豊川祥子の護衛任務を仰せつかって早1年。
季節は1周するし、関係性もだいぶ深められたと思う。
現に、向こうは友人として接してくれている。
だからこうして、
「ほら!こっちですわ!早く早く!!」
「わーったわーった、引っ張んなよ」
ショッピングモールに引っ張られている。
「こちらなんて、似合いそうですわよ?」
「や、別に服に頓着は……」
「ならなおさらですわ!」
表向きと祥子の認識はデート。
俺の認識は護衛任務。
祥子にデートだと思わせておくのは都合がいい。
何かあっても軽めのスキンシップぐらいなら許される、はず。
とはいえ、荷物が増えるととっさな時に守れないのがあるので、なるべく荷物は持たずに来たのだが。
「……すげえ買ったな」
「だって、いつもその恰好なんですもの、おしゃれしてほしいですわ」
「別に機能性だけ取ったっていいだろ、モテたいわけでもないし」
「むぅ……」
なんそれかわいい。ではなくて。
実際機能性だけ取った服装でも、そこそこおしゃれできるものだ。しないけど。
カラフルなやつとか俺と合わないし、どうせ大体血で汚れるし。
落とすのに苦労するんだな、これが。
「……どうかされまして?」
「いや……女子ってのは買い物が好きなんだなと思って」
「そうでもないですわよ?」
「……すれ違う制服がアホほど買ってくの見たから言ってみただけだよ」
両手に紙袋。あんなに買ってどうするんだろう。
どうせ9割がたは使わないのだろう、もったいない。
「さ、次はあっちのお店に行きますわよ!」
「だから引っ張んなって言ってるだろ」
こんだけ連れまわされてわかったことが一つある。
こいつ、力がめちゃくちゃ強い。びっくりした。
女子の平均握力……祥子の年齢なら26kgとかそこらだろう。
腕の力も平均以上なのか?
以前「ピアノをやっておりますわ」とか言ってた気がするし、それの影響でもあるのだろう。
……こいつも、何かを守る腕をしてるな。
と、腕の引力が弱まった。
「……あ、あの」
「ん?」
「その……腕を、あの……ふにふにするの、やめていただけますか?」
言われてから視線を下に向けると、俺の手が祥子の腕をふにふにしていた。
筋肉の付き方を見るに、筋トレとかはしてないみたいだし……気持ちか?
一通りフニフニし終わってから、手を離す。
「悪い。頼もしい腕だと思ったから」
「頼もしい……?私が?」
「……なんとなくだけど、何かを守る腕をしてる、気がする」
「……えぇ、えぇ、そうですわね。私は、守るのですわ」
やはりただの箱入りお嬢様ではない。
それを加味して、クライアントはこいつを守れ、と言ったんだろう。
「さ、あとは何買うんだ?」
「あ、そうでしたわ!ええっと、あれとあれと……そうだあれも……」
覚悟の決まった目から、年相応の少女の目へ。
無意識なのだろうが、切り替えがすごい。
「それでは、まずあちらに」
「はいよ……祥子、伏せろ」
「え?」
「いいから」
殺気。
幾度となく感じた、粘つく視線。
――どこだ、どこにいる?
祥子の存在を横目で確認しながら、周囲への警戒を強める。
タァン!という音の後、どこかのガラスが割れる音。
非常ベルが鳴り響き、人々が一斉に駆け出す音。
「あの……これは一体……?」
「多分、テロリストかなんか。訓練でもリハーサルでもねえぞ」
「……怖い、ですわ」
「……それでいい。お前は、それで」
着ていたダウンを祥子に被せて、いったん遮蔽とする。
あとは持ってた紙袋と中身が守ってくれる、はず。
少なくとも致命傷にはならない。
目を閉じて、耳を澄ます。
逃げ惑う大勢の人々の音が右から聞こえてくる。
その反対、非常階段の方から部隊のような足音、数は4、いや5?
普段利用者が開けられないように、ロックがかかってないのが仇になったか。
「祥子、音が収まるまで絶対顔出すなよ、いいか?」
「あなたは……いえ、わかりましたわ」
――クライアントとの約束、破っちまったな。
『1.護衛対象:豊川祥子に殺人者の側面を見せないこと』
見てはいないだろうけど、祥子は聡いから、きっと状況だけで判断できてしまう。
まぁ、ここで死なれるよりよっぽどまし。
見られたのなら行方をくらませて、逃げればいい。
「ふーっ……はぁ……」
深呼吸。
接触まで、後5,4,3……
――死ね。
非常階段への扉に、銃弾を5発。
足音は止まり、代わりにドアが力なくゆっくりと開く。
その向こうには、おそらく敵の傭兵だったもの。
装備が身軽すぎる。
「本命は別?」
円形の通路で統一されるショッピングモールは、解放感と周回のしやすさでできている、という噂がある。
が、もう一つ、イレギュラーにとってはメリットがある。
それは、
「……上か」
吹き抜け構造による、上からの奇襲。
一般人は論外として、多少の経験者でも対処は難しい。
しかし、それを俺にやるのは間違っている。
ロープで降りてくる中装備の腹に2発撃ちこむ。
その間に左右から侵入しようと試みる中装備兵に、
「甘いよ」
左に2発、空になった拳銃を右の頭へ投げつける。
と、後ろに気配。
「へへっ、丸腰ぃ!!」
「キモっ」
抱きつき抱擁ヘッドロックをしゃがんで躱し、足を払ってマウントポジションへ。
鳩尾に拳を入れて、首を絞めて気道を潰す。
こちとら発砲されかけたし、こんくらいで過剰防衛判定はされないだろ。
……ほぼ反社みたいなことやってるやつがいまさら法律どうこう言うのもおかしい話か。
「あ、そうだ」
拳銃だけ拝借しとこう。さっき投げちゃったし。
つか良いやつ使ってんな、うちもこんくらい羽振り良ければなぁ。
「……終わりかな?」
耳を澄ませても特に異音はしないし、粘つく視線も感じられない。
「祥子、大丈夫?」
ダウンの塊に声をかければ、もぞもぞと動いた後顔だけがぴょこっと出てくる。かわいい。
「……終わった、んですのよね」
「あぁ、終わったよ。多分後続とかもないと思う」
「そう、ですの。……良かった」
とはいえ、ここまでは予定調和みたいな節がある。
というか、
俺が部隊制圧することを前提に組まれたのかと思うぐらいには杜撰だ。
敵も俺の能力を知って戦闘を仕掛けに来てるなら、あまりにも理解力がないか脳筋かの2択だ。
つまり。
「……っ!」
祥子の頭を押さえつつ、右手の銃を背面へ逆さ撃ち。
あまり推奨されてないが、緊急時なのでやむなし。
別に俺の腕が変な方向に曲がるだけで、何の問題もない。
少し遠くで鈍い音がした。
当たったかは知らないが、少なくとも致命にはなっただろう。
「いま、のは……?」
「……多分、あれが本命だったんだろうな。いてて」
「大丈夫ですの!?」
「や、ちょっと捻っただけだし、ヘーキヘーキ」
無理やりにでも笑って見せると、祥子の顔が曇る。
……困ったな、そんな顔をさせるつもりはなかったんだけど。
「私のせい、ですわね」
「違うよ」
そう、決して祥子のせいではない。
祥子のことを好ましく思わない連中がいるせいだ。
「大丈夫だ」
そっと抱き寄せる。
「俺が護る」
たとえ命に代えても。
「……ありがとうございます。落ち着きましたわ」
「それはよかった。じゃ、こんな有様だし、いったん帰ろう」
「えぇ。次の機会こそ、買い物デート、いたしましょうね」
――あぁ。
そんなまぶしい笑顔に照らされては。
「……仰せのままに、お嬢様」
こうやって混ぜ返すのも、少し照れるじゃないか。
デート編です。
嘘は言ってないはず。