シャラクとシュラが運命の出会いをする。優しいが敵には容赦がない神さまが宵月国を観光する
この国の魅力をシャラクにも知ってもらいたいと、温泉への道中でも案内をした。宵月国有数の観光地では、美しい青年に驚きながらも団子や大福のような菓子をくれた。シャラクは大層喜んでいる様子で、恵んでくれた菓子を頬張っていた。
「食べ歩きというのも良いものだ」
普段シャラクが食べるものは何故か穢れがないからという理由で果物ばかりだった。子どもの頃から、クシャトリヤでありながら肉の類を一切食べられずに育った。食べてはいけないわけではないはずなのだが、周りの人間に強制された。浄化できるという能力を強化するためには、肉や魚は適切でないと父が言っていたという。
「君のお父さんヤバそうだね」
「ああ。ヤバい」
一言で言い切った。決していいひとではない。シャラクにとっては。ちなみに、食べさせてもらえなかった反動からか肉料理も魚料理もがっつり食べる。恵の命に感謝して食事をする。何も恥ずかしいことではないはずなのだ。
「お、ここだよ」
「ほう・・・これは見事だ」
広くもないが狭くもない。雰囲気のある天然の露天風呂だ。実は穴場だったりする。透き通る湯に月が映える。
シュラは着ていた服を放り投げ、見事に筋肉がついた彫刻のような体を晒して飛び込んだ。
「裸になるのか?」
「うん。洗えないじゃん」
湯舟に入るときは湯あみ用の服を着て、洗う時に脱ぐのがシャラクの入浴スタイルだった。文化のギャップに驚くが、郷に入っては郷に従えというからとそっと法衣を脱いだ。
・・・う、うわぁ
シュラは心のなかで掠れたような声で呟いた。月光に照らされる白磁の美体。ほっそりとしたしかし、一切の無駄なく筋肉がつく長い腕と柔そうな太ももから爪先にかけてのラインはどこか艶めかしく、鎖骨のあたりから腰にかけてのウエストやヒップラインは引き締まっていた。まさに天上の美。天上が本気を出したとしか思えないようなその姿はあまりにも神々しく、そうして月下で微笑む姿は芸術のようだった。
「良く鍛えられているな」
「え、そう?」
美しく微笑み純粋にシュラを褒める。あまりにも浮世離れしているが、その本人は水で遊んでいた。
「今から行くのはオレの家なんだけど大丈夫?」
「私はどこでもいいが」
「そう?じゃあ行こう」
シュラは、シャラクを連れて自宅宵月城に帰宅する。道中、シャラクを見た通行人たちが金縛りにあったかのように固まっていた。シュラも初見は一瞬呼吸が止まったような感覚になった。シャラクは、景色が新鮮なのか美しい街並みを目を輝かせながら見渡していた。今までよく似たリアクションをされてきたのだろうか、慣れている様子だ。
「めっちゃ見られてるよ」
「もう慣れている。まあ、私ほどの見た目ならば」
「自覚してたか、よかった」
少し安心した。この見た目で自分の見た目に自信がないとか謙遜されたらどうしようかと思った。謙遜がかえって嫌味になってしまう。
「ただいまー」
王子とは思えないが、これが普段通り。従者たちは慣れているのか朗らかに応える。顔を上げた瞬間ポーカーフェイスな従者たちが固まった。シュラは苦笑し、シャラクは優しく微笑む。
「えっと・・・」
「今日泊めてあげてもいい?」
「それはシュキ王に」
はーいと言ってシュラはシャラクを連れて父王のところへ向かった。シュラからしても生まれは間違いなくいいだろうと思って、何のためらいもなく合わせた。シュラが思った通りで、シャラクはシュキ王を前にすると恭しく片膝をつき頭を下げた。一方下げられたシュラの両親二人は息をのむ。シュキはシュラに引けをとらない実力者。母は気配に敏感。その二人は、シャラクが神性を纏っていることを一目で気付いてしまった。そしてすぐ、神を連れてきてしまった息子を呆気にとられたように見る。
「友だちが出来たよ!」
シュキは、将来を考え便りになる友人を作っておけと常日頃から言っていた。そう教育した結果、息子は神を友人にして連れてきてしまった。
「貴殿の子息シュラ殿下とは先ほど出逢った仲ではありますが、良き関係を築けるかと存じます」
神に対して良い印象を抱いていないシュキは、あまりにも高潔で神聖で清らかな雰囲気を持つシャラクについ笑みを零した。その表情に驚いたのはシュラだった。普段は厳かな王が、神を前にして気を緩めたのだ。この国で最も神を信用していないといっていい。
「息子と仲良くしてやってください。貴殿の名は?」
「シャラクと申します。人から神になったものですので、神としては若輩者。主に浄化を生業にしております」
「神さまになる前かららしいけどね」
以前からその能力を使って人々を救っていた。神に目を付けられたことが運の尽き。
「シュラ、彼をお前が守りなさい」
「守る?」
守らずともシャラクは凄まじく強い。それを、王もわかっているだろうに。それでも守れという。どういう意味かと問えば、自分で考えろと一蹴されてしまった。シャラクはニコニコこちらを見ている。
「ゆっくりと安心してこの国を堪能していってください」
「はい。ありがとうございます。シュラ、私は先に出ているぞ」
「え、う、うん」
言葉の端に、話すことがあるだろうと言っていた。彼にはすべてお見通しなのかもしれない。
「ふむ・・・良き友に出会ったな、シュラ」
「うん。オレもそう思う。すごく優しくて、慈悲深くて、すっごい強くて、めっちゃいい子」
「そうだろうな。彼は世界の情勢が変わらない限り人の味方でいてくれるであろう」
シュキ王の見立てどおりであった。彼は神代が終わる最後の最後まで人類の味方、世界の味方だったのだから。
「せめてこの国くらいは、いつ帰ってきても安らげる場所でありたいものだ」
シュラは頷くと踵を返すとシャラクのところへ戻った。シュラにとってもいい傾向だろうと、王と王妃は微笑んだ。
「シャラク、お待たせ」
「良い親であり王だな。彼ら」
「うん。わかる?」
自信ありげに頷くが、それはそれとしてシャラクの親がヤバいんだろうなという想像はついている。シャラクが果物しか食べさせてもらえなかったというエピソードだけで察した。
シュラは、シャラクを自室に案内した。彼の館がどんな家なのかは知らないが、シャラクは広い自室に何にも驚かなかった。
「私の親は、方や自分の欲のために戦争を起こして実は裏で国にダメージを与えたくせに天界に帰り、方や国の金を使い込んで毎夜宴。挙句の果てに暴動を起こされて失脚」
「えぇ・・・」
「上に立つものがいないので政治の素人であるバラモンに任せたら国がどっかいった」
「・・・滅んでない?」
「ああ、滅んだ」
うんざりした表情で呟くが、心の中はかなり深く傷を負っている。自分の故郷が、自分が天界に連れていかれてやっと弟に会えると意気込んで地上に降りたらその道中で自分の国が滅んだと知らされた。悲惨すぎる過去と、シャラクの行動があまりにも釣り合っていない。
「私は自分が神なのに神を信用していない」
「え、まじ」
「マジだ。いざという時に助けてくれるかどうかも分からないからな。実際、私自身自分の故郷が滅びようとしているところを何もできなかった」
故郷が滅びそうな頃、人々が飢えていくなか天界に監禁されるような状態にされたなど言い訳にもならない。誰よりも助けに行きたくて、浄化するなり祈りを具現化する力を使って雨を降らせたりできたかもしれないと、何度も思ったのだ。神としての役割を全うするための修行のようなものを課されながら、今助けに行けない修行に何の意味があるのかと思っていた。
「君は・・・助けたかったんだよね」
「ああ、当然だな」
「そうやって思ってくれる神さまって、この世に何人いるんだろうね」
「ふむ・・・」
「オレはさ、一人いるだけで十分だと思うんだ」
「私だけで?」
「うん。神さまって大多数の生きる人々が最低限生きていける環境を維持する人たちじゃん。水の神とか朝の神とかさ」
「そうだな」
「そんななかで君は神になる前から救い続けて、神になってからも変わらず頑張ってる。オレはこれだけで君という神さまを信じられるよ」
「・・・」
シャラクはシュラの言葉を真剣に聞いたあと、突然顔を赤らめた。どうやら照れてしまったらしい。
「君にそう言ってもらったからには・・・私はもっと頑張るぞ」
「もっと⁉」
今度はシュラが驚かされた。今まで頑張っていて、今も頑張っている少年がもっと動くと言い出したのだ。シュキに彼を守りなさいと言われた理由はこれなのではないかと思った。
「何があっても、私は人と世界の味方で居続ける。それが・・・私が神になった理由だと思うのだ」
浄化の力を持ち、人々の祈りを守護する者。これは確かに人と世界の味方でなければ司ることができない力だろう。
「そろそろ寝ようか」
「そうだな」
「そういえば君は寝巻持ってる?」
「ああ」
シュラは寝巻用の単衣を着ながら聞いた。普通に頷いた。神とはいえ、眠るときは眠る。休むことを知らないだけだ。そして、シャラクも着替えた。
「え・・・?」
シュラはギョッとした。服というより布をうまいことワンピースのようにしただけの服。もはやこれを服と呼んでいいものか。サリーという伝統衣装も長い布を巻いたものだが、それですらないのだ。しかも魔力でできているため実質裸のようなものだった。
「オレの・・・貸そうか?」
「なぜ?」
なぜと聞かれたら答えにくい。こちらがおかしいと思っているだけで本人はそう思っていないのかもしれない。
「君の故郷ってそんな感じの服を着てるの?」
「いいや」
「じゃあ、君の趣味?」
「それも違うな。私が普段寝るときは半裸だ」
この世のあらゆる美しいものをかき集めましたと言わんばかりの顔立ちの美少年がまともな、寝装束を持っていない。ヘドロのような神にも狙われるというのに、無防備にも局部を覆う布と膝上程までの腰布だけを巻いて寝ている。
「それはもう半裸ですらないじゃん」
「私の拠点は神殿だからな」
「あ~神殿か」
神殿が拠点といわれると違和感があるが、神にとっては家のようなもの。彼がそこで半裸で寝ていたとして誰に何か言われることもない。
「私の神殿に今度案内してやろう」
「・・・はい?」
今日知ったばかりの人間というか鬼神を神殿に上げるというのか。神官が黙っていないだろうに
「私に神官はいない」
「いないの?そんなことある?」
神には少なくともそれぞれに神官がいるはずで、神は基本神殿から出ず対応するのはその神官たち。彼らが窓口のようなものになっていたし、国によっては神官の身分が高く王かそれ以上の権力を持つ。
「私の故郷がそれだった。神官が強い権力を持ち、機嫌を損ねると議員が即時織させられる。まあ、それを嫌がってそれいらなーいと言って神官を全て処刑したのが私の父」
「か、過激なんだね・・・」
「まあ、神官が張ってくれていた結界が邪魔だっただけだがな」
「権利の分散じゃなく、結界を解くことが目的で神官を虐殺したってこと?」
「そういうことだ。その結界が外敵や獣の侵入を防いでいた。それを解いてしまったのだから、あの結末を招くのも必然だろう」
シャラクの父は分かっていた。この結界がどうして必要だったのか。解いた結果どうなるのかも。すべてわかっていた。ただの自分の戦争がしたい。強大な獣に襲われ恐怖に慄く国民が見たい。そんな歪んだ欲望が、最終的には自分が建てた国を殺したのだ。
「オレのお父さんなんて言うんだろう」
「王をしているもののなかで、あれの行動に怒りを覚えない者がいるのだろうか。まあ、いるのかもしれんが」
「少なくともお父さんはキレるよ」
厳しくも強い国にし、国民が幸せに暮らしているのがその証拠だ。国民はシュキ王の優しさと愛をしっかり受け止め、様々な形で愛を返した。そんな国に育て上げた王が、そんな王の在り方に理解を示すはずがなかった。
「嫌な話を聞かせてしまったな。私もたまには愚痴の1つや二つ言いたいときもあるんだ」
「むしろ聞けてうれしいよ。外国の人の話を聞けることないからね。オレで良かったら愚痴聞くし」
「ありがとう。改めて、仲良くしてくれると嬉しい」
「こちらこそ」
そうしてその日は、二人は眠りについた。シャラクにとっては何時ぶりかの安眠だった。神といえど疲れるものは疲れるのだ。
二泊三日のシャラクの宵月国観光が終わった。シャラク本人は非常に満喫できた。そしてここの国民たちと触れ合うことができたことにも大層喜んでいた。本当は救うだけではなく、その国の名産を味わったり観光に行ったりしたかったのだ。
「観光がこんなにも楽しいものだったとはな。君のおかげで楽しかったよ。シュラ」
「ほんと?よかった」
「君の父君にも挨拶をしておかねばな」
シャラクはそういうと、この三日で二回立ち寄ったシュキ王の玉座の間へ赴いた。
「この二日と少しの間世話になったな」
「こちらこそ、民を助けてくれたと聞いた。感謝する」
「私の性分のようなものだからな。それに私はここに身を寄せているのだからなおのこと」
シャラクにとって助けることは当たり前のことだ。ありがとうという言葉に暖かくなることを忘れていた。
「この国を発ち、再び救いと浄化の旅に出る。もし近くに来ることがあれば立ち寄らせてもらおう」
「ああ、是非そうしてほしい。我々はいつでも待っている」
シャラクはシュキ王の言葉に微笑み頷くと優雅に翻した。
「シュラ、君には得に世話になったし、何より人生で初めての友が出来た。君のおかげで私の人生に色が増えた気がする」
「オレもだよ」
それでは、また会おうと言ってシャラクは宵月城を後にした。そして残されたシュラはというと
「シュラよ。このまま行かせていいのか?」
「え?」
「このままでは、彼はまた孤独な旅をすることになるが」
シュラは、ハッとした。守るが一体どういうことか。
「お父さん、オレしばらく帰らないから!」
「くくっ、ああ。お前にとっても良い経験になるだろうさ」
シュキは必死な形相の息子を快く送り出した。彼との旅がシュラにとって、この国にいるままでは得難いものを与えてくれるだろうと確信している。
全速力で宵月国を駆け抜ける。これまで飄々としながら人懐こい笑顔で国民に話しかけてくれる王子が、必死で走っている姿に呆気にとられた。しばらく走ると悠々と国民に手を振りながら門へ向かうシャラクが見えた。
「シャラク!」
いつも以上の声量で呼んだ。シャラクは驚きを隠しもしない表情で振り返り、シュラが駆け寄ってくるのを待った。
「どうした?」
「お父さんにさ、これで良かったのかって言われたんだ」
「ふむ」
「君を一人で行かせたくないって思って、オレも行きたいって思って・・・それから・・・えっと」
「落ち着け」
困ったような笑みを浮かべながら、シャラクはまっすぐシュラを見た。
「君は、私と行きたいのか?」
「うん」
「王にはなんと?」
「しばらく帰らないって言った」
「店は?」
「もちろんやるよ。行商人的な感じで」
「どうやって造る気だ?」
「君の神殿に帯同させてもらう形で?」
とんでもないことを言ってくる目の前の鬼神。神殿を移動させられるなら、建物が一つ増えても大丈夫でしょと。あまりの言い分に目を丸くし少し沈黙したあと
「ふふふっ・・・」
「え?」
シャラクが可笑しそうに、楽しそうに笑った。こんなに笑ったのは初めてかもしれない。本来なら無茶なことを言っているのだが、この神はできてしまう。それを分かったうえで言っている。考えているのかいないのか分からない。
「面白い男だな。君は」
急に面白がられて拗ねたような顔をするシュラに、シャラクはまたしても吹き出した。
「オレは夢が出来たんだ」
「夢?」
「うん。君の最強の武器を造る」
「私の?」
「武器は自分の身を守る術。槍だって刀だって弓だって、なんでも造ってみせる」
シャラクは強い。そのあたりで買っただけの量産型の武器さえも神造兵器なのではと思うような武器に変わる。しかしそれでは足りない。
「君が造る最強の武器・・・」
「うん」
「それはぜひ・・・使ってみたいな」
「ほんと⁉」
「君が造る武器なら・・・私はもっと強くなる気がする」
シャラクは穏やかに微笑みながら言った。適当に自分でその場で造って出しただけの武器ではシャラクの魔術に耐え切れないのだ。本気で神造武器として造るならまだしも、その場で使うだけのそれにそんな魔力を込めるのはコスパが悪い。シュラの店に立ち寄ったのはそれを解消するためでもあった。結果的に選ぶ暇もなく戦闘に入ったため、何も買えず仕舞いだった。それが心残りではあった。
「いいぞ、シュラ。ともに行こう」
「いいの?」
「ああ。言っておくが、この旅はただの旅ではない。様々なことと向き合わなければならない瞬間がある。痛いほどの負の感情をその身で受け止める覚悟もいる。救いと浄化の旅は、心との闘いになる。耐えてくれ」
殺された人の魂、恨みや怒りや悲しみといった感情の塊が、シャラクが浄化しなくてはならないほどに膨れ上がることがある。ただそこにある穢れを浄化し、今苦しんでいる人を救うだけの旅ではない。
「なあ、シュラ」
シャラクは白い手でシュラの手を包むように取る。
「君は・・・受け止めてやれるか?」
「君の旅が生半可な精神力で耐えられるようなものじゃないことくらい覚悟してる。オレは、そのつもりで追いかけたんだから」
シャラクは、シュラの強い言葉を聞くと安心したように手を下した。
「これからよろしく頼む。シュラ」
「こちらこそ」
シャラクとシュラの救済の旅が始まる