炎国周辺に生息する飯をたかる怪異 作:イズモ様 カワ(・∀・)イイ!!
そこは正に戦場と言うに相応しい場所であった。
異なる意匠の鎧を着た男達が行き交い、そしてぶつかり散っていく。
一方のある者は矛を持ち、盾も鎧も何も障壁でないかのように貫き進む。
ある者は刀を持ち、相手の鎧の隙間を蛇のように狙い突き刺し、両断する。
また一方のある者は、真っ赤に染まったナタのような分厚い刀を、首めがけて振り下ろす。
ある者は前線の味方のため、敵を一つでも散らすため、杜撰な弾丸をばら撒き、火の付いた火薬を投げる。
はたから見れば、二〇〇〇のウルサス軍に対し、炎国玉門の兵は七〇〇余り。
さらに守護銃よりもポンコツとはいえ、銃や爆薬を使うウルサス軍のほうが、数も質も優れているように見えるだろう。
しかし、実際はその逆。
玉門の兵達は依然として、一人一人が獣のように暴れ回っていた。
矛は振るわれる度に敵の列を穿ち、刀は止まることなく軌跡を描き、振り下ろされるたびに道を拓く。
三人を相手にしてなお退かぬ者、銃声の中を駆け抜け敵陣へ踏み込む者、倒れ伏した味方を盾にしながらも前へ進む者。
その一挙一動は、まさに英傑と呼ぶに相応しいものであった。
だが、それでもなお前線は、僅かずつ、ほんの僅かずつ押されていく。
理由は単純、敵が尽きぬからだ。
倒しても倒しても次が来る。撃ち伏せても、煙の向こうから新たな影が現れる。
ウルサス軍は粗雑でありながらも、その物量だけは確かで、濁流のように押し寄せ、玉門の陣に重さを与えていた。
玉門の兵は笑い、吼え、歯を食いしばりながらも戦い続ける。
しかし足元には瓦礫が増え、呼吸は次第に荒くなり、肩で息をする者も目立ち始める。
善戦はしている。だが休む暇はない。
力でねじ伏せても、次の瞬間にはまた刃が交差する。
その均衡が崩れかけた、その時であった。
戦場の喧騒の奥、土煙と火薬の臭いの向こうから、重く、確かな足音が響く。
駆けるでもなく、急ぐでもなく、ただ大地を踏み締めるような歩み。
その一歩ごとに、周囲の玉門兵の背筋が自然と伸びていった。
重岳
その名を知らぬ者は、玉門はおろか炎国にもおらず、そして敵であるウルサスにもまた、その姿を見誤る者はいなかった。
分厚い鎧は無駄な装飾を排し、長年の戦を物語る傷だけを刻んでいる。
その手は数多の武器を扱い極め、そして武器などいらぬと気付いた拳、しかし不思議なほど静かであった。
彼は戦場を一瞥する。
叫びも、檄もない。
ただその視線が前線をなぞった瞬間、玉門の兵達は悟った――ここからは、耐える戦ではないと。
「すまない、少しばかり遅れてしまった」
重岳が踏み出す。
一振り、ただそれだけであった。
拳が振るわれた方向の敵陣が、押し返されるように崩れる。
技というより力、力というより技。
その一撃は敵の勢いそのものを断ち切り、前線に僅かな、しかし確かな余白を生んだ。
「下がるな、押し返せ」
低く短い声。それだけで十分であった。
玉門の兵達は息を整える暇もなく再び前へ出る。
重岳を中心に、陣は再び形を取り戻し、先程まで押されていた圧力が、今度は敵へと向き始める。
それでも敵は多い。押し合いは続く。
だが戦場の空気は、確実に変わっていた。
重岳は退かぬ。
玉門もまた、退かぬ。
重岳は一歩、さらに前へ出た。
その背を守る兵は、もはや彼の周囲にはいない。否、必要がなかった。
彼が前に立つだけで、そこが前線となり、境界となる。
敵の銃火が集中する。弾丸が土を跳ね、火薬が爆ぜる。
だが重岳は歩みを止めぬ。
構えるでもなく、ただ進む。
間合いに入った敵を順に薙ぎ払う。その一振り一振りは簡素で、無駄がなく、しかし抗い難い重さを伴っていた。
三人、五人と敵が群がる。
重岳は退かぬ。
甲を横に払えば道が開き、踏み込めば敵の列が割れる。
包囲しようとした者達は、気付けば彼を中心に円を描くことすら出来ず、ただ押し潰されるように散っていった。
重岳が進めば、敵は下がる。
下がれば、玉門が進む。
理屈ではなく、力でもなく、戦場の空気そのものが、彼を起点に反転していく。
やがて敵陣にざわめきが走る。
指示が飛び、旗が振られ、銃が向けられる。しかし遅い。
重岳は既に敵の厚みの中へと踏み込み、要となる位置を破壊していた。
前に出るべき者が出られず、支えるべき者が散り、陣は形を失っていく。
玉門の兵達は叫ぶ。
否、叫ばずとも足が動く。
重岳の背を追い、今まで耐えていた分を取り戻すかのように、前へ前へと刃を伸ばす。
無双である。
だがそれは、誇示のためではなく、戦場を正しい形に戻すための無双であった。
その戦場の一端で、一人の兵が前へ出た瞬間、足を取られ、体勢を崩した。
ただそれだけのことだった。
戦場では致命的でありふれた一瞬。
次の瞬間には刃が迫り、銃口が向けられ、退く余地はどこにもなかった。
兵は歯を食いしばり、盾を構えようとしたが、腕に力が入らない。
呼吸が乱れ、視界が狭まる。音が遠のく。
悲鳴も銃声も、まるで水の底に沈んだかのように歪み、兵の耳には自分の荒い息だけが残る。
胸が上下するたびに、肺が悲鳴を上げ、指先の感覚が薄れていく。
――はずだった。
「重岳!!! プレゼントだ!!」
次の瞬間、兵の体はふわりと宙を舞う。
浮遊感。内臓が遅れてついてくるような感覚。
恐怖より先に、何が起きたのか理解が追いつかない。
衝撃が体を打つ。
だが地面に落ちたわけではない。
重岳の腕が、確かに兵を受け止めていた。
「さて、俺の刃は入り用かい?」
「ああ、そうだな。速戦即決でいこう」
◇
◆
◇
◆
◇
◆
◇
◆
◇
夕刻の荒野には、まだ戦の匂いが残っていた。
焦げた草と血の鉄臭さを、北から吹きつける乾いた風が薄く引き延ばしていく。遠くには黒ずんだ煙が細く立ちのぼり、赤く沈みかけた陽がそれを鈍く染めていた。
しかし、陣の中心だけは別の世界のようだった。
兵たちは鎧を緩め、矛を地に立て、円になって大鍋を囲んでいる。湯気の立つ鍋には荒野で仕留めた獣肉と、干した野菜が惜しげもなく放り込まれ、濃い香草の匂いが立ちのぼっていた。戦いの後の、ひとときの静けさである。
その輪から少し離れた場所に、二人は並んで腰を下ろしていた。
一人は軍を束ねる男――チョンユエ。
落ち着いた眼差しは、戦後であっても揺らがない。
もう一人は、勝手に殴り込んできた傭兵、リョウ。
肩当てを外し、豪放に鍋の肉を箸でつまみながら、どこか愉快そうに笑っていた。
「さてと、久しいなリョウ、お前が戦場に出てくるとは珍しい事もあるのだな」
チョンユエは剣を鞘に納めながら、横目で友を見た。
「まあな、必要ならば戦場にでも赴くのが俺の生き方よ」
リョウは肩を竦め、鍋の湯気を払いのける。
「しかし、何年前ぶりだ?戦場に出るのは」
「さあな。数えるのも面倒だ。平穏が長く続くと、腕が鈍る」
そう言いながらも、リョウの動きに鈍りはない。今日も敵陣を単身で崩し、混乱の中心に躍り込んでいたのは他でもない彼だった。
しばし、鍋の音と兵たちの笑い声だけが間を埋める。
やがて、リョウが不意に口を開いた。
「なあ、チョンユエ」
「……?なんだ」
「実はだな、リィンが今玉門に来てるんだが」
チョンユエの眉が、わずかに動く。
「ふむ、しかし私には此処からやらなければならない仕事が残っているのだが?」
「つまり、いいんだな? 攥江峰にリィンが東屋を建てたらしくてな。リィンが自慢してきたから、せっかくだ、存分に飲もうではないか?」
リョウはにやりと笑う。焚火の火がその横顔を赤く照らした。
「……ハァ。ああ確かに仕事には余裕があった気がするな……どうしてもと言うなら付き合ってやらんこともないが?」
「それでだな、実はいいもん持ってきたんだよ。いやー大変だったぜ? シュウの占いとか、そもそもの監視網に引っ掛かったらポシャることだからな」
その名が出ても、二人の表情は変わらない。ただ、チョンユエの目に一瞬だけ、わずかな苦笑が浮かんだ。
「ほお、お前が言うなら相当だな。いったい何を持ってきた? 今飲んでる安酒よりは良いんだろう?」
「ああ期待していいぜ。コイツは少しずつ大荒城から米をちょろまかして、作っている酒でな、酒仙と言うんだ」
チョンユエは目を細め言う。
「お前が作っている酒だったのか。この前、貰い物として貰った記憶があるな。うむ、あれは美味かった」
「へぇ本当か? あれジーにしか卸してないんだよね。お相手よく手に入れたね」
「ジーが? ああ、ジーも独り立ちしたのか。後数十年はシュウを頼って居そうな物だが……」
「そりゃあシュウにケツを蹴り上げられて商い屋に引きずられていったのさ。あれは傑作だったね」
リョウは腹を抱えて笑う。焚火の向こうで兵たちも釣られて笑い出す。
「いかにも、シュウのやりそうなことだ。先んずれば人を制す。決めたのなら早き事に損はない」
「せっかく格安で売ってやってるのに今も恨んでるだって。商会の初期を支えてやったのになー?」
「ジーも心からは恨んでないさ。ただ姉が取られて拗ねているだけだ」
その言葉に、二人は一瞬だけ視線を交わす。
説明も確認もいらない。長い年月と、共に潜った修羅場が、互いの立場も関係もすべて知っている。
リョウは陶杯に酒を注ぎ、ひとつをチョンユエに渡した。
荒野の夜は深まり、兵たちの笑い声は次第に穏やかな談笑へと変わっていく。
鍋の湯気の向こうに、戦場だった場所はもう見えない。