これはびっくり、ダイユウサク   作:匿名希望ウマ娘1号

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05 約束された未来など

ジャパンカップの結果を、私はテレビで見ていた。

十一着。

その数字が確定した瞬間、スタジオの空気がわずかに緩むのが分かった。驚きも、怒りもない。ただ、「そうだろうな」という納得だけが、あらかじめ用意されていた結論のように流れていく。

 

オグリキャップは、もう勝負の中心にはいなかった。

 

画面に映る彼女の姿は、確かに走っている。だが、かつて私が見上げていた怪物のそれではない。脚の運びは重く、反応は遅れ、直線に入っても一瞬の加速すら見せない。ただ、与えられた距離を消化するように、黙々とゴールへ向かっていた。

 

実況は慎重に言葉を選び、解説は原因を探し、ファンはため息をつく。

過酷なローテーション。

地方から中央へ、休む間もなく走り続けた代償。

誰もが、それを理解しているふりをしていた。

 

「もう限界だ」

「さすがに使いすぎた」

「全盛期は過ぎた」

 

そんな言葉が、責めるでもなく、惜しむでもなく、ただ事実として並べられていく。

それは敗北の分析ではなく、引導だった。

 

かつて、才能の象徴として語られていた存在が、いつの間にか「過去」の枠に押し込められている。その移行はあまりにも静かで、だからこそ残酷だった。誰かが明確に終わりを宣告したわけではない。ただ、もう期待されなくなっただけだ。

 

私は、その光景から目を逸らせなかった。

 

オグリキャップは、私とは違う。

そう思い続けてきた。

才能の質も、量も、そもそも立っている場所も、すべてが違う。私は下から見上げる側で、彼女は最初から頂点に立つ側だった。

 

それなのに――

勝てなくなった途端、世界は彼女を手放す。

 

才能が削れ、身体が限界を迎えた瞬間に、

「もう終わりだ」と判断される。

 

その姿が、なぜか他人事に思えなかった。

 

もし私が、ほんの少しでも勝てるようになったとして。

もし私が、奇跡のようにG1の舞台に立てたとして。

その先で同じように走れなくなったら、世界は同じ言葉を私に向けるのだろうか。

 

――やっぱり、無理だったな。

――才能がなかったんだ。

 

胸の奥が、冷たく締めつけられる。

それは同情ではなかった。

未来を見せられたような感覚だった。

 

才能を失えば、走る意味はなくなるのか。

勝てなくなった瞬間、存在する価値も失われるのか。

 

ジャパンカップ十一着という数字は、

オグリキャップの結果であると同時に、

私自身に向けられた予告のように思えてならなかった。

 

私は、まだ走っている。

けれど、その先に待っているものが、

この光景だとしたら――。

 

テレビの向こうで、英雄だったはずの背中が、

静かに、時代の外へと押し流されていくのを、

私は息をすることも忘れて見つめ続けていた。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

有馬記念の話題が出始めたとき、誰もそれを「勝負」とは呼ばなかった。

それはもう、結論の出ている物語だった。

 

オグリキャップ、引退。

最後のレース。

功労馬への花道。

 

そういう言葉が、最初から用意されていた。

勝つかどうかではない。

どう終わるか、どんな拍手で送り出されるか。

有馬記念は、いつの間にか「別れの舞台」として語られていた。

 

誰もが知っている。

今のオグリキャップでは、勝てるはずがない。

過酷なローテーションで削り尽くされた身体。

衰えた反応。

全盛期の影すら残っていない走り。

 

有馬記念だ。

一年の締めくくりであり、最も過酷で、最も注目される舞台。

本来なら、避ける理由はいくらでもあった。

 

もっと楽なレースはあったはずだ。

勝負にならなくても、無事に走り切れて、きれいに終われる舞台もあった。

誰も文句は言わなかっただろう。

「よく頑張った」

「お疲れさま」

そう言って、拍手だけで送り出してもらえた。

 

それなのに――

オグリキャップは、有馬記念を選んだ。

 

私は、その事実が、どうしても引っかかっていた。

 

勝てないと分かっている舞台に立つ意味が、分からなかった。

引退レースなら、もっと穏やかな終わり方がある。

無理をする必要はない。

それは、才能を失った者にとっても、周囲にとっても、最も優しい選択のはずだった。

 

なのに、彼女は最も厳しい場所を選んだ。

勝者だけが記憶される舞台。

敗者が容赦なく切り捨てられる場所。

才能の残酷さが、これ以上なく可視化されるレース。

 

そこに立つ理由が、私には理解できなかった。

 

私はこれまで、ずっと思ってきた。

才能がないのだから、仕方がない。

勝てないのだから、身の程を知るべきだ。

走らない理由は、いくらでもあった。

 

――才能がないから。

――G1には足りないから。

――勝てる見込みがないから。

 

それらは、私にとって、正しくて、安全な理由だった。

走らないことを正当化するための、十分すぎる言葉だった。

 

けれど、今、目の前にいるのは。

かつて誰よりも才能があり、

そして今、誰よりもそれを失っている存在だった。

 

才能を失った者が、

それでもなお、最も過酷な舞台を選ぶ。

 

その事実が、私の中で静かに軋み始める。

 

走らない理由を、山ほど抱えているのに、走る者。

走らない理由しか持たないと思ってきた自分。

 

そのズレが、言葉にならない違和感として、胸の奥に沈殿していく。

 

なぜ、走るのか。

勝てないと分かっていて。

終わりだと理解されていて。

それでもなお、走る理由は、どこにあるのか。

 

有馬記念は、まだ始まっていない。

けれどその時点で、私はもう、

「引退セレモニー」という言葉を、素直に受け取れなくなっていた。

 

あの怪物は、本当に、

ただ拍手を浴びるためだけに、

あの地獄の舞台を選んだのだろうか。

 

その疑問が、

静かに、しかし確実に、

私の中で根を張り始めていた。




1990年12月23日 5回中山8日目 4歳以上オープン  (混)(馬齢)
芝右2500m 天候:晴  芝:良  発走:15:25

第9R

第35回有馬記念(GI)


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