これはびっくり、ダイユウサク   作:匿名希望ウマ娘1号

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03 ふと舞い込む幸運

走ることは、いつの間にか「特別な挑戦」ではなくなっていた。

勝つためでも、期待に応えるためでもない。ただ、生き残るために走る。そんな日常が、私には残っていた。

 

新人トレーナーのもとで、私は競走生活を続けている。

身体は相変わらず弱い。少し無理をすれば息は上がり、胸は苦しくなり、脚の感覚も曖昧になる。かつてのように「限界まで追い込む」調教はできない。今もそれは変わらなかった。

 

けれど、変わったこともある。

無理をしないこと。壊れないこと。走れる状態を保つこと。

トレーナーは、それだけを徹底した。勝ちを急がず、結果を欲張らず、私の体と相談しながら、出られるレースを選んでいく。

 

ダートを走り、芝を走り、距離も短かったり、少し長かったりする。

一貫性のないローテーションだと、周囲には言われた。

でも私には分かっていた。これは迷いではない。探しているのだ。私が、まともに走れる場所を。

 

ある日、初めて先頭でゴールを越えた。

条件戦。名前も知られていないレース。歓声もまばらで、誰かが時代の転換を語ることもない。

 

それでも、私は確かに勝った。

 

胸が高鳴ることはなかった。涙も出なかった。

ただ、「最後まで走り切った」という事実だけが、静かに残った。

 

私はもう、「走れない娘」ではない。

誰にも誇れないかもしれない。誰の記憶にも残らないかもしれない。

それでも、私は今日もトレセン学園にいて、次のレースの準備をしている。

 

生き残った。

それだけが、今の私に許された立ち位置だった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

勝てるようになった、と言われるようになった。

条件戦をいくつか抜け、準オープンでも掲示板に載る。ときには一番人気の名前が、私の横に添えられることもあった。

 

周囲の言葉が、少しだけ変わる。

「力はあるよな」

「体さえ持てば、もっと上に行ける」

「使いどころ次第だ」

 

評価だと分かっている。否定ではない。

それでも、その言葉は、どこか遠かった。

 

勝っても、胸は騒がない。

ゴールの先で、息を整えながら思うのは、喜びではなく確認だった。――今回は、たまたま噛み合った。それだけだ、と。

 

私が勝っているのは、G1ではない。

重賞ですらない。

名前のないレースで、条件が揃ったときに、前に出ているだけだ。

 

同じ頃、同期たちは、もっと眩しい場所にいる。

テレビの向こうで、ヤエノムテキが語られ、

スーパークリークが距離適性を称えられ、

イナリワンやオグリキャップが、G1で名を刻んでいる。

 

そこは、私の立っている場所とは、あまりにも違う。

 

勝てば勝つほど、はっきりしていく。

私は、時代の中心にいない。

この流れの中で、語られる側ではなく、数字として消えていく側だ。

 

評価されているはずなのに、実感がない。

前に進んでいるはずなのに、距離は縮まらない。

 

「そこそこのレースなら結果は残せるんじゃないか」

 

その言葉が、胸の奥に沈殿していく。

私は勝っている。でも、届いてはいない。

その事実だけが、くっきりと形を持ち始めていた。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

テレビをつけると、いつも同じ名前が流れてくる。

スーパークリーク。

イナリワン。

オグリキャップ。

 

平成三強。

いつの間にか、そう呼ばれるようになっていた。

 

画面の中で、彼女たちは同じ場所を走っている。

G1。

一番強い者だけが立つとされる舞台で、勝つか、負けるかを問われている。

 

実況は言う。

「誰が勝つのか」

「三強の序列はどうなるのか」

「時代を代表する一頭は誰か」

 

そこに、「出られるかどうか」という前提はない。

彼女たちは、出て当然なのだ。

 

私は、同じ学園にいた。

同じ空気を吸い、同じトレセンで走っていたはずの存在だ。

それなのに、彼女たちが語られる言葉と、私に向けられる言葉は、まるで別の世界のものだった。

 

「次はどこを使うんだ?」

「条件が合えば、重賞も考えられるかもしれない」

 

――かもしれない。

その言葉が、いつも最後につく。

 

私は、「勝つかどうか」ではなく、

「出られるかどうか」を語られる側だった。

 

重賞すら、まだ勝っていない。

名前のあるレースで、一度も主役になったことがない。

私の成績は、紙の上では整ってきているはずなのに、語られるときには、必ず前置きがつく。

 

「地味だが」

「堅実ではあるが」

「爆発力はないが」

 

その“が”の向こう側に、G1はない。

 

平成三強の走りは、別次元だった。

スーパークリークは、長距離にて無敵の実力を誇り、

イナリワンは、重いバ場を力でねじ伏せ、

オグリキャップは、どれほど強大なウマ娘相手でも食らいついた。

 

努力しているかどうか、などという次元ではない。

あそこにあるのは、才能と才能がぶつかり合う場所だ。

 

私は、分かってしまった。

G1という場所は、努力の延長線上にある舞台ではない。

努力を前提に、それでもなお選ばれた者だけが立つ場所だ。

 

父の声が、頭の奥で蘇る。

「才能があるなら、もう結果が出ている」

 

否定できない。

平成三強を前にすると、その言葉はあまりにも正確だった。

 

私が積み重ねてきたものは、間違いではない。

走れるようになった。

勝てるようにもなった。

 

それでも、あそこには届かない。

 

同じ時代を走っているはずなのに、

私は、時代を象徴する存在ではない。

時代の傍らで、静かに生き残っているだけだ。

 

テレビを消しても、映像は消えない。

あの光景が、G1という場所が、

私と世界を、はっきりと隔てている。

 

努力しても、辿り着けない場所がある。

そう思ってしまうほどに、平成三強という現実は、重く、眩しかった。

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