これはびっくり、ダイユウサク   作:匿名希望ウマ娘1号

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09 どんなエンディングでも

私は、自分の意思でその道を選んだ。

誰も勧めなかった。父なら、絶対に止めたであろう道。

身体を極限まで追い込み、日々のトレーニングはほとんど拷問に近かった。

 

脚は鉛のように重く、地面を蹴るたびに骨や筋肉が悲鳴を上げる。

呼吸は熱を帯びた痛みに変わり、肺は裂けるように焼けつく。

心臓は弾けそうに脈打ち、脳内の血液が沸騰しているのではないかと錯覚するほどだった。

 

それでも、私は前に進む。走る。

止まることは許されない。後退も休息も、考えられなかった。

 

そして、気づけばトレーナーも、私と共に落ちていった。

これまでの彼は冷静で理知的で、計算しながら私を導く存在だった。

だが今は違う。目が狂気に染まり、汗で光る顔は、私の鏡のようだ。

常識も理屈も、未来の安全も、すべて捨てた目をしている。

二人だけの世界――そこでは失敗も恐怖も痛みも、すべてが燃料となり、前に進む力へ変わる。

 

遠くでマックイーンが走る。

天才の光を放つその背中は、まるで別世界の生き物のようだ。

長距離を自在に駆け抜け、観衆の歓声を自然と引き寄せるステイヤーの天才。

私はその光をただ眺めるしかない。

 

その光と、私たちの泥まみれの暗闇の差が胸に重く、鈍く響く。

天才の世界に踏み込めない者の焦燥。

だが、それでも走らずにはいられない者の狂気。

私の全身を、呼吸を、心を、血を、痛みを、すべて消費しながら走るしかなかった。

 

二人の心は、限界の先で絡まり合っていた。

止まることを許されない、狂気の共犯関係。

この道が正しいか、成功するか、もう重要ではない。

ただ、走る。走るしかないのだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

そして、すべてを懸けた新装記念の日が来た。

泥にまみれ、限界を超えた身体を引きずりながら、私はゲートへ向かう。

観衆の歓声は遠く、まるで別世界の音のようだ。

耳に届くのは、心臓の鼓動と膝や筋肉の軋む音だけ。

この狂気の空間には、私とトレーナーしかいない――そう感じた。

 

ゲートが開く。

全身の痛みが、怒涛のように押し寄せる。

呼吸は途切れ途切れで、肺が焼けるように痛む。

視界は揺れ、脳内の血液が沸騰しているようだ。

それでも、前に進む。

止まることは死を意味していた。

 

脚は鉛のように重く、心臓は破裂寸前だ。

吐きそうな胃を押さえ、歯を食いしばり、震える身体を無理やり前に出す。

背中を押すのは、恐怖でも期待でもない。

ただ、止まらないという意思だけだった。

 

直線に差し掛かり、泥が跳ね、靴底が滑る。

それでも私は全力で足を前に出す。

脚の感覚はほとんどなく、筋肉は悲鳴をあげる。

けれど、心の中に一つだけ確かなものがあった――

勝利は、私とトレーナーだけの手で掴むものだということ。

 

ゴール板を駆け抜けた瞬間、私は勝っていた。

だが、その勝利は美しくない。華やかでもない。

泥にまみれ、震える脚、吐きそうな身体、呼吸は滝のように流れる。

それでも確かに手にした一着だった。

 

誰も気づかないかもしれない。

だが、私とトレーナーには分かっていた。

G1への推薦枠は、狂気と執念だけで切り開いた――

光でも才能でもない、ただ私たちの暴走と努力が作り出した道だということを。

 

その瞬間、私は理解した。

勝利は才能だけで決まるものではない。

光と闇、狂気と理性、運と努力――

すべてが絡み合った先にしか、道は開かれない。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

新装記念の勝利は、血の味がした。

歓声も拍手も、ほとんど届かない。

ただ、私とトレーナーの胸の奥だけが熱を帯び、震えていた。

 

マックイーンの存在は、依然として遠く輝く。

長距離での天才的な走り、完璧なフォーム、無尽蔵に見えるスタミナ。

その華やかさは誰の目にも眩しく、私の勝利は泥臭く、醜く、狂気じみていた。

 

それでも、確かに何かが変わった。

才能の有無ではない、光の強さでは測れない、自分だけの足跡。

誰も見ていなくても、道を切り開いた実感。

狂気と執念が織りなす勝利の味は、これまで感じたことのない重みを持っていた。

 

トレーナーは静かに笑った。

 

「一生でもし、もう一度やれと言われても――無理と言えるぐらい究極に仕上がっている」

 

言葉は少ない。だが、その目は燃えていた。

私と同じ熱に侵され、同じ狂気に堕ちていた。

二人で、世界の常識を蹴散らし、運と執念に賭けた結果を手にしている――

その感覚は、言葉では言い表せない。

 

そして、私は次に立つ舞台を知っていた。

有馬記念――すべての頂点であり、最も過酷な戦場。

才能と栄光が渦巻き、歴史と伝説が染みついた場所。

 

だが、狂気に身を任せた今、私はその舞台に挑むことをためらわなかった。

才能がなくても、華やかでなくても、泥の中で這い上がった者には、もう引く理由はない。

胸の奥で、呪いのように、しかし確かな声が響く。

 

「走るしかない……走るしかないんだ……」

 

私は知っていた――次のレースで、自分のすべてを賭けることになる。

そして、その舞台で、才能にすがる世界と、狂気と執念で立ち向かう自分との戦いが、はじまるのだ。




1991年12月22日 5回中山8日目 4歳以上オープン  (混)(馬齢)
芝右2500m 天候:晴  芝:良  発走:15:20

第9R

第36回有馬記念(GI)



さあ、夢をみよう。


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