見ることしかできなかった。
同じウマ娘であるはずなのに、同じ言葉で括られることに、強い違和感を覚える。
私とオグリキャップの間には、距離がある。
努力や根性で埋められるような差ではない。最初から、立っている場所が違う。進んできた道が違う、というより、そもそも同じ地面を踏んでいない。
才能とは、ここまで一方的なものなのか。
そう思い知らされる。
その姿は、父の言葉を完璧に肯定しているようだった。
――才能があれば勝つ。
――なければ、どれほど足掻いても意味はない。
私は、その考えを否定できなかった。
目の前で、それが現実として走っているのだから。
やがて、私はようやくデビュー戦を迎える。
1988年10月30日 京都 ダート1800m。
あと一週間ほどでクラシックの最後の冠、菊花賞がくる。
あまりにも遅すぎる船出だった。
同期たちは、すでにクラシックで激戦を繰り広げ、次のステージへと進んでいる。勝ち、負け、経験を積み重ねながら、前に進んでいる。
それに比べて、私が立ったスタートラインは、周回遅れどころではなかった。
一戦目。
結果は、言葉を失うほどの惨敗だった。
スタートしてすぐに、置いていかれる。
脚を動かしているはずなのに、景色がまったく変わらない。直線に入る頃には、前を走る背中は遥か彼方に消えていた。
ゴール板を駆け抜けたとき、時計を見る気にもなれなかった。
後で知った数字は、常識の範囲を超えていた。
一着から十三秒遅れ。
競走として、成立していない。
それは敗北というより、否定だった。
――お前は、ここにいていい存在なのか。
その問いに対する答えが、着差という形で突きつけられていた。